疑似ダンジョンでの教習ですか?
薄曇りの空の下、俺たちは岩山の裾野にぽっかりと口を開けた洞窟の前に立っていた。
昨日の草原とは打って変わって清々しさは微塵もない。代わりにあるのは圧迫感のある湿った空気だった。
四人もそれを敏感に感じ取っているようで、溌剌とした表情ではない。まあ普段の暮らしぶりを思えば、こんな洞窟とは無縁の方々だから無理もないことだ。
「――さて、今日の教習内容を説明する」
図らずも低く通る声に、全員の背筋が自然と伸びた。
「ここ『コイロス洞窟』は、魔物との実戦を想定した訓練特区だ。飼い慣らされた魔物があちこちにいる」
「その魔物たちを相手に実地訓練を行う訳ですね」
「ああ、その通り。飼い慣らされたと言っても相手は魔物だ。くれぐれも油断しないように」
「はい」
「それと今回に限り、パーティの編成を少しいじる」
予想していなかった俺の言葉に三人は少し戸惑いを見せた。
「どういうことですか?」
「この項目は君たち教習性の自主性や主体性を育むことも盛り込まれているんだ。だからクエストに対して、どう挑むのかを自分たちで決めてもらいたい」
「なるほど」
「本当は俺が抜けて四人で行うんだが、モマさんも免許保持者だからな。三人でパーティを組んでもらう。勿論、すぐ傍に控えていてサポートはするから安心してくれ」
「分かりました」
「もう一つ、今日の教習での留意点を伝えておく。ここは昨日教習を行った草原のようなコンバット・エリアとは違う。疑似とは言えどもここは『ダンジョン』だ。留意すべき点は…ノワール。分かるかな?」
「閉鎖的な分、戦闘方法や戦略が限られる上に見通しも悪くなっから魔物と急に遭遇するリスクがある」
「…」
俺が聞くと例によってカパタピがペラペラと答えを言ってしまう。だが今回に関しては不十分な回答だ。
「半分正解」
「半分?」
「そう、注意すべきは魔物だけじゃない。分かるか、ノワール」
「…罠とかですか?」
俺は首を横に振ってから、答えを教える。
「そうじゃない。他のパーティの存在だ」
「あ」
実際、魔導者教習生のほとんどがここを見落とすか、軽んじる傾向が強い。
今までは自分たちだけの教習が続いてきたし、魔物やトラップは本能的に危険だと分かっているが、人間が脅威になる場合はほとんど無いからな。
しかしダンジョンとなると少々話が変わる。
同じように攻略している他のパーティを魔物と誤認して攻撃してしまう事故は相当多い。初心魔導者の起こす事故の実に70%以上が、この「誤認」とも言われている。
閉塞的な空気が自然と疑心暗鬼を生むのがダンジョンの怖いところ。
自分たちが誤認しないこと、そして他のパーティから誤認されないように振舞うのが中々難しい。
ざっと見渡しても、他の魔導者教習所やギルドの新人らしいパーティが沢山いて、受付に行列を作っている。この全員が一つもミスを犯さないなんてのは天文学的な確率だろう。
しかも俺たち……いや俺の場合は、それに加えてもう一つの懸念がある。それはこの四人の身分に他ならない。
「…俺も全力で守るが、君たちも十分に気を付けてくれ」
「レギオン先生、大丈夫ですよ」
「ん? 何が?」
「もしも責任を負って教習所を辞めされたら、王宮に就職先をご用意しますわ」
「…」
リーヴェは可愛らしくウインクをしながら告げる。
もしかしなくても、先日の勧誘の催促に違いなかった。
「まあ! その時は修道院でもいいのですよ」
「ですね、お嬢。掃除夫として雇ってこき使ってやりましょう!」
「トゥールビヨンでもいいぜ! 一緒にパーティ組もう!」
「あはは…」
本気か冗談か…いや、全員本気で言ってるな。
そして満を持したようなタイミングでモマさんが一歩歩み出てきた。
「再就職先には困らないみたいですね」
「そう、だね」
「私がもしも傷物になったら…」
「え?」
「むしろその時は私をもらってくださいね、先生」
ゴフッ!
と、肺から変な空気が出た。
誰がどう聞いて逆プロポーズじゃないか。いや、実際に逆プロポーズされているんだけど、みんなの前で言うとまた大変な事になる。
案の定、三人とも呆然した様子でモマさんの言葉の真意を探ろうとしていた。
そんな俺たちを他所にすまし顔で言う。
「さあ、教習を始めましょう。受付に並びますよ」
◇
既に並んでいた列の最後尾に素直に収まる。
すると特に何も言っていないのに他のパーティが距離をおいた。遠慮をしてくれているのか、はたまた君子危うきに近寄らずを実践しているのか。どっちにせよ浮いているのは確かだ。
尤も王女、神官、英雄の姪に大陸一のご令嬢がパーティを組んで教習をしているなんて、早々に噂になるに決まっている。
好奇、羨望、畏怖…様々な感情のこもった視線が飛んでくる。
とは言え、四人ともそんな視線にさらされるのは日常茶飯事なのか、見事に受け流して過ごしていた。
そうこうしている内に洞窟管理の職員がこちらにやってきて、職員用の入り口から入るように提案をされる。四人はそろって「特別扱いはしなくていい」と断ったのだが、反対に「一般の利用者の混乱を避けるために是非」と押し切られてしまった。
かくして俺の教習指導人生で初めて、特区に顔パスで入るという経験をさせてもらえたのだ。
コイロス洞窟の内部はまず大空洞があり、そこから小道のように細い通路が枝分かれしている。
足を踏み入れて、まずリーヴェが呟いた。
「…音の反響が強いですね。発生源の方向が掴みづらいですし、小さな音でも魔物に気が付かれてしまうかも」
「さすが分析が早いな。こういう環境では目視できていない相手にどう対応するか、つまりは『死角』とどう付き合うかが鍵になる」
そう言いながら、俺はそっと足元の砂を蹴った。
舞い上がった土埃がふわりと浮かんだまま、中々落ちない。空気の流れがほとんど無いのだ。
大方の予想に反して洞窟の中は思ったよりも温かい。外気と遮断され、岩壁に閉じ込められている温度は年間を通して大きく変わることはない。
動かない空気と慣れない静寂とが皮膚にまとわりついて、まるで世界そのものが止まってしまったかのような錯覚を覚える者もいる。
息を吸っても肺に新しい空気が入ってこないような、 吐く息がそのまま顔の前で滞りゆっくりと自分の喉に戻ってくるような独特な空間。
ノワールが低く呟く。
「…空気が眠っているみたいですね」
詩的な表現だが、まさしく的を得ている言葉に全員が頷く。
それは『洞窟』という一つの生き物の体内に迷い込んだようだった。
先頭に立つリーヴェは短剣の先に光を灯し、暗闇の奥を見据えた。
カリアトスが生唾を飲み、ノワールが珍しく視線を鋭くする。
「…さ、教習のスタートだ。気を付けて進むように」
短くそう言って、俺は彼女らの後ろに付いて行った。
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