今宵は昔を思い出しますか?
◇
苦しくも楽しかった剣士時代を思い出し、それによって想起させられた今の自分の不甲斐なさを噛み締めながら一日の仕事が終わった。
「あー疲れた」
家について荷物を下ろすと自然と台詞が出た。この一言とため息とが最近の日課だ。後は晩酌かな。なんか最近、飲んだ翌日は体が痛くなるけどきっと気のせいだ。
プロスブ社長に言った通り、かつて俺は一端の剣士とて生きていくために修行に明け暮れていた。それが子供の頃からの夢だったし剣を振るう生活というのも奇跡的に俺の性格にもマッチしていたし。
初めは修道院兵団、次に王宮騎士団、そして冒険者ギルド。
あちこちを転々としたが、それは俺が根無し草だったからじゃない。どの組織も叶うことならずっと籍を置き、ひたむきに剣を振ることに明け暮れたかった。
しかし俺には運がなく、才もなく、その上に金もなかった。
今にして思えば転落人生の発端は修道院兵団。この大陸に存在するほとんどの国が国教と定めるナイケヴィオス教という宗教の総本山たるヘイブン修道院の抱える兵団へ入隊したことだ。
人間関係や給与、福利個性などに不満はなかった。俺がそこを去ることになったのは兵団内にある規則が問題だった。
神と教会の威光を保つため、兵隊にも相応しい言動を求められた。ここまではいい、むしろ普通のことだ。
問題だったのはそれを戦闘にまで求められたことだ。実際の戦いにルールや格式などは適応されない。正しく生きるか死ぬかの状況なのだから。それでも威厳ためにまるで役に立たず形骸化された剣の型や動き方を強制させられた。戦うためではなく立派に見せるための剣術になんの意味があるのか。
しかも俺が長年培ってきた剣術は両刃の剣ではなく、俗に「東の剣」と呼ばれる片刃の剣を扱うものだった。
魔法に属性や適正があるように、武器や剣士にもそれぞれの特徴や才があると何度訴えたことか。
だが結局俺の意見は幾度となく棄却され、そればかりか修道院の考案した儀礼用としか思えない剣技と戦術に矯正するように指示された。それは俺が目指す剣とはまるで違うものだったのは言うまでもない。
表面上は大人しくしたがって、密かに自分の剣を磨くという道もあったかもしれないが、生憎と俺にそのような器用な才能はなかった。できたのは、ここをこうしないといずれ兵団は瓦解するというようなことを乱暴に殴り書いたレポートと辞表を叩きつけることくらいだった。若かったな、俺も。
第二の職場となったのが王宮騎士団。ここは当然のように如何に戦うかに重きをおいていたので、個人の裁量に任せた武器の使用が許され、より実践的な団体行動での戦いを行うことができた。俺は培ってきたノウハウを遺憾なく発揮することができていたが堪らなく嬉しかった。
しかし最初に配属された隊の小隊長が問題だった。騎士とは名ばかりの金にがめつい男で、息を吸うように不正行為を働く輩だったのだ。そんな男の小隊に配属されたのが運のつき。
そいつはあろうことか姫の護衛の任務の情報を賊に売って奇襲をさせたのだ。どうにかこうにかして難を逃れはしたものの、事の顛末がばれて処罰された…何故か小隊丸ごと。
誰に賊の息がかかっているかを精査しきれないとはいえ、些か横暴な解雇だ。けれども王宮の決定に異議を申し立てる訳にもいかず、経歴に傷がつかないような処分であっただけマシと思いながら俺は騎士団を去った。
そして剣士として最後にたどり着いたのが冒険者ギルド。
正直、ここでの暮らしが俺の人生の全盛期だったと思う。気の知れた四人の仲間とパーティを組んでは自分の思い描いたままに、そして仲間を守るために剣を振る。剣士としての理想像がそこにはあった。
けれど、そこでも壁にぶち当たる。
昨今ではパーティの数も飽和状態にありつつ、ギルドも均等に仕事を振ることが困難な状況なのだ。しかも高レベルのクエストにはそれなりの実力や実績が求められる。実力はさておき、できたばかりで実績の伴っていない俺たちのパーティには中々名を上げる機会がなかった。
その間は初心者用のクエストをしながら小僧の小遣いのような報酬で食い繋ぐ日々だった。それでもいつか名を上げる事を夢見て仲間と過ごす日々に不満はなかった。
