本物のダンジョンですか?
翌朝、例によってサビ早出をした俺は机に座って、珍しく貧乏ゆすりをしていた。そのくらい今日から始まる三人の教習は緊張を誘う。
何度も教習プランを見直したり、教本とにらめっこをして忘れている事はないかと最終チェックをしていた。その内に出勤してきたモマさんに声を掛けられた。
「レギオン先生。お早うございます」
「あ、お早う」
「昨日はありがとうございました」
「いや。あのくらいは」
いつものように軽口で挨拶をかわす。
するとモマさんはあからさまに声のトーンを落とした。それだけで良いニュースを話すつもりでない事は分かった。
「それと、一応はお伝えしておきたい事が」
「何を?」
「あの三人が卒業したタイミングで辞職しようかと思っています」
「…え」
「元々レギオン先生とお近づきになりたくて始めた仕事ですし、素性も会社に教えてしまった今では働きづらくて」
「そりゃそうか…」
誰しもが名前を知ってる大富豪のお嬢様だもんな。件の三人の入校と言い、この年はこの学校が閉校するまでの伝説として語り継がれるに違いない。
そして俺の耳元にそっと唇を寄せてきた。
「ですので、お返事はそこまでに頂けると嬉しいです」
「っ!」
「残り少ないですが、よろしくお願いしますね。先生」
モマさんの声が頭で反響する。
…いや。むしろ大分待ってもらった方じゃないか。ましてプロポーズされているんだぞ、俺は。忙しさを言い訳にしないで真剣に向き合わなければ。
と言いつつも、実は俺の中で答えはほとんど出ているのだけれど…不誠実かな?
でも待ってくれるという好意には甘えてしまおう。モマさんもリーヴェの事もまずは卒業まで教えてからだ。この仕事を全うしてからでなければ動くものも動かないからな。
◇
やがて物々しい送迎と共に御三方がやってきた。入校初日に顔を見せた付き添いの面々はいずれも多忙な役職の人間だ。
にも関わらずメサク殿、テンポラ、グレーターの三人が揃い踏みだった心なしか所内の空気が張りつめた。
「お早うございます」
「うむ。日々、世話になっている」
「先輩もお変わりなく」
「いつもお転婆の相手してもらってありがとな」
「いや。みんなが頑張ってるんで、俺は何もしてないさ」
そんな月並みな会話を交わす。
すると一際重い声でメサク殿が言って来た。
「本日の教習は特に配慮を頼むぞ。まあお主の事だから万が一もないとは思うが」
「…ええ。万全を期して臨みます」
いつになく心配そうな雰囲気を出す。それはテンポラもグレーターも同じようで、ソワソワと地に足がついていない様子であった。
◇
と、教習場所に向かいながら俺は物思いに耽っていた。皆がアレコレと心配を重ねている。
それ程まで今日の教習は危険と隣り合わせになる。
俺は馬車に揺られながら意識の齟齬がないようにらもう一度内容のおさらいをした。
「再三になるが、確認しておくぞ。リーヴェ、今日の教習は何だったかな?」
「『ダンジョン探索』です」
「その通り」
ダンジョン探索。
読んで字の如く、ダンジョンを探索する教習。しかし言葉の軽さとは裏腹に、相当な危険を孕んでいる内容だ。
このメンバーに限ってそんな事は無かろうが、気持ちを締め直すつもりで話を続ける。
「昨日のコイロス洞窟はあくまでも訓練用の特区。だが今から潜る…『ロシャンボーの口』は本物のダンジョンだ」
「…はい」
「野生の魔物、ダンジョン特有の罠、他の冒険者。それらを相手取る緊張感や危機感を培って貰う。しかも」
「二日間だろ、先生」
カリアトスの言葉を首を縦に振って肯定する。
ダンジョン教習は長期的に探索したり、不慮のトラブルで戻れなくなった場合などを想定して内部で一泊する事が義務付けられている。
これが中々に曲者なのだ。
中にはそれを旅行半分と捉えて、はしゃいだりする生徒もいたりするが、三人の顔には緊張がある。特に注意は不要なようで安心した。
