野生の魔物の襲撃ですか?
通路の先がふいに広がり、小広間と言える空間に出た。光の反射や音の反響ぐわいから判断するに半円形…いや更に尖った三日月型の空間だ。
そこに先客がいた。
若い男女の冒険者五人。
革鎧は真新しい。鞘や装備に傷がない。おまけに構えている盾の角に値札の糊が残っている。動きを見るまでもなく新米のパーティだ。
対するは岩肌と同化したような砂色の大蜥蜴。カリアトスの予想は当たったようだ。
サンド・リザードが四体……違う、奥の砂がもこもこと呼吸するように動いているから五体目もいるな。
「下がれ! 尻尾が来る!」
「光! もっと光を!」
「ひぃっ! 待って、砂に足が取られて…」
混乱した声。陣形は壊れている。前衛二人が正面で押し留め、最後尾の魔法使いは詠唱に必死、盾役の背に短剣の子がしがみついて震えていた。
どうみても免許取り立てだな。というか、受付のところで大声出していたパーティじゃないか?
しかも足元には記録や録画ができる魔道具が散乱している。察するに免許を取得してテンションが上がって、仲間たちと流行りのダンジョン配信にきたところ、舐めて掛かって絶賛、痛い目を見ている最中と言ったところか。
指導員的には大いに反省をしてもらいたいところだが、ここまで混乱したパーティを見捨てるのは人道に反するのも事実。ならばせめてこの子らの教習に活用させてもらう。
足元はすでに細粒の砂地に変質し、踏み込むたびに膝下が沈んでいる。逃走も回避もやりにくいサンド・リザードの得意舞台だ。
「行きます」
そんな悪条件の中でリーヴェが臆せずに一歩出る。短剣の先に込めた魔力で光を作り、天井に向かって放つと小広間全体を覆うような閃光が起こった。
サンド・リザードの眼がすっと細くなり、動きが鈍る。
「ノワール! カパタピ! お願いします」
「よし来た」
ノワールの魔力を受け、更に生き生きとなったカパタピは最小限の動きで糸を出し、新米冒険者たちを次々に救いあげていく。
あっという間にまごついていた五人を安全圏にまで引っ張り出せた。
その様を見届けたリーヴェはすぐに次なる支持を飛ばす。
「カリアトス、今!」
「オッケーッ!」
合図を聞いたカリアトスがメイスを力強く振り下ろす。地面に当たった瞬間、メイスに施されていた水のエンチャントが弾けて小さな津波になる。本来、彼女は水魔法が得意じゃないはずなのに…魔力の暴発がいい意味で作用している。
暴走を逆手に取るとは、中々肝が据わっているじゃないか。
砂は瞬く間に水を吸い、濁った泥へと変貌する。
サンド・リザードは光と水のダブルパンチを食らい、バタバタともがき苦しむか退散するかのどちらかしか選べない。
本来であればここでアタッカーが攻撃を仕掛けて討伐するところだが、特区での戦闘である以上、不要な殺生は不要だ。
撃退までの流れがスムーズで文句のつけようがない。依然として警戒は解けないけれど、見守り組の俺たちだけは冒険者たちに話を聞きに行ってもいいだろう。
そう思って俺とモマさんは壁にもたれるか、あるいは地面にへたり込んで肩で荒く息をしていた。
「た、助かりました。マジで死ぬかと思った…」
「う、うぅ……靴の中砂まみれ……いや命があっただけマシだけど……」
「い、今の、録れてました……? 誰か……魔道具回収……」
最後の子の言葉に、盾役がげんなりした顔で返した。
「バカ! 命より動画か? ……いや、これ絶対バズるけどよ」
やっぱり配信狙いか。
機材にこだわる前に基礎にこだわれと説教したいところだが、まあここから先は俺ではなく公的機関の役目だ。すぐに所属のギルドに連絡が行くことだろう。
「ど、どちらのギルドですか? もしくは洞窟の管理局?」
「いや。魔導者学校の教習用パーティだ。俺は指導員のレギオン。装備もいいがけが人や行方不明者がいないかの確認が先だと思うが?」
「え? って事は仮免に助けられたの?」
「うわ、だっせー…けどコメントはいっぱい貰えるか?」
危機意識の低さに俺はため息が出た。どこだ、こいつらを卒業させた魔導者学校は。
「残念だけど、データは削除されると思うよ」
「え? 何でです?」
「別に撮影は禁止されてないですし、仮免のパーティだって撮っちゃダメって事はないですよね? 顔もちゃんとぼかします」
「いや…どれだけぼかしたところで無理だと思う。映っている人たちが人たちだから」
口で説明するよりも見せた方が早かろう。
そう思ったのは俺だけでなかったようで、モマさんが三人に集まるように声を掛けていた。
すぐに三人がこちらに駆け寄ってきては冒険者たちに心配の念を送る。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
まずリーヴェがそう声をかけると、まだ手が震えている女の子が顔を上げた。
「だいじ…って、え? リーヴェ姫…」
「こちらはノワール様…?」
「か、カリアトス・トームもいるぅ!?」
流石は有名人。冒険者諸君はあっという間に誰に助けられたのかを理解する。
「このお三方が教習をしていると噂で聞いたことくらいはあるだろ? 人の口に戸は立てられんが、少なくとも映像は保安上の問題から削除される。万が一に検閲をすり抜けたとして公開したりしたら…偉いことになるぞ」
「す、すみませんでしたぁ」
と、畏敬と感謝が合わさったような綺麗な土下座をかましてくる。
迂闊で軽率な連中だが、聞き分けはあるらしい。これ以上、探索を続ける気力はないだろうから、入り口に戻るように促そうとした。
――その時だ。
背後の岩が、また鳴った。
ず、ずず……ざり……
さっきまでとは違う。
地面の底から聞こえるような響き。
サンド・リザードが戻ってきたのか? いや問題はそれだけじゃない。
何の根拠もない、ただの勘に過ぎないのだが俺の経験則が飼いならされた個体ではなく、野生での生き方を知っている獣の気配だと訴えかけてきている。
だが、それはおかしい。ここは訓練区画なのだから。
理屈の上ではそうなのだが、頭の中で警鐘がドンドンと大きくなっていくばかりだ。
こうなっては仕方がない。
勘違いだったら恥をかくだけでいい。だが勘違いでなければ…そう過った瞬間に俺は声を出していた。
「……様子がおかしい! ――下がれ!」
言い終えた瞬間、通路奥の砂が爆ぜた。
砂の波が壁を洗うように吹き上がり、
巨大な影が、砂を割って――這い出た。
訓練をされた個体ではない。
鱗の厚みも爪の武骨さも違う。
そして何よりも目の光が違う。殺気のこもった野生の目だ。
先ほどの親個体? いや、それより…もっと何かある。
新米冒険者の誰かが息を飲み、「ひゅっ」と細い気管に空気の入っていく音が聞こえた。
それを合図に俺も叫ぶ。教習指導員であることを忘れ、完全な剣士としての声だった。
「全員、入り口に向かって走れっ!」
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