だが、そんな日常にも終わりが訪れる。俺の両親が病に倒れたのだ。
二人とも仕事を失ったので一人息子である俺が家に戻らざるを得なかった。パーティとしての仕事も若干の軌道にのり、ようやくこれからという時期だった。しかしそんなことになってしまっては仕方がない。仕送りでどうにかできるような稼ぎも蓄えもなかった俺はパーティのみんなに頭を下げて実家へと戻った。
ところが剣の腕前などは町での仕事では何の役にも立たず、あちこちと仕事を探し回った末に今のクオーツ魔導者学校に行き着いた。
その頃の俺は三十二歳。両親を支え、ようやく食っていけるくらいの給料しかなかったが、雇ってもらえるなら、もうどこでも良かった。
どうせ剣に携われない仕事にやりがいなどは見いだせないと分かりきっていたから。案の定そうだったしな。
そして五年の介護の後、その両親も二人揃って去年に亡くなった。死に顔は穏やかだったし、一人息子として一端の親孝行ができたはず。その事に関しては不満はない…いやできれば孫の顔を見せてやりたかったな。
さりとて言い方は悪いかも知れないが、かくして俺は両親という枷を失くして再び自由を得た訳だ。
…が、今さら戻るところはどこにもない。かつていたパーティも俺の代わりに戦士が加入して活動を続けたようで、今となってはこのツァイトスタッド王国では名前を聞かない日はないくらいの功績は上げられている。
俺もそのパーティにいたんですよ…なんて事は周りには言えない。いくらなんでも恥ずかしすぎる。
怒鳴られ、叱られ、笑われる事も多かったけれど、それが剣の修行の上の事であるのならいくらでも耐えられた。それくらい剣を振ることは好きだった。そのせいで結構我慢強い性格なんだと自負していたが、実はそうではなかった。あくまでも好きな事だから辛くとも耐えられたようだ。今のように然したる興味もなく、漫然と流れ着いた先にあった仕事の為に怒られ、笑われ、からかわれるというのは容易く俺の精神を削っていた。
気がついた頃には在りし日の夢の残りカスをチューチューと啜り、日々の怠惰を酒で押し流す中年のおっさんが出来上がっていたと言う訳だ。
初めの頃は安全な魔導者を育成して地域社会に貢献しよう、なんて殊勝な考えもあったが今となっては余計なことをせず、いかに上司に怒られないか、そしていかに効率的に仕事をサボれるかを考える日々だ。
今の仕事は客観的に見れば社会のために無くてはならない仕事だ。それは分かっている。
けれど、だからと言ってやりたいと思わない仕事にやりがいを見出だすことはできなかった。
運か、才能か、金のどれか一つでいいから欲しかったが生憎と全部ないのが俺の人生だ。
誰が悪い訳じゃない。剣術しかやってこなかった俺が悪いのだ。どうせ剣士を辞めることになるのなら、キチンと勉強をしたり資格を取っておくべきだったと後悔し、自分を責める夜はこれが初めてじゃない。
もうこの歳になると何かに期待することにすら疲れてしまう。ただそれだけだ。
「はあ…」
もう何度目かも分からない溜め息をつく。
気が付いた頃には普段の倍近い酒を呷っていた。そろそろ寝なければ。飲酒魔導をしないようにと指導する立場の俺が酒臭いんじゃ話にならない。それになるべく上司が説教をする隙を見せないようにしなくては。
俺は実に器が小さく、人間のできていないような事を考えながら眠りに付いたのだった。
◇
そして。
例の手紙を出してから一週間が経った日。
三つの手紙のいずれにも返事はない。どこも大きな組織だからな。気が付かれなかったか、破られたか、はたまた今さら俺になんぞ構っている余裕はないのかは知れない。
それでも手紙を出したという事実は残るので、プロスブ社長に言い訳は立つ。
俺自身もはなっから返事に期待はしていない。俺の人生に劇的なことは起こらないと知っているからな。いや、諦めの境地か?
いつもと同じように朝礼を済ませ、いつもと同じように教習をこなし、家に帰って一人で酒を飲む。
…。
そのはずだったのに。
えらいことが起こってしまったのだ。
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