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2. 魔女の宝石

「記憶……ですか?」

「そう。まずあなたに魔法をかけて、対象に関する記憶の全てを抜き取る。抜き取った記憶は宝石に変わるから、それを砕いて薬を作る」

 

 リドルが息を呑む音が聞こえた。目を見開いたまま何も言わない。

 

「ああ、その対象は人間とは限らない。どの存在の記憶が抜き取られるかは自分では選べないと思ってね」

 

 自分では一番大切だと思っていたものが、そうでないこともある。

 たとえば、妻の記憶を失うことを恐れていた男が実際に失ったのは仕事に関する記憶だった。

 その後大変な混乱をきたしたそうだが、本人が忘れたくないものは失われなかったのだから幸せなケースだろう。表面上は、だが。

 クラリッサはカウンターを出て、言葉を失っているリドルの目の前に立った。

 

「その宝石の純度が高ければ高いほど強力な薬ができるの。あなたの宝石はどうなるかしらね」

「……」

「いいものを見せてあげる」

 

 硬直しているリドルを一人残し、店の奥にある小さな部屋に移動する。

 火にかけていた大鍋はぽこぽこ沸き立っていた。火の威力を弱め、軽くかきまぜておく。

 クラリッサの背丈よりも高い棚には猫の――やトカゲの――、柊の葉やら林檎を乾燥させたもの(クラリッサのおやつ)やらが詰まった瓶が並ぶ。バスケットの中では丸まった使い魔がぷうぷう気持ちよさそうに寝ていた。頭を撫でて、その近くに置かれていた小箱を手に取り店内に戻る。

 

 リドルはさっきと同じ位置で同じ姿勢のままでいた。

 パカッと軽い音を立てて開いた小箱の中身は、大小様々な宝石だった。ルビー、サファイア、エメラルド、色とりどりの宝石が輝いている。

 黙って宝石を見つめるリドルの呼吸がほんの少し乱れた。驚いているのか怯えているのかは分からないが、別に問題はない。

 

「綺麗でしょう? 余った宝石はこうして保管していて、これをたまに眺めるのが好きなの。あなたは何色になるのか楽しみね。予想してみる?」

「……色の違いはあるんですか?」

 

 おや、とクラリッサは小首を傾げた。このあたりまで説明すれば、大抵の客は引き攣った顔をして首を横に振るか、何も言わないかのどちらかだ。強がっている様子もない。こんなに冷静に切り返してくるとは。口端を猫のように上げ、得意気に答える。

 

「もちろん、依頼人の持つ素質に左右される。ざっくり簡単に言うと、例えば勇敢な人ならアクアマリン、どんな逆境でも希望を失わないような人ならオパール、みたいな具合に」

「なるほど」

「私も宝石自体に詳しい訳じゃないし、記憶の色が濃く出るような例外もあるけどね。……さて」

 

 そこで一度言葉を区切り、両手をパンと叩く。宝石に向いていた視線がこちらを捉える。

 

「それでも魔女の秘薬をお望み? 代償が高くつくことは分かったでしょう。あなたにその覚悟はある?」

 

 リドルは一瞬だけ寂しそうに笑ってからはっきり応えた。

 

「もちろんです。……余すことなく全て、クラリッサさんにお渡しします」

 

 魔女の笑みを射貫くような強い眼差しだった。

 

 

  ˚˙༓࿇༓˙˚˙༓࿇༓˙˚˙༓࿇༓˙˚

 

 

 邪魔が入らないように扉の鍵を閉める。

 指を鳴らして指揮を振るように右手を動かすと、白いチョークがひとりでに動いて床に魔法陣を描いていく。古びた木の椅子をその中央に置いてリドルを座らせ、その前に立った。

 

「それじゃあ始めるね。目を閉じて上を向いて」

「お願いします」

 

 臆することなくその言葉に従うリドルに何だか調子が狂う。どんなに屈強な大男だって、賢者と呼ばれる老爺だって、冷や汗をかいて全身びしょ濡れになってもおかしくないのに。ちなみにこういうときは女性の方が腹の据わりが良い。

 だというのにリドルはむしろ穏やかな表情で、リラックスしているようにすら見える。

 

 そのせいだろうか。

 一体なぜこの青年は秘薬を求めるのだろう、とらしくもなく疑問が浮かぶ。

 

(余計なこと考えない。私はただ仕事をするだけ)

 

 ふっと息を吐いて気持ちを切り替える。

 リドルの額に右手の人差し指を突き立てると、彼はわずかに身体を強張らせた。気にせず呪文を口にする。唄うように詠唱すると、金色の光がゆらゆら揺れてリドルを包み込んでいく。

 やがて光は額に当てた指先に集中していき、一際明るく輝いた次の瞬間、煙のように消えた。

 

 指を離して拳を強く握ると、焼けるような痛みが手のひらを走った。数えきれないほどの回数をこなしてきたいつもの作業。だが、普段よりもずっしりとした重みを感じた。

 不思議に思いながらゆっくり手を開くと、手のひらの上には薄紅色の宝石がひとつ、ごろりと転がっていた。

 

(……何これ?)

 

 色も中々珍しいが、それよりも形だ。

 丸みのあるふくらみが二つ並んでいて、下側は一点に向かって細くなっていて……つまりハート型だったのだ。魔法をかけて出来上がる宝石は楕円や長方形、雫型がほとんどで、こんなの見たことがない。

 あまりにもそのままの色と形からして、リドル本人の素質ではなく記憶の色が出たのだろう。ずいぶんとまあロマンチックなことだ。

 

 当の本人を見ると、周りを見回しながら「ここは?」と不思議そうな顔をしていた。

 

「お疲れ様、気分はどう? これがあなたの宝石よ。ずいぶん可愛らしいのね」

「宝石……? すみません、ここはどこでしょうか? 俺は何を……」

「まだ頭がぼんやりしてるのね。心配しないで、すぐ治まるから」

 

 記憶を抜いた直後は寝起きのように頭が働かなくなることがある。リドルも一時的に混乱しているだけだろう。

 現に彼はもう自分がどうしてここにいるのかを思い出してきたようだ。

 

「そうだ、魔女の万能薬を貰おうとして……。……何で欲しかったんだっけ」

 

 クラリッサに話し掛けるでもなく独り言ちている。

 せっかく宝石をよく見せてあげようと思ったのに、こちらのことは目に入っていないらしい。指を鳴らして魔法陣を消すと、ランプの灯りが室内をやわらかく照らした。

 

「薬を使って何か……何かとても大切なものを消してしまいたくて……」

 

 リドルは額を押さえてふらりと立ち上がった。その拍子に足がぶつかり、椅子が音を立てて倒れた。


 手のひらサイズのハートの宝石。子供の頃からずっと想ってきたと言っていた、“何かとても大切なもの”の全てがこの中に詰まっている。

 クラリッサは居心地の悪さを感じながら手の中の宝石をちらと見て、リドルに視線を向けた。

 

「両親に見合いを急かされて、それが嫌だったはず。……どうして嫌だったんだろう」

 

 慌てふためく様子はなく、ひとつひとつ確認するように、呻くように呟いている。

 ゆっくりと、青年の双眸がクラリッサを捉えた。

 

 なにだかとても嫌な予感がした。

 

「――失礼ですが、あなたは?」

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