仮免を取得しますか?
自分が受け持った生徒たちの検定を終えた後、俺は自分のデスクで書類を片付けながら例の三人の結果がどうなるかを待っていた。
窓から差し込む光は午後にしてはやけに白々しく、机の上に散らばる原簿の端をじんわりと照らしている。墨で走り書きした評価欄をペンでなぞりつつ、ふと頭の中では教習所という場所の意味を反芻していた。
ダンジョン攻略やモンスターの討伐は基本的にはパーティを組んでのチームプレイが主だ。それなのに修了検定を個人で行うのは、何はなくても個の基礎力が先んじるからに他ならない。短所を補い合うのは確かに美徳だ。だが、その美徳に安住して、各々の研鑽を怠るようになってしまっては本末転倒だ。
冒険や探索というものは不条理の連続だ。仲間とはぐれることもあれば、味方が突然戦闘不能になることだってある。結局のところ、最後に自分を守るのは自分の力だ。だから「個人でどこまでできるか」は冒険者や魔導者にとって、生き残るための指針あるいは自信になる。
もっとも、こういう理屈は俺みたいな下っ端が考えてどうこうなるもんじゃない。
制度を作り、試験を定めるのは上層の役目で、俺たち指導員にできるのはそれに従い、生徒たちに寄り添うことだけだ……けれど、従いながらも「なぜそうなっているのか」と考え続けるのは、俺なりの矜持でもあった。
憶測であろうと、納得のいく理屈を見出しておかないとやってられない。
修了検定を行う模擬ダンジョンは、低級とはいえ魔物が出るし、自律的に罠を生成する。どんなにお遊びめいていても事故の芽は転がっている。普段の教習で身に着けた慣れが油断に変われば、それだけで不合格の烙印を押される要素になる。
だからこそ俺たち試験官が見るべきポイントは数え切れない。
魔力と体力の維持。周囲の状況把握。魔物に関する知識の正誤。罠やモンスターに対する危険予知。持ち物の管理や判断の速さ……結局は、「生き延びるための基礎」があるかどうかを一人ひとりに問いかける時間なのだ。
通常のダンジョン探索なら索敵や戦闘、回復、防御と役割分担を行うのが常だ。だが、役割を果たすためにも最低限の基礎力は必要だ。基礎が欠けていれば、仲間にとっても危険分子になる。だからこそ、一人で課題に向き合う力をここで培わせる。
そんなことを、俺は受け持った生徒たちの原簿を整理しながら考えていた。
このところは例の三人――リーヴェ、カリアトス、ノワールの教習につきっきりでどうにも余裕のない日々を過ごしてきたせいか、他の生徒を見守る時間がやけに新鮮に思えた。緊張しながらも真面目に挑んで、必死に食らいつく顔。それがまた普通の教習所の光景を思い出させてくれる。
結果として俺が担当した子たちは全員合格。
彼らは緊張はしていたが同時に妙にすっきりとした顔立ちをしていて、それがかえって印象に残った。待合室で何かしら吹っ切れる瞬間があったのだろう。俺はその顔を見ると不思議と胸が温かくなった。
こういう時はに「ああ、魔導者学校の先生やっててよかった」と、少しだけ思える。
あとはこの後の筆記試験に受かってくれることを祈るばかりだ。実技で光るものがあった者が机に向かった途端に脱落するのはあまりに惜しい。
原簿を校長へ提出し、結果を報告する。その流れでふと窓の外に目をやるとちょうど試験を終えたリーヴェたちの姿が見えた。
三人とも表情は沈んでいない。むしろ晴れやかとすら言える顔をしている。自己採点も上々なのだろう。緊張が解けて、今にも笑みが零れそうな雰囲気だ。
だが気になったのは彼女らの試験を担当していたリスタ・イリツ先生の顔だ。あれは……げっそりだな。頬はこけ、肩は落ち、普段のキリリとした表情が嘘のように疲れ果てている。
三人が余裕綽々なのとは対照的に、まるで逆に寿命を削ったみたいな顔をしていた。俺は思わず椅子の背に寄りかかり、胸の奥がずしりと重くなるのを覚えた。
一体何が……?
担当指導員としてはどうしても気になる。俺は彼女が上がってくるのを見計らい、タイミングを狙って声を掛けた。
「――あのう、リスタ先生。どうでした?」
「どうもこうもありませんよ……」
「え? まさか不合格?」
「逆です。三人とも合格です」
「それは良かった」
胸を撫で下ろす俺に、リスタ先生はそこで唐突に声を荒げた。
「しかしですね!?」
その瞳は鋭く、俺を射抜くように睨み据えてきた。まるで「この苦労を分かれ」と突き付けられたようだった。
「リーヴェ様は庭を散歩するように軽々と罠も魔物も退けて、最高タイムを叩き出しました……何ですか、アレ。そこら辺の免許保持者よりも数段上のレベルですよ」
「はあ……」
「ノワール様に至っては何もしていません。全部使い魔が片っ端から全てをなぎ倒していきました」
「まあ……」
「カリアトス様は特にひどい。魔法は合格ギリギリのライン。設置された罠にことごとく引っ掛かり、出てくる魔物すべてと交戦して負傷までしました。けれどすぐに治癒を施していたので、結果的に無傷でゴールです」
「ええ……」
リスタ先生はついに肩を落とし、深いため息を吐き出した。
「正直、身分を差し引いても、あの三人の教習には当たりたくありません。自信をなくすか、使い魔にやきもきするか、あるいは危なっかし過ぎて胃に穴が開きます。よくぞここまで丸く収められましたね、レギオン先生」
「はは……こいつはどうも」
思わず苦笑いしか出なかった。確かに三人は個性が強すぎる。リーヴェは常識外れの実力者、ノワールは天然という名の爆弾、カリアトスは緊張と不器用の塊。授業中に感じていた「胸焼けのするような手応え」は、やはり間違いじゃなかったのだ。
「こんなことは不敬と分かっていますが、あの三人……結構なトラブルメーカーではないですか? 巻き込まれ体質というか」
「そうですかねえ。まあ、三人とも良くも悪くも、人を惹き寄せる魅力というか、引力をお持ちですから」
「……本当に。よくここまで教習を進められましたね。もう疲れました。半休を貰おうかしら」
リスタ先生はそんな弱音を呟きながら、重たい足取りで姿を消していった。
確かにリスタ先生の言うことは尤もだ。尤もすぎて、ぐうの音も出ない。
だがそこまで大変か? 本当に? 俺は小首を傾げながらも心のどこかで理解していた。あの三人に関わると必ず何かが起こる。それは面倒事であり、同時に鮮烈な出来事でもある。
窓の外で笑い合う三人の姿があった。光を浴びて輝く横顔は、ただの問題児というよりも不思議な引力で周囲を振り回しながら前へ進んでいく存在に見えた。
…なんとなく背中がぞくりとして嫌な予感があった気がするけれど、きっと気のせいか思い過ごしだろうと自分を納得させていた。
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