魔法付与を実践しますか?
◆
「じゃあ準備が済んだところで早速今日の教習を始めようか」
「はい。お願い致しますわ」
模擬ダンジョンに入り人目を気にしなくなった途端、ノワールは先日のように快活な性格に変わる。こんなんで神官の仕事が務まるのか甚だ疑問だが、考えてみれば不特定多数の人間の前に立つことなどは年に数度、それも特にコミュニケーションを取る必要も薄いだろうから何とかなるのだろう。
それはさておき、今日の教習の内容を説明せねば。
「さて今日の教習だけど、」
「『防御』と『補助』だろ? さっさと済ましてくれよ」
「…俺はノワールに説明しているんだよ」
「俺様はお嬢の魔導具だ。オレが理解してるって事は問題ねえだろ?」
「そんな訳あるか。もしも君が何かの理由でノワールから離れたりしたら彼女は何も出来なくなるだろ」
「魔導具がなくなったら、そりゃ誰だってそうだろ」
「けど代替品でカバーしたりはできる。このままでは君のアシストやナビゲーションがなければノワールは魔法が使えない魔導者になってしまう」
「お嬢の立場を考えろよ。周りには屈強な騎士や魔導者がわんさかいるんだ、護衛程度の事さえ知ってりゃ十分だ」
「何かあってから学ぶことは大抵の場合取り返しがつかないんだよ。その護衛の動きと意図を汲み取り連携を取るのにも知識は必須だ。昨日までくらいの軽口なら大目に見るが、あくまでも君が彼女の魔導具として発言をして、授業を妨害をすると言うのなら俺はこの教習を拒否する」
「…っち」
「そうですわ、カパタピ。私は学びに来ているのです。その意欲を慮ってくださいまし」
「…分かりましたよ」
…ふう。取り合えずは引き下がってくれたようで安心した。
ノワールの使い魔であるこのカパタピは勝ち気と言うか、出たがりと言うか最初の教習からこんな具合なのだ。きっとノワールの役に立ちたいって感情が強いのだろうけど、空回りしないように気を付けないといけない。
会うのが三回目ともなれば何とか対処はできる。こういうお調子者やヤンチャなタイプは初めてじゃないからな。けれど同時にこういう輩に一度舐められると中々食い下がってくれないことも忘れていた。
「けど、お嬢。俺の言い分も分かってくださいよ。言い方は悪いがお嬢はいわゆる庶民じゃない。一角の地位に付かれるのが約束されているお方だ」
「あら、決してそんな事は…」
「まあ聞いてくだせえ。然るべき地位に付かれる方には然るべき教育がなされるべき…それは先生だって否定しないだろ?」
「そりゃあ、な」
俺がその言い分を認めるとカパタピはにやっと笑った。いや蜘蛛だからそこまで表情は読めないんだけどさ。少なくとも良くない考えを持ったのは雰囲気で伝わってきた。
「じゃあそれを証明してくれよ。アンタが一角の人物になろうというお嬢の師に相応しいのか」
「え…どうやって」
「こうやってに…決まってんだろ!」
と言った瞬間にカパタピは口から無数のウェブを吐き出してきた。見るからに粘着性の高い糸は縦横無尽に俺を襲う。
…なるほど、実力行使に来た訳か。相当俺の事が気に入っていないらしい。
でもどうしようか。全部避けるのも、往なすのもできそうだけど折角だから今日の教習に利用させてもらうかな。
俺はポケットから人差し指サイズのアンプルを放り投げるとそれを剣で叩き割った。中身は刀身の手入れ用の丁子油が入っている。その油を水の魔法で操り、刀身にくまなく塗布すると飛来するウェブを悉く斬り伏せた。
「な…!?」
愕然とするカパタピには悪いがここぞとばかