第百三話 鳥の主
羽の調査結果が返ってきます。
三日後、ギルドの上役から呼び出しがかかった。
同じ小部屋に、セレスとアルトが向かう。机の上には、あの白い羽の入った封筒が、そのまま置かれていた。
「――分かったことだけ、話す」
上役は、椅子に深く座り直した。
「あの伝令鳥は、王都駐屯軍の国境監視隊のものだ。配備先は、国境沿いの監視所が中心になる」
「国境沿い」
「ラーレンにも近い」
アルトが、地図を思い浮かべるように、目を細めた。
「――偶然にしては、出来過ぎてるな」
「俺もそう思う」
上役は、指先で机を叩いた。
「その監視隊には、半年ほど前から、内部監査が入ってる。理由は非公開だが、噂では、報告に不自然な空白がある部隊らしい」
「空白」
「本来、定期的に届くはずの調査報告が、時折、途絶える。今回みたいに、伝令鳥ごと消えることも、これまでに何度かあったそうだ」
セレスは、拳を握った。
「――握り潰されてる、ってことか」
「断定はできない。だが、可能性としては、ある」
上役は、封筒をアルトの方へ押しやった。
「これは、もう俺の手には負えない案件だ。上に報告は上げるが、時間がかかる。お前らは、いつも通り、自分の目で見た分だけを信じて動け」
「――助かる」
アルトが、封筒を受け取り、懐にしまった。
◇
宿への帰り道、セレスは黙って歩いていた。
「――考えてるな」
アルトが、隣を歩きながら言った。
「もし、王国の内側にも、あの組織と繋がってる人間がいるなら」
「敵の形が、変わる」
アルトは、静かに頷いた。
「今までは、地下に潜む黒い柱と、その周りの連中を潰せば良かった。だが、正規の軍にまで根が伸びてるなら、話は別だ」
「どこまで、信用していい」
「分からない。だから、今の段階で誰かを疑いすぎるのも、危険だ」
アルトは、空を見上げた。
「敵の階段が、俺たちが思ってたより、何段も上まで続いてるかもしれない。それだけは、頭に入れておけ」
セレスは、拳を開いた。
「――上まで、って、どこまでだ」
「それを知る為に、これから調べる」
アルトの声は、静かだが、揺るぎなかった。
◇
その夜、宿の食堂では、いつもの面々が、静かに食事を囲んでいた。
「――今日の話、聞いた」
イリスが、スープを口に運びながら言った。
「王都の中にも、敵がいるかもしれないって」
「まだ、可能性の段階だ」
セレスは、そう答えた。
「可能性でも、嫌な話ね」
レイフィアが、眉をひそめた。
「今まで、王都だけは安全だと思ってたのに」
「安全な場所なんて、最初から無かったのかもな」
ガロンが、椀を置きながら言った。
「だが、それが分かった今の方が、まだましだ。気づかずに背中を預けるより、ずっといい」
その言葉に、誰も反論しなかった。
ミュゼが、少し明るい声で場を継いだ。
「――でも、こうやって皆で話し合えるだけ、まだ大丈夫です。一人で抱え込むよりずっといい」
「――そうだな」
セレスは、小さく笑った。
手首の紋様に、指先で軽く触れる。今日は、まだ何の反応もない。
(――リン、聞こえてるか)
答えは、返ってこなかった。それでも、繋がりが切れていないことだけは、はっきりと感じ取れた。
円卓には、まだ一つ、空いた席があった。だが、その空白は、今日の話し合いの輪から、誰も外していなかった。
(――ノアなら、ここで何て言うだろう)
考えて、セレスは小さく頷いた。
(――たぶん、『道を選べる人が増えるように』とか、そういうことを言う)
窓の外、王都の夜は、いつも通り静かに更けていく。
だが、その静けさの内側で、信じていい人間の輪郭が、少しずつ描き直されようとしていた。




