座学で学科の教習ですか?
魔導者免許と言うものは魔法の技能だけを習得すればいいというわけではない。日常生活に魔法が溶け込んでいる以上、そこには決められたルールが細かく存在している。一歩間違えれば容易く他人を、そして自分自身の命を奪いかねない危険なモノなのだから。
と、指導要領の文言をうろ覚えで反芻しつつ、俺は生徒たちが待つ教室へ向かっていた。
免許を取るには当然ながら座学で魔法律を学ぶ学科教習が付き物だ。
午後一番の授業は睡魔が襲ってきやすいからな、目を光らせておかねばなるまい。
もっとも最近じゃ記録遠隔投影魔法を駆使して自宅で教習をする生徒の方が多いんだけどね。授業を受ける生徒がゼロなんて事も昨今じゃ珍しくない。そうなってくれると雑務をこなす時間ができてありがたいんだけど…あのお三方は物珍しさで授業を受けに来ている。
まあ学科なら暴走暴発の可能性がないから、そこは一安心と考えるのがプラス思考と言うものだろう。
予冷と共に入った教室は窓から差し込む陽光が古びた床板に長く伸び、木目の間に埃を浮かび上がらせていた。
壁は白く塗られているがところどころ黄ばんでひび割れ、掲示物の角はめくれ上がっている。机や椅子は全て木製で、使い込まれた艶と同時に年季の軋みを宿していた……なんて叙事的に言ってみたけれど、ようするに改修する予算もないから放っているおんぼろ校舎という事だ。
だからこそだそう。一昔前の温かみと古さが入り混じった空間に気品と優雅さと高潔さを持った三人がいるのは何ともミスマッチ感が凄かった。。
教壇に立った俺は一礼と共に今日の学科教習の内容を黒板に書き出した。
「先生、よろしくお願いいたします」
「ああ。よろしく」
リーヴェが学級委員よろしく号令の真似事をしてくる。俺はそれに笑顔で応えた。
「さて…では学科教習の8番を始める。テキストの66ページを開いて。今回のテーマは『移動系魔法』についてだな」
自然とテキストに目を落とす三人に向かって俺は要の部分を強調して伝える。
「まず前提として覚えておいてほしい事、それは移動系魔法は大きく三つに分類されるって点だ。具体的に言うとまず『浮遊』、『飛行』、『疾走』の三つだな。ここは筆記試験にも出やすいから、これだけは必ず覚えておけ」
「先生、それって何がどう違うん?」
カリアトスが真っ先に手を挙げる。普段、質問が飛んでくることは稀だからすごい新鮮だ。やっぱり人との距離の詰め方の勝手が少し違うんだよな、この三人は。
「重要になってくるのが、まずは速度だ。時速二十㎞未満で自身や物を浮かべる行為が『浮遊』、二十キロを超えたら『飛行』と区別される。単純だろ」
「二十キロ……ってでのくらいでしょう?」
「馬車よりちょっと早いくらいじゃね?」
ノワールの疑問にカリアトスが具体的な回答をする。カリアトスは他の二人と違ってある程度の自由は得ているものな。街中の光景から移動魔法が想像できるのだろうと思った。
俺は頷いて続ける。
「そして最後の『疾走』。これは前の二つとは違って地面から離れずに自分の移動を加速させる行為だ。脚力強化、瞬発的な突進とかそういうものの総称だな」
「へえ、では走るのも魔法行使扱いになるんですね」
「そうだ。ただし魔力を付与した走り方だけだな。ここまでの内容をテキストを読んでおさらいしておこう」
続いて俺は黒板に移動系魔法に関連する標識のうち、特に重要なものをピックアップして手描きする。本当はもっとあるのだけれど、流石に全部教えていたら時間がまるで足りない。
「さて重要なのはここからだ。移動系魔法は場所によって行使が禁止される。ダンジョンやフィールドは基本的に無条件だが、問題は街中だな。標識を見落として「つい浮かんでしまった」なんて言い訳は通らない。減点や場合によっては免許取り消し処分を被ることもある。第二段階にあがっても困らないように、今の内から標識を意識した訓練をするように」
「はい。かしこまりました」
「加えて言えば禁止されていない=やってもいいって訳じゃないからな? そこは魔法を使う度に気を付けるように」
俺は声を落とし、釘を刺す。すると反論ではなく素直で純真な疑問が返ってきた。
「禁止されてないなら、やっていいんじゃないの?」
「そうは言っても現実は違う。例えば疾走はダンジョン内でも行使が許されている。だが迷路のような入り組んだダンジョンで全力疾走したらどうなる? しかも他の冒険者やモンスターがいるかもわからない状況で」
「……事故る」
安易に想像ができたのかカリアトスはバツの悪そうな顔になった。
「その通り。転倒、衝突、鉢合わせ……どれも場合によっては死人が出る。世の中には回避できる危険があるし、基本的には回避できる危険の方が多い。だから標識と状況は必ず確認するように」
「はーい」
「よし。では本題に戻ろう。次は行使そのものが可能か否かのルールだ。せっかくだからノワール、読んでくれるか?」
「かしこまりました。浮遊と飛行には、もう一つルールがもうけてあります。浮かべる物体の重量によって免許区分が分かれているのです。許可される重量の駆る順に普通魔導者免許、中型、準中型、大型、大型特殊……随分と細かいんですのね」
「えぇ…これ全部覚えんの?」
カリアトスが苦虫を嚙み潰したような顔になる横で、リーヴェが手を挙げて質問をしてくる。
「我々が取得を目指している普通魔法免許では、どのくらい扱えるんですか?」
「君たちの場合、自分自身プラスして十キロ以上の重量を浮かせるのは禁止だな」
「えっ、自分より重い荷物は全部ダメなんですか?」
「そうだ。重い荷物を浮かせ損なえばそのまま落下して凶器になる……あるいは自分自身が落としたらどうなるか、想像してみればわかるだろう?」
「…はい」
「最後に一つうんちくと言うか雑学めいたことを言うと、飛行や浮遊に高度に制限はない。つまり、どれだけ高く浮かぶかは各々の裁量に任されている」
「え、ないんですか?」
「ない。高度に対しての恐怖感は個人差が大きいからな。だからこそ、さっきカリアトスに言った言葉が利いてくる訳だね」
「禁止されてないからって、何をしてもいい訳じゃない」
俺は黙って頷いた。窓から差す陽光が緊張に強ばったおっさんの顔を照らし出す。
「制限がないというのは自由を与えられているのではない。責任を丸投げされているって事だ。独り立ちしてからも責任を持った魔法行使を行える魔導者になることを期待しているよ」
「はい」
古びた木の壁に覆われた教室に、明るく溌剌とした声が響いた。
「…なあんて、三人の普段を思えば俺よりも責任ある職務を全うしているだろうけどね。司教に説教だったかな?」
「とんでもありません。一事が万事と申します。ここで先生が諫めてくれた思いを胸に今後も励みますわ」
「私もです。広義で言えば先生のいう事も尤もでしょうが、レギオン先生も安全安心な魔導者社会の実現の為に十分な責務を果たしていますよ」
ノワールとリーヴェの労いの言葉に思わずウルっと来てしまった。
なんか初めて自分の仕事の意義を他人に認めてもらった気がする。
残りの時間、涙が落ちないように取り繕うのがとても大変だった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、レビュー、評価、ブックマークなどしてもらえると嬉しいです!




