カリアトスの覚醒ですか?
リーヴェに支持を飛ばし、新米たちを入り口方向へ押し出す。幸いサンド・リザードは俊敏さが売りの魔物ではない。退避の流れは順調に見えた。
しかし最悪のタイミングで後続に追いつかれてしまう。
顔を出した瞬間に「戻れ」と叫ばれ、教習生と思しきパーティは一気にパニックを起こす。
普段ならなんて事のない場所でも、動転した瞬間に洞窟特有の細い出口は関門と化して行く手を阻む。
「誰か、助けてぇ!」
「詰まるな! 早く行けよぉ!」
「む、無理! 後ろ! 来てるよぉっ!」
駄目だ。そこで固まっていては意味がない。
しかも多勢に無勢が過ぎる。これだけの量のサンド・リザードを一人で捌き切るのは不可能だ。そう思った瞬間、一匹だけ追跡を許してしまう。
マズい!
興奮したサンド・リザードが威嚇の咆哮を上げると、皆の体が固まる。
その刹那ーー
「『立て』」
と短く命令詠唱があった。
たちまち地面が人の手の形に隆起して、魔物の通り道を塞ぐ。そればかりがうねる様に姿を変え、瞬く間に人型の石像になった。
「ご、『ゴーレム』!?」
俺は突如として現れた構築物に驚嘆の声を出す。
無機物に魔力を込めて使役する魔法。それによって動く構築物を総称してゴーレムと呼ぶ。昨日ノワールが見せた精霊召喚と似ているが、こちらは完全に人工物である点が異なる。
またノワールの隠し玉か? そう過った自分の考えを否定する。
人工物である都合上、これらは明確に操作しなければならない。そしてその操作は相当な鍛練がいる。昨日の口ぶりからいってノワールは自分で操作する技能はまだ未熟だ。彼女ではない。
と、ゴーレム操作が可能な人間を消去法で考えていくと自ずと答えは出た。
「モマさんか」
そこには毅然とした態度で鞭を振り、ゴーレムを操るモマさんの姿があった。鞭の扱いだけじゃないとは思っていたけれど、まさかこんな奥の手を持っていたなんて。
ひょっとしたら普通免許だけでなく、大型特殊免許も持ってるんじゃないか。彼女ならどんな資格を持っていたとしても驚きはしない。
いま大事なのは興奮している魔物を押さえ込める魔導者がいて助かったということだ。
砂煙を裂いて飛びかかったサンドリザードの巨体を、土の腕が真正面から受け止める。
ゴっ! ゴゴッ…!
重い衝突音が洞窟に弾ける。
ゴーレムの腕とサンド・リザードの鱗がぶつかる度に、まるで鍛冶場のハンマーが金床を叩くような音が響く。
足元を深く踏みしめ、全身の土が軋みながらも力で押し返していた。
性質上、骨組みやフォルムなどなど全てを一から作り、その上で尚操縦しなければならないのがゴーレムの難しいところ。
俺はどうにか頑張っても他人の作ったゴーレムを操縦して歩かせるくらいが関の山だった。それをここまでの防御力を持たせて運用するなんて………。
スゴい設計力と操縦テクニックだな。
だが。トラブルというのは一度起こると連鎖する。
何度も激しく打ち合う最中、ゴーレムの右肩の付け根で小さな音がした。
ピシ…ッ!
俺は耳鳴りかと思った。しかし違う。
ゴーレムの腕に髪の毛のような細い亀裂が走ったのが見えた。
「ん…?」
それは剣士が僅かな刃こぼれを見抜くときの感覚に似ている。
見た目はほとんど変わらないのに、内部の結び目だけが静かに崩れ始めている音。
「急場しのぎで作ったから、構造が鈍いのか」
違和感が胸の奥で引っかかる。
俺は視線を足元へ向けた。
泥。それはカリアトスが先ほど水を叩きつけた跡だった。
しまった。サンド・リザードを制圧するためにこの辺り一帯が水浸し。大量の水分を含んだゴーレムに頑丈さは期待できない。
そんな分析が済んだ瞬間、モマさんが声を出す。
「壊れる…!」
短く聞こえた。その直後、石腕の一部がぽろりと欠け落ちた。
そして。
ミシ…ミチ…ッ
亀裂が、枝分かれするように広がっていく。
そしてサンド・リザードの牙が食い込んだ瞬間に、
バキィ!!
と、音を立てて土の前腕が砕けた。
◇
崩落するゴーレムの瓦礫。それに飲み込まれそうなモマさんに向かって、カリアトスが飛び出すのが見えた。
「先輩っ!」
「……バカっ!?」
「モマさん! カリアトス!!」
その場の誰しもが土塊に押し潰される二人を想像した。そして全員がその予想と大きく異なる現実に唖然としていた。
スドォオン……!
木こりが巨木を切り倒したかのような轟音。
しかしそれは二人を押し潰した音ではない。
カリアトスのストレートに振り抜いた拳によって、ゴーレムの残骸もろともサンド・リザードを遥か後方の壁にまで殴り飛ばした衝撃音だった。
「…」
全てを見ていたのに、何が起こったのか分からない。
俺もリーヴェとノワールもモマさんも冒険者パーティも、何ならサンド・リザード達でさえ右の拳を突き出したままに固まるカリアトスを見ていた。
するとあれだけ殺気だっていたサンド・リザードたちが一匹、また一匹と洞窟の奥や地面の中に引き返していく。まるで狐に騙されたかのような光景だ。やがて静寂が洞窟の中に蔓延ると、俺たちはようやく動く事を許された気分になった。
「…カリアトス。無事か?」
「…ちょっと右手が痛い」
見れば皮膚は擦りむけ、血が滲んでいる。赤く腫れた手を見るに、ひょっとしたら骨が折れているかもしれない。
さようなら、俺の教習指導員人生。中々悪くはなかったぜ。
いや自分の境遇を考えている場合じゃない。すぐに病院に連れていかなければ。
顔面蒼白の俺だったが、カリアトスはまるで気にしていないように微笑んだ。
「大丈夫だって、先生。ほら」
泣き言一つも言わず、カリアトスは自分の拳を擦り始めた。撫でれば撫でるほどに、腫れや出血がどんどん治っていく。
一分も経たないうちに元よりも綺麗に思えるほどに完治していた。
前に火傷を治してもらった時にも思ったが、改めて見てもすごい加護だな。アンチエイジング効果とかあったりする?
何はともあれ危機が去ったのは間違いない。
俺たちは大所帯でゾロゾロと来た道を引き返していったのだった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、レビュー、評価、ブックマークなどしてもらえると嬉しいです!




