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女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

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第百十話 斬らない二十人

塔の前での戦いです。今回は、誰も斬りません。

 丘を駆け下りるセレスを見て、兵の列がざわめいた。


「一人で来るぞ!」


「女だ、しかも子どもみたいな――」


 その声が終わるより早く、セレスの横を二つの影が追い越していった。大剣を担いだガロンと、抜き身の剣を下げたイリスだ。


「盾、構え!」


 隊長の号令で、先頭の八人が一斉に盾を並べた。隙間なく噛み合った、分厚い鉄の壁だ。訓練された兵の動きだった。


(……ラーレンの守備隊と、同じ型か)


 セレスは足を緩めずに、壁の正面へ飛び込んだ。剣を叩きつける。重い手応えとともに、腕が痺れた。盾の壁は、びくともしない。


「はっ、無色の小娘が!」


 盾の隙間から、槍が三本突き出してくる。セレスは身をひねって二本をかわし、三本目を剣の腹で受け流した。押し返されて、踵が土を削る。


「セレス!」


「平気だ!」


 平気ではなかった。正面からでは崩せない。


(なら、正面じゃなく、繋ぐ)


 左手首の紋様が熱を帯びる。ガロンの踏み込みの重さ。イリスの剣の、迷いのない軌道。二人の力が、意識の奥でひとつに繋がった。


 セレスは、もう一度踏み込んだ。


 今度は叩きつけない。盾と盾の継ぎ目、ほんの指一本ぶんの隙間に、剣先を滑り込ませる。ひねる。噛み合っていた盾が、内側から弾けるように外れた。


「なっ――」


 崩れた一枚の隙間へ、ガロンが肩から突っ込んだ。


「どけえっ!」


 大剣は抜かない。鞘ごと横に薙ぐ。盾を構えた兵が三人、まとめて草の上へ転がった。


 反対側では、イリスが静かに歩いていた。


 斬りかかってきた兵の剣を、手首を返すだけで跳ね上げる。次の兵の槍の柄を、峰で叩き折る。三人目は、振りかぶった瞬間に喉元で切っ先が止まっていて、そのまま動けなくなった。


 速すぎて、何が起きたのか分からない。そういう顔で、兵たちが立ち尽くす。


「……おい。今の、何人やられた」


「六人だ。……いや、七人か? 剣を、一度も振り下ろしてねえぞ、あの女」


「金ランクのイリスだ。噂で聞いたことがある……」


 囁きが、列の後ろへ広がっていった。


「怯むな! 相手はたかが三人だ!」


 隊長が怒鳴った。だがその声とは裏腹に、兵たちの足は前に出ない。二十人のうち、もう半分が地面に転がるか、武器を失っていた。そして、誰一人、血を流していない。


(斬ってない。……だから、怖いんだろうな)


 斬られるのなら、まだ分かる。だが、何をされたのかも分からないまま、剣だけが手から消えていくのだ。


「――オルド!」


 丘の上から、声が降ってきた。ユーリだった。


「オルド、下がれ! 隊長は、俺の報告を握り潰してた! ヨルを物置に閉じ込めたのも隊長だ!」


 丘の上には、ユーリの隣に、ヨルの手を引いたミュゼの姿もあった。林に置いてくるのは危ないと判断して、戻ってきたのだろう。


 兵の列の中ほどで、若い兵の肩が跳ねた。検問で、ユーリを見逃した兵だ。


「……ユーリ」


「賊の戯言だ、耳を貸すな!」


 隊長が叫ぶ。だが、オルドは剣を下ろしていた。その隣の兵も、つられるように剣先を下げていく。


「隊長。あいつ、ヨルの兄貴ですよ。……妹を攫う兄貴が、どこにいるんですか」


「黙れ!」


 隊長は、自ら剣を抜いてセレスへ向かってきた。飾りのついた兜の下で、目が血走っている。


 踏み込みは、悪くない。兵の中では、いちばん腕が立つのだろう。セレスは一撃目を受け、二撃目をいなした。


「お前さえ来なければ……! あの方の頼みは、ひとつ聞くだけで、金も地位も――」


「その金で、何人の報告を握り潰した」


 三撃目。セレスは受けなかった。半歩だけ横に抜けて、隊長の手首を、剣の柄で打った。剣が宙を舞い、草の上に突き刺さる。


 隊長は、呆然と自分の手を見下ろした。


「――それまでだ」


 塔の門の方から、別の声がした。


 門の前に、副官が立っていた。その両脇に、レイフィアとアルトがいる。副官の頬には殴られた痕があり、手首には縄の跡が赤く残っていた。


「隊長の部屋の奥に、縛られて転がされてたわ」


 レイフィアが短く言った。副官は、よろめきながらも前に出て、兵たちを見渡した。


「全員、聞け。三度だ。ユーリが上げた報告は、三度とも王国に届いていない。届いたことにされた『受領、異常なし』の紙は、隊長の字だ。俺は、それを知っていて、黙っていた」


 兵たちが、息を呑んだ。


「罰は、俺も受ける。だが今は、この人たちに剣を向けるな」


 一人、また一人と、兵たちが武器を下ろしていった。隊長は、膝から崩れ落ちた。


(……終わった、のか)


 セレスは剣を下ろしかけて、手を止めた。


 左手首の紋様が、急に冷たくなったのだ。熱を持つことはあっても、冷えたことは一度もなかった。


「アルト」


「分かってる」


 アルトの顔も、強張っていた。


「あの男は、どこだ」


「中よ」


 レイフィアが、塔を振り返った。


「私たちが副官を連れ出した時、廊下の奥にいた。穀物庫の前に。……私たちを見ても、何もしなかった。ただ、鍵を持って、扉の前に立ってた」


 塔の中から、ごとり、と重い音が響いた。


 鉄の錠が、外れる音だった。


第百十話「斬らない二十人」をお読みいただき、ありがとうございます。


二十人を相手に、誰も斬らずに勝つ。金ランクのイリスの「半分の力」も、少しだけ見ていただけたかと思います。そして、穀物庫の錠が外れました。次回、扉の向こうのリンと向き合います。よろしければ、ブックマーク・評価で応援していただけると励みになります。

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