冷や汗の出る料理ですか?
やがて、隣のあらゆる音が収まった後。
「せ、先生……できましたわ……」
扉もない部屋の入口からリーヴェが恐る恐る覗き込んでくる。顔は煤だらけで、心臓がキュッと跳ねた。
「だ、大丈夫か?」
「…ええ。どうにか」
何とも言えない返答だったが、言われるまま部屋に戻ると戦いを終えた戦士みたいな顔でみんながが立っていた。
「先生! 見てくれ!」
まずカリアトスが差し出したのは、パン粥に刻んだ野菜くずを加え、しっかり味を整えた冒険者用雑炊。叔父であるグレーターもコレが得意だった。
香りも見た目も申し分ない。元々カリアトスは心配していなかったけれど、俺の予想よりもずっと美味しそうだ。
「流石だな」
「まあね」
と、得意げに鼻をこすった。
続いてノワールは、持参した乾燥肉と豆、野菜片を蒸し焼きにしたらしき料理を差し出してきた。包み焼きにしてあるおかげで香草の薫りが食材に染みこんでいて、実に食欲を誘う一品に仕上がっている。
「お台所とキャンプでは、こうも勝手が違いますのね。勉強になりました」
「なら良かった」
ノワールはぶつぶつと何かを呟きながら考え込んだ。多分、教会に頼ってくるような貧しい人たちを思って、もっと画期的な料理方法のアイデアとかをまとめているのだろう。
ちょっとズレているけれど、どんなものでも応用を考える姿勢は見習いたい。
…さて問題はここから。あ、いや。問題とか言ったらダメか。
視線を逸らしながら、リーヴェとモマさんが一皿差し出してくる。二人共同での一皿って事かな?
「…これです」
声の調子から既に色々察してしまう。二人の肩がほんの少しだけ落ちているのは、きっと気のせいではない。
差し出された皿には…平たく伸された黒と黄の緑の配色が絶妙の塊が鎮座していた。
黒いのは焦げ、緑は葉っぱだとして、黄色いのは何だ?
まずい。何なのかが分からない。当て推量で言うのは良くないな、素直に何の料理か分からないと言った方が傷は浅いはずだ。
「…これは?」
皿の上の何かは、パンとも粘土細工とも判断できない。無理やり喩えるなら…カマボコ? もしくはぺちゃんこになった巨大まんじゅう。
「オムレツです…」
「オ……いしそうな、オムレツですね」
オウム返しするのを必死に誤魔化す。ついつい敬語になってしまったのは反射的に下手に出て怒りを鎮めようとする平社員根性の賜物だ。
しかし俺の浅知恵などが通用する相手なはずもなかった。
「いいんです。分かってますから」
「少し味見をした限りは問題ないので。お嫌でなければお召し上がりください…」
そう言われて食べない訳にはいくまい。
決して王女と大富豪の令嬢として二人を見ているからではない。年頃の女の子が初めて作った料理なのだ。せめていい思い出というか、誇れるものにしたいじゃないか。
「では食事にしようか」
車座を組んで座り、三品を目の前にして覚悟を決める。
三食の平たい塊の端をスプーンで割り取る。湯気は……出ている。温かいというだけで高評価を与えたい気持ちになってくる。
四人と一匹の視線を感じ、それを口に運ぶ。
はむっ。
…。
……あれ?
