仮免を携えて、第二段階に進みますか?
休日明けの出勤日。今日は待ちに待った日が訪れていた。とは言っても給料日と言う訳じゃない。例の三人に対して合同で教習を行うことができる段階に入ったのである。
要するに仮免を取得して校外での教習がスタートできるのだ。
朝、薄く曇った空の下で校舎の木枠窓が白く曇っている。廊下はワックスの匂いと古い紙のにおいが混じって、湿った息を吐いているみたいだ。
この時代においては最早遺物と言っても差し支えない打刻機にカードを差し込み、乾いた記録音を鼓膜で受け止める。胸の内で、何かが軽く弾けた。
いよいよだ…!
魔導者学校の教習の後半…いわゆる第二段階はパーティで動くことを念頭に入れたより実践を意識した教習になる。
本来なら同レベル程度の生徒をこちらで選定して模擬パーティを組むもの。普通はそれを見越して仲良しグループで入校してくるのが常だ。休憩時間にロビーを見れば、だいたい同じ顔触れが同じソファに沈んでいる。そこに配属表を貼れば、安堵と不満の溜息が同時に立つ。
だがリーヴェ達は三人、指導員として俺がついてもあと一人が足りない。こういう場合は他の生徒を加入させてバランスを取るけど、面子が面子なだけに他の生徒を選びにくい。どうしたって緊張させて余計な気苦労をかけることになるからな。それはお互いのために良くない。
俺が疑似リーダーとして、最後の一人は恐らくは指導員の誰かが入ることになるだろう。普段からどうしても五人一組が揃わないときは指導員が複数ついたり、あるいは四人で教習を行うことで対応しているし、今回もきっとそうなるはず――…と思っていた。
けれども俺とお嬢様の御三方は、唖然とした表情で五人目を迎え入れていたのだ。
「改めましてモマ・トレイリアンブルです。よろしくお願いします」
「え? も、モマ先輩?」
「お久しぶりぶりですね。とは言っても受付でずっと会ってましたけど」
極めてにこやかにモマさんは告げた。淡い青色が基調の上着に黒革のコルセットを重ね、腰には鞭と魔法具の小袋を下げている。軽装のブーツと短めのマントは風を受けてひらめき、動くたびに銀糸の刺繍が微かに光る。静かで涼やかな印象の中に冒険者らしい気配が漂っていた。
髪はいつもの事務員結いからほどかれて、背で軽く流している。にこり、と笑うだけで空気が一段明るくなるのは昔からの性分か。
だがその瞬間、カリアトスはぶるっと身震いをした。反射的に背筋が伸びる、あの感じ。部活時代の先輩が目の前に現れた一年生、みたいな反応だ。
それよりも俺はあってはならない事態に口を挟む。モマさんはあくまでも事務員だだから指導資格を持っていない。そりゃ普通魔法免許はあるだろうけど、それだけではどうしようもない。
「いやいや、いくらモマさんでも教習に加わるのは駄目でしょ。規則が…」
「大丈夫ですよ、レギオン先生。校長にも王宮にも裁判所にも許可は貰っています。特例中の特例ということで」
「はい? え? どうやって…」
「私はトレイリアンブル家の長女ですよ?」
「…」
何だろう。確証はないけれど、裏で巨額のやり取りがあったであろうと頭にちらついた。ここにいる四人とも本気でそれを望めば大抵の事は叶いそうだもんな。権力というのは、こういう時に摩擦係数をゼロにする。俺は怖くなってしまい、それ以上言及するのを止めておくことにした。
「という訳で私も指導員補佐として教習に加わります。皆さん、よろしくお願いしますね」
モマさんは微笑んで告げた。にこやかな笑みの奥で、目の光は仕事の色に変わっている。冗談めいて言ってはいるが口調は指導員のそれだ。
事務方の顔と現場の顔をこんなに鮮やかに付け替えられる人間はそういない。
やはり普段からいくつかの面相を使い分けているのか。そうだとしても立場を思えば不思議とも思わないけど。
