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女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

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第百十二話 呼ばなかった理由

塔の後始末と、久しぶりの呼び出しです。

 日が傾く頃には、塔の騒ぎはすっかり収まっていた。


 隊長は縄を掛けられ、塔の一室に閉じ込められた。代わりに兵たちをまとめているのは、頬を腫らした副官だ。まだ足元はふらついていたが、兵たちへ指示を出す声には、昨夜にはなかった張りがあった。


「ユーリの報告は、俺の名前と印をつけて、改めて王都へ上げる。今度は、鳥じゃなく人を走らせる。途中で握り潰されないようにな」


「俺が、持っていきます」


 ユーリが言った。


「ヨルを母さんのところへ送ったら、その足で王都へ行く。報告を上げた本人が、証言する」


 副官は、少し目を見開いてから、ゆっくり頷いた。


「……頼む。オルドも付けよう。あいつも、検問でお前を通した。どうせ隊長には睨まれてた身だ」


 オルドが、照れくさそうに頭を掻いた。


 それから、副官はセレスたちに向き直った。


「あんたたちのことも、報告には書いておく。国境監視隊の不正を暴いた冒険者だとな。ギルドが知らんふりをするつもりだったとしても、これで取り上げる理由はなくなるだろう」


「助かる」


 アルトが短く礼を言うと、ガロンが横で小さく息を吐いた。


「証を取り直す手間が省けたな」


 ユーリは、しばらくセレスの前に立っていた。何か言おうとして、やめて、また口を開く。


「……礼は、言わないって言った」


「ああ」


「だから、借りにしとく。王都で、ちゃんと返す」


 それだけ言うと、ユーリはヨルの手を引いて、兵たちの方へ歩いていった。ヨルが振り返って、ミュゼに小さく手を振る。ミュゼは、両手で大きく振り返した。


「……いい子たちでしたね」


「ああ」


 ミュゼの声は少し湿っていたが、セレスは気づかないふりをした。


 ◇


 縛られた隊長は、思ったより簡単に口を割った。アルトとレイフィアが一刻ほど話を聞いて、戻ってきた。


「あの男は、月に一度来るたびに、次にどこへ回るかを隊長に話していたそうだ。隊長を、自分の手足だと思ってたんだろうな」


 アルトが、地図を広げた。指が、王都の東の端へ滑る。


「旧王都の跡だ。百年前に捨てられた、古い都。あそこにも、ここと同じ『壁のある部屋』があるらしい」


「旧王都……」


 レイフィアが、地図を覗き込んだ。


「あの旅商人、旧王国の古い貨幣で支払いをしてたわよね。偶然かしら」


「分からん。だが、手がかりはそれしかない」


 イリスが、剣の手入れをしながら顔を上げた。


「ここから何日?」


「王都を経由して、十日」


 誰も、長いとは言わなかった。


 ◇


 夜。仲間たちが眠ったあと、セレスは一人で穀物庫へ戻った。


 壁の紋様は、もう光っていない。ただの冷たい石の部屋だった。リンが座っていたらしい場所に、薄い毛布が一枚、畳まれて置いてある。


 セレスは、その前に腰を下ろした。


(……ずっと、呼ばなかったな)


 ずいぶん前に、あいつは言った。何か様子がおかしいと思ったら、すぐに呼べ、と。言われなくても呼ぶ、と返したのは自分だ。


 リンが消えた夜も、糸を覗いて倒れかけた日も、呼ばなかった。


「――出てこい」


 視界が、ふっと白く滲んだ。


『……遅い』


 真っ白な空間に、女神が立っていた。いつもの気の抜けた顔ではなかった。


『遅いよ、セレス。何回呼ばれるかと思って、ずっと待ってたのに』


「悪い」


『なんで呼ばなかったの』


 セレスは、少し黙った。


「……呼んだら、答えを聞くことになるだろ。『順番がある』って、また言われるのも嫌だった。けど、それより」


 言葉を探して、結局そのまま口にした。


「もう手遅れだって言われるのが、怖かった」


 女神は、何も言わなかった。それから、ぽつりと言った。


『……ごめん。そう思わせたの、私だね』


「お前のせいじゃない」


『半分は、私のせい』


 女神は、白い床に座り込んだ。セレスも、つられるように腰を下ろす。


『先に言っておくね。リンの糸には、私は触れない。あれは、向こう側の管轄のものだから。手を出したら、たぶん私ごと持っていかれる』


「……そうか」


『覗くと一日削れるのも、そのせい。あなたの紋様で覗くと、糸そのものを道にして向こうへ近づくことになるの。道を踏めば、その分だけ糸が先へ進む』


 セレスは、奥歯を噛んだ。やはり、あれは自分が進めてしまったのだ。


『でもね』


 女神は、身を乗り出した。


『止まった夜の話、聞いた。あれは、覗いたのとは逆なの。あなたが手を当てて、あの子も、同じ場所に手を当てた。両方から手を伸ばしたら、繋ぐ力は、糸を先へ進める道じゃなくて、その場につなぎ止める力になるの』


「つなぎ止める……」


『あの子が自分から手を伸ばしてる間は、糸は進まない。あなたの力は、相手が手を伸ばさないと届かない。前に廃坑で、そう知ったでしょう。あれは、届かない時の話。届いた時は、こうなるの』


 セレスは、自分の右手を見た。昼間、リンに断たれた指先には、まだ感覚が戻りきっていない。


「あいつは、今日、俺の手を断った」


『うん。でも、行く前に言ったんでしょう。「私も手を当ててた、覚えてて」って』


 女神は、少しだけ笑った。


『断った手と、覚えててって言った手。どっちも、あの子の手だよ』


 セレスは、しばらく何も言えなかった。


「……リンのこと。前に、今度ちゃんと話すって言ったよな」


『言った』


「今は」


『まだ、全部は言えない。ごめん。でも、次に呼ばれた時には、もう少し言えると思う。だから』


 女神は立ち上がって、セレスの額を指で軽く弾いた。


『今度は、ちゃんと呼んで。怖くても』


「……分かった」


 白い光が薄れていく。消える直前、女神の声が小さく聞こえた。


『あの子、強いね。あなたが思ってるより、ずっと』


 ◇


 目を開けると、穀物庫の冷たい石の部屋だった。


 セレスは、畳まれた毛布を手に取った。リンが、ここで何日も過ごした毛布だ。持っていこうかと少し迷って、結局、元の場所に戻した。


(返しに来る。あいつと一緒に)


 廊下の窓から、細い月が見えていた。

第百十二話「呼ばなかった理由」をお読みいただき、ありがとうございます。


 八十話で「すぐ呼んで」と言われていたのに、ずっと呼べなかった理由。そして、「止まった夜」の意味。次は、旧王都の跡へ向かいます。よろしければ、ブックマーク・評価で応援していただけると励みになります。

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