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庶民派の晩餐ですか?

 やがて俺たちは、とある大衆食堂にたどり着く。教習の合間に他の生徒たちから聞いていた店で、若者にとっては御用達の店なのだという。


 俺の知っている店は基本的には居酒屋だからな。まさか未成年を連れては行けず、苦肉の策で選んだという訳だ。しかし先日リーヴェと一緒に入った店に比べれば、まだおっさんも生存権を許されている店だったのは助かった。


 夕食には早い時間だったので、外から見ても客は疎らだったのが更に助かるポイントだ。


 扉を開けた瞬間にほんのりと肉の焼ける香りや、香ばしい油の匂いが鼻をくすぐる。


「……おお!」


 入ってすぐノワールが珍しく感嘆の声を漏らす。


 そればかりでなくリーヴェはキラキラした瞳で内装を見回し、モマは冷静を装いながらも視線が落ち着かない。


 唯一こういう店も慣れているカリアトスだけが落ち着いた様子で店員が来るのを待っていた。さっきまでの教習とあべこべになっているのが面白かった。


「いらっしゃいませ〜! 五名様ですか?」

「いや、六人だぜ」


 そう言いながら幼い顔がひょこっと飛び出す。


 カパタピがいつか見た人間の姿になっていたのだ。理由はもちろん、この方がいっぱい食べられるかららしい。


「失礼しました。六名様ですね、こちらの席へどうぞ」


 と、奥の大きめのテーブル席に案内される。騒ぎになるんじゃないかと思っていたが、杞憂だったらしい。


 一応はサングラスやスカーフで変装はしているのだけど、これが効いたのかは正直分からなかった。


 カリアトスとカパタピは食欲由来のワクワクで浮き足立っているのは伝わった。まるで運動終わりの学生のようで可愛らしくも見える。


 対してリーヴェ、ノワール、モマさんの三人はまるで違う高揚感に包まれていた。


 壁や柱、照明や内装、はたまたメニュー表に至るまでその全てに感動をしている。こちらは初めて旅行に出向いた子供のように見えた。流石に不敬か?


 そしてメニュー表を開いた瞬間、ノワールが両手で口を押さえた。


「まあ! これは絵本ですか? 食べ物の絵本?」

「メニューだよ。分かりやすいように見て選べるようになってる」

「わ、私にも見せてください」


 じっくりと吟味しながらメニューを捲っていく。その度に「わあ…」とか「まあ…」とか聞こえてきて実に可愛らしい。


 そして後ろの方の子供向けのメニューを見たときの事だ。


「っ!!」


 ノワールがメニュー表を引っくり返し、まるで宝物でも見つけたようなテンションで告げてくる。


「せ、先生! これ見てください…! 旗ですっ! 国旗です!」


 メニューの隅に、小さなお子さまランチが描かれている。旗の刺さったオムライス、唐揚げ、海老フライ。


「可愛い……兵士ではなく、ごはんの上に掲げる旗……なんて和平的な…!」

「お、おう」


 何とも斬新な解釈に言葉を失う。まあいいさ、少々解釈違いでも楽しんでもらえれば連れてきた甲斐があるというもの。


 すると、その脇でモマさんが悶々としている事に気が付く。メニューを見ながら訝しげに眉を折っていた。


「前菜、スープ、メインの順番が…ない?」

「好きなのを好きなタイミングで頼んでいいんだよ。デザートから食べたって良い」

「…念のために聞きますが、マナー違反ではないですよね?」

「うん。大丈夫」


 そう告げるとモマさんは目を見開いて呟く。


「話には聞いていましたが本当に自由なのですね。食事とは礼節と順序に固められたものだと思っていましたが。なんて大胆で、解放的なんでしょう」

「表現が上品すぎて、逆に下世話に聞こえるんだけど……」


 普段の俺たちの食事が馬鹿にされてるみたい。そんな意図はないんだろうけど。


 各々が目星をつけると早速店員を呼んだ。


 恐る恐る注文する三人に対して、カリアトスとカパタピは遠慮なしに注文をしていく。


「あ、あとこの大盛りポテトも」

「そんなに食べ切れるのか?」

「当たり前だろ。おっさんもキチンと払えんだろうな。レジ前で生徒に金借りる情けない姿を笑い飛ばしたいから、それでもいいぜ」

「…」


 ヤケにリアリティのある事を言うじゃないか。


 ま、このくらいなら大丈夫さ。独身のブラック企業勤めだと遊ぶ時間も気力もないから、多少の蓄えは出来るもんだ。あくまで多少の、だけれど。


「どれ…スープを取ってくるか」

「? 給仕の方がいるのではないのですか」

「料理は運んでくれるけど、スープバーがあるんだ」

「スープの…バー」


 リーヴェは鳩が豆鉄砲を食らったような顔つきになる。頭の中では常識外の空想が成されているに違いない。


「見たほうが早いか。着いておいで」


 そう言って鍋の並ぶ店の一角へと案内した。


 リーヴェはまるで未発見の古代遺跡を見つけた考古学者のようなに目をキラキラさせている。


 銀色のトレイ、ずらりと置かれた皿、そして湯気を立てて並ぶスープポッド、そして楽しそうにそれを注ぐ一組の親子連れ。


 俺に取っては日常でも、彼女にとっては非日常的な境界線の上にある光景なのだろう。 


「どれを選んでもいいんですよね?」

「うん。おかわりも自由だし」

「せっかくですから、皆の分を持って行きましょう」


 俺がレードルを手に取って見本を提示すると、リーヴェは張り切ってスープをよそう。


 王女がスープを給仕する場面を見たのは俺が最初で最後だろう。ただのスープが至極の一品に見えてきた。


 戻って全員に鼻高々に振る舞う様子もおかしかった。


 そしてスープを啜りながら待つこと、数分。


 運ばれてきた料理にも子供みたいに目を輝かせている。しかし一度食器を手にすると絵画のような美しい姿勢で食べ始めたのだ。


 食べるというより、召し上がると言った方が正しいか。


 やがて人心地つくとカリアトスが上機嫌に話し始める。


「いやぁ、ちょっと夢が叶ったな」

「夢?」

「そ。学生の時からさ、こうやってみんなでご飯食べに行ったりしてみたかったから。結局そんな機会はなかったけど」 

「そうですね」

「冒険者同士だとクエストが終わった後に打ち上げとか、反省会とかするからさ。やってみたかったんだ」

「なるほど。反省会というのは良い発想ですね」


 普段と違う緩んだ空気。何だか全員が等身大に見える。


 それぞれ憧れる立場にいるだろう。けどこうしてみると窮屈さが可哀想にも思う。


 かと言って何をどうする事も出来ないのだけれど。せめて一時でもこんな時間を提供できた事を喜ぼう。


 代わりに財布は泣くことになったが。


「先生、また全員で来たい」

「ああ……まあ給料日の後ならな」

「ちっ、やっぱ甲斐性ねぇ」


 こうして五人と一匹の庶民派晩餐は幕を閉じた。


 まさか自分の人生でこんな経験をするとは思わなかったな。

読んで頂きありがとうございます。


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