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本物のクエストですか?


 整備された階段を淡々と降りていく。


 石段は人の手で磨かれているはずなのに、温かみが薄い。それは足裏に妙に冷たい湿気がまとわりつくせいだろう。


 前を行くパーティの緊張、背後から続くパーティたちの足音が、洞窟の壁に跳ね返っては微妙にゆがんだ反響となり耳に戻ってくる。


 大抵はルートが決まっているので地下の二、三階までくらいまでは、どうしても他のパーティと共連れになってしまう。この辺りはダンジョンと言えども魔物もほとんどいないから雑談くらいは許される雰囲気があった。


 壁のひび割れや通風の違いから、ダンジョンの呼吸のようなものが感じ取れてしまう。これが訓練用特区と本物の差だな、と内心で思う。


 地下一階まで降りきったところで、少し道を逸れてから尋ねてみることにした。


「どうしたんですの、先生?」

「教習は二日間を過ごすって事だけど、どうせならクエストもこなしてみるか」

「クエスト?」

「ああ。それに当たって質問するが、受付の横にあった注意事項はキチンと目を通したか?」

「うん。何かダンジョン内の魔力の力線が乱れているって」


 カリアトスが応える。ここら辺は流石だな、侮って見る事すらしない冒険者もいるっていうのに。彼女の実践経験の豊富さとトゥールビヨンの安全教育の高さが伺える。


 俺は受付の棚から持ってきた資料をみんなに見せた。さっさと配りたいのに指先が乾いていて紙が捲れない。


 指先の脂から歳を実感すると悲しくなる。


「これが今回、教習と併せて受けてもらおうかと思ったのクエストだ。内容は浅中層で増えている魔物の生態変化の調査。報告によれば……最近、土を掘る習性を持つ魔物の死体がやたらと見つかっているらしい」

「掘削習性のある魔物の…」

「…死骸が増えている?」


 リーヴェの眉が鋭く寄る。こういうタイプの人間は謎を提示すると本人の意思に寄らず推理をしてしまうものだからな。きっと頭の中はあらゆる可能性を考慮している事だろう。


「ああ。本来この階層に常駐しているギガントモールとかランドワームみたいな地中掘削型の魔物が、まとめて死んでるらしい」

「…それはどういった魔物なんですの?」


 真っ当なノワールの疑問に、カリアトスが即座に指を二本立てて説明し始めた。


「まずギガントモールはそのまんま大きいモグラみたいな魔物。地面をザクザク掘るタイプ。臆病で戦闘力はほぼゼロだけど、すばしっこいから捕まえるのは結構大変かな」

「死体が多いそうですけど、普通の事ではないのよね?」

「うーん。食物連鎖的には下にいる魔物だから食べられるのはよく聞くけど…モグラと一緒でたまに地面に出てきてそのまま死んじゃうってのはあるよ。光とか熱に弱いし。けどやっぱり珍しい話かな」

「ふむ」

「で、ランドワームはその逆。好戦的で岩盤を噛み砕いて進む中型のモンスター。こっちは力線に沿って周り掘り進む習性があるんだけど…話を聞く限り今はその力線が狂ってるせいで、浅い階層に迷い込んでるみたいだね」

「ええと…すみません。力線という単語を初めて聞いたのですが、どういったものなのですか?」


 と、珍しくモマさんが挙手をして尋ねてきた。


 これは冒険者以外はあまり使わない単語だから無理もない。


 俺が解説しても良かったが、せっかくのカリアトスの強みを奪っても仕方がないからな。彼女に一任することにした。


「うーん…一言で言うなら、ダンジョンの血管みたいなもんだよ」

「血管?」


 ほう、的確で分かりやすい例えだ。俺は素直にそう思った。


「そう。人の身体にも血が流れてるでしょ? ダンジョンにも魔力の流れがあって、それを力線って呼んでる。これがちゃんと巡ってるから魔物が生まれたり、壊れた通路が勝手に直ったり、罠ができたり、貴金属とか魔石みたいな宝物ができたりする」

「重要なものなのですね…」

「めっちゃ重要だよ。力線が弱くなった場所は魔物も弱いし、逆に濃いところはヤバい魔物がポコポコ湧いたりするし。冒険者も恩恵を受けるよ。力線の近くだと魔法が強くなるし、回復も早くなったり」

「力線が乱れるのはよくあることなの?」

「それこそ人間と一緒。体調が日によって変わるみたいに千変万化する。目に見えて崩れる事もあるしね」

「ダンジョンも風邪をひくのですね」


 ノワールが実にノワールらしくまとめてくれた。


「そういうこと! だから、これからオレたちがやるのは風邪の原因探しってわけ」


 ◇


 厳密に言えば差異はあるが、初っ端の理解としてはとても良い。俺も今度の教習から例え話として使わせて貰おう。


 そのくらいには的確な表現だ。


 ──力線。


 ダンジョンをダンジョンたらしめる根幹の現象。


 これがあるからダンジョンは成立している。なくなればただの洞窟や建造物と言って差し支えなくなる程の存在だ。


 一般的には階層が深くなるほど、塔などの場合は高くなる程に力が強まると言われていて、未だに謎は多い。


 慣れてくれば精神統一にて感じ取る事も可能で、力線の流れや異変を読み取ったり、地図を作ったりする『力線士』なんて職業あったりする。


 厄介なのは、これは冒険者以外には馴染みがないってことだろうか。


 目には見えないし、今言った理屈が正しいと証拠があるわけでもない。結局のところ「そういうもんだ」で昔から処理されるのが常だ。


 だが、冒険者として長く現場にいると、理屈より先に身体が覚えていく。


 力線が整っている時は、ぼんやりと規則正しい感じがあるし、魔物の様子だって安定する。


 逆に乱れている時は、階層全体が妙にざわついているように思える。


 ダンジョンが風邪をひいた、とノワールは言ったが場合によっては肺炎にも癌にもなり得る。


 小さなズレから、大規模な崩落や魔物の暴走に繋がることだってある。


 今回の件も、ただの風邪ならいいが……。


 俺は資料に目を落としながら、胸の奥で小さく息を吐いた。


 魔物の死骸が増えるのは序の口。


 その死骸を食う魔物が増えれば、浅層の生態系が崩れる。


 困ったことに力線は地中を巡っているから、掘削系の魔物が迷走すれば、それだけで歪んでしまう。


 力線が歪めば、俺たちの常識からもズレる。


 あり得ない罠が作動したり、考えられない魔物が出たり。


 まあ、そこまで行ったらいよいよ立入禁止か冒険者のレベル制限が設けられるから、現状は問題なしと捉えるしかない。


 勘や何となくという理由で教習をしない訳にもいかない。


 三人を危険な目に遭わせるつもりは毛頭ない。

 だがダンジョンは危険な物だと理解してもらう事も大切だ。


 そう言った意味でも、調査するくらいのクエストが丁度良かった。

読んで頂きありがとうございます。


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