解放された後の息抜きですか?
「それにしても…驚いたよ。まさかゴーレムを操れるなんて。大特免許も持ってるのか?」
俺の問いに、モマさんは微笑んで肩を竦めた。その仕草は肩書きや自慢をさらりとかわす、あのいつもの余裕だった。
「ええ。元々、機械いじりが好きでしたから……ここで披露するとは思いませんでしたけど。もう少しドラマチックに演出をしたかったですわ」
「十分劇的だったじゃないか…」
彼女の口ぶりは軽いが、瞳の奥に残る冷静さと熱量はただの趣味人のそれではない。何らかの訓練と蓄積があることを、顔つきだけでうかがわせる。
「けどお陰で助かった……それと確認だけど『既製品』じゃないよね?」
帰り際から気になっていたことをはっきりさせる。もしもモマさんの私物で、しかも高価なアーティファクトだとしたら、教習中に破損させてしまった責任問題が残る。いくらこっちが管理側の事情を説明しても、金銭の話は面倒だ。
図らずも給与明細の数字が頭の中に想起される
「ご心配なく。その場で作ったゴーレムです。ただの土ですから弁償も何もありません」
モマさんは淡々と言った。
「そっか。よかった」
内心、胸を撫で下ろす。即席で拵えたというのであれば、ノワールの召喚術とコスト的な差はない。
だが即席であのゴーレムを作り上げる技術があるという事実は、単純に驚愕に値する。
「けどあのレベルのゴーレムを即席で作ったとは…恐れ入る」
「これでも『工匠』認定も受けてますから」
「あ、え…」
俺が一瞬言葉を詰まらせたのは、工匠認定の重みを理解しているからだ。
ツァイトスタッド王国で『工匠』は最難関認定資格の一つ。
アーティファクトの設計力、製作力、機能性、芸術性、操縦技術、そのどれもが高位のレベルを求められる。一つの課題をクリアするだけでも十年近くの修行がいるとされるし、その為有資格者の平均年齢は六十歳を余裕で超えると聞いた。
実際、工匠と聞いて思い浮かぶ有名人はいずれも老齢だ。
若くしてそれを持っているなんて…。
つい金の力か親のコネか、と邪推をしてしまった自分が憎い。
あの技巧を見せられては疑いようがないじゃないか。
天は二物を与えずというのは、どうやらモマさんには…この部屋の四人には無縁の言葉らしい。
やれやれ、持つ者もいれば持たざる者もいる。やる瀬無いなと自嘲したくなる。
◇
そうして部屋の空気が静寂と退屈に飲まれはじめた頃、扉が控えめにノックされた。
「失礼いたします。大変長らくお待たせいたしました。周辺の安全と状況把握が終わりました。お帰り頂いて結構です。本日はご不便、ご心配をお掛けしましてまことに、まことに申し訳ありませんでした」
所長の声が震えていた。畏敬と焦りが混ざった、とても人間臭い謝罪だった。
人によっては高位の客に顔色を窘められたと感じるだろうが、俺はそれ以上に彼の背負っているものを想像してしまう。洞窟は管理側の管轄であり、ここでの事故はそのまま所長の仕事の是非に反映される。
気が付くと四人の顔つきが変わっていた。特にリーヴェの変化は、いつも以上に冷静で――ほんの一瞬、鋭い刃物のように厳しく見えた。彼女の内側にある責任感が、所長の焦燥を一瞬で測り直したのかもしれない。
「怪我人はいたのですか?」
「い、いえ。皆さまのご尽力により、被害者の報告は受けておりません」
「それは何よりですね」
「原因は判明していますか?」
「現状はレギオン殿の言われる通り、野生の個体が特区内の同種を取り戻しに来た線が濃厚かと…後日改めまして報告書を提出予定です」
「わかりました。まずは人的被害がなかったことを喜びましょう」
「っは」
所長の安堵と恐縮が入り混じる挨拶に、部屋の空気は少し柔らいだ。
だが緊張の糸が切れると、身体に蓄積していた疲労が一気に押し寄せるのがわかる。肩の力が抜け、息が大きくなる。俺もやっと、自分がどれほど力を入れていたかを思い知る。
それは何も俺だけじゃない。四人とも同じような表情で脱力している。
しばらくの間、皆それぞれに眼を閉じたり、窓の外の光をぼんやりと眺めたりしていた。小さな沈黙が心地よく、そして少しだけ怖かった。あの洞窟での音、砂の匂い、カリアトスの拳の感触、モマさんのゴーレムの軋む音。
いずれもが、まだ耳の奥で残像のように震えている。
そんなとき俺は、つい頭に思った事をそのまま口に出した。
「もう教習所にはトラブルが起こったと伝えているんだ。急ぐ必要もない。みんなのスケジュールが許すなら、少し休憩してから帰ろうか」
その一言で皆の顔がぱっと明るくなる。特にカパタピは、鬼の首を取ったかのように乗ってきた。
「なんだぁ? 茶でもしばこうってか?」
「そんなところだ」
「たまにはマシな提案するじゃねえか、おっさん。当っ然だけど奢りだよな
? せ、ん、せ、い?」
「ぐ…し、庶民のお店なら」
「かぁ〜! ケチくせえ! 甲斐性ねえな」
「世の中には君たちが想像もできんほどの安月給がいるんだぜ?」
俺は精々格好つけて、嫌味にならないように自虐をする。ツッコみにくい自虐ネタを食らう気分を少しは味わうがいい。
しかし、そこは流石のスルースキルで流された。
「いえ。むしろお世話になっているのは私たちなのですから、私たちがご馳走すべきでは? 王宮にお呼びできればそれも簡単に叶うのですが…」
リーヴェの言葉には、からかい半分の敬意が混じっている。ノワールは柔らかく微笑み、モマさんはすまして話を聞き、カリアトスとカパタピは既に店のメニューを想像しているのか、よだれを垂らさんばかりだ。
その様子を見て、俺の胸の中にはふわりと温かいものが広がる。教習生として、指導員として、そしてただの一人の年寄りとして――彼らと過ごす時間はやっぱり悪くない。
当たり前のような日常が少しだけ輝いて見えた。
特に図らずも死線を超えた後であればなおさらだ。
「けど…自分で言っておいて何だが、大丈夫か? 警備上の問題とか。そもそも口に合うかどうか」
「そんなことはありません。教会に来る人たちの普段のお食事について興味があります」
「私も民の日々の食事は一度味わってみたいと常々思っていました」
「オレはギルドのみんなと普通の店に食いに行くよ」
「それにおっさんがいれば、危険じゃねえだろ」
「私も誘われた食事に不平を言うほど傲慢ではありませんよ?」
「そう?」
何だか自然にお膳立てされてしまったような気がする。
でも、みんながいいというのならいいか。店側もまさかこんなVIPが来るなんて夢にも思わないだろうか、案外気が付かれなかったりしてな。
そんな事を思いながら、俺はお嬢様四人を極めて庶民的な店にエスコートすることになったのである。
外に出ると洞窟を覆っていた重い空気はすっかりと薄れて、午後の光が俺たちの労を労うように柔らかく撫でてきた。
明日にはまた教習がある。だが今日のほんの一瞬だけ、安堵を味わってもいいだろう。
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