三人は未だに固まっている。それだけで彼女の在学中の様子が目に浮かぶようだった。同好会を組んで先輩後輩として活動していたとか言っていたし。きっと在学中から彼女に手玉に取られていたのかもしれない。
気を紛らわせるために話題を変えようと思って聞いてみる。けれど、キッパリとリーヴェに断られてしまう。
「いくら先生と言えども、あの同好会についてお話はできません」
「え?」
「乙女の秘密です」
「あ、はい」
カリアトスとノワールも同じように「何も聞くな」と眼力で訴えてきていたので、これ以上踏み込むのは止めた。秘密という言葉は、時に結束を強くする。俺の出る幕ではない。
するとリーヴェ達は少しだけ時間をくれと言い、モマさんの手を引いて裏に消えていった。使い魔のカパタピにも聞かれたくない話だそうで、おっさんと蜘蛛の男コンビはポツンとフィールドに立ち尽くして待っているばかりだ。
けれど少なからずモマさんの事を知っているのか、カパタピは珍しく俺に向かって、
「モマの姉貴がいるとは全然気が付かなかった……頑張れよ、おっさん」
と、激励の言葉をくれた。蜘蛛に励まされるアラフォーという図はなかなかパンチがある。だが不思議と、胸の真ん中の緊張が一つほどけた。
やがて戻ってきた四人には形容し難い殺伐とした雰囲気があった。
笑ってはいる。だが目の奥で火花が散っている。過去の共有と今の立場、先輩後輩と同輩、甘さと厳しさ。いろんな層が同時に重なって、薄い氷の上で静かに立つみたいな均衡を保っている。
微妙にギクシャクする中、時間となったので仕方なく教習を開始した。
「ええと、じゃあ授業を始めようか…」
「はい!」
「「「はい…」」」
明朗快活なモマさんとは対照的に三人のテンションは暗い。が、それは見て見ぬふりをする。緊張は毒にも薬にもなる。今日は薬として働かせる。
「今日からは公の場に出たり、本当のダンジョンに入ってパーティとして動き、後は実際に敵と戦う事を想定していく。その為に大事になってくるのが相互理解になる。まず互いが得意な魔法、武器、動き方なんかを共有してもらう……もらうんだけど、四人は旧知の仲だから得手不得手どころか性格や癖なんかも分かってるよね」
「そうですわね」
「むしろこの中じゃ先生の事がよくわからねーな」
「カリアトスの言う通りです。相互理解と言う事であれば先生の事を聞かせてくださいませ」
「え? し、知っての通り武器は東の剣で得意なのは風だけど」
「そうじゃなくて好きな食べ物とか趣味とか結婚相手に求めるものとか」
「それは戦いに関係ないだろう」
「っち」
「え? 今舌打ちした?」
「おほほ。まさかそんなはしたない事するはずもございませんわ」
軽口が飛ぶ。
だが、舌の先に残る空気は少し辛い。突如としてモマさんが加わった事で、パーティ内にはピリピリとした独特な雰囲気が立ち込めていた。けれど俺はそれが悪い事だとは思っていない。
四人には適度な緊張感と近しい友人たちとの和気が、いまのところは見事に調和しているように見えた。
馴れ合いは油断を生むのは経験則から知っている。だが、彼女らはそれを骨身で知っている顔だった。ひょっとしたら学生時代に、結束力を培うようなことをしていたのかもしれない。件の「乙女の秘密」とやらの中に。
要するにモマさんが入った事で一つ揺るがない柱が出来たような気がしたのだ。
自分の役目であるところなのにと思って、心の中で小さく自虐する。だが冷静に立ち返れば、身分不相応も甚だしい状況だ。むしろ先輩であるモマさんがその役を買ってくれるのなら、その方が俺は教習に集中できる。
もしかして、それも計算ずくか? あの人ならありえる。
それはさておき、いよいよ学校外へ出ての教習だ。その前に基本的なルールのおさらいをしておく。
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