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第8話【昇級戦を終える】――踊り場で足を止めて

 

 北関東の小さな街の、駅近のカフェ。

 その奥まった席で、二人の打ち合わせは続いている。

 

 「さて――」

 

 調教師はここで居住まいを正して言った。

 

 「――これで北海道シリーズが終わったわけだけど、このシリーズは、ここへの入り方やシリーズの結果によってこの馬の進む道が変わっていくので、ここでそれについても考察しておこう」

 

 「なるほど……分かりました」

 

 「もう一回、レースカレンダー見せてくれる?」

 

 「はい。……え~と、これです」

 

 青年はタブレットを操作して、先ほどのレースカレンダーを表示させた。

 

-----------------------------------

 <北海道シリーズ 芝2600M>


6月2週 函館 未・・

6月3週 函館 ・①・

6月4週 函館 ・・・

7月1週 函館 ・①② 横津岳

7月2週 函館 未・・

7月3週 函館 ・①・

7月4週 札幌 ・・② ライラック

8月1週 札幌 ・①・

8月2週 札幌 未・・

8月3週 札幌 ・①② 阿寒湖

8月4週 札幌 未・・

8月5週 札幌 ・①・


-----------------------------------

 

 カレンダーをしばらく見詰めてから、調教師が言った。

 

 「まず1点目の考察ポイントは、未勝利のままこの北海道シリーズに突入した場合の戦い方だ」

 

 「はい。それは……ぜひ聞きたいです」

 

 やはりオーナー(代理)として、気にしないわけにはいかない問題だ。

 調教師が画面のカレンダーを指さして説明する。

 

 「まず、未勝利戦がこれだけあれば、たぶん君が恐れる『未勝利を脱出できない事態』は、もう大丈夫だよね?」

 

 「はい。それはない前提で大丈夫です」

 

 青年は即答する。まず基本はクリアだ。

 

 「で、メインテーマの菊花賞への道だけど、このケースでは、カレンダーの「未」、①、②の3つを順に走って、全部勝たないといない」

 

 「……ですね」

 

 出だしからカド番、というわけだ。

 

 「で、これはよく見ると分かるけど、レース間隔は中3週は欲しいと考えた場合、6月2週の未勝利戦、7月3週の1勝クラス、そして8月3週の阿寒湖特別を3連勝するという一択、一本道のルートになるだろう」

 

 調教師が話しながら指で示したのは、カレンダーの中の次の箇所だ。

 

-----------------------------------

 <北海道シリーズ 芝2600M>


6月2週 函館 未

6月3週 函館 

6月4週 函館 

7月1週 函館 

7月2週 函館 

7月3週 函館 ・①

7月4週 札幌 

8月1週 札幌 

8月2週 札幌 

8月3週 札幌 ・・② 阿寒湖

8月4週 札幌 

8月5週 札幌 


-----------------------------------

 

 「え~と……そうなりそうですね」

 

 青年はレース間隔を確認して、続ける。

 

 「でもそうなると……走るレースは今回と似てますよね?」

 

 違いは初戦が未勝利戦になっただけだ。

 

 「そうなんだよ。だからここまで計画通りの育成・強化ができているなら、3連勝は十分達成可能なのが分かると思うので、未勝利馬のままでも、恐れずに北海道に乗り込んでくればいい、ということだ」

 

 「分かりました。前にも言いましたが、先生がそう言ってくれるなら、そのときは前向きにがんばります」

 

 「よし」

 

 とりあえず懸案の未勝利問題については決着したようだ。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 「で、次だ。2点目の考察ポイントは、シリーズ中に3勝クラスに昇級できなかった場合の、その後のバックアッププランについてだ。これを『Bコース』と呼ぶことにする」

 

 「Bコースですか……」

 

 あまりポジティブになれない名前だ。

 

 「まずその『Bコース』とは具体的に何か、という話だけど、先回りして言うと、菊花賞の2週間後に福島競馬場で行われる2勝クラス、芝2600メートルの『三陸特別』を目標にするコースだ」

 

 「福島の、2600メートルですか? ……福島にもあると?」


 調教師がコクリと頷く。

 北海道の忘れ物を福島で、と。

 

 「三陸特別は2600メートルという距離はもちろん、北海道シリーズから十分な間隔があり、次の目標にするのに最適、つまりこの馬にとっては『裏・菊花賞』といっても過言ではないレースだ」

 

 何に反応したのか、青年の眼光がスッと黒光りする。

 

 「これを勝って3勝クラスになれば、格上挑戦にはなるが重賞レースにも出走できるようになり、次なる大目標・春の天皇賞への道が開ける」

 

 「なるほど……」

 

 「菊花賞に向けたここまでの計画を生かしたまま、春の天皇賞に無駄なく連結するコース、それがBコースだ」

 

 話を聞くうちにBコースへの納得感が増す。切り替えて次の目標に向かう、これは青年が当初立てた目標の意図にも合致している。

 

 「タイミング的にいうとまず、7月3週に敗退、北海道シリーズ2敗目を喫してしまったときだ。そのときここで折れずに立て直して、残る1勝クラス戦、例えば8月5週の①に勝利することでBコースを狙う、という進め方になる」

