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女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

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第百十四話 鳴った鈴

王都に戻ってきました。預けたままだった、あの鈴の話です。

 塔を発って四日目の昼、一行は王都の北門をくぐった。


 石畳の照り返しも、露店から漂う焼き菓子の匂いも、ずいぶん懐かしく感じる。北の国境で過ごした日々が、それだけ長かったのだろう。ガロンが真っ先に肉串の屋台へ向かいかけて、アルトに襟首をつかまれていた。


「先にギルドだ。飯はそのあとでいい」


「一本くらい、いいだろうが」


「一本で済んだことがあるか?」


 言い返せないガロンを横目に、セレスは大通りを歩き出した。


 異変に気づいたのは、ギルドの手前の広場に差しかかった時だった。すれ違う人の視線が、妙にこちらへ引っかかる。荷車を引いていた男が振り返り、井戸端の女たちが肘でつつき合った。


「ほら、あの子よ。銀の無色」


「北の塔の話の? あんなに小さいの」


(……銀の無色?)


 聞き慣れた「無色」に、ランクの「銀」がくっついている。褒めているのか、からかっているのか、よく分からない呼び方だった。


「宿場じゃ『斬らずの銀』で、王都じゃ『銀の無色』ですか。セレスさん、呼び名が増えていきますね」


 ミュゼが、なぜか嬉しそうに言う。


「増えなくていい」


「無色って言葉が残ってるだけ、王都らしいわね」


 レイフィアが肩をすくめた。


「ここの人たちは、あんたが水晶の前で何も映らなかった日を覚えてるのよ。それが銀ランクになって、塔の隊長を捕まえて帰ってきた。どう呼べばいいか、まだ決めかねてるんでしょう」


 セレスは、少しだけ歩く速さを上げた。陰口だった言葉が、同じ口から別の響きで出てくる。それが妙にくすぐったくて、顔を見られたくなかった。


 ◇


 ギルドの奥の小部屋には、前と同じ上役の男が待っていた。机の上には、見覚えのない封書が一通置かれている。


「塔の副官から、早馬で先に届いた。隊長の件も、監視隊の不正も、君たちのことも、あらかた書いてある」


 上役は封書を指で叩いてから、アルトを見た。


「ギルド証の件は、こちらで預かっておく。何もなかったことにはできんが、取り上げる理由もない。そういう扱いだ」


「助かる」


「それと、例の羽だ」


 上役は、引き出しから封筒を出した。前に街道で拾った、あの白い羽が入っている。


「北の国境監視隊が使っている伝令鳥のものだった。どこから飛ばされた鳥かまでは、もう分からん。だが、監視隊の鳥が王都に着かず、街道に落ちていた。届くはずの報告が届いていなかった件と、無関係とは思えんな」


 セレスは、ユーリの顔を思い浮かべた。何度報告を上げても、返ってくるのは「受領、異常なし」だけだったと言っていた。握り潰されていたのは、あいつの報告だけではなかったのかもしれない。


「ユーリって子が、そのうち王都に来る。報告を上げた本人だ。証言させてやってくれ」


 アルトが言うと、上役は短く頷いた。


「承知した。副官の報告書は、それまでこちらで預かっておく。今度は、途中で落とさせない」


 上役はそれだけ言うと、椅子から立ち上がりかけて、もう一度腰を下ろした。


「もうひとつ。調査部の爺さんが、君たちに会いたがっていた。預かり物のことで、話があるそうだ」


 ◇


 調査部の小部屋は、前に来た時と何も変わっていなかった。薬草と古い紙の匂いがする。白衣の初老の鑑定士は、一行の顔を見るなり、机の引き出しから小さな木箱を取り出した。


「待っていたよ。これのことで、どうしても伝えておきたくてね」


 箱の蓋には、封じの術式が細かく刻まれている。中に入っているのは、黒い布に包まれた鈴だった。


 六十一日の期限がつく、ずっと前のことだ。宿の前に置かれていたあの鈴を、ここに預けていった。その時にはまだ名前もなかった少女が、青い顔で手首を押さえていたのを、セレスは今でも覚えている。


「一昨日の夜だ」


 鑑定士は、箱の縁に指をかけた。


「私はここで遅くまで書き物をしていた。そうしたら、この箱の中で、鈴が鳴った。封じたまま、一度だけ、ちりん、とね」


 部屋の空気が、すっと冷えた。


 一昨日の夜。宿場の裏庭で、白い仮面の男が鈴を揺らした夜だ。


「……同じ夜だ」


 セレスがつぶやくと、仲間たちの視線が集まった。宿場でのことは、全員が知っている。イリスが、そっと剣の柄に手を置いた。


「つまり、こういうことだと思う」


 鑑定士は、丸眼鏡を押し上げた。


「この鈴は、もうひとつの鈴と対になっている。向こうが鳴れば、こちらも鳴る。前に、呼び水かもしれないと言ったのを覚えているかな。半分は当たっていた。これは、誰かを呼ぶための鈴というより、決まった誰かにだけ届くように作られた合図なんだ」


