蜘蛛は既に捕まえていますか?
「それよりも色々と聞きたいのはこっちだ」
俺はノワールの肩越しに、まだ草原の空気の中に薄く漂っている精霊の残滓を指さした。。
「召喚した精霊をあんなふうに独立行動させるなんてどうやったんだ? 正直、初めて見たぞ」
「え? どうと仰られましても……」
ノワールは小首を傾げてぽかんとした顔をする。
素の反応なのか、まだ魔力酔いで頭が霞んでいるのかは判別がつかない。
どちらにせよ、返ってくる答えが理解の範疇であることを祈りながら続きを待った。
だがその祈りは裏切られ、ノワール案の定とんでもないことを言い出した。
「お願いをしただけですが」
「…お願い?」
「はい。『少しのあいだ、私の代わりに戦ってくださいませ』って」
俺は一瞬のうちに思考が停止した。
冗談か? あるいは揶揄われているのか?
いや、ノワールの目を見ればそんな冗談じゃないのはすぐにわかる。 晴れ渡った空みたいに澄んだ瞳。悪びれた様子もなく、ただ真っ直ぐだ。
「……命令詠唱は?」
「していません」
「制御詠唱は?」
「していません」
「具象維持の詠唱は?」
「していません」
「……」
頭が痛い。
精霊が人格を持って人間に傅くなんてお伽噺の世界か?
「……つまり、あの精霊は君のお願いだけで動いてたと?」
「はい。そうなりますね。アルヴィナ様は優しい方なので」
「な、名前までついてるのか」
事の重大さに呆気に取られていたのは俺ばかりじゃない。リーヴェもモマさんも、普段はあまり見られないような顔をしていた。
「先生、つまり……あの精霊は完全に自我を持って動いてたってことですか?」
「厳密に言えば、ノワールのマナを通して動いてはいたんだろうけど……実質、独立していたな。常識では説明できん」
「……ほんと、不思議な事をさらっと言う子ですね」
「まったくだぜ」
俺は溜息をついた。が、すぐにリーヴェたちに視線を移して肩をすくめる。
「そういう二人も人の事は言えないだろう。四属性を無詠唱で扱ったり、治癒の加護を有していたち…どちらも尋常じゃない」
正直に言って、常識が逃げ出すレベルだ。
改めてとんでもない生徒を受け持ってしまったと実感する。そしてその三人を持ってしても頭の上がらないモマさんも恐ろしい。揃いも揃って凄いのは家柄だけにしておいてもらいたいところだ。
色々と行き過ぎて嫉妬の念すら湧かない。
…。
それはさておき。
「さて」
俺は手を叩いて場を締め直す。
「本来ならここで教習終了なんだが、もう一つだけ――ネタばらしをしておくか」
四人の視線を集めた後、俺はにやりと笑った。
「もう俺の注意を逸らすフリはしなくていいよ」
「「「「……え!?」」」」
見事に重なった四重奏。草原の上に響くお嬢様たちのハーモニー。
四人が目を見合わせ、露骨に顔を引きつらせた。
「何のことでしょう?」
「君たちの切り札――ずばり『カパタピ』だろ?」
俺は指を一本立てて続ける。
「どうにかこうにかカパタピを城壁にタッチさせて、ノワールの魔導具がゴールしたことにして勝ちを狙ってたんだろ?」
「え、あ、えっと……」
普段、表情を崩さないモマさんも、貴族然としたリーヴェも、見事に目を泳がせていた。
カリアトスは口を開けてポカンとしたあと、実に素直な反応を返した。
「どうして分かったの?」
「全員が捕まったのに、悔しさがやけに薄い。それに、誰かが報告に来るのを待ってる素振りじゃないか。あと……あんな好戦的なカパタピが一度も突っかかってこないのは不自然だ。そんなところから色々と察したわけだ」
「……」
「尤も、気づいたのはノワールが精霊を召喚してからだ。作戦自体は悪くない。人語を話せる召喚獣を優先して逃がすのは理にかなってる」
「それを教えるということは、既にカパタピには対処済み…?」
「ああ」
「いつですか!?」
「精霊と戦ってる最中。吹っ飛ばされたついでにな」
「……ついで?」
「捕まえて簡易封印を施しておいた」
俺はズボンのポケットから掌ほどの光球を取り出した。
淡い青色に揺らめくそれは、水と風のマナでコーティングされ、ふわりと浮かび上がる。
ノワールの指先が触れた瞬間、シャボン玉のように弾けると、
「うがあっ!! このクソジジイ!! よくもやりやがったなああっ!!」
怒鳴り声が炸裂した。
「そりゃそうだろ。そういう勝負だったんだから」
「途中まではうまくいってたんだ、何かイカサマを使っただろ!」
「人聞きの悪いことを言うなよ」
「イカサマでなけりゃ、あの広い草原のど真ん中にいたオレ様をどうやって見つけたんだよ! 説明してみろ!」
「どうやっても何も、ノワールが精霊召喚をした瞬間に懐から飛び出しただろ? あとはずっと目で追ってただけだよ」
「……は?」
ぽかん、と口を開けたのはカパタピではなく、カリアトスだった。
「先生、それ……こんな小さいカパタピを見失わずにいたってこと?」
「正確に言うと、カパタピを見てたわけじゃない。マナの動きを見てた。俺はマナの動きを視認できるんだよ」
「いや、いくら見えていたとしても…」
「この草原の中で…」
「…あの精霊と戦いながら?」
心外なことに全員が信じられないという顔をしている。
俺は肩を竦めた。
「昔取った杵柄ってやつさ。戦場やダンジョンで戦ってた頃の名残だな」
そう言うと、モマさんが小さく頷きながら口元に手を当てた。
「常識はずれの指導をするには、やはり常識はずれの方でないといけませんね」
妙に納得した声に、リーヴェとカリアトスが同時に吹き出す。
ノワールはまだ頭がふわふわしているのか、「え? 先生は常識がないんですの?」と真顔で言ってきた。
「…誉め言葉として受け取っておく」
俺は天を仰ぎ、次の教習の課題を頭の中で組み立てながらため息をついた。
とんでもなく危なっかしいパーティだというのに…いや、だからこそ胸が高鳴っているのだろうか。
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