 

 まさしくリカバリープランだ。

 

 「あと、シリーズの最終目標である8月3週の阿寒湖特別に敗退してしまったときだ。この場合は自動的にBコースに移行する」

 

 「……なるほど。よく分かりました」

 

 青年は納得して頷く。

 それを見て、調教師はさらに続ける。

 

 「で、これにはもう一つの意図がある。それは、『抽選での菊花賞出走』という選択肢の存在だ」

 

 青年は、そういえば、という様子で調教師の顔を見た。

 

 「……確かに、菊花賞は毎年、抽選の話が出てる気がします」

 

 「菊花賞に出走する条件は3勝クラス、とここまで言ってきたが、実は多くの年で、枠に空きが、つまり2勝クラスが入り込める枠が残るんだ。絶対ではないし、空き数も分からないけど」

 

 「なるほど……」

 

 「この抽選への参加は2勝クラスであればいいので、つまりBコースそのものだ。だから、菊花賞3000メートルをどうしても走らせたい、と考えるなら、この『B+抽選コース』は頭に入れておいてもいい」

 

 「B+抽選コース、ですか……」

 

 さらにポジティブさが失われた。

 

 「しかしあくまで抽選だ。当然外れることも想定しておかねばならない。そしてそのときのバックアップが、さっき言った『三陸特別』だ。つまりこの三陸特別は、Bコースの目標レースであり、B+抽選コースのバックアップにもなるレース、ということが言える」

 

 「……つまり、2勝クラスにまで昇級できているなら、あきらめずに菊花賞に向けて仕上げて、抽選で除外されたら三陸特別へスライドする、ということですね」

 

 「そうだ」

 

 「……」

 

 ここで青年は少し思案顔になり、そして言った。

 

 「え~と……いったんちょっとまとめてみますね」

 

 ここで青年はタブレットを引き寄せると、何か入力し始めた。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 作業しながら、青年が尋ねる。

 

 「これも一応ですけど、未勝利は勝ち上がったけど、1勝クラスの壁が破れなかった、という場合はどう考えますか?」

 

 つまりリカバリーにも失敗、というケースだ。

 

 「そうだな……Cコース的な更なるバックアッププランも作れる。が、ここまで育成してきて、北海道シリーズが終わっても1勝クラスで停滞するようなら、適性の問題とみて、路線変更も視野に入れる、かな」

 

 「路線変更……たとえばダートとか?」

 

 「あるな。それは」

 

 血統的なダート適性は、両者とも認識済みだ。しかも未勝利シリーズでダートを戦った実績もある。作業中の青年の手元を見ながら、調教師は続ける。

 

 「あと、障害転向というのもある。……これだと、本格化したところで芝の長距離に復帰する道もあるし」

 

 「なるほど……障害戦は相当な長距離ですし、親和性はありそうな気がします」

 

 タブレットの作業を続けながら、青年は興味深そうに答える。

 

 「ただ、いずれにしても君の立てた目標への道のりは険しくなる、あるいは断たれることになる」

 

 「……そうですよね。あくまで仮定、ということで」

 

 そう言って間もなく

 

 「で、こういうことですね」

 

 テーブルにタブレットを置き、調教師の側へクルリと回した。

 

-----------------------------------

 <北海道シリーズ後の進路> 


3勝クラス⇒ Aコース・菊花賞

2勝クラス⇒ Bコース・三陸特別(裏菊花)

1勝クラス⇒ 再計画(路線変更も視野)

未勝利⇒ 無い前提

 

-----------------------------------

 

 調教師は、タブレットに表示された内容をサッと確認すると

 

 「うん。あってる」

 

 頷きながら言った。そして

 

 「B+抽選コースのことは書いてないんだな」

 

 確認するように言う。

 青年はまた少し思案顔をしてから

 

 「うん。そうですね……魅力的ではありますけど、2勝クラスの身で菊花賞に挑戦する意義があるか、除外になったときの三陸特別を万全の状態で出してやれるか……つまりそれが馬の将来にプラスになるのかを、第一に考えたいです」

 

 とにかくG1に出ればいいということではない、ということだろう。

 この馬の将来ファーストで、着実に階段を昇らせていく。

 調教師は感心した表情を見せて、言った。

 

 「……うん。ちゃんと目標を意識し続けてるな」

 

 ここで青年は、目をキラキラ輝かせて言う。

 

 「だって『裏菊花』も、それはそれで燃えません?」

 

 ――こっちの異名の方は、ポジティブ要素が満点だったようだ。

 

 

 

 運命の北海道シリーズも終わり、二人の描き出す世界には秋が訪れようとしている。

 

 

 

  ※※※

 

 

 


お読み頂きありがとうございました。


「踊り場で足を止めて」いかがでしたでしょうか。

興味を持って頂けましたら、評価・ブックマーク頂けますととてもうれしいです。

どのような感想を持たれたかのコメントもお待ちしています。


次話「序破Q」もよろしければぜひお読みください。

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