四人目を捕まえますか?
ノワールはしばらく黙っていた。
それからゆっくりと息を吐き、目を細める。
「……先生。伝えたい事は理解しました」
「ん」
「でも私……やっぱり、お友達を見捨てたりするのは嫌です」
その声音には迷いがあったが、芯はあった。まっすぐで、まるで陽だまりのような意志が垣間見えた。
いいなあ。こうして根拠はなくとも自信のある答えを出せる彼女が羨ましい。これは若さがどうこうの話じゃなく、ノワール自身の気質の話だろうな。
俺は少し笑って頷いた。
「そういう答えも俺は好きだ。じゃあ見捨てなくてすむ方法を教えよう」
「え? そんな方法があるんですの?」
「簡単だよ。君が誰よりも強くなって守ればいい」
まるで拍子抜けな答えだったが、ノワールは目から鱗が落ちたようにハッとした表情を見せた。
そしていつもの天然さと溌剌さを合わせたような雰囲気を取り戻す。
「確かにその通りです! 流石はレギオン先生」
「…あ、うん。ありがとう」
こんな適当な答えでそこまで感動されると申し訳なくなってしまうな。まあ本人が納得してくれたならいいか。
「では参ります。先生を倒して私が全員を助けます」
高らかに宣言したノワールは両手を胸の前で重ね、目を閉じる。
すると草原中の風が渦を巻いて彼女に集まっていく。
「何だ…?」
ここまでノワールの教習を続けてきた中で、教えたこともなければ、見たこともない魔法だ。
その時、俺の頭の中にリーヴェとのやり取りが思い起こされた。
ノワールが在を置くナイケヴィオス修道院も、王宮に負けず劣らずの精鋭が集う。彼女もまた幼い頃から一流の魔導者や兵士たちの訓練を見ていたに違いない。ともすれば予想外の魔法を知っていたとしても不思議じゃない。
冷静に分析をしている間にも穏やかな竜巻となった風がノワールを包み、淡い光を放ち始める。
するとその光が輪郭を得て、まるで騎士のような姿を形づくっていく。
「まさか…『精霊召喚』!?」
俺が口走ったのと同時に馬に乗った大柄な騎士が現れた。普通の人間よりも三倍くらいは大きい。
光でできたような甲冑が淡い光を爛々ち、風の輪が馬の周囲を旋回する。
『精霊召喚』
それは書いて字のごとく、マナの元素で構成された精霊を呼び出し、具象化する魔法。
小間使いから戦闘まで、術者によって様々な大きさや目的で使役される。目の前のアレは…。
「どうみても近所の肉屋にお使いに行く装いじゃないな」
中々骨の折れる相手だが…ここでの召喚はむしろ悪手だ。戦闘用の召喚は強力な反面、具象維持や命令の為に詠唱をし続けなければならないという強烈なデメリットもある。
小間使いならいざ知らず、戦闘に用いれば往々にして詠唱に集中するため、召喚士の殆どは歩く事さえままならなくなる。
逃走という局面においては推奨される行動とは言い難い…はずだった。
「では精霊様! 後はお願いします」
それだけ言い残すとノワールは一路、城壁に向かって走り始めた。
「…は?」
何で召喚物を放置して喋れるんだ。その上、颯爽と走れるんだ?
俺は目の前の光景が信じられずに数秒、呆然としてしまった。その隙を突かれ、俺はどぎつい初太刀を相手に許してしまった。
「ぐっは…!?」
精霊は正しく風のように突進し、丸太のようなランスを思い切り振り回してくる。咄嗟に後ろに飛び退いて攻撃の勢いをいなすが…こいつは尋常ではないぞ。
見かけ倒しの強さじゃない。本気で戦わないと…やられる。
一度許した猛攻は収まることを知らずに続く。一撃一撃がまるで台風だ。
精霊の動きは重装に似合わず速い。人馬一体…いや、どっちも精霊なんだから最初から一体か。
マナの集合体で体重の概念なんてないはずなのに、どうしてこんなに一撃が重いんだ?
受けに回れば押し潰される。かといって、攻めれば突風に弾かれる。
「流石に…抜く」
いかんせん、手加減できる相手じゃない。ただの教習で剣を抜く羽目になるとは、夢にも思わなかった。
ガチンっ、ガチンっ…!!
と草原に重厚な金属音が響く。
「風の精霊だよな? 何がそんなに堅いんだよ…」
独立して動くことや、単純なスペックも含めて謎が多すぎる。
精霊は二撃、三撃と畳みかける。突き、薙ぎ、叩きつけ。
槍の攻撃に風の追撃が派生する。攻め手が千変万化するから間合いが読みづらい。しかも読み間違えた途端に触れずとも風圧だけで骨まで震える。
「はあっ……!」
俺は体格の小ささを逆手に取って低く潜り、鞘で槍柄をはじく。衝撃が腕から肩へ抜けるたび、草が波のように伏れた。
金属の甲冑に見えた外殻は、よく見れば何層にも重なった風。
「それがマナで圧縮されてるのか。堅いはずだ」
反転し、再び突進を仕掛けてくる精霊を見て俺は肺の奥まで空気を吸い込んだ。
「……よし」
すれ違う瞬間、俺は一歩だけ先に踏み込む。
振り抜いた剣は胴体部分に当たる。
カァン――。
澄んだ音が鳴り、銅部分に青白いひびが走ったのを見た。
「流石に一撃じゃ無理か。しかも生き物じゃないから呼吸が読めん…」
そもそも息をしてるのか、こいつは。
「けど殻は割れた。後は…」
精霊は大きく旋回して助走からの突進を仕掛けてくる。どうやらあまり複雑なことはできないみたいだな。できても困るが。
俺は同じ要領で懐に入り込むと、今度は突きに転じた。
ひび割れた傷口に切っ先を滑り込ませると、精霊の内部に魔法を発動する。
どれだけ外殻が頑丈だろうが、内部は弱い。特に召喚物は綿密かつ絶妙なバランスで存在を許されている場合がほとんどだ。
案の定、精霊は油を指していない古い機械のように動きが鈍り出した。しかも俺の攻撃はこれだけではない。
「さて。もう一つの仕掛けはうまくいったかな?」
俺は城壁へ駆けていたノワールへ視線を送る。流石に移動まで魔法を使う余力はなかったのか、自分の足で頑張って走っていた。
けれど…それもそこまで。
俺の仕掛けが発動してその場に倒れ込んだのを見届けると急ぎ彼女を捕まえに向かった。
◇
城壁まで目と鼻の先と言うところまで来ていたノワールだったが、不意に平衡感覚を失った。世界が幾重にもブレて歩くどころか、立っている事さえままならなくなりその場にもつれこんでしまう。
「きゃ……っ」
ノワールのもとへ歩いて近づくと、背中にそっと触れる。ひとまずこれで全員捕まえられた。すると先にタッチしていた三人が追い付てきたところだった。
「先生」
「お。みんなもちょうど到着か」
俺は三人と一緒にくらくらと覚束ないノワールの様子を確かめる。
膝をつき、胸元を押さえて荒い呼吸をしているものの、顔色は悪くない。加減はうまくいったようだ。
「ノワール。大丈夫?」
「カリアトス…と、レギオン先生? いま、何をされたんですの?」
「召喚物は召喚が成立した時点で術者で繋がっているんだ。だから精霊を通して君のマナを乱した。そのせいで魔力酔いを起こしたんだよ」
「え? それって大丈夫なの? ノワールにもダメージがいくって事だろ」
「あくまでマナだけだよ。肉体には問題ない。少し休めば回復するさ」
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