一人目を捕まえますか?
言い切った瞬間、草原の空気が変わった。
魔法行使は時として人の命を奪い、また自分の命が奪われる危険性を孕んでいる。知識として知っているのと、実感するのとではまるで違う。特に四人は普段から周囲の人間が危機を排斥しているはずだからな。
けどどんな人間にだって万が一と言うものがある。
特に最近は物騒だし。魔法は怖さを持っているということをいま一度自覚してもらいたい。
「……ひえっ」
気迫に押され、カリアトスが小さな息を漏らして一歩後ずさる。
「せ、先生? それ本気のやつですよね?」
「もちろん。手加減はしない」
「ちょっ、死ぬ死ぬ死ぬ!」
「いや、本気で捕まえに行くって言う意味だから」
手を出す訳ないだろ。本音を言えば触るのだって恐れ多い。
カリアトスは砕けた様子で接して来てくれたが、怖いのは他の三人だ。リーヴェは目が笑っていないし、モマさんはぶつぶつと計算をしているし、ノワールは…むしろカパタピの殺気が凄い。
何でも言う事を聞くというのは効果があり過ぎたな。
するとリーヴェが先日見せた、王女モードさながらの雰囲気で一歩踏み出てきた。
「先生。作戦会議の時間をください」
「作戦会議?」
「はい。疑似とは言え、パーティなら逃走するにあたっての役割分担を普段から決めているはずです」
「まあ確かに…」
「それにベテランならば常に逃走経路を頭に入れた上で行動するはずです」
「分かった。全部決めていいよ。でも教習の時間があるから五分で済ませてくれ」
「ありがとうございます」
すると四人と一匹はそそくさ離れたところで円陣を組み、話し合いを始めた。
軍議…とまで言ったら大袈裟だけど、四人とも頭は回るだろうからな。どんな手を打ってくるか。
一番効率的かつ厄介なのは四人が広範囲にバラけることだろうか。草原は広いから一人に時間をかけるとじり貧になる恐れがある。
それに加えて厄介なのはモマさんだ。彼女の魔法の実力はあまり知らないんだよな。三人は普段の癖とか魔法の得手不得手は分かっているから対策はしやすいが、果たしてどうなるか。
やがて時間を迎え、四人がこっちに向かって歩いてくる。
相当なやる気に満ち溢れ、お芝居のワンシーンのようだった。四人とも戦士の風格とはまた別の品格やらオーラは持っている人たちだからな。並んで歩いているだけで絵になる。
リーヴェは背筋を伸ばし、ノワールはカパタピと視線を交わし、カリアトスは早く戦いたくてウズウズとした様子。
モマさんは――獲物を狙う豹の顔つきだ。
「作戦は決まった?」
「ええ。お待たせしました」
「じゃあ始めるぞ。十秒カウントしたら追いかけるから、そのつもりで。張り切るはいいけど、ケガには気を付けてな」
俺はかくれんぼの鬼よろしく、カウントをし始めた。
その瞬間に四人が一斉に動いた。
予想に反して四人は固まって逃げる選択をしたようだ。各個撃破されるよりかは、相互補助の利点を取った形かな?
気心の知れている仲間内なら、確かに連携される方が厄介ではある。
カリアトスは転びそうになりながらも、脚力強化で崖を登る。不安は残るがあれだけ動ければ大抵の場面では有効だろう
ノワールはカパタピの助力を受け、ロープアクションを駆使して崖を上がった。できることならノワールが魔法を使う方が望ましいんだけど…実践を意識している手前、強くは注意できないな。
リーヴェは…風を足の裏から噴射させて空中を三角跳びするように駆けていく。
「って『虚空歩行』!? 嘘だろ!!?」
あれは技術はあるがまだ教えていない。教本にだって載っていないんだぞ。免許保持者だってできる人間は少ないのに。
まさか直感的に試したのか。だとしたら転載なんてレベルじゃない。王女ってのはそんなに凄いものなのかな。
そして――モマさん。
彼女だけは様子が違った。逃げることなくただ黙ってこちらを見据えるだけ。
一体何を考えているのか。
やがて十秒間のカウントが終わり、俺は追跡を開始する。三人は既に崖の上に姿を消している。早さとしては申し分ない。よほどの相手か悪条件でない限り、大抵のモンスターからは逃げられるだろう。
問題はやはり、モマさん。まさか戦うつもりなのか。
「逃げないの?」
「強敵に遭った場合、誰かが囮を買う場合もあるでしょう? 後輩のための尊い自己犠牲というものです」
「なるほど、時間稼ぎか」
「競争ならこうはなりませんでした。誰か一人でも城壁に触れればというルールは頂けませんでしたね」
モマさんは腰につけていた鞭を手に取った。
その一連の動きと表情だけで凡その力量は分かる…一般の免許保持者じゃない。ダンジョン攻略の経験は分からないが、少なくとも指の数以上の対人戦闘経験はあるみたいだ。
やっぱりお嬢様にしては中々に特異な人なんだな。
…というか鞭を構える姿が堂に入ってるな。本来のモマさんはサドッ気が強そうだし。奴隷を飼いならしてたりしないよな。
なんて余計な事を考えている俺を諫めるように、鞭がしなやかに動いて俺の足を狙ってきた。
パシュウッ!
音よりも先に空気が皮膚を叩いた。
狙いは正確。ほんの数センチでも動きが遅れていれば絡め取られていたか、さもなくば足の皮を剥がされていたかもしれない。
「流石ですね」
「モマさんも。中級程度の冒険者は目指せる。お嬢様だってのに恐ろしい」
「お嬢様なのはそうですが、頭に「じゃじゃ馬」と肩書きがつきますから」
「だからツッコミにくい自虐は止してくれって」
手綱が必要ってのはそういう意味じゃあるまいな。
おっと、いかんな。ついつい会話に乗っかってしまう。モマさんが時間稼ぎと判明した今、早々に片づけて三人を追わなくては。
俺は腰を落として柄に手を掛けた。
それを見たモマさんは一歩、草を踏みしめて後退した。
するとすぐに鞭を縦横無尽に振り回し始めた。パシパシと空気があちこちで張り裂けて草原を賑やかにする。
「……なるほど、近づかせないつもりか」
「捕まらなければ、勝ちですから」
その表情に躊躇いはない。攻撃を捨てた完全に防御姿勢…まあ鞭という武器の特性上、それが攻撃にもなっているんだけれど。
けど一対一でその戦法は有効とは言い難い。避けて通ればいいし、無駄なところの空打ちをするから隙も生まれる。
俺は踏み込みと同時に刀身を抜かずに鞘ごと剣を引き抜いた。
次の瞬間、鞭の先端がで鞭の先を逆に絡めとる。
「なっ――!?」
モマさんの表情が驚きに変わった。流石に想定外だったようだ。
こうなってしまえば鞭は無力だ。俺は鞭を手繰り寄せつつ、間合いを詰めた。
モマさんはどうにかこうにか抵抗をしようと余計な力を込めた。そのせいでバランスを崩してしまったので、慌てて支える。そしてそれが同時に捕獲にもなった。
「……捕まえた」
「はや……っ」
目を見開いて俺を見るモマさんだったが、彼女の瞳の奥には恐れよりもむしろ満足と言った具合の光が宿っていた。
「本当に、容赦ないですね」
「手加減したら意味がないだろ。ましてとんでもない賭けをしてるんだし」
「まあ。女性を抱き寄せておいて、そんなことを平然と……」
「ちょ、違う。これは体勢を崩さないために…!」
ああ、ダメだ。捕まえて尚、モマさんのペースに乗せられている。
さっさと三人を追わないとマズい。




