↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
115/129

第百十五話 伸ばした手から

東の街道、三日目の村です。

 王都を発って三日目の夕方、一行はロッサ村に着いた。


 街道沿いに麦畑が広がる、どこにでもありそうな小さな村だった。ただ、村の入り口に立っていた見張りの若者は、一行の姿を見るなり槍を握り直した。銀髪の小柄な冒険者と聞いて、ようやく肩の力を抜く。


「王都のギルドから、話は来てます。……あの人たちなら、村長の家の離れにいます」


 案内された離れには、四人の冒険者がいた。


 怪我人の部屋だと思って入ったのに、包帯を巻いている者は一人もいない。剣士らしい大柄な男は壁にもたれて座り、魔術師の青年は窓の外をぼんやり眺めていた。治癒師の女は膝を抱え、斥候らしい小柄な男は、手の中の短剣をただ見つめている。


 誰も、こちらを見なかった。四人とも、ひどく疲れた顔をしていた。


「銀ランクのベルクだ。……あんたが、王都の『銀の無色』か」


 剣士の男が、ようやく口を開いた。


「そう呼ばれてるらしい」


「そうか。上の連中も、ずいぶん早く手を回したもんだ」


 ベルクは、自分の右手を持ち上げてみせた。太い指が、握って、開いて、また握る。


「見ての通り、どこも悪くない。剣も振れる。ただ、振っても何も乗らないんだ。身体強化も、剣気も、襲われる前までは息をするみたいに出てたものが、全部どこかで止まっちまう」


「私もです」


 治癒師の女が、膝を抱えたまま言った。


「治癒の光が、手のひらまで来ないんです。胸の奥にあるのは分かるのに、そこから先の道が、途中でぷつりと切れてて」


 ミュゼが、小さく息を呑んだ。


「あの、試してみてもいいですか。私の治癒で、何か変わるかもしれないので」


「どうぞ。この何日か、村の薬師も神官も試してくれたけどね」


 ミュゼは女の手を取って、治癒の光を灯した。淡い光が、女の腕を包んでいく。けれど、その光は肌の上を滑るだけで、どこにも染み込んでいかなかった。


「……傷が、ないんです。治すところが、どこにもない」


 ミュゼの声が、少し震えていた。


(傷じゃないから、治らない。――俺の指と、同じか)


 セレスは、自分の右手の指先を擦り合わせた。王都を出てから少しずつ戻ってきた感覚は、今ようやく七割といったところだ。


「俺にも、見せてくれ」


 セレスはベルクの前に膝をついて、その手首に触れた。


 紋様が、かすかに熱を帯びる。ベルクの中から、何かが流れてこようとしているのが分かった。塔の前で白い髪の男に触れた時のような、底のない冷たさとは違う。この男は、ちゃんと受け取る口を持っている。


 ただ、その奥で道が切れていた。


 流れてきたものが、ある場所でふっと途切れて、その先に届かない。切り口はひどく滑らかで、ささくれひとつ残っていなかった。糸を刃物で断ったような、迷いのない切り方だった。


(……あいつだ)


 確かめるまでもなかった。塔の穀物庫で、自分の手から抜け落ちていったものと、まったく同じ手触りだった。


「どうだ」


「切られてる。俺にも、つなぎ直すのは無理だ」


 正直に言うと、ベルクは乾いた声で笑った。


「そうか。……まあ、そうだろうな」


 ◇


 四人が襲われたのは、村から半日ほど東の街道だった。


「王都へ戻る途中だった。夕暮れ時で、道の真ん中に女の子が一人で座り込んでた。十二、三の、痩せた子だ。灰色の長い髪をしてた」


 ベルクは、壁を見つめたまま話した。


「迷子だと思った。近くに親もいない。だから、俺が声をかけたんだ。大丈夫か、立てるかって。……それで、手を差し出した」


 セレスの喉が、ひとりでに鳴った。


「あの子は、しばらく俺の手を見てた。泣きそうな顔でな。それから、ごめんなさい、って言ったんだ。小さい声で」


 ベルクの右手が、膝の上で握られた。


「次の瞬間には、俺の手から、全部抜け落ちてた。それから、あの子は一人ずつ、順番に回っていった。治癒師が駆け寄ってきたら治癒師を。魔術師が杖を向けたら魔術師を。……一番最後まで残ったのは、あいつだ」


 ベルクが顎で示したのは、斥候の小柄な男だった。男は短剣から目を離さないまま、ぼそりと言った。


「俺は、何もしなかった。怖くて、突っ立ってただけだ。だから最後まで残った」


 部屋の中が、しんと静まった。


「……手を伸ばした順、か」


 アルトが、低くつぶやいた。


 セレスは答えなかった。答えられなかった、というほうが近い。


 迷子に差し出した手。駆け寄った治癒師の手。仲間を守ろうと向けた杖。あいつは、自分に向かって伸びてくるものから順に、断っていったのだ。


(伸ばしてくる手を、先に切る)


