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いよいよ修了検定が始まりますか?

 さて。それから幾日かが過ぎ――色々と責任問題が噴き出しかねない場面を綱渡りよろしく何とかかわし続けてきた魔導者教習も、いよいよ一つの区切りを迎えるところまで来ていた。


 仮免許試験、つまりは修了検定までとうとうこぎ着けられたのだ。


 三人とも学校が綿密なとスケジュールを組み、日々を寸分の隙もなく埋めていた。当人たちの真面目さは時にこちらが呆れるほどで学科教習に関しても不安など微塵も感じさせなかった。あとは本番で大コケしない限り問題なく合格するだろう……まあ、その大コケというのが一番怖いんだが。


 ここしばらく俺自身も神経を張り詰めすぎて、体力よりも精神がすり減っているのをひしひしと感じていた。まるで指導員に成り立ての頃に戻ったような気分だ。あの頃は毎時間が試練で教習生一人ひとりに気を回しすぎては消耗していた。今でこそ他の生徒相手に手を抜いているつもりは毛頭ないが、やはり立場を思えば苦労が倍増する場面が増える。責任の重さが、心を摩耗させるのだ。


 要するに、あの三人は俺にとっても“いい刺激”になっている。慣れというやつが一番恐ろしいのは、何事においてもそうだろう。


「お疲れのようですね、レギオン先生」

「あ、モマさん。お早う」


 出勤早々、机に項垂れていた俺を事務員のモマさんが心配そうに覗き込んでいた。例によって差し出されたのは小さな包み――チョコレートだ。二、三個をそっと掌に置いてくれるその気遣いが、妙に胸に沁みる。甘さも確かに嬉しいのだが、それ以上に、この荒んだ人生と職場の中で、人の温もりに触れられるという事実が心地よいのだ。


 しかし、その細やかな癒しの時間は長くは続かない。


「レギオン先生っ!」


 ドスンとした足音と共に割って入ったのは、よりにもよってプロスブ社長だった。俺とモマさんの言葉を強引に遮り、血走った目をこちらに向けてくる。


「あ、お早うございます。社長」

「いやはや…何とか中間地点までこれましたな」

「そうですね」

「…再三になりますが未だに驚きですよ! レギオン先生にこんな人脈があるとは!」

「……はあ」

「いや、ほんとうに。できることなら、騎士団、教会、トゥルービヨン――全て、あるいは一つでも御用達の教習所にしたいものですな! ぜひ今後とも力を貸していただきたい!」

「と言われましても……私個人にそこまでの繋がりは――」

「まあまあ、謙遜なさらずに! すごい面々と旧知の仲だったみたいじゃないですか」


 何かしらの皮算用でもあったのだろう。あるいは上から事業拡大の打診でもあったか。社長は興奮を抑えきれない様子で、ぎらついた眼球をこちらに晒してくる。その露骨な欲の色に逆に俺の方が関心してしまう。ここまであからさまに態度を変えられる人間もそうそういない。


「ともあれ! 今在校中のお三方にご満足いただけることが一番。卒業までの間、よろしく頼みますよ!」


 かつて見たこともないほどの上機嫌な笑顔を残し、プロスブ社長はデスクへと戻っていった。


 入校生がゼロなら一人でも入れろ。入れたなら今度はその生徒を利用して人脈を拡げろ。要求が次から次へとエスカレートしていくその様は、人間の欲望そのものだ。いや、経営者としては当然の目線なのかもしれない。


 だが俺は使われる側であっても、人を使う立場にはなれない。つくづくそう思い知らされた。



 さて、アラフォーの悲しい自己分析はこれくらいにして、いよいよ仮免試験である。


 とは言っても、教習の半数以上を担当した指導員が審査に加わることはできない。贔屓や不正の可能性を排するための制度だ。だから俺は彼ら三人の試験を直接見ることはできない。存分に、他の生徒たちの実力を審査させてもらうとしよう。


