風の魔法から始めますか?
「…ダガーか」
短剣は鞘や柄にも意匠の凝らしたデザインとなっている。しかも銀製だ。銀はエレメントとの相性が非常に良い金属で魔道具には最も適した素材の一つ…バカみたいに高くなるけど。もはや武器というよりも芸術品のようなオーラがあった。
しかし、どうもリーヴェには似合わない。
何故、お姫様が短剣の二刀流を? 絶対に指輪やネックレスのような物を用意してくると思っていたのに。
「ダメでしたでしょうか?」
「あ、いや…大丈夫だよ。持ち込みの魔道具があればそっちを優先するから。手に馴染んだ道具の方が魔法も使いやすいと言われているしね」
「良かったですわ」
「じゃあそれを使って、いよいよ教習と行きますか」
「はい! よろしくお願い致します!」
第一段階の初授業。
当然ながら初歩も初歩の内容から始まる。具体的には魔法使える状況であるかどうかという安全確認、姿勢の作り方、呪文の詠唱、魔道具の構造理解などなど最初だからこそ、やることが多い。
これを限られた教習時間の中でやるのだから、結構骨が折れるのだ。
「魔道具の説明に関してはさっき言った通りだ。じゃあ早速構えから入っていこうか」
「はい」
すると彼女はシールドベルトを付けた。これは不意な魔法暴発に備えた安全装置で人体に降りかかる魔力を感知した瞬間にバリアを張る性能がある。
バイアを長時間維持するのは難しく、もって1秒足らずの僅かなものだがこれがあるのとないのとではいざという時の生存確率がまるで違う。
今ではシールドベルトを付けずに魔法を使うと罰則があるくらいに必需的な道具となっている。
「刀剣を魔道具として扱う場合、初めの頃は切っ先から魔法を行使するイメージが分かりやすい。刃や鍔、後は柄尻なんかからだって発動はできるけれど、それはまだ控えるように」
「わかりました」
「リーヴェの短剣も二本あるけど、まずは一本でいい。長さ的にも音楽の指揮棒を振る感じで優しく、手首のスナップで扱う感じだね」
言われた彼女は空中で八の字を描くように短剣を振り回す。これだけの事なのに何とも優雅に見えるのは流石の一言だ。
「それじゃあ実際に魔法を使ってみるけれど、肝心なのは状況確認だ。魔法を行使することで自分や他人が危険な状況にならないかとか、地理や状態に合った魔法は何かということを常に念頭に入れておかなければならない。それを怠ると…」
「誰かを傷つけてしまう」
「うん、そうだ。それはこの教習所の中だとしても変わらない。練習用のフィールドだと思っても油断することはないように」
「はい。心がけます」
…。
…何ていい返事をしてくれる生徒なんだ。最近の子は目を見て話してくれないばかりか、まともな応答だってない子もいるのに。
きちんと先生の話を聞いて学びたいという念がひしひしと伝わってくるよ。
先生と呼ばれる立場でありながら贔屓を認めるような考えを持つのは如何かと思うが、こちらだって人間だ。やはり意欲のある子にはやる気が出てくるというものだ。
何だか日々の忙しさと人生の空しさでささくれた心が少しだけ癒されたような気がした。若い子のエネルギーを感じて荒んだ心を洗う…本当におっさんになったなあ。さっきまでは一国の王女としての後光が眩しかったけれど、もうリーヴェという少女本人が眩く思えてきていた。
「先生?」
なんてアホな事を考えて見とれている場合じゃない。彼女のためにもきちんと教習をせねば!
俺は咳払いで全てを誤魔化した。
「さて、魔道具の説明、動かし方、心構えを説いたところで、いよいよ実践と行こう」
「お願いしますわ!」
「いいかい、魔法が扱うエレメントとは大きく四つに分類されているのは知っているかな?」
「ええ。火、水、土、風の四つです」
「その通り。きちんと予習をして来ているのは流石だ」
何の気なしに褒める。すると実に可愛らしく「えへへ」と笑い返してきた。それを見て俺は線引きを改めた。ここにいるのは一国の王女ではなく、教習にやってきたただの女の子なのだと。
これから控えているカリアトスとノワールの二人もきっと同じだろう。
「じゃあ、その四大元素の中で教習の基本となるのは風なんだけど、理由は分かる?」
「他の元素に比べて危なくないから、でしょうか」
「正解。けれど、比較的危なくないと強調はさせてもらう」
人間社会に等しく作用する四大元素だけれど、それでも人間にとっての危険度は差異がある。
火は言わずもがな火災や火傷に直結するから危険だというのは子供でも分かるだろう。土にしても重量や硬度のある物質を使えば怪我をさせたりするリスクが高まるし、水は服や物を汚したり、水難事故を招く要因にもなったりする。
その点、風の魔法は易しいので多くの魔導者学校が初歩として採用している。
しかし人や物を飛ばすほどの大風の魔法もあるし、場合によっては真空状態を生み出して呼吸ができなくなったりするケースがあるなど、油断は禁物だ。
要するに魔法を扱う上での留意点としては、安全な魔法なんて物は存在しないということ。危険なものを安全に扱う術を身に付けるのである。
「分かりました」
「うん。それじゃあ実際にやってみよう。まずは難しい事を考えず、純粋に風を起こすところから。呪文は教科書の八ページにある、『眠り賜う。颶風水面に吹き下し』と言うのを使って」
リーヴェは呪文を詠唱しながら短剣を突きの要領で前に押し出す。すると切っ先から微弱ながら風が生まれフィールドの上を駆けていった。
その時の彼女の顔と言ったらどう表現したものか。
分かりやすく眼を輝かせ、興奮と衝撃とで広角が自然と上がっている。カタカタと小刻み震えて初めて魔法を使った喜びをこれでもかと体感しているようだ。魔法を扱ったことに感動を覚える子は多いが、ここまで感受性の豊かさを見せられるのは久しぶりだった。
長たらしい講釈とちょっとの実践。どうしても基本の基本から教えることになるから喋る事が多くなってしまう。ま、これは初回ならではの事。次の時間からは口よりも手足を動かす方が増える…いや呪文を唱えるから口も止まらないか。
ともあれ案ずるよりも生むが易しという言葉の通り、終わってしまえば普段の教習よりもずっと実のあるものにだったと思う。後の二人もどうにか無事に教習が行えるだろうと多少の自信が出てきた。
普通ならここで原簿を返して受付に戻ってもらい、次の担当指導員を聞いて貰うところだがリーヴェは俺の専属だ。次も俺が担当するのに決まっているが、規則は規則。手間でも一度受付に行ってもらう他ない。
そうしてできた束の間の休息を俺は深呼吸と簡単なストレッチにあてて次の教習のお復習をしていた。
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