同僚の女の子に求婚されますか?
「いや…何かの偶然だよね? そもそもトレイリアンブル家のお嬢様がこんな場末も場末の会社の受付事務やってる訳ないし」
「たまたまレギオン先生の足取りが分かったんで、父に提案をしたんです。身の上を隠して、ウチの息すら掛かっていないようなところで仕事をして庶民の仕事とはどういうものか見聞を広めてみたいと」
なるほど…? まあ辻褄は合ってる気がする。
しかしまだ与太話というか、質の悪い作り話という可能性も拭いきれない。いや寧ろそうであって欲しいとさえ思っている。
俺がそう伝えるとモマさんは残りの酒を一気に飲み干し、そして立ち上がった。
「そりゃ疑われるし、そんな事を言われるだろうとは思ってました。なのでお店を変えましょう!」
「え?」
「証拠を実物提示しますので」
と、言われ手を引かれるままに俺達は店を後にした。そこから行きずりの魔法馬車に乗り込むとあれよあれよと言う間に中心部にある繁華街へと連れてこられた。
馬車を降りたモマさんは勝手知ったる様子で街を歩いていく。とうとう界隈でも一、二を争う高級レストランへ到着した。
「…」
呆気に取られている俺を余所に店員達はモマさんを見るや否や、姿勢を正した。こそこそと何かを話していたが、俺は初めて入る高級店の雰囲気に気圧されてそれどころではない。
やがてされたこともないような丁重な扱いの中、最上階へ案内された。大きなガラス張りの窓から望む街の灯火が如何にも幻想的な雰囲気を醸し出してきていた。途中でモマさんが別室に引っ込んでしまっていたので、この緊張感を紛らわす事すら許されない。早く帰ってきてくれー!
ところがその祈りはあっさりと神の元に届いたのか、すぐに聞き入れられてモマさんが戻ってきた。
しかしその装いは普段とはまるで違う。
着ている服も装飾品もヘアスタイルも一目で高価で気品に溢れているのが分かる。それらを身に纏っても、決して服に着させられる雰囲気はなく、どっからどう見ても貴族か富豪のお嬢様だった。
「お待たせしました」
「…」
「どうかしました? レギオン先生」
「いや、凄い綺麗なので…」
「あら。いの一番に褒め言葉が出てくるのは流石ですね。見直しましたよ」
促されるままに向かい合ってテーブルに座らされる。広いフロアなのにテーブルが俺達の分しかないのが物悲しい。金持ちはこれを贅沢と呼ぶのだろうか。
するとすぐに多種多様な料理が一口サイズにまとめられたプレートのような物と、どう考えても高級なワインを出される。これ一本で俺の月給が飛びそうな予感が漠然とあった。
「食事会と言う訳でもありませんから、無礼講で行きましょう。気に入った料理があれば持ってこさせます。ワインも赤白お好きなのを飲んでください。勿論、お金の心配は無用ですので」
モマさんが立ち上がるとウェイター達が息を揃えて退室した。そのまま流れるような所作で俺にワインを注いでくれる。放心状態のまま黙って注がれるワインの色と音と香りとを受け止めていた。
次にモマさんがグラスを持ち、テイスティングするようにワインに口を付ける。そしてふふふ、とさも愉快そうに笑いながら呟いた。
「やっと…本当の事が言えた。あ~肩凝った」
「…」
「何でさっきから黙ってるんですか?」
「いや、言葉は出ないでしょう」
そう言うとモマさんはケタケタと笑う。職場の後輩、富豪のお嬢様、年相応の女の子と表情がコロコロと変わるのが何とも新鮮だ。普段は仕事を覚えるのに必死な新入社員にしか見えないからな。
見た目の麗しさとは裏腹に、台所でつまみ食いをする町娘のように出された料理を食べてはワインを飲む。
促されるままに俺も食べてみたけれど、死ぬほど美味い。酒も料理も高級店の看板に偽りなしの味わいだった。
「ところで話を戻しますとね…」
「え?」
「レギオン先生は本当にチャンスだったんですよ、私のボディガードになれる」
「…そう、なんですか?」
「畏まんなくていいですよ。同じ会社の同僚じゃないですか。しかも私は後輩の新人ですよ〜」
無茶言うなよ。
ある意味で王宮よりも、教会よりも、ギルド連合よりも権力を持っている人のご息女だぞ。
真実を告げられる前ならいざ知らず、こうなって畏まらないでいられるか!
「でもリーヴェとカリアトスとノワールには砕けた接し方してますでしょ?」
「あの…恐れ多くも」
「ああ、大丈夫ですよ。三人とも私の後輩ですから」
「へ?」
「在学中からよく知ってます。四人揃って同好会を作ったこともありましたし」
あ、そうか。トレイリアンブル家の息女ともなればムーブメント女学院に通っていたとして何ら不思議はない。年齢を考えても在学期間は確かに被っている。思えばこれほどの名家名門の面々だ、互いに認識しているに決まっているか。
「ただ…受付が私だとまるで気が付いていないんです。余程、鈍いのか、それとも私の変装が上手なのか」
「トレイリアンブル家のお嬢様があんなところで受付やっているはずもないですからね、先入観もあるんでしょう」
「まあ、それはこの際どうでもいいんですよ。レギオン先生、相談の続きを聞いてくれますか?」
「…ええと」
どこで話が区切れたんだったかな。正直、衝撃的過ぎて前の店の記憶がすっ飛んでいた。
確か…もう一度トレイリアンブル家に連絡をしてみたらどうか、とか何とか言ってたっけ?
「大きな括りで言えば恋愛相談になると言いましたけど…」
あ。そう言えばそうだった。だが今のところ恋愛のれの字も出てきていない。
「率直にヘッドハンティングとして言いますけど、ウチに来ませんか? 更に言えば私の婿になって欲しいんです」
「…うえ?」
「恋愛相談です。レギオン先生、私と結婚を前提にお付き合いしてください」
「すみません。唐突過ぎて何がなんだか…」
モマさんは俺にワインのおかわりを注いだ。そして自分自身もワイングラスを傾ける。
「私の展望をお話しますと…私には弟がいるんです。年はずっと下ですけど、長男は長男。ゆくゆくはトレイリアンブル家の跡取りとなるでしょう。私は、まあ良き所へ嫁に行って何不自由なく過ごすのが何もしなかった場合の未来でしょうね」
「充分なのでは?」
「私が或いは野心を持たない女だったら、それで良かったのかも知れないです。けれどそうではないのでレギオン先生をお誘いして、しかも顔を赤くして逆プロポーズしています」
とてもそうは見えないんですけど。と、喉まで出掛かったが言及するのは止めておこう。
「つまりは何かプランがあって俺に協力して欲しいと」
「一言で纏めてしまうと」
「じゃあ結婚は置いておいていいのでは?」
「協力は勿論して欲しいのですけど、レギオン先生には仕事の一環としてではなくて人生を賭けて臨んでもらいたいんです。その為にはまず私の人生をレギオン先生にお預けするのが条件としてイーブンかと。他に要望があれば可能な限りはお応えします」
…。
…どうしよう。そこまで買ってくれているのは嬉しいけど。
いやいや、ちょっと待って欲しい。話が突拍子もなさ過ぎるし、真実だとしても何故俺にそこまでのこだわりを見せるんだ。そこが分からない。
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