盗賊団の正体が判明しますか?
三連休の最終日の朝。
俺は世界を祝福したい気分で目覚めることができた。いや、流石に誇張し過ぎかな。
しかし近年稀に見るほどに快調だったのは間違いない。
三連休、酒、あるいは教会での人生相談。その内のどれが効いたのかは定かではないけれど。
ここまで心も体も好調だと、普段は中々手を付けられないような家事をこなす気力が生まれてくる。三連休の最終日を掃除や洗濯で使うなど、三日前の俺に言ったら到底信じてはもらえないだろう。
男やもめな上、両親が死去した際にかなりの断捨離を行ったので掃除はすんなりと終わった。そして『次からはあまり散らかさないようにしよう』と掃除をする度に、決意をするというルーチンもこなしておいた。今回はいつまで持つだろうか。
終わり良ければ総て良しの言葉通り、溜まっていた洗濯や掃除を終えてしまうと午前中だって言うのに達成感に満たされた。後は明日からの日常に戻るために英気を養う事にするか。
そう思って俺は少々豪華な昼食といつもよりワンランク上のワインを買ってきた。
それをダイニングテーブルに並べて、いよいよ楽しもうと思った時。
家の戸が叩かれた。
「マジかよ…」
二日連続で来客だなんて。急に人付き合いの輪が広がったせいか。
立ち上がってドアの前に立つと俺の頭の中に次のヴィジョンが予見された。なんの偶然かリーヴェ、ノワールと来たせいで、扉の向こうにはカリアトスが立っているような気がしてきたのだ。
まさかな、と思ってドアノブを捻る。
すぐに俺の予見は外れたと答え合わせがあった。
「よう、レギオン。いてくれて助かったぜ」
「グレーター?」
立っていたのは他でもない、グレーター・ゴイフその人だった。
相変わらずのスキンヘッドと隆々な筋肉。奥歯まで見せつけるような磊落な笑顔。
これでヒーラーなのは世界のバグだろう。
それはそれとして後ろにいる細身の男は誰だ? いや見覚えはある。けれど名前が一向に思い出せない。するとグレーターがお構いなしに上がり込んできた。そして出し抜けに妙な事を聞いてくる。
「ん? お前、結婚はまだだよな?」
「ああ。相変わらずの独り身だよ。どうして?」
「やけに小ざっぱりしてると思ってよ」
「俺だって掃除くらいはするさ」
たまにだけど。
俺は適当に選んで買ってきたティーセットでお茶を振舞う。昨日、リーヴェが来た時の事を反省して昼食と一緒に買いそろえていたのだ。何となく使う機会が増えるだろうなと思っていたら案の定だ。
お茶を振る舞うなんてほぼ初めての体験だったが、それほど気を使わなくてもいいので初っ端の練習相手としては申し分ない。
そして紅茶を一口啜ったグレーターは来訪の理由を徐に語り出した。
「で? 一体何の用だ? あとそちらは?」
「ああ。こいつはトゥールビヨンのメンバーでセラマー・ゲドンってんだ」
セラマーと紹介された優男は表情を一切動かさず、それどころか目線を寄こす事もなく取って付けたような会釈をしてきた。
あまり歓迎された雰囲気じゃない。いや俺の家なんだけどさ。
「んで本題だ。早い話がお前に副業を勧めに来た」
「副業?」
俺の眉間がピクリと動く。
決して裕福な暮らしをしている訳じゃないから、バレない副業を調べていた過去がある。とは言っても株式とかに手を出す勇気は持てずにいるのだけれど。
グレーターの事だ、まさか怪しい霊感商法の話を持ってきたという事もないだろうし、正直言って興味をそそられる出だしだった。
「一昨日の盗賊団の件だ。実を言うと少々やばい事態になっていてな。騎士団と兵団とトゥルービヨンが連立して事に当たってる。俺はそこで一応のリーダーを任されてるんだけど」
「その三つが共同戦線を張るとは…結構深刻なんだな」
「ああ。その盗賊団がどうやら『カバル』かもしれないって話でな」
「っ! カバルだと?」
その名を聞いた瞬間、口の中に残っていた紅茶の味が一気に消えた。
