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女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

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第百十一話 断つ手

穀物庫の扉が開きました。

 セレスは、塔の門へ走った。


 炊事場を抜け、石の廊下を駆ける。昨夜は足音を殺して歩いた道だ。今は、そんなことを気にしている余裕はなかった。


 突き当たりの、左の扉が開いていた。


 穀物庫の中は、外よりずっと寒かった。吐く息が白い。石の壁には、見たことのない細かな紋様がびっしりと刻まれていて、それが淡く青白い光を放っている。


(これが、あいつの言ってた壁か)


 部屋の真ん中に、リンが立っていた。


 ラーレンの砦で消えて以来、初めて見る顔だった。少し痩せて、髪が伸びている。左の手首から伸びた黒い線は、肘を越えて、もう二の腕の半ばまで這い上がっていた。


「リン」


「……来ないで、って言ったのに」


 リンは、泣きそうな顔で笑った。


 白い髪の男は、開いた扉の脇に立っていた。手には、鉄の鍵がひとつ。セレスが飛び込んできても、身構えもしない。


「開けたのは、私です」


 男は、穏やかに言った。


「ですが、出てくるかどうかは、あの子が決めます。あの子が選ぶのなら、私は止めません。約束しましょう」


「……ふざけるな」


「ふざけてはいませんよ。無理に連れて行った器は、ひびが入りやすいのです」


 セレスは、男を無視してリンに向き直った。


 扉が開いたせいだろう。リンの手首の黒い線が、じわり、と目に見える速さで動いていた。リンは、それを右手で押さえつけている。指の間から、黒い光が滲んでいた。


「……聞こえるの。壁が開いたら、すぐ近くで。ずっと、呼んでる」


「なら、ここを出よう。今すぐだ」


 セレスは、手を差し出した。


「来い、リン。手を伸ばせ」


 昨日、あの男に聞かれた言葉だった。扉の前では、言えなかった言葉だ。


 リンの目が、差し出された手に落ちた。


 右手が、ゆっくりと持ち上がる。震えている。指先が、セレスの手のほうへ、少しずつ近づいてくる。


(届く――)


 紋様が熱を帯びた。細い白銀の光が、セレスの指先からリンの指先へ、糸のように伸びていく。


 あと、指一本ぶん。


「……だめ」


 リンの手が、止まった。


「外に出たら、すぐに満ちる。ふた月なんて、もたない。たぶん、何日かで。……あなたたちの前で、私が、私じゃなくなる」


 リンは、首を振った。


「それだけは、嫌。あなたたちに、それを見せるのだけは」


「そんなこと、今考えなくていい!」


「考えるよ。……考えちゃうんだよ、私」


 リンの右手が、白銀の糸の上で、静かに握られた。


 その瞬間、何かが、ぷつりと切れた。


 セレスの手が、見えない力で弾かれた。指先から伸びていた光の糸が、途中で断ち切られて、空中でほどけて消えていく。


 痛みはなかった。ただ、差し出した手の先から、何もかもがすとんと抜け落ちたような感覚だけがあった。


(……断たれた)


 リンの力だ。繋がりそのものを、切り離す力。それを自分に向けられたのは、初めてだった。


「……ごめん」


 リンは、うつむいた。


「次の場所にも、壁があるんでしょう」


「ええ。ここより厚い壁が。期日まで、静かに満ちていけます」


 男が答えた。


「なら、行く。壁の中なら、期日までは、もつ」


 リンは、男のほうへ一歩踏み出した。それから、足を止めて、振り返らずに言った。


「……期日まで、ちょうだい」


「リン」


「その間に、来て。今度は、私が、手を伸ばせるところまで」


 セレスは、何も言えなかった。


 男が、リンの肩にそっと手を置いた。足元から、黒い光が湧き上がる。ラーレンの砦で見たのと、同じ光だった。


「……止まった夜、あったでしょう」


 黒い光に包まれながら、リンが小さく言った。


「あれ、私も、手を当ててた。……それだけ、覚えてて」


「リン!」


 セレスが踏み込んだ時には、もう遅かった。黒い光は、二人を飲み込んで、ふっと消えた。


 穀物庫の壁の紋様が、ひとつ、またひとつと光を失っていく。部屋の寒さだけが、しばらく残っていた。


 ◇


 どれくらい、そこに立っていたのか分からない。


「……セレス」


 後ろから、ガロンの声がした。いつの間にか、仲間たちが廊下に集まっていた。誰も、中へは入ってこなかった。ミュゼが、両手で口元を押さえていた。


「連れていかれたのか」


「違う」


 セレスは、自分の右手を見下ろした。指先には、まだ何の感覚も戻っていない。


「あいつが、自分で行った。俺の手を断って、自分で選んで行ったんだ」


 アルトが、黙って懐から紙を取り出した。六十一本の線。そのうち、薄くこすった一本を、しばらく見つめていた。


「……期日まで、と言ったんだな。あいつは」


「ああ」


「なら、この紙は、まだ使える」


 アルトは紙を畳み直して、懐にしまった。


「『来て』と言ったんだろう。だったら、行くしかない」


 セレスは、右手を握った。何も感じない指で、それでも、固く握った。


(今度は、手を伸ばせるところまで、か)


 あいつは、自分で決めて行った。守られるだけの子じゃなかった。なら、こっちも、ただ追いかけるだけじゃ足りない。


 約束は、しない。守れなかった約束は、ずっと残るから。


 ただ、あいつが手を伸ばせる場所までは、必ず行く。


第百十一話「断つ手」をお読みいただき、ありがとうございます。


 リンは連れ去られたのではなく、自分で選んで行きました。セレスの力を、初めて自分の意思で断って。ここから物語は、「探す」から「間に合わせる」へ変わっていきます。よろしければ、ブックマーク・評価で応援していただけると励みになります。

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