「決まった誰か、ですか」


 ミュゼが、小さな声で聞き返した。


「そう。鳴らした者と、この音を聞かされるように作られた者。そのふたりの間でだけ、意味を持つ音だよ」


 セレスは、ひとつの夜を思い出していた。


 宿の食堂で、あいつが自分の名前を決めた夜だ。あの人が来る時、いつも鈴が鳴る。私を縛るための合図だった。そう言ってから、怖いものの名前を自分のものにしたい、と笑った。


(それで、「リン」か)


 あいつは、自分を縛る音に名前をもらって生きていくと決めたのだ。そう思うと、胸の奥が、じわりと重くなった。


「それと、もうひとつ」


 鑑定士は、箱をそっと机の端へ押しやった。


「鳴ってからしばらく、鈴が少しだけ震えていた。細い糸で引かれるみたいに、決まった方角へね。……東だ」


 アルトが、ゆっくりと顔を上げた。


「旧王都の跡がある方角だな」


「そこに何があるのかは、私には分からない。ただ、この鈴を鳴らした相手は、あちらにいるんだろう」


 鑑定士は、木箱をセレスの前に差し出した。


「これは、君たちが持っていくといい。封じは解かないでおく。鳴れば、向こうが近いという合図になる」


 セレスは、箱を受け取った。思っていたよりも軽い。指先にはまだ半分くらいしか感覚が戻っていなくて、木の手触りがどこか遠かった。


(今度は、こっちが持って行く番だ)


 ◇


 その夜は、王都にいた頃に使っていた宿に部屋を取った。


 ガロンは約束どおり、肉串を両手いっぱいに買い込んできた。円卓に山盛りの串が並んでも、今日はミュゼも呆れた顔をしない。黙って一本取って、黙って食べていた。


「……明日の朝、東門から出る」


 アルトが、懐から紙を出して卓に広げた。六十一本の線は、端から順に細く消されている。残りは、五十本ほどだった。


「王都から旧王都の跡までは、東の街道で六日だ。途中の村で、一度馬を替える」


「六日なら、まだ間に合うわね」


 イリスが、紙の端を指で押さえた。


「間に合うかどうかじゃなくて、間に合わせるのよ。セレス、あんたがそう言ったんでしょう」


「……ああ」


 セレスは、串を一本手に取った。まだ温かい。ガロンが、ちらりとこちらを見て、何も言わずに自分の皿へ視線を戻した。


 その時、宿の扉が叩かれた。


 入ってきたのは、昼間の上役だった。外套の肩が夜露で濡れている。わざわざ自分で来たということは、使いを出す暇も惜しかったのだろう。


「遅くにすまない。夕方、東の街道から早馬が入った。君たちの耳に入れておいたほうがいいと思ってね」


 上役は、立ったまま一枚の紙を差し出した。


「王都から東へ三日の村で、銀ランクの冒険者の組が、何者かに襲われた。四人とも、傷ひとつない。ただ、剣士の身体強化も、魔術師の魔法も、治癒師の治癒も、全部使えなくなっていた。まるで、力の通り道を、途中で切られたみたいにね」


 セレスの右手が、ぴくりと跳ねた。


 まだ戻りきらない指先の、すとんと抜け落ちたような感覚。あれを、他の誰かも味わったのだ。


「見た者の話では、相手は二人。白い髪の男と、腕に黒い線の走った女の子だったそうだ」


 誰も、声を出さなかった。


 肉串の脂が、皿の上で静かに冷えていく。


「……一人も、斬ってないのか」


 ガロンが、低く言った。


「ああ。死人も、怪我人も出ていない。ただ、力が戻るのに何日かかるのか、誰にも分からないそうだ」


 上役が出ていったあとも、しばらく誰も口を開かなかった。


 セレスは、自分の右手を見下ろした。


(斬らずに、黙らせた――か)


 宿場で聞いた自分の呼び名が、耳の奥で嫌な響き方をした。同じことを、あいつもしている。ただ、あいつがやっているのは、繋ぐことじゃなく、断つことだった。


 あいつは、自分で選んで行った。そして今、自分の手で、誰かの力を断ち始めている。


「でも、おかしいですよ」


 ミュゼが、膝の上で手を握りしめた。


「リンさん、言ってたんですよね。外に出たら、すぐに満ちるって。だから壁の中に行くって。それなのに、どうして村に……」


「出してる奴がいるんだろう」


 アルトの声は、いつもより低かった。


「壁の中で静かに満ちるのを待つ気は、向こうにはないってことだ。……急がせてる」


 セレスは、宿場の裏庭で聞いた声を思い出した。器は、自分で選んで満ちるのが、一番いい。そうなるように、私が育てる。


(育てるって、そういうことかよ)


 断つたびに、あいつの中の何かが満ちていく。紙の線より速く、期日が近づいてくるのかもしれなかった。


「……東へ三日、ね」


 レイフィアが、地図の上に指を置いた。旧王都へ向かう街道の、ちょうど途中だった。


「通り道よ。避けて通る気は、ないんでしょう」


「ない」


 セレスは、串を皿に置いた。


 膝の上の木箱は、静かなままだった。

第百十四話「鳴った鈴」をお読みいただき、ありがとうございます。


 六十一話で預けたままだった黒い鈴が、ようやく口を開きました。そして王都の東で、「斬らずに黙らせる」誰かが現れます。次回、東の街道へ。よろしければ、ブックマーク・評価で応援していただけると励みになります。

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