同僚の女の子はやり手ですか?
「それは単純に私が今までお会いした男性の中で一番腕が立つからです。手っ取り早く言えば、父から独立して事業を立ち上げようと考えています。独立したとてトレイリアンブル家の傘はしばらくは有効でしょう。しかし女と知れば、やれ嫌がらせだ、あるいは求婚だとビジネスをする上で鬱陶しい事も起こり得る。商才はあると自負していますが、そういった個人で面倒事を処理する能力は持ち合わせていません。ところが大陸でも有数の使い手が私の夫であればどうでしょう? 相手も私も余計な事を考えずにビジネスにのめり込めるでしょう?」
「なるほ…ど?」
「それと忘れてほしくないのは、何も野心の為に利用しようとしている訳じゃありません。一人の男性としても好きですよ」
「え、嘘」
「本当ですよ。こんな事を言ってからでは信じて貰えないかもしれないですけどね」
ヤバい。少しときめいてしまった。一回り近く歳の離れた子に面と向かって好きと言われて心動かさぬ方が無理だろう。
独身のアラフォーを舐めるなよ! 無理と分かっていても結婚には憧れてるんだから。
だから落ち着け、俺。まだまだ確かめなければならない、気になる事は大いにある。
「そ、そもそも何故このタイミングで?」
「本当は単に同僚として仲良くなってからこの話を持ちかけたかったんです。家の名前を出せば嫌でもお金の事とかがチラつくでしょう? それで目を曇らせる方でないのは一緒に仕事をする中で分かりました…だけど、あの三人が入校してきたもので」
「ん? あの三人と今回の事と関係が?」
「商売人、そして女としての勘です」
「はい?」
モマさんはコホンっと咳払いをすると強引に話をまとめ始めた。
「とにかく私と付き合ってもらえませんか? 男女としてもビジネスパートナーとしても私を選んでくれるのであればそれ程幸せな事はありません」
「か…」
「か?」
「考えさせてはくれませんか?」
俺がひねり出すようにそう言うと、モマさんは不敵に笑う。図らずも、俺はその笑顔にときめきを覚えてしまった。
モマさんは席に座り直してから、
「分かりました。拒否されなかっただけ良し、と思ってこれ以上は止めておきますね」
と言った。
◇
それからの二人は単に料理と酒を楽しみながら職場の話に花を咲かせた。ちょっとした愚痴を聞いたり、厄介な注文をしてくる生徒の情報を共有したり、或いは誰々先生が転職を考えているらしいなどと至って普通の会話だ。超がつく高級レストランということを除けば単なる同僚との飲み会だった。
グラスが空く度に絶妙なタイミングで酌をされたレギオンはついつい飲み過ぎてしまった。足が若干ふらついたが、会計の事を思い出すと僅かばかり酔いが覚める。
しかし最初に言ってあった通り、モマが財布を取り出すことすら許さなかったので甘んじてそれを受け入れた。
レギオンは一抹の申し訳無さを感じて何度も何度も頭を下げながら店を出た。そうして影が夜の街に溶けていったのを見届けた頃合いでモマは店の支配人に声を掛けたのだ。
「首尾は?」
「はい、腕の立つゴロツキ風のを五人程。いつでも出せます」
「では、手筈通りに先生を襲わせて。記録もしっかりと」
「畏まりました」
そう言うとすぐに武器を持った厳つい男達がレギオンの後を追い始めた。これが急遽思いついたモマの計略だった。ゴロツキ風の戦士たちでレギオンを襲わせる…勝ち負けはこの際どうでもいい。
目的はレギオンに自衛のためとは言え魔法を使わせる事だった。
ダンジョンの中を除き、市街地において飲酒をした上で魔法を使うことは一切禁止されている。飲酒魔導の証拠映像を押さえれば正当防衛と言えども、魔導者学校としてレギオンを退職させざるを得なくなるはず。あの話を聞かせて心を揺らしたところで職を失えば、自分の話に乗るしか手立てはなくなるだろう、とモマは考えたのだ。
どうあがいたとてあの連中では何人いても勝負にはならない。けれども今宵は強めの酒をこれでもかと飲ませてある。得物もない以上、何とか逃げおおせる為に魔法を使うと予想していた。
そうして次の手を夢想しながら報告を待つ。当初の想定通り、三十分もしない内に密偵が戻ってきた。しかしその密偵の面持ちは推し量れなかった。
「どうしたの? まさか失敗…?」
「いえ…予定通り難癖をつけて取り囲んだのですが」
「…?」
言い淀む密偵と問答を重ねても仕方がない。そう判断したモマはとにかく撮影できたものを見せるように指示を出した。僅かでも飲酒魔導の証拠が映っていれば十分だ。なんて事を考えながら携帯用カメラの映像を再生する。
密偵も心得たもので中々によいポジションを抑えていた。どこかの二階から撮ったのか、レギオンが画角の中心にいて少しの死角もない。魔法を使った瞬間に証拠として扱える映し方だ。
再生を続けて見ているとレギオンの周りを例のゴロツキが素早く取り囲んだ。適当な難癖をつけてレギオンを手当たり次第に襲う。剣、棍棒、ナイフに魔法などなど扱う武器はそれぞれ違う。丸腰のレギオンはどう考えても魔法を使わなければ切り抜けられない局面だ。けれども結果として彼は魔法のまの字も見せずしてゴロツキ達をいなしてしまった。
あっという間にレギオンは囲んでいた五人をすり抜けていた。しかも五人がそれぞれ持っていた武器を余す所なく両手に抱えていたのだ。躱す防ぐなどという以前の問題だ。何度戻して見直してもいつどうやって武器を掠め取ったのかが分からない。早業というのも烏滸がましいほどの手練だったのである。
雇われたゴロツキはモマと同じようにして唐突に手品を見せられたように呆然としていた。
レギオンは「本当に金がないんだ、勘弁してくれ」と情けない一言を述べつつ、いそいそとその場を駆けていなくなった。
勝負にならないと高を括っていたモマであったが、想像の更に上を行くレギオンの実力を見て一切の感情を無くしている事に気が付く。はっと我を取り戻すと自分の中にますますレギオンに惚れ込んだ気持ちを自覚する。再び不敵に笑った顔を見ていた密偵はぞくっと背中に寒いものを感じた。
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