三人との馴れ初めを覚えていますか?
それから三十分後。
俺はボロい校内の中で最も内装がマシな応接室を使い、当校にご入校あそばされるお三方に書類の書き方を指南していた。
本当は教習とか色々あったのに、全部の予定をキャンセルさせられこの三人の対応をするようにと命じられたのだ。まあ、俺の紹介で入るのだから仕方ない……本当にそうか? 受付の仕事じゃね?
しかし改めてみてもすごい面子だな。
王女、神官、英雄の姪って…。
たった三通の手紙がまさかこんな大事に発展するなんて。瓢箪から駒という言葉は正しくこう言うときに使うのだろうな。
信じがたい現実から束の間の逃避を試みたのか、俺は呆然とそんな事を考えながら三人を見ていた。
それにしても…三人とも大きくなったなぁ。
俺は本当におっさん染みた感想を持つ。
実を言うとこの三人は完全な初対面ではないのだ。かつて各々の組織に所属していた頃に会ったことがある。
とはいっても全員が子供の頃の話だし、もう当時のことは忘れてしまったか記憶の隅にでも行っていることだろう。
そんな事を考えていたせいだろう。リーヴェ様に急に話しかけれて俺は少々戸惑った。
「レギオン様」
「うぇ?」
「私のこと、覚えていらっしゃいますか?」
「…!」
忘れられるはずもない。それだけ彼女と過ごした時間は濃密だったのだから…いや、こんな言い方をすると相思相愛の恋人みたいな感じだな。断っておくが、決してそんな関係ではない。
リーヴェ姫との出会いは王宮騎士団にいた時。
当時の上司で小隊長を務めていたウィップバイ・パーという男の下にいたのだが、こいつが騎士にあるまじき下衆野郎だった。
酒、風俗、ギャンブルに明け暮れた挙げ句、借金で首の回らなくなった奴はついには金目当てにリーヴェ姫が山花鑑賞のために外出するという情報を賊に売ったのだ。
しかも自分の小隊が護衛に当たると分かっていたので死角や護衛の難しくなる場所、スケジュールなどが筒抜けだったせいで、何も知らない俺たちは容易く奇襲を許すことになってしまった。
結果後手の対応で連携はまるで取れず、あろうことかリーヴェ姫を乗車中の馬車ごと崖に転落させてしまったのだ。
不幸中の幸いだったのは俺が転落する馬車にしがみつけたこと。落下しながらも馬車を斬壊し、リーヴェ姫を助け出すことだけは叶ったのだ。
けれども落ちたのは崖の下も下。
当然ながら帰路など分かるはずもなく魔物を退けながら朝露で喉を潤し、草木をかじって空腹を満たす一週間を二人きりで過ごしたのだ。八日目の朝に運良く救助隊と合流ができ、事なきを得た。
しかしその後の俺はウィップバイと共に小隊ごとお役御免となったのは承知の通りだ。
今にして思えばよく助け出せたなと思うし、よく一週間も生き延びられたなと感心する。ひょっとしたらあの時に俺は一生分の運を使い果たしてしまっていたのかもしれない。
とまあ、こんな劇的な経験があったのだ。忘れようにも忘れられるわけがない。だから俺はその事に関しては素直に返事をした。
「勿論ですよ」
そういうとリーヴェははにかむような笑みを見せて、
「良かった」
と呟いた。
こんな感想を持つのは不敬極まりないが…可愛い。
「あの時は満足にお礼もできず…その上、レギオン様が解雇になったという話はしばらく経ってから聞かされたもので。申し訳ありません」
「いえ、別に…リーヴェ姫のせいというわけでは」
「それでもです。ずっと謝罪を、それ以上にお礼を伝えたかった。あの時はありがとうございます」
「…」
俺は言葉を失う。近所に住んでる女の子にお礼を言われるのとは訳が違うんだ。何と言って返せばいいのか分からない。
すると助け船を出すようなタイミングで話題が変わった。というか実際、カリアトスとノワールが意図して空気を変えてくれたのだ。
「なーんか湿っぽくなって嫌だなぁ。オレこういうの苦手」
「そうですね。というか、お二人もレギオンさんとお知り合いだったのですね。驚きました」
「それな!」
「そ、そう言えばお三方とも、どう言ったお繋がりで?」
「同級生ですわ。同じ女学院の」
「そそ。ムーブメント女学院」
「…そう言うことですか」
そう聞いて三人の繋がりには納得がいった。
ムーブメント女学院はツァイトスタッド王国の中にあり、王族や名門貴族、大商家の息女が通う学校だ。この三人の身分を思えば何ら不思議はない。むしろ分かってしまえばそうとしか考えられなかった。
「ところでさ、聞きたいことが二つあんだけど?」
「なんでしょうか?」
「オレの事も覚えてる?」
「当たり前ですよ」
かつての仲間であるグレーター・ゴイフの姪、カリアトス・トーム。冒険者ギルドに入って活躍するのが夢だと言って、よく俺たちパーティの元に遊びに来ていたのを覚えている。
叔父のグレーターと同じく、生まれながらに治癒の祝福を得ている彼女は幼いながらも回復術の素養を持っていた。だが、本人は戦場でばんばんと戦果を上げるような戦士になることを望んでいた。
だから俺を含めて武器持ちのメンバーは彼女に自分達のノウハウの一部を教えて、修行をつけたりもしていたのだ。
曰く、『戦うヒーラー』になるのが夢だとか。
俺たちは彼女の幼さから来る夢を笑い飛ばすことはしなかった。だって俺たちもかつての子供時代に似たような事を想い描いていたからな。盗賊のスキルを持った隠密剣士とかね。
それに彼女との別れの時期は一番遅く、つい五、六年前のこと。そのくらいの記憶を失うほど耄碌しちゃいない。
「へへっ。安心したぜ」
「もう一つ聞きたいというのはなんですか?」
「なんで敬語なん?」
「え?」
いや、なんでって言われても。
昔ならいざ知らず、今は立場も身分もとても下なものですので。
そんな旨の事を伝えると、ノワールが口を尖らせながら言う。
「今からは生徒と先生なのですから、そこまで畏まらなくても…なんだかレギオン様が遠くにいってしまったようで寂しいですわ」
いやいやいや。実際問題三人とも今の俺に取っては雲の上の人だからね? 断っておくけども。
「お願いします。どうか昔のように親しげに…」
昔のように。
ノワールにそう言われると特に意識していないのに、あの時の記憶が思い起こされた。
彼女との出会いは修道院兵団に入団した当初まで遡る。つまりこの三人の中では一番出会いが古いことになる。
再三に渡って言っている通り、修道院兵団の稽古はすっかりと形骸化しており戦闘訓練というよりも芝居の練習といった方が的を得ている有り様だった。そんな修練ばかりでは当然体が鈍ってしまう。けれど人目のあるところでは思うがままに剣を振ることすら憚られたのだ。
それでも剣が振りたいという一心に駆られた俺は消灯後にこっそりと部屋を抜け出しては月明かりを頼りに稽古に励んでいた。
ノワールとはその秘密の特訓中に出くわしたのだ。
当時の修道院は孤児院としての役割もあり、沢山の子供たちが暮らしていた。何も知らない俺はその中の一人が夜中眠れずに彷徨いているんだと思っていた。
◇
『ねえ。お兄さんは何してるの?』
『剣の稽古だよ』
『こんな夜中にー?』
『そうだよ。努力ってのは誰にも見られていないところでやるから格好いいんだ』
『えー。でも今アタシに見られているよ?』
『あ、ホントだね』
『アハハ』
◇
みたいな感じで夜の中庭で語らっていたのを覚えている。
年の割に利発な子だとは思っていた。が、まさか大司教補佐官の娘だとは。その事に気がついたのは辞表と兵団の改革案とを纏めているとき。
俺の夜の訓練はテンポラにはバレていたらしく、俺の退職を引き留める文句として「大司教補佐官候補の妹さんに気に入られているのに」と言われたことがきっかけだ。
「…あの頃は普通の子供だと思っていたもので」
「では今も思ってください。もっとフレンドリーに」
「んな、無茶な」
ノワールの一言で両隣のリーヴェとカリアトスにも火がつく。
「私もお願いします」
「オレもオレも」
「レギオン先生が折れてくれないなら、使うのを控えている権力を使わないといけなくなりますわ」
「何それ、怖い」
「ならもっとフランクに」
俺はため息をつき、目を爛々と輝かせている三人の少女を見た。三人の笑顔と、その後ろに控えているであろう団体の威光とで目がつぶれてしまいそうだ。
けど観念する以外の道はない。
「リーヴェ、カリアトス、ノワール。これから卒業までよろしくね」
名前を呼ぶと三人の明るい顔が更に朗らかになった。こうしてみると年相応の少女らしさもあるのだなと思う。
しかし先が思いやられるのも事実だ。
こんな調子で早々に丸め込まれて、無事に三人を卒業させられるのだろうか。不安を感じずにはいられなかった。
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