束の間の息抜きですか?
焚火の準備が整うと、神殿の一室は一気に生活感を帯び始めた。
薄闇を押し返すように、橙色の火がぱちぱちと音を立てて揺れる。その温かさは、洞窟の冷えた空気をほんの少しだけ追い払ってくれる。
四人も心なしかホッとした表情を浮かべていた。
「しばらく温まっていてくれ。周囲の様子を見てくる」
「ご一緒しましょうか?」
「いや。ここからは体力勝負。休めるときに休むのも立派な仕事だよ」
モマさんの提案を丁重に断った俺は左右三部屋分の様子を伺った。魔物の気配はないし、他のパーティが拠点にしている事もないか。念のため空き部屋と廊下にセキュリティ用の魔法陣を引いた。
魔物なら余程高位じゃない限りは引っかかって音が鳴る。人間のパーティなら解除術式を挟むだろうから、どっちにしろ認識できるという寸法だ。
ま、流石にこのくらいの距離に何者かが来たら寝ていたって分かるけれど。用心に越したことはないからな。
安全確認を終えて部屋に戻る。すると四人は互いに寄り添い合って体重を支えていた。どことなく微睡んでいて、一息ついたせいで返って疲れを自覚してしまったのだろうと思った。
「あ、先生。ほかえい~」
と、カリアトスが生あくびをしながら出迎えてくれる。
この場合、緊張感を無くしていることを咎めるべきか、それともここまでリラックスできている豪胆さを褒めるべきか分からない。
ともかく体力の残っている内にメシにしてしまおうか。
「さて。安全も確保できたことだし、食事の準備を始めるか」
俺がそう言うと、四人がそれぞれ違う思惑の表情を見せる。
待ってましたと言わんばかりの表情や、痛いところを突かれたような顔。前者はともかく後者の顔をしているリーヴェとモマさんはどういう事だろうか?
「どうした、二人とも…?」
「その…料理は自信がなくて」
「…私も」
ああ、そういう事か。二人とも生まれてからこの方、ずっと傍に側近やら使用人がいる生活だっただろうからな。公務や仕事に追われて趣味で料理をする時間なんてなかったことは想像に難くない。
ただ、そんな二人に反してカリアトスとノワールは、料理をすることにまるで抵抗を感じていない。
「ノワールとカリアトスは…料理はできるのか?」
「はい。教会で食事会を開いたり、施しの食事を用意することもありますし」
「オレもできるぜ。ギルドじゃ当番制だし、野営用の料理とかも教えてもらってたし」
「へえ。心強いな」
その時、ノワールがポンっと手を叩いて一つ提案をしてきた。
「そうですわ。せっかくですし、日頃の感謝も込めて料理を振舞わせてください」
「お、いいね」
と、カリアトスはすぐに乗ってきたが、例の二人が慌てて止める。
「待ちなさい、ノワール。今の話を聞いてた? 私とリーヴェは包丁すら持ったことがないのよ?」
「そうです。手料理を振舞いたいのは山々ですが、別の機会に…」
「大丈夫ですわ。お教えしますので、作りながら学びましょう」
「だな! 実践に勝る経験なしってよく言うし」
「で、ですが」
渋る二人にまるで取り合わず、ノワールは滅多に見せない強引さでどんどんと話を進めてしまう。
「では今度は先生がお休みになってください」
「い、いいの?」
「…せめて」
「え?」
「せめて醜態を晒さぬよう、隣の部屋で待っていてください。悲鳴が聞こえても決して覗かないように」
「そうです。ツァイトスタッド王国王女、リーヴェ・リオンの名において勅令を課します。隣の部屋で待っていてください」
そんな無茶な勅令を聞いたことがない。けれど眼差しが限りなく真剣だったので、一庶民の俺には「はい」と答える以外に選択肢はなかった。
◇
隣の部屋へと追いやられた俺は仕方がないので一仕事やってしまうことにする。
さっき上層で退治したマタンゴを少しだけ持ってきていたのだ。胞子は有毒だが本体は食用可能で、適切に調理すれば中々の珍味になる。
ダンジョン教習ではこうして魔物を狩って夜の酒のアテを作るのが密かな楽しみだった。まあ一種の役得って奴だな。
まずは胞子を取り除く。これも三年近く毒抜きすれば食べられるのだが、そんなに手間をかけられるほど暇じゃない。そもそも取り扱い免許持ってないし。というかこの胞子の除去も地上では違法だったりする。ダンジョンの中だから許されている行為と言ったところか…あるいは立件が難しいから黙認されているのかも。
ともかく危ない箇所を切り落としたら、もう心配無用だ。こうなれば市場に売ってるただのキノコと何ら変わりない。いや、コクや味で言えば頭一つ抜けている。
一人だったらバター焼きとかアヒージョとか作るところだけど、生徒達がいる手前それも難しい。
特に今出したら当てつけみたいになりそうな雰囲気だし。
アレコレと考え抜いた結果、俺はマタンゴで燻製を作る事にした。
荷物は増やしたくないし、日持ちさせられるからな。そしてなにより、こういう時に俺の得意技が役に立つ。
空中に向かって剣を抜くと「ヒュッ」と空気が震鳴った。
手首のスナップを利かせた斬撃を四回ほど。
刃の軌跡は空中に透明な線として残って、やがて四角い枠のように立体を形づくる。
言ってしまえば、風の箱。
剣筋の軌道に風を残留させて空間を作っている。遊び半分で剣を振っていた頃にできるようになった副産物。俺が冒険者の頃に編み出した、携帯いらずの簡易スモーカーだ。
「よし」
下処理したマタンゴを箱の中心に置く。といっても、置くというよりそこに浮かせるに近い。
風の膜の受け止め、内部の気流が微妙にバランスを調整してくれる。
あとは香りづけだな。
こんな事もあろうかと持ってきていたチップを革袋から取り出す。掌に収まるくらいの量を握ると魔法を使って着火させた。
すぐに香ばしい煙が立ったので、風の箱に放り投げる。
「よし」
コレでよし。後は半日放っておけばいい。今から寝るとしても明日の出発までには出来上がっているはずだ。
外に煙が漏れれば匂いで魔物を引き寄せかねないが、風膜がある限り心配は無い。
低温でじっくり燻す。余計な水分だけ風が丁寧に奪い、旨味だけが残るって寸法だ。
しばらく魔力の流れを微調整しながら、俺は箱の色味を観察した。こうして煙が無秩序に拡散していく様や、パチパチと薪が爆ぜる焚き火を黙々と見ているのが好きだ。若い頃じゃ、ただじっと何かを見ているなんて考えられなかったのにな。
しばらくぼんやりと思考をスイッチを切っていた。ところがその内に隣の部屋の方から
「ひゃっ…!」
「にゃっ!?」
「「ああっ!」」
などという、実に不穏な悲鳴が断続的に聞こえてきた。
腰を上げたい衝動を抑え、深呼吸で自分を律する。
包丁一つ握ったことのないリーヴェとモマさんに、天真爛漫なノワールの指導、そして絶妙に雑なカリアトスのフォローが加われば……ああもなるか。
だが、どこか楽しげな雰囲気だったのが救いだった。
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