 もちろん例の三人と他の生徒を区別するつもりはない。だが立場というものは、どうしたってついて回る。俺が担当から外れることで、肩の凝りが少し軽くなるのは否定できなかった……その代わり、担当する指導員の胃が痛むであろうことは、ありありと想像できて気の毒だったが。


 それでも、あの三人は素直だ。庶民を下に見るような態度も取らない。だから大丈夫だろう。


 ――ただし、技法の面ではやや不安が残る。


 リーヴェはその慎重さが裏目に出なければいいのだが。緊張が過ぎれば、判断が鈍ることもある。


 カリアトスは魔道具の扱いに格段の進歩を見せてはいるが、未だに苦手意識を完全には払拭できていない。油断すれば手元が狂う可能性もある。


 そしてノワール。本人は問題なくとも、相棒のカパタピがどう出るかが予測できない。あの蜘蛛は良くも悪くも気分屋だからな。


 それでも三人が仮免試験を突破できるだけの実力を持っているのは確かだ。心配は杞憂に終わってほしい――そう祈るばかりである。



 やがて始業を告げるチャイムが鳴った。鐘の音が古びた校舎に反響し、床板を震わせる。


 俺は仮免受験生たちを引き連れ、教室へと移動する。今日は休日ということもあってか、受験者は総勢十五人。ウチにしては珍しく多い方だ。


 皆が緊張に顔をこわばらせる中で例の三人だけは、普段と変わらぬ表情を崩さない。むしろ余裕すら漂わせ、ノワールは小さく微笑み、リーヴェは姿勢を正し、カリアトスは肩をほぐしてリラックスして見せた……畏まった場に立つことに慣れているのだろう。やはり育ちというものは大きい。


「それじゃ、注目してください。これより仮免試験を受けるにあたっての注意事項を説明します」


 そう言って魔法を用いて試験内容を箇条書きにした文字を黒板の上方に浮かべる。半透明の光のスクリーンに、模擬ダンジョンの簡易マップと注意点が映し出された。


・仮免試験はチームではなく個人で行う。

・ダンジョンに入って、脱出するまでが採点対象。

・試験中、魔法や内容に関する質問は不可。ただしコース確認は可。道を間違えても減点にはならない。

・試験は最初に百点を与え、行動・判断・魔法の使い方によって減点する。

・減点が三十点を超え、七十点を下回った時点で試験は中止。

・技能試験合格者のみが学科試験を受けられる。技能・学科両方に合格して初めて仮免が授与される。


「……以上が基本だ。教習でも説明はしてきたと思うが、試験は場内の模擬ダンジョンで行う。既定のルートを進み、課題をどうクリアするかが採点対象だ。当然、これまでの教習で習った範囲外のことは要求しない。だが――何が起こるか分からないのが魔法行使の常。そのことだけは、しっかり頭に入れておいてほしい」


 粗方の説明を終えると生徒たちを待合室へと戻す。去り際、例の三人はそれぞれに軽くウィンクや小さな仕草で合図を送ってきた。俺は苦笑交じりの愛想笑いを返すしかなかった……どうも顔見知りだと距離感がおかしい。


 いや、これも今後のための経験として受け止めておこう。


 三人の前向きさは中年の俺からすれば眩しすぎる。けれど、その眩しさが――ほんの少しだが、俺の心にも伝播しているのを否定できない。日々をただ義務感でこなすだけだった仕事の中に、僅かながら楽しさを見出してしまっているのだ。


 人は安定を求めるものだろうが、不安定さに生きる意味を見出す人間だって当然いる。


 ……おっと。だからといってペースを乱すわけにはいかない。生徒は三人だけではない。十五人、全員が努力を積み重ねてここまで来た。その努力が報われるように、無事に試験を遂行しなければならない。


 俺は深く息を吐き、表情を整えた。指導員としての顔に戻る時だ。

読んで頂きありがとうございます。


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