やがてツァイトスタッド王国の中に三つあるダンジョンうちの一つ、通称・ロシャンボーの口にたどり着く。
これは地下に続くダンジョンで、入口が正しく『口』に見える所と、初めてこのダンジョンで功績を上げた冒険者のロシャンボーから取られ、命名された。
かつては洞穴だったらしいが、今となっては入口付近なら階段が作られたり、魔物の口の中に入っていくデザインの装飾がなされたりしている。観光資源になるのはいいが、こういったデザインは新米冒険者の緊張を緩めるから俺は嫌いだ。
周りには冒険者をターゲットにした武器商や道具商が市を開き、それ同じくらい近くの食堂や宿屋が活気づいていた。
例によってダンジョン探索に向かう冒険者達が並んでいる。
万が一の場合の捜索やパーティ間のトラブル解決の為、大抵のダンジョンは入出を管理されている。
同時にダンジョンから魔物が出てこないように監視する役割も果たしているわけだ。
「街の中心に魔物の出てくるダンジョンがあるなんて、改めて考えると不思議ですわね」
ノワールが順番待ちの凌ぎにそんな事を言った。
「だな。でもこの街が発展した理由はまさにそれなんだ」
「そうなんですの?」
「ああ、街の歴史を考えれば分かりやすい」
確かに危険も大きいが『街はダンジョンが育てる』って言葉があるくらいには重要視されている。それを否定する者は稀だろう。
ダンジョンから得られる戦利品は、宝石や鉱石、希少金属に留まらない。魔物の肉や皮、薬効のある植物、あるいはダンジョンから魔物を一掃して住居化するケースだってある。
どれもこれも市場価値が高く、冒険者とそれを抱えるギルドの貴重な収入源だ。
ダンジョンがある結果——
・冒険者が集まる
・商人が集まる
・宿屋、鍛冶屋、料理屋が集まる
・街の税収が爆発的に伸びる
・治安維持のため騎士団と教会が常駐する
・王国直轄都市に昇格する
と言った具合に市場から街へ、街から国へと発展していくのが世の常だ。
「……つまり、この街の繁栄を支えているのがダンジョンなのですわね?」
「そう。だから管理も厳重だし、免許も必要なんだ」
神妙な面持ちになるノワールに対して、カリアトスとカパタピが意気揚々なテンションで絡み出した。
「緊張することばっかじゃねえ。楽しみだってあんだぜ、お嬢」
「楽しみ?」
「ロシャンボーの口は、ツァイトスタッドで一番魔物の肉質が良いんだよ。オレは解体も出来るから今日はバーベキューでもやろうぜ」
「分かってんじゃねーか、カリア姉!」
なんか昨日の食事をきっかけにカリアトスとカパタピが意気投合した気がする。元々仲は良かったけれど、二人とも体育会系のノリが合うからかな。
そうやって盛り上がる二人に向かってモマさんが少しだけ水を差す。
「二人とも。旅行気分では危ないですよ」
「アネキ〜そうはいいますけどね。緊張も大事だけど楽しみも無くちゃ息が詰まりますぜ。それにこうやってお巫山戯も混ぜて平常心を保つのも大事だろ、先生?」
「…悔しいがカパタピに一理ありだな。変に固くなって普段のパフォーマンスが出来ないのも問題だ」
「へへーん!」
と得意気になるカリアトスとカパタピを見て、モマさんとリーヴェがため息をこぼした。そんな様子をノワールがニコニコと見ている。
明るいムードメーカー、 冷静な司令塔、みんな毒気を抜く癒し系。
ふむ。一歩下がって見ると中々バランスのよいパーティじゃないか。
…。
ずっとこのパーティでやっていけたら楽しいだろうな。
ふとなんの脈絡もなくそんな事を思い、すぐに恥ずかしくなる。
こんな高貴な人達と釣り合う訳が無いだろう、烏滸がましい。そもそも俺みたいなおっさんが若い女の子のパーティに交ざりたいなんて…そうなったとしたら通報ものだ。
そうやって自分を戒めていると、ようやく俺たちの受付の順が回ってきた。
「さあ教習スタートだ。気を引き締めて行くぞ」
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