 塔の穀物庫でも、そうだった。セレスが差し出した手を、あいつは最後まで取らなかった。あと指一本のところで握りしめて、その手でセレスの力を断った。


 あいつが、そうやって生きてきたのだとしたら。誰かが手を伸ばしてくるたびに、その手が自分に届く前に、自分から断ってきたのだとしたら。


 セレスの力は、相手が手を伸ばさないと届かない。女神はそう言った。だが、あいつは伸ばさないどころか、伸びてきた手のほうを切ってしまう。


(……届くわけ、ないじゃないか)


「その子の、そばに男はいたか。白い髪の」


 イリスが、静かに尋ねた。


「いた。少し離れた木の下に。最初から最後まで、ただ見てた。終わったあとで、あの子の肩に手を置いて、よくできました、って言ってたよ」


 イリスの手が、剣の柄の上で固くなった。


 ガロンは何も言わずに立ち上がって、離れの隅の小さな竈に火を入れ始めた。村長の家から借りてきたらしい鍋と、背負い袋から干し肉と芋を出していく。


「……何してんだ、あんた」


 ベルクが、呆れたように言った。


「飯だ。力が出なくても、腹は減るだろう」


 ガロンは、振り返りもせずに芋の皮を剥き始めた。


「力が戻るまで何日かかるか分からねえなら、その間、食ってなきゃ持たねえ。……食える時に食え。話はそれからだ」


 ベルクはしばらくガロンの背中を見ていたが、やがて、ふっと息を吐いて笑った。四人の中で、初めて笑った顔だった。


 ◇


 その夜、一行は離れの隣の納屋を借りて休むことになった。


 セレスは、藁の上で木箱を膝に乗せていた。王都で鑑定士から受け取った、あの黒い鈴の箱だ。封じの術式が刻まれた蓋は、ここまでの三日間、一度も鳴らなかった。


「眠れないの?」


 レイフィアが、隣に腰を下ろした。


「……少し、考えてた」


「あの子のこと?」


「あいつは、なんで、手を伸ばしてくる奴から切るんだろうな」


 レイフィアは、しばらく黙っていた。それから、細剣の鞘を膝の上に横たえた。


「手を伸ばされるのが、いちばん怖いからじゃないかしら」


「怖い?」


「伸ばされた手を取ったら、今度は自分が、その手を失うのが怖くなるもの。……最初から取らなければ、失くすこともないわ」


 レイフィアの声は、どこか自分に言い聞かせるような響きをしていた。セレスは、何も聞き返さなかった。


(取らなければ、失くさない、か)


 それは、ずっと前の自分にも、少しだけ覚えのある考え方だった。この体で目を覚ましたばかりの頃、誰かと組むのが面倒だと思っていた。面倒だと思うことにしていた、のほうが正しいのかもしれない。


 その時だった。


 膝の上の木箱が、ことり、と小さく揺れた。


 ちりん。


 封じられているはずの箱の中から、澄んだ音がした。


 納屋の中で、眠っていたはずの仲間たちが一斉に身を起こした。イリスはもう剣を手にしている。ガロンが大剣の柄を掴み、ミュゼが杖を引き寄せた。


「……鳴ったな」


 アルトが、低く言った。


 ちりん、と、もう一度。今度は箱の中からだけではなかった。納屋の外、村の東の外れから、同じ音が重なって聞こえてくる。


 セレスは箱を置いて、納屋の戸を押し開けた。


 月の明るい夜だった。麦畑の向こう、街道へ続く道の真ん中に、小さな人影がひとつ立っていた。


 痩せた肩。伸びた髪。左腕を這い上がる黒い線は、塔で見た時よりもさらに伸びて、首筋の近くにまで届いていた。


「……リン」


 呼ぶと、人影がゆっくりと顔を上げた。


 月明かりの下で見たその顔は、泣いてはいなかった。塔の穀物庫で見た、今にも崩れそうな笑顔でもなかった。


 ただ静かに、セレスを見ていた。


「来ないで、って言ったよ」


 リンの右手が、ゆっくりと持ち上がる。


 差し出すためではなかった。何かを断つ前の、あの静かな握り方だった。


第百十五話「伸ばした手から」をお読みいただき、ありがとうございます。


 リンがなぜ、差し伸べられた手から順に断っていくのか。セレスの力がリンに届かない理由が、少しだけ見えてきました。そして、月の下に立っていたのは。よろしければ、ブックマーク・評価で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。