第十話 無色の一歩
大きな戦いのあとに来るのは、だいたい休息……のはず。
でも、冒険者の野宿はそんなに甘くありません。
少しずつ縮まる距離と、静かな夜のお話です。
湖の村に到着すると、事情を聞いた村人たちから大変な歓迎を受けた。
「本当にありがとうございます! あの化け物のせいで、漁もできなくなっていたんです」
村長らしき老人が、深々と頭を下げる。
ミュゼは懐かしそうに周囲を見回していた。
「久しぶりです、村長さん。皆さん、お元気そうで良かったです」
「おお、ミュゼちゃんじゃないか! こんなに立派な冒険者になって……」
涙ぐむ村長に、ミュゼは照れくさそうに笑った。
故郷に錦を飾る、というにはまだ少し早いのかもしれない。だが、それでも彼女の顔には確かな誇らしさが浮かんでいた。
その夜は、村を挙げての小さな宴が開かれた。
滅多に手に入らないという川魚の料理や、素朴ながらも温かい料理が振る舞われ、四人は久々にゆっくりとした時間を過ごした。
「――にしても、この短期間でよくここまで来たもんだよな」
宴もたけなわの頃、ガロンが酒杯を片手に、しみじみと呟いた。
「無色の新人が、いつの間にか銅ランクで、湖の主まで討伐だ。噂じゃもう、ギルドでも結構な話題になってるらしいぞ」
「そうなの?」
「知らなかったのか」
「別に、噂とか気にしてないし」
あっさりと答えるセレスに、イリスが小さく笑った。
「そういうところ、あんたらしいわね」
「褒めてる?」
「さあ、どうかしら」
はぐらかすようなイリスの返答に、セレスは肩をすくめた。
この数日ですっかり見慣れた反応だった。
「私、思うんですけど」
ミュゼが料理を頬張りながら、口を開いた。
「セレスさんって、本当は無色なんかじゃなくて、ただ『測れない』だけなんだと思うんです」
「測れない?」
「はい。数字にできないだけで、力がないわけじゃない。むしろ、数字にできないくらい、いろんな可能性を持ってるってことなんじゃないかなって」
思いがけない言葉に、セレスは一瞬、言葉に詰まった。
「……大層な解釈だな」
「褒めてるんですよ、これでも!」
むくれるミュゼに、セレスは小さく笑った。
(数字にできないだけで、力がないわけじゃない、か)
悪くない言葉だった。
少なくとも、ギルドの水晶よりは、よほど的確な評価かもしれない。
*
宴が落ち着いた後、セレスは一人、村外れの丘に登っていた。
夜風が心地よく、星空が驚くほど鮮やかに見える。
前世では、こんなにも星を意識したことはなかった。
「――ここにいたのか」
振り返ると、ガロンが少し離れた場所に立っていた。
「何か用?」
「いや、ちょっと言っておきたいことがあってな」
ガロンは頭をかきながら、居心地悪そうに続けた。
「最初、お前を無色だからって追い返した時のことだが」
「もういいって、それは」
「いや、ちゃんと言わせてくれ。あの時の俺は、鑑定の結果だけで、お前という人間をまったく見ていなかった。それは間違いだったと思ってる」
真剣な表情でそう言うガロンに、セレスは軽くため息をついた。
「大袈裟だな」
「大袈裟でいい。俺は今回のことで学んだんだ。測れるものがすべてじゃない、ってことをな」
その言葉に、セレスはふと空を見上げた。
数え切れないほどの星が、夜空を埋め尽くしている。
「――まあ、悪い気はしないよ」
「そうか」
「うん」
二人はしばらく、何も言わずに星空を眺めていた。
*
翌日、村を発つ四人を、村人たちが総出で見送ってくれた。
「またいつでも来てくださいね!」
村長の言葉に、ミュゼが元気よく手を振る。
ガロン、イリス、セレスも、それぞれの形で村人たちに別れを告げた。
町への帰り道、セレスは自分の手首の紋様に、そっと触れた。
(無色から、ここまで来たか)
女神の勘違いから始まった、この奇妙な人生。
振り返れば、たった数日の出来事だったはずなのに、ずいぶんと遠くまで来た気がする。
「――何、一人で感傷に浸ってるの」
隣を歩くイリスが、からかうように声をかけてきた。
「別に。ちょっと考え事」
「難しい顔して」
「これが素だよ」
「あら、そう」
軽口を交わしながら、セレスはふと、パーティー全員の顔を見回した。
ガロン、ミュゼ、イリス――それぞれ違う理由でここにいる仲間たちが、当たり前のように隣を歩いている。
前世では、想像もしなかった光景だった。
(これから、どうなっていくんだろうな)
女神が渡した正体不明の力。
まだ隠されている、この体に染みついた何か。
イリスの過去、ミュゼの故郷、ガロンの過去の失敗――知らないことは、まだたくさんある。
それでも、不思議と不安はなかった。
「――さ、帰るか」
セレスは軽く伸びをすると、仲間たちとともに町へと続く道を歩き出した。
無色と呼ばれた少女の物語は、まだ始まったばかりだった。
あとがき
第十話をお読みいただき、ありがとうございます!
これで「出会いと結成」編は一区切りとなります。
女神の勘違いから始まり、ガロン、ミュゼ、イリスとの出会い。無色のまま銅ランクへ上がり、湖での大冒険へ――ここまで駆け足で進んできました。
読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!
ミュゼの「測れないだけで、力がないわけじゃない」という言葉は、実はこの物語全体のテーマにもつながる一言だったりします。
次の話からは、さらに新しい依頼や強敵、そして仲間たちの過去にも踏み込んでいく予定です。
長く続けていく物語になりますので、気長にお付き合いいただけますと嬉しいです。
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次話もぜひよろしくお願いします!




