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賊のアジトに潜入しますか?


 それからは無事に警備隊に情報を提供し、問題なく教習も終えることができた。血生臭い連中とすれ違った時はどうなるかと思ったが、終わってしまえば中々に実のある教習に変える事ができて満足だ。


 後は密輸なんて物騒なことをやっている犯罪者集団がさっさと捕まってくれるのを祈るばかり。


 こうして一日の仕事を終え、帰路に着こうとした時の事だ。俺が教習所を出ると目の前の道にカリアトスの姿があったのだ。


「先生」

「カリアトス? どうしたんだ?」

「ちょっと気になることがあってさ…」

「教習絡みの事かい?」


 時々、こうして勤勉な生徒が質問に来ることがある。特にカリアトスは不器用な部分に焦燥している部分があるからな。


 他の二人と違って比較的、自由が許される立場ではあるし、下手に暴走するよりもこうして質問してくれる方が何倍も助かるのは事実だ。


 しかしその表情は固く、不安を無理やり押さえ込んでいるようだった。


「そうじゃなくてさ。少し嫌な予感が…」

「嫌な予感?」


 何とも含みのある事を言ってきたカリアトスは人目があっては不味いのか、俺を学校の脇にあるちょっとした路地に連れ込んできた。心底困ったような彼女の顔がとても印象的だった。


「今日の教習で指名手配犯を見つけただろう? モマ先輩に止められたけど」

「ああ」

「その時、妙な事を言ってて…」

「妙な事?」

「うん。本物の手配犯かどうか自分が確かめるって」

「! な、何だって?」

「レギオン先生の手柄にしたいって言ってたのがよくわからなかったけど…ただ聞き捨てはできなくて」


 感極まって俺はカリアトスの肩を抱えるように掴む。


「ひゃっ!?」

「勿論だ、よく教えてくれた」

「どうするんだ、先生」

「現場に向かう。勘違いだったらそれでいい」

「分かった。オレは念のため、関係各所に連絡する。グレーターおじさんに言えば『トゥールビヨン』は動いてくれるはずだ」

「ああ、応援の要請は君に任せる」


 すぐさま各々の役割を決めると振り返りもせずに路地を飛び出した。


 足に風の魔法を付与し、法定速度の範囲内で急ぐ。


 夜に城壁の外に出る輩は稀だ。幸いにも順番待ちをすることなく関所に駆けこむことできた。


「な、なんだ? そんなに慌てて。食い逃げじゃあるまいな?」


 ジョークか本気か分からない衛兵の軽口を無視して、俺は鬼気迫るように尋ねた。


「俺が来る前に女性が一人で街を出なかったか?」

「ん? ああ、数十分前にローブ姿の女が通ったが」

「娘に家出でもされたか?」

「おい、門番が簡単に情報を漏らすな」

「す、すみません!」


 …ああ、クソっ! そんなやり取りはどうでもいいんだと心の中で念じながら申請用紙を走り書きで記入する。


「詳細を話している時間はないが、まもなく『トゥールビヨン』のメンバーも城外出の申請をしにくるはずだ、備えててくれ」

「な、え。アンタ、ギルド『トゥールビヨン』の剣士か?」

「俺は魔導者学校の指導員だ」


 はあ? と気の抜けた顔をする門番から許可証を引ったくると俺は再び走り始めた。


頭の中では最悪と最良が幾度も交差する。幸いだったのは城壁の外に出たおかげで魔法が際限なく使えたこと。風を足に纏わせて、昼間に件の手配犯とすれ違った場所にものの数分で辿り着くことができた。


しかし人の気配はまるでない。辺りには灯りすらないのだ。


 一瞬、カリアトスの取り越し苦労だった…という楽観的な考えが頭を過りもした。だが確証がないまま離れる訳にもいかない。せめて『トゥールビヨン』の応援と合流するまでは当たりの探索をしておいた方がいいだろう。


 俺は腰の剣を握り、抜刀の姿勢を取った。


 かつて居合抜きをする際に神経が研ぎ澄まされる事に気が付いてからと言うもの、この構えで周囲の情報を探るのが俺のルーチンになっていた。


 草原を吹く風に意識を乗せる。


 すると少し離れた場所…森の入り口辺りに二人組の気配を感じ取った。二人という事は少なくもモマさんの可能性は薄くなった。が、現状では唯一掴めた手掛かりだ。俺は警戒心を高めながら、一先ずその二人組のところへ向かってみることにした。


