浮遊と飛行の教習ですか?
俺たちは街から離れるように草原の奥へと歩を進めると、やがてゆるやかな窪地にたどり着いた。
そこから先は下り坂になっている。地面は抉れたように穴が空き、ちょうど十メートルほどの崖になっていた。
地形を利用した訓練にはもってこいだ。現に他の魔導者教習所と思しきパーティが、一足先に飛行の教習をしていた。
スペースは十分にあるから、間借りさせてもらおう。俺は周囲を確認して軽く風向きを確かめてから口を開いた。
「じゃあここからは飛行の教習に入る。崖の下へ降りて、そこからまた上がるのを繰り返し――言うまでもなく魔法で昇降の感覚を掴むのが目的だから、しっかりと覚えるように」
頷く三人の瞳がそれぞれ違う輝きを宿していた。
リーヴェは静かな意志、ノワールは探究心、カリアトスは不安と熱意が半々。
「怖ければ着地するまで浮遊状態をキープしてもいいけど、あまりそれはオススメできる手段じゃない。それは何故だ、ノワール」
「万が一に備えて出来るだけ魔力を温存させときたいから」
と、カパタピが横から正解を掻っ攫う。
飛行や浮遊は移動用の魔導具を使わない限り、魔力効率が非常に悪い。
町中ならいざ知らず、ダンジョンやフィールドでの魔力切れ、いわゆるマナ欠は命に関わる。すっからかんになるのは素人以下。
万が一にもそのような事態になってはいけない。
それを分かっているのはいいけれど…。
「カパタピ」
「へいへい。お嬢が分かってないと意味がないってんだろ」
「そうだ。言い方は悪いが立場上、君はノワールの道具なんだ。使い手が理解してないといけないことはいい加減に分かってくれよ」
「へーい」
そんな気のない返事が草原の風に流された。使い魔というのは本当に頼りがいと厄介さが同居しているな。
例によってリーヴェもノワールも危なげを感じさせずに崖の登り降りができていた。
カリアトスにしても元々の度胸と思い切りの良い性格が功を奏して、中々に躍動感のある動きを見せる。彼女の場合、自分は出来ると刷り込みさえできれば、それが瞬く間に自信に変わるだろう。
後はしばらく反復練習にしようか。
自由さがなくなると人はやる気をなくすからな。
気の置けない友人たちと遊び感覚でやるのも大事だ。その方が技術の伸びはいい。
気概や常識はしっかりと持っている子たちだしな。
万が一、魔法の発動をしくじって転落しても大丈夫なように一定の警戒を入れつつも俺は離れたところで見守る事にする。
すると隣にモマさんが立ち、話し掛けてきた。
「カリアトスが少し心配でしたけど、大丈夫そうですね」
「だね。教材にしたいくらいのお手本がそばにいるし、破天荒なやり方をする反面教師もいるし。今はまだ自信をつけてもらう方がいい」
「…話は変わりますが、秘密組織の勧誘はお断りになったんですね」
「うわ、耳が早いな」
「ウチの商会も一枚噛んでいますから」
「そうだったんだ」
考えてみれば当然だ。何をするにしたって金は必要だからな。
そしてこのツァイトスタッドにおいて金銭が絡むと言うことは、トレイリアンブル家が絡んでいるということになる。
「グレーターさん、と仰いましたか。残念がられていたそうです」
「…」
「お見かけしたのは数度ですが、あの方にはシンパシーを感じているところもあるので気持ちは分かります」
「え?」
グレーターとモマさんに重なるようなところなんてあるか?
見た目から何からして共通点なんて思い浮かばない。
「ありますよ、同じところが。レギオン先生が陽の目をみないのを歯痒く思っています」
「…あぁ」
「それに、この前はすみません。無謀な事をしてしまって。でも実力と名声が釣り合っていない方を見ると、不肖ながらお手伝いしたいと思うのは人情というものです」
モマさんはしょんぼりと気落ちしていた。溌剌としているか、さもなくばご令嬢オーラ全開の彼女しか知らないものだから、俺はあたふたしながら返事をする。
「いや、それについて無事だっただから」
「昔から無茶をしてしまうことがあるんです」
「そう、なの? 意外だな。いつも一歩引いて物事を見てそうなのに」
「ええ。ですから然るべき方に手綱を握って頂きたいと常々思っています」
…あれ? 謝罪にかこつけて口説かれてる?
いや、まさか。そんな。教習中だし。
俺は居ても立ってもいられず、無理から話題をぶった斬って三人に次の課題を与えることにした。
「よ、よーし! そのくらいでいいだろう。今日のまとめをするから集合して」
◇
三人と一匹を集めた俺は感情と雰囲気を一新する意味を込めて咳払いを一つした。
「じゃあ今日のまとめをしていく。具体的にはモマさんを加えた四人でモンスターからの逃走を想定して動いてもらう」
「と言うことは…先生がモンスター役ですか?」
「そう言う事」
教習とはいえ緊張感は持ってもらいたい。だから決められる設定は細かく決めることにした。
・クエスト中に高レベルの魔物に遭遇したという体で、避難と通報をするという設定。
・俺が魔物となり、リーヴェ、ノワール、カリアトス、モマさんの四人が逃走を試みる。
・城壁のどこかに体か持ち物が触れた時点で避難完了とする。反対にそれまでに全員が捕まれば任務失敗。
・ボディタッチのみで捕まったとする。一度捕まったら復帰は不可能。
・俺は攻撃の真似事はするが危害は加えない(加えられるわけがない)。反対に四人はいかなる魔法を使って俺を攻撃したり、妨害してもOK。もちろん、魔法律に抵触しない範囲で。
「こんなところでどうかな」
これは彼女らを特別扱いして立案したものじゃない。よほど覚えが悪い場合を除いて、俺が受け持った生徒には同じように行う常套手段だ。
ルールをまとめると、モマさんが不敵に笑いながら一言添えてきた。
「非常に面白い試みだと思います。しかし、どうでしょう? 互いの緊張感と真剣味を増すためにルールを一つ加えませんか?」
「というと?」
「城壁にタッチできた場合は、ご褒美として一日だけ先生のお休みの時間を頂戴する、というのは如何ですか?」
モマさんの提案を聞いて三人の目の色が変わった気がした。
ギラギラとした闘志のようなものが滲み出てきているのだ。リーヴェを皮切りにみんながその提案に賛成をし始め、後に引けない雰囲気を作られてしまった。
けれど構いやしない。そんな悪のりをされるのは初めての事じゃない。
俺は笑顔のままに返した。
「ああ、いいよ」
「本当ですか?」
「うん。それにそんなケチ臭い事は言わないよ。誰か一人でも城壁にタッチできたら、君たち全員のどんな無理難題であっても叶えるよ」
ストレッチをしながらそう答えると、急に冷や水を浴びせられたように四人の動きが鈍った。
そしてモマさんが呆れているような、心配しているような、怒っているような、よく分からない表情になって聞いてくる。
「いいんですか?」
「何が?」
「こんな一般の常識が通用しない世間知らずのお嬢様四人に向かって、何でもいうことを聞くなんて約束してしまって」
「そういうツッコミにくい自虐は止めてくれよ」
肯定も否定もできないじゃないか。あと全員、目が怖いぞ。
とはいえ魔法を使うに当たって実践さながらの緊張感を持ってもらうというのが最大の目的だ。本気になってくれるならそれでいい。
「それに無用な心配だよ」
俺は殺気に転ずる一歩手前の闘気を四人に浴びせながら、不敵に笑い返した。
「全員、俺からは逃げられないから」
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