「美味しい」
「ほ、ほんとですの!?」
「う、嘘ではなくて?」
「嘘なもんか。ほら」
更に一口二口食べ進めると、二人はほっと肩を撫で下ろした。
見た目は…まあ評価に苦しむところだけど、味と香りは申し分ない。むしろ普段、自分で作って食べているオムレツよりもコクとか風味が上品だ。
「じゃ、今度はオレのを食べてよ」
「私のもお願いいたします」
カリアトスが鍋を中央へ寄せて木皿へ粥を装い、ノワールが包み焼きを開く。どちらも食欲を更にかき立てる香りがふわりと漂い、焚火のきな臭さに混ざってくる。
それからは和気藹々とした食事のひと時となった。
炉を囲む四人の笑い声が、静かな神殿にじわりと染みていき、食べるほどに身体が温まっていく。
鍋の湯気が天井へと立ち上り、ゆらゆらと揺れた先に、かつてここに刻まれた古代の文様が淡く照らし出される。
――時の神殿。
その名の通り、古い時代の空気が静かに息づいているようにも思えた。
そんな中で、今こうして五人と一匹が火を囲んでいることが、妙に尊いものに思えた。
まるで時間そのものが、ほんのひと時だけ歩みを緩めてくれているみたいに。
「それにしても先生のお口に合ってくれて助かりました」
「本当に。腕前はともかく食材に助けられたのでしょうか」
「食材?」
あれ? そう言えば、俺は卵なんて用意していないぞ。栄養価は高いけれど割れやすいし傷みやすい食材だからな。管理が難しいから持ってきていないのだ。
という事は、四人の誰かが用意したという事になる。口ぶりから言ってモマさんが持参したのだろうか。
「はい。一泊するというので持参しました。このバックはしまった物に保存魔法をかけますので卵のような食品も運べますから」
「ははあ。話に聞いたことはあるけれど、それが「保有の鞄」か。初めて見た。」
正直言って、俺の年収くらいの値段がする魔道具だ。そんな高級品を持っているなんて流石だな。
「…ん?」
待てよ。そんな高級な魔導具に入っている卵が市販の安い卵なんてことあるのか?
一般家庭ならいざ知らず、彼女はモマ・トレイリアンブルだぞ。
嫌な予感が、胃の底をひやりと撫でる。
「な、なあ。リーヴェ? モマさん? その……卵やチーズって、どういう種類の……?」
「えっと……」
リーヴェが目を伏せ、言いにくそうに指をもじもじさせる。
「普通の卵ですけれど。王城で常用されている…」
俺の中の嫌な予感が、爆速で現実化していく。
「それって、お高いんじゃ…?」
「さあ、すみません。わたくし、あまり市場価格のことは……」
少し申し訳なさそうに眉を寄せる。
すると誰よりも市場に詳しいモマさんが補足してきた。
「リーヴェの持ってきたのは『天等卵』でしたよ。一つで一万もあれば買える代物です」
ぐらり、と視界が揺れた。
確か「天」の国に「等しく」値するほどに美味であるとい理由で名付けられた卵だよな。これの輸送時の護衛任務とかやったのを思い出す。
続いてモマさんが、いつも通り落ち着いた声で付け加える。
「チーズはうちの家が扱っている『日喰い牛』のものです」
「…」
日喰い牛。太陽から魔力を得て、自身の魔力量が満タンにならないと搾乳できない牛。その性質から年に数度しか搾乳できず、絞った乳は非常に高額であり、かつては不老不死の薬の材料の一つとまで言われていた。
値段なんて付けられる代物じゃない。
しかも香りつけに何かの香草の粉末も入っていたけれど…答えを聞きたくない。もうこれ以上、真実を知るのが怖い。
「因みに。いやらしい話だけど、おいくらくらい……?」
聞かない方がいいと分かっていた。でも聞かずにはいられなかった。
モマさんは首を傾げた。
「…たぶん、今の一皿で平均的な冒険者の月給くらい」
「ひ!?」
素で変な声が出た。
そうして青ざめる俺をカパタピが手を叩いて笑い飛ばしてきた。
「やっべぇじゃん、おっさん。んな高級食材を使った姫さんとモマのアネキの手料理だぜ? いくら金積んだって食えねえよ。もっと噛み締めて食わねえとバチが当たるんじゃねーの?」
えらく煽ってくるが、言ってることは何一つ間違っていない。
視界の端で、平たいオムレツがふにゃりと震えて見えた。
「お気になさらず」
「ええ。美味しいと言って頂いたのが何よりの報酬です」
胸を押さえる。
物理的ではなく、精神的なダメージだ。
「だ、大丈夫ですか先生!?」
「顔色が…」
「あ、ああ。いや…本当に美味かったから…うん」
涙目で返事をするしかない。
心のどこかでぽつりと囁く。
(食べた分、働こう。寝ずの番でも何でもしよう)
そんな決意めいた諦めを胸に、俺は焚火を見つめた。明日に続く静かな夜をゆっくりと受け入れらがら。
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