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女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

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第百十三話 斬らずの銀

王都へ戻る道中です。久しぶりに、あの鈴の音が聞こえます。

 塔を発って二日目の夕方、一行は街道沿いの小さな宿場に着いた。


 宿の食堂に入った途端、奥の席で飲んでいた商人たちの声が、ぴたりと止んだ。それから、ひそひそと囁き合う声に変わる。


「……あれじゃないか。北の塔の」


「銀髪の小さいのと、でかい剣の男と、金ランクの女剣士。聞いた通りだ」


「二十人を相手に、一人も斬らずに黙らせたって話だろ」


(……もう広まってるのか)


 セレスは、聞こえないふりをして席に着いた。副官が王都へ走らせた伝令か、街道を行き来する荷馬車か。どちらにしても、足が速すぎる。


 料理を運んできた宿の女将が、皿を置きながら、にこにこと身を乗り出してきた。


「あんたでしょ、『斬らずの銀』って」


「……なんだそれ」


「北から来た行商が言ってたよ。国境の塔で、悪い隊長をやっつけて、兵隊さんは誰も死なせなかった銀ランクの冒険者がいるって。みんな、そう呼んでる」


 女将は、大盛りの煮込みをセレスの前に置いた。


「これは、おまけ。うちの甥っ子も、あの塔にいるんだよ」


 女将が行ってしまうと、テーブルに妙な沈黙が落ちた。最初に噴き出したのは、ガロンだった。


「斬らずの銀、か。……くっ、似合わねえ」


「うるさい」


「いいじゃないですか、かっこいいですよ!」


 ミュゼが、目を輝かせて身を乗り出す。


「前は『無色の』って、陰口ばっかりだったのに。ちゃんとした呼び名がついたんですよ、セレスさん」


「……ちゃんとしてるか、それ」


 イリスが、黙ってスープを口に運んでから、ぽつりと言った。


「二十人のうち、半分以上止めたのは私なんだけど」


「イリス、拗ねてる?」


 レイフィアが横目で見ると、イリスはつんと顔を背けた。


「拗ねてないわ。事実を言っただけよ」


 アルトが、珍しく小さく笑った。


 セレスは、大盛りの煮込みを見下ろした。呼び名なんてどうでもいい。そう思っていたのに、湯気の向こうで女将が嬉しそうにこちらを見ているのを見ると、突き返す気にはなれなかった。


(……まあ、「無色の」よりは、ましか)


 右手でスプーンを握る。指先の感覚は、まだ半分くらいしか戻っていなかった。


 ◇


 その夜、セレスは眠れなかった。


 宿の裏庭に出ると、月が明るかった。井戸の縁に腰掛けて、右手を開いたり閉じたりしてみる。リンに断たれた指先は、昼間より少しだけ温かい。


(期日まで、か)


 アルトの紙には、今朝までの分の線が、また一本消されていた。


 ちりん。


 セレスの手が、止まった。


 ちりん、と、もう一度。小さく、澄んだ音。聞き間違えるはずがなかった。街道の野営地で、王都で、何度も聞いた音だ。


「……出てこい」


 セレスは、ゆっくり立ち上がった。剣は、部屋に置いてきている。


 裏庭の端、月の光が届かない塀の影に、誰かが立っていた。フードを深く被っている。その奥に、白い仮面がぼんやりと浮かんでいた。片側に、黒い亀裂のような模様が走っている。


 白い仮面の男だった。


 街道の野営地で、ノアを苦しめたあの男。あれ以来、声しか聞かせなかった男が、今は塀の影に立っていた。


「……久しいな、白銀の本物」


 低い声だった。仮面の奥の声は、以前より少しだけ疲れているように聞こえた。


「リンは、どこだ」


「私のところへ来た。あれに連れられて、だが、自分の足でな」


 あれ、というのが白い髪の男のことだと気づくのに、少しかかった。塔の穀物庫の前で穏やかに笑っていたあの男を、この仮面の男は、道具のように呼んだ。


 男は、指先の細い鈴を、もう一度揺らした。ちりん。


「礼を言っておこう。お前が手を差し出してくれたおかげで、あの子は、自分でそれを断つことを覚えた。……器は、自分で選んで満ちるのが、一番いい」


「あいつは、お前のものじゃない」


「前にも、あの子に同じことを言われたな」


 男は、少しも動じなかった。


「だが、次にお前があの子の前に立つ時、あの子はもう迷わない。自分の手で、お前を断つ。そうなるように、私が育てる」


 セレスの右手が、固く握られた。まだ感覚の戻りきらない指に、爪が食い込む。


「……わざわざ、それを言いに来たのか」


「いいや」


 仮面の男は、首を傾けた。


「顔を見に来た。あれから聞いた。あの子が、眠りながら何度も呼んだ名だそうだな。その持ち主の顔を」


 仮面の奥で、目が細められた気がした。


「白銀の本物。お前は、いつもそうだ。誰にでも手を伸ばす。……だから、いつも間に合わない」


「――セレス!」


 宿の二階の窓が、勢いよく開いた。イリスだった。抜き身の剣を片手に、窓枠を蹴って裏庭へ飛び降りてくる。


 着地と同時に、塀の影へ斬り込む。


 だが、剣は空を切った。


 ちりん。


 鈴の音だけが、夜の中に残った。塀の影には、もう誰もいなかった。


「……逃げたわね」


 イリスが、剣を下ろして舌打ちした。それから、振り返ってセレスを睨む。


「一人で出るなって、何回言えば分かるの。剣も持たずに」


「……悪い」


「今の、白い仮面の男よね。姿を見せたのは、野営地の時以来じゃない」


「ああ」


 セレスは、男が立っていた塀の影を見つめていた。


(いつも、間に合わない、か)


 廃坑の老人。ラーレンの砦。塔の穀物庫。手を伸ばして、届かなかった場面ばかりが、頭をよぎる。


「……イリス」


「何」


「次は、間に合わせる」


 イリスは、少しだけ目を見開いて、それから小さく息を吐いた。


「当たり前でしょう。そのために、私たちがいるのよ」


 宿の中から、ばたばたと足音が近づいてくる。ガロンの寝ぼけた怒鳴り声と、ミュゼの「何があったんですか!」という声が、夜の裏庭に響いた。


第百十三話「斬らずの銀」をお読みいただき、ありがとうございます。


「無色の」と陰口を叩かれていたセレスに、初めてまともな呼び名がつきました。そして、白い仮面の男が久しぶりに姿を見せました。次回、王都へ。よろしければ、ブックマーク・評価で応援していただけると励みになります。

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