 ◇


 森に近づくと梢に邪魔されて星と月の灯りさえも届きにくくなる。まるで巨大な魔物の大口のような深い闇が森の奥へと広がっていた。


 何事もなければ灯りを使いたいところだが、近くに盗賊団が潜んでいたり、監視されている可能性があるのでソレは頭の中ですぐに棄却されていた。


 さすがに身を隠す場所もない平原を歩いているものだから、件の二人組には早い段階で気が付かれてしまった。モマさんに繋がる人間か、そうでないなら善良な冒険者か行商人である事を願うばかり。


 しかし。俺の希望は一番遠い形で実現してしまった。


「…アンタが使いか?」

「…」


 どうしよう…明らかに表稼業の人間とは思えない風貌と態度だ。盗賊団の関係者であることは火を見るよりも明らか。


「おい、聞いてんのか?」


まずいな。状況がまるで掴めていないから下手な事が言えない。


戦闘になったのならまだしも、いきなり叩き伏せるわけにもいかないし。


「なんてな…この時間にここにいるんだから使いに決まってるか」

「当たり前だ、見るからに冴えねえだろ。仕事をクビになって、その日の金にも困ってるから危ねえ橋渡るしかねえって面だしよ」

「だな。ついてきな、おっさん」


 おや? 何かいい具合に勘違いしてくれたみたいだ。


 思わぬ精神攻撃を食らったのは誤算だったけど。


 二人は背を向けて歩き出し、俺は黙々とそれに付き従う。


モマさんの安否が分からない懸念は拭えないが、彼らの拠点へ案内させれば少なくとも内情と捕まっているかどうかの判断はつく。俺単身ならいざという時でもどうにかなる算段はあるしな。


無闇に先走るより、まずはこの流れに乗ってしまおう。


 ただ一つ不審な点がある。二人が森を抜け、草原に向かって歩き出している事だ。俺からしてみれば折角歩いてきた道を引き返していることになる。


 ここまで人目を忍んで、まさか町に戻るとも考えられない。まさか何か感付かれたか…?


ちょっと疑心暗鬼を抱えていると二人組は草原のある場所に差しかかったところで足を停めた。辺りには何も見えない。強いて言えば大人二人分くらいの岩が転がっているくらいか。


するとゴロツキの片割れが懐から小冊子を取り出した。ページを一枚破り捨て、軽く振ると空気が波紋のように揺れては虚空にぽっかりとポータルの口が開いた。


「…擬態魔法」


 しかもかなり高度な擬態だ。その上、度肝を抜かれたのは、他でもなく術の施された立地。


 ここは人通りも多いし、目と鼻の先には当然ながら門番や衛兵がいる。灯台元暗しとはよく言うが、余程の度胸と自信がなければここに隠れ家を作るなんて発想には至らないだろう。


 裏を返せばそのクラスの魔導者がいるということでもある。


 俺は警戒のレベルを最大まで上げた。


 ポータルを潜った先には黒布で覆われたかのような巨大な天幕があった。端的に例えればサーカスのような巨大なテントといったところか。


この天幕がカモフラージュと壁の二役を担っている。中に一歩踏み入れればいくつもの灯火がぼんやりと揺れ、喧騒と共に十数人の影が動いているのが分かる。


 案内役の二人は気取った様子もなく仲間らしき男に合図を送っていた。俺は剣の柄に触れそうになる手を抑え、必死にただの随行人を装ってた。


 次の瞬間、鼻腔を突いたのは濃厚な薬物の匂いだった。乾いた血の鉄臭さと混じり合い、吐き気を誘う。視線を走らせると、そこには積み上げられた木箱。蓋の隙間からは刃先や黒粉が覗き、どう見ても合法品ではない。武器と薬物の密輸品が倉庫のように所狭しと並んでいた。


 ざっと見ただけでもごろつきが三十人以上。酒瓶を傾けている者、武器を研ぐ者、札束を勘定する者。いずれも血走った目をしており、場の緊張は生臭い獣の群れのように張りつめていた。


「アニキに知らせろ。使いが来たってな」


 その声に合わせて数人が動いたが、誰一人として俺を不審がらない。場に漂う空気の一部として受け入れられているのだ。


 俺ってそんなに半グレに見えるか?


 などと落ち込むのは後にしよう。ここまで来れば、もはや敵の心臓部。


 優先すべきはまずモマさんの安否…どこかで踏み留まって、この場にいないことを祈るばかりだ。


 するとそのタイミングで細かく区切られた幕の一つが揺れた。中からは周囲のゴロツキとは明らかに毛色の違う男が現れる。途端に連中の息遣いが引き締まったのを感じた。


 ◇


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