第百二話 羽の返事
王都に戻ります。ノアがいない食卓は、少しだけ静かです。
王都の門が見えた頃には、日が傾き始めていた。
「――帰ってきたな」
ガロンが、そう呟いた。声に、いつもより張りがなかった。
門をくぐると、雑踏の音が一気に戻ってくる。物売りの声、荷馬車の軋み、子供の笑い声。何も変わらない王都の日常が、そこにあった。
「――変わらないですね、ここは」
ミュゼが、少し寂しそうに言った。
「私たちだけ、一人減って帰ってきたのに」
「変わってねえのは、良いことだ」
ガロンが、短く返した。
「変わっちまったら、あいつが帰ってくる場所が、無くなる」
その一言に、ミュゼは小さく頷いた。
◇
冒険者ギルドの奥、依頼受付とは別の小部屋で、アルトが報告書を机に広げた。
「ラーレンの守備隊、正体は把握した。リンが連れ去られた件も、全部書いてある。町を丸ごと支配下に置いて、住人を作業要員として管理してた。裏にいたのは、廃教会や苗床と同じ、地下の黒い柱だ」
受け取ったギルドの上役らしき男は、眉をひそめた。
「――系統としては、例の組織か」
「間違いない。ただし今回、末端の連中に『王国の精鋭』と口を滑らせた者がいた。正規の訓練を受けた人間が、どこかで組織側に流れてる可能性がある」
部屋の空気が、わずかに重くなった。
「それと」
アルトは、懐から白い羽を取り出し、机に置いた。
「街道で拾った。切り口が不自然だ。何か知らないか」
セレスが、付け加えた。
「拾う前から、誰かに見られてる感じがしてた。気のせいだと思おうとしてたが、羽を見つけてから、確信に近くなった」
上役は、羽を指先で持ち上げ、光にかざした。しばらく眺めてから、静かに言った。
「――これは、伝令鳥のものだ」
「伝令鳥」
「王国の一部部隊が、遠距離連絡に使ってる。訓練された鳥だ。羽が落ちてたということは、途中で撃ち落とされたか、無理な飛び方をさせられたか、そのどちらかだろう」
「誰の伝令だ」
「そこまでは、羽だけじゃ分からない。だが」
上役は、羽を封筒に収めながら、声を落とした。
「王国正規の伝令鳥だとしたら、これを撃ち落とせる者は限られる。少なくとも、街道の野盗程度の仕業じゃない」
セレスは、拳を握った。
「――俺たちを見てた誰かが、その伝令を横取りした、ってことか」
「あるいは、逆かもしれない」
アルトが、静かに言った。
「――俺たちのことを、誰かが王国側に伝えようとして、それを何者かに止められた」
その言葉に、部屋の中が静まり返った。
「調べる。時間をくれ」
上役は、それだけ言って、席を立った。
◇
その夜、宿の一室に戻った一行は、久しぶりに屋根の下で食事を取った。
円卓には、いつもより一つ、空いた席があった。
誰も、そこに座ろうとしなかった。
「――やっぱり、変な感じですね」
ミュゼが、スプーンを止めて言った。
「一人減っただけなのに、部屋が、こんなに静かになるなんて」
「静かになったのは、部屋のせいじゃない」
イリスが、静かに言った。
「あいつが、いつも一番よく喋ってたわけじゃない。でも、あいつがいるだけで、場の空気が緩んでた」
「――らしくないこと言うわね、イリス」
レイフィアが、少し驚いたように言った。
「思ったことを言っただけだ」
イリスは、それだけ答えて、スープに口をつけた。
セレスは、封筒に収められて持ち去られた、あの白い羽のことを、まだ考えていた。切り口の鋭さが、目の奥に残っていた。
(――ノアなら、これを見て、何て言っただろう)
考えても、答えは出なかった。ただ、彼女ならきっと、羽の持ち主の心配を、真っ先に口にしただろうとは思えた。
「――セレス」
ガロンの声に、我に返る。
「何だ」
「考え込む顔だな。羽のことか」
「……それもある」
セレスは、椀を置いた。
「リンのことも、ノアのことも、この羽のことも、全部繋がってる気がしてならない」
「気がする、だけで動くには早い」
アルトが、静かに口を挟んだ。
「今は情報を集める段階だ。焦って的を外せば、余計に遠回りになる」
「――分かってる」
セレスは、短く答えた。
それでも、拳の内側には、消えない緊張が残ったままだった。
窓の外、王都の夜空に、月が静かに昇っていた。
どこかで、誰かが同じ空を見上げているかもしれない。
セレスは、そう思いながら、しばらく夜空から目を離さなかった。
第百二話「羽の返事」をお読みいただき、ありがとうございます。
白い羽の正体が、少しだけ明らかになりました。「伝令鳥」というキーワードから、また新しい謎が広がっていく形です。ノアがいない食卓の空気も、無理に埋めず、そのまま書きました。
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