第百四話 繋いだ先にあるもの
セレスが、根を辿ることに挑みます。
羽の調査結果を聞いた、数日後。
傷はとうに塞がり、疲労も抜けている。セレスは、宿の裏庭で、アルトと向き合っていた。
「――万全か」
「ああ」
「なら、やるか」
アルトは、静かに頷いた。
「言っておくが、俺にも、上手くいく保証はできない。何かおかしいと思ったら、すぐに戻ってこい」
「分かってる」
セレスは、地面に座り、目を閉じた。
手首の紋様に、意識を集める。
脈打つ感覚。リンのものと同じ、あの拍動。
これまでは、繋がりを感じて、呼びかけてみる。それが精一杯だった。だが今は、その先――繋がりの根そのものを、遡ろうとしている。
(――繋がってる場所を、遡る)
紋様の熱が、指先から腕へ、腕から胸の奥へと広がっていく。
景色が、滲むように歪んだ。
◇
最初に来たのは、暗さだった。
石壁に囲まれた、狭い部屋。
冷たい床。
その中心に、膝を抱えて座る誰かの輪郭が見えた。
(――リン)
背筋が、伸びていた。目も閉じていない。泣いてもいなかった。
静かだ。ひどく静かで、それが、かえって怖かった。
声をかけようとした。だが、届かない。ただ、繋がりを通して、何かが流れ込んでくる。
――寒い。
――怖い。
――誰か。
リンの顔は、少しも動いていない。なのに、この三つだけが、悲鳴のように、セレスの中で鳴り続けていた。
息が、詰まった。
これは、自分の感情ではない。だが、区別がつかないほど、生々しく響いてくる。
次の瞬間、鈍く重いものが、胸を貫いた。
痛みではなかった。だが、痛みよりも、ずっと重かった。
誰かに拒絶される恐怖。
自分を作った者への、割り切れない未練。
そして、その全部を、口に出さないと決めた、固い沈黙。
(――これが、リンが、抱えてるものの、重さ)
セレスは、意識が押し流されそうになるのを、必死に堪えた。
その時、遠くで、鐘が一度だけ鳴った。低く、割れた音だった。
◇
「――セレス!」
アルトの声で、目を開けた。
全身から、汗が噴き出していた。呼吸が、荒い。
「――どれくらい、経った」
「数十秒だ。だが、お前、顔面蒼白だぞ」
セレスは、震える手を見つめた。
「見えた。石壁の部屋に、リンがいた」
「場所は」
「分からない。景色までは、辿れなかった。ただ、鐘が一度だけ鳴った。低くて、割れた音だ」
「鐘、か。覚えておく」
セレスは、拳を握った。開こうとしたが、指先が、まだ小さく震えていた。
「――でも、感じた。リンが、何を抱えてるか」
「それは」
「あいつは、背筋を伸ばして、平気な顔で座ってた。なのに、中は悲鳴だらけだった。それを全部、外に出さないって決めてる」
アルトは、腕を組んだ。
「――繋がりを辿るほど、向こうの感情まで流れ込んでくる、ってことか」
「たぶん、そうだ」
セレスは、額の汗を拭った。
「深く知ろうとするほど、リンの痛みや恐怖が、そのまま俺に来る。今のは、ほんの入り口だ」
「本格的に辿ったら」
「もっと、重い。想像はつく」
アルトは、しばらく黙っていた。
「――代償、ってやつだな」
「みたいだ」
セレスは、地面に手をついて、立ち上がった。足元が、まだ少しふらついている。
「それでも、辿る価値はある。今ので、少なくとも、あの状態のリンが、まだ折れてないことは分かった」
「無理をするな。今度倒れたら、リンを助ける前に、お前が使い物にならなくなる」
「分かってる」
セレスは、夕暮れの空を見上げた。
「だが、次は、もう少し先まで見る。何度もやれば、いつか場所まで辿り着けるはずだ」
アルトは、その横顔をしばらく見つめてから、小さく息をついた。
「――付き合う。ただし、無茶をする時は、必ず俺か、他の誰かがいる時にしろ」
「約束する」
セレスは、震えの残る手を、強く握りしめた。
繋がりの先にあるものは、遠く、そして重い。だが、確かに、そこにリンがいる。
それだけで、前へ進む理由には、十分だった。
第百四話「繋いだ先にあるもの」をお読みいただき、ありがとうございます。
セレスの能力の重要な一面――理解しようとするほど、相手の痛みが流れ込んでくる、という代償を、正面から描いた回です。無双するための力ではなく、繋がるための力だからこその重さを、これからも大事にしていきたいです。
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