久しく耳にしていなかった名前だ。
グレーターの表情もいつになく真剣だった。
カバルというのは大陸全土で暗躍する合理主義的犯罪集団の名称だ。
窃盗を主軸としながらも、目的達成のためには殺人・拉致・破壊工作・情報操作を一切いとわない。
組織としての実態はほとんどが不明で、首領や構成階層の存在すら曖昧だ。カバルと言う名称も連中が自己顕示の為に現場に残していく札に書かれた名前からついたもの。
一部では複数の独立した犯罪グループが「カバル」の名を冠しているに過ぎないとも言われている。
かつてグレーターたちとパーティを組んでいた頃、カバルの一味と遭遇したことがある。カバルと思しき一人を捕まえることはできたが、自ら命を絶たれてしまい結局は何の進展もなかったという苦い思い出が蘇った。
「町民を不安にさせないように極秘も極秘だけどな」
「ガバルの拠点がツァイトスタッドに…そりゃ三者合意で事に当たるよな。けどそんな話をなんで俺に?」
「推薦があったんだよ。それが副業のお誘いだ」
グレーターは懐から一通の封筒を取り出した。
封蝋には見覚えのある印。まさかとは思いながらも、俺は封筒を受け取った瞬間に悪寒を覚えた。
中を開けるとそこには信じられない署名があった。
「トレイリアンブル商会…しかも会長の直筆まで…これ、本物か?」
「ああ、本物だ。俺たちだって驚いてんだぜ。いつの間にこんなスゴい人脈を作ってたんだ」
俺は天を仰いだ。何をどう考えてもモマさんの仕業だな。
胃の痛みがぶり返す。
神様は俺の愚痴を聞くだけでなく、わざわざ翌日にフルコースでお返ししてくれるらしい。
「正直、一般人になったお前に頼むのは俺も気が進まないが、この前の活躍を見せられたらな。しかも満更じゃないようなことも言っていたし……頼む。お前がいてくれりゃ心強い」
グレーターの声にはいつになく真剣味があった。手伝いたい気持ちはあるが、普段の業務だってある。安直な返事はできない。
そんな沈黙を破ったのはグレーターが連れてきたセラマーはという男だった。
「状況が見えてないんですか?」
「え?」
「返事を悩んでいるみたいですけど、こんな大物に推薦されて秘密組織の情報を伝えられた時点で返事はイエス以外にありませんよ? そんなことも分かりませんか?」
「えと…」
「おい、セラマー。仮にも先輩に対する態度じゃないだろ」
「先輩って…この人とっくに引退しているじゃないですか。そもそも今、トゥルービヨンの中でこの人を知っているのが何人いるんです? グレーターさんが持ち上げ過ぎてて、若手は鬱陶しいと思ってますよ?」
やけにズバズバと心を抉ってくるな。
歳は俺たちより一回り近くは下。三十手前と言ったところか。僅かしか見れていないけれど、身のこなしや周囲の警戒の仕方から判断するに近接系の武器を扱う戦士タイプ。
髪が長い上に顔立ちが整っているから、声を出すまで女の人かと疑っていた。
ようやく視線だけをこちらに向けたのはいいけれど、その分言葉の切れ味を増した事を言ってくる。
「正直、歓迎ムードにはなれませんよ。腕はあっても一線から退いた奴に頭下げて戻ってきてもらうとか。現場で今、頑張ってる俺たちの立場はどうなんです? 燻ってるのが何人いると思ってるんですか?」
「もっともな話だよ。俺がいた頃より大所帯だろうからな、今のトゥールビヨンは」
「なら何で付いてきたんだよ。連れて行けってうるさくしやがって」
「強いて言えば、俺が優しいからですかね?」
「は?」
「レギオンさんでしたよね? 反発があるのはアンタの逸話が一人歩きしてるところもある。だからそれが噂じゃなくて、本当のことだって証明してくださいよ」
と、絵に描いたような挑発と殺気を飛ばしてきた。
「少なくとも使い物になると分かれば、俺が口を利きますから」
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