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久しぶりに剣を振ってみますか?

 無我夢中で適性検査を終わらせると、用紙を回収して名ばかりの教務員室へと戻る。というのも壁や仕切りがあるわけでもなく受付から丸見えでデスクだけが置いてあるようなところだからだ。そればかりか壁や床の内装が妙に古めかしく、よく言えば時代を感じる、悪く言えばオンボロな学校なのだから致し方ないけど。


「ではトリニティ先生。適性は終わったんで、あとの学科はよろしくです」

「ひゃい…」


 緊張で声が裏返ってる…ご武運を祈ります。


 なんて祈りを捧げたのも束の間のこと。


 ようやく本日行える全てのカリキュラムを終わらせると各々がそれぞれの護衛に囲まれながら帰路につく。近隣住民や他の生徒の迷惑になりかねないから、次回からは可能な限り供連れを控えるようにと言っていたが、果たしてどのくらい聞きいれてくれるか。


 一難、と言ったらば不敬かつ入校してくれた生徒に失礼な物言いだとは思うが、俺の心苦を思えば一難去ってまた一難と言わざるを得なかった。


 社長、校長、他の従業員からの質問攻めだ。まあ、そうなるか。


 とは言っても隠していたつもりはない。面接の時にもその三つの団体に所属していた事は説明したし、履歴書にだって書いてある。休憩中の与太話でも何度も言っていた。


 そんな凄い知り合いがいたというのは確かに言わなかったけれど、それも仕方ないでしょう。


 今日の今日まで連絡は取り合っていなかったし、みんなは俺の事なんてすっかりと忘れて職務に努めていると思っていたから。あの三人に関しては思い出以外の何者でもない。


 仮に特別な記憶になっていたとしても、過去の栄光をひけらかす様で気が引ける。そんな凄い人と知り合いなのに剣で大成できなかったのかと自分でも情けなくなるしさ。


 何はともあれ、俺の紹介で新入生徒確保できたことで営業数ゼロの汚名返上は叶った。ここまでの大事になれば口うるさく言われる心配はないだろう。


 加えてあの三人の登下校の度に混乱が起きるのは大変だということで、授業のスケジュールを全て学校が作成することになった。


 学校側が生徒の授業の予定を全て作成し、効率よく短期的に卒業を目指してもらうのは、元々ある制度だし問題にはならなった。


 加えて三人共が俺が担当指導員になることを強く希望してきたのも影響している。


 予めプランを組んでことに望まないと立ち行かなくなるからな。万が一にも粗相があってはならない面々だし。


 何の問題も起きずにスケジュールが進めば、三人共およそ一月強で卒業できる…とか考えるとフラグっぽいよな。止めておこう。


 更に社長室に呼ばれ当校始まって依頼のVIP、しかも三人の教習をどのように行って行くかという会議にも強制参加させられた。まあ結局は例外を作らず、生徒を差別しないという運営規則により通常通りの指導を行うということで一致した。どうせ基本的には俺が担当になる訳だし。


 そうして降って湧いたとんでもない三人の入校や指導方針が固まる頃には定時となっていた。


 普段なら一、二時間の残業は当たり前なのだが、今日に限っては定時退社を許された。


 他の先生たちも気を使って俺の仕事を肩代わりしてくれていたので、ありがたく皆の好意に甘えることにした。


「レギオン先生。今日は本当にお疲れ様でした」


 モマさんはそう言って帰り際に三粒のチョコレートを俺にくれた。ほぼ毎日くれるこのチョコレートは俺の細やかな癒しだ。餌付けされてる猫かな?


 そうして一日の業務を終えて俺は家路についた。あまりにも予想外な事が起こったせいか、ほぼほぼ日課となっていた晩酌用の酒を買うことも忘れてしまう始末だ。


 ひとっ風呂浴びてから、もそもそと飯を食ったがどうも落ち着かない。それは酒を飲んでいないからということもあるが、別な理由もあった。


 かつての同僚たちと出会い、思い出深い三人の少女と再開してしまったことで忘れ去ろうとしていた過去の記憶が呼び起こされてしまったからだ。


 一番楽しく、自分の未来を信じ、強く夢を思い描いていた時間を。


 あの頃の俺が今の俺を見たら何ていうかなぁ。


 励ますか、叱り飛ばすか、はたまた…。


 そんなアホな事を考えていると妙に物置の中が気になりだした。まるで呼ばれているかのような。


 誰に呼ばれているのかって?


 …決まっている。


 俺は物置を開けると麻の布を二重三重に巻き付けたソレを数年ぶりに手に取った。固く結んだ紐は万が一にも解けて中身が出てこないようにするため。


 そんなに見たくないのなら、売るなり捨てるなりしてしまえばいいのに。自分でも嫌になるほど未練がましい。そういえば元カノと付き合ってた頃にもらった手紙もしまってたりしたなぁ…と余計な事まで思い出しちまったじゃねーか。


「…よう」


 まるで同窓会よろしく、かつての相棒に語りかける。返事が返ってくるはずもない。


 何の変哲もないただの剣なんだから当然だ。


 帯を腰に巻き付け鞘を差し込む。俺が扱う「東の剣」は近在で広く使われている両刃の剣とは少々扱いが異なる。


 何年も帯なんて巻いていなかったのに、手が意識を持っているかのようにスルスルと動く。


 あの頃と何も変わらない。


 そりゃそうか。変わったのはむしろ…。


 しかし、帯刀したらしたで抜いて振りたくなるのが人情というもの。俺は人目を憚り、近所の空き地を目指して家を飛び出した。月明かりだけの空き地は見事なまでに静寂に包まれていた。微かな風の流れる音だけが耳につく。


 何かを斬るわけにもいかず、単純な素振りをしようと柄に手を掛けた。するとそのタイミングで夜風に乗ってどこからか十数枚の木の葉が飛んできたのである。


 こうなると考えるよりも早く体が動いていた。


 抜刀した瞬間、刀身が月の光を跳ね返すと縦横無尽にそれを振り回す。風に乗って俺の後ろへと流れていく数十枚の木の葉は、一つの例外もなく真っ二つになっていった。

 

 後には再び静寂と空しさが残るばかり。


「…っは。これじゃ剣士じゃなくて曲芸師だな」


 そんな呟きと自虐で自分を慰める。ひとまず満足したらさっさと家に帰ろう。こんなところを誰かに見られでもしたら通報されても文句は言えん。


 俺は納刀した刀を布でくるむと空き地に来たとき以上にこそこそとして戻っていく。遠巻きに誰かが一連の素振りをこっそりと覗き見していたとも知らないで。


読んで頂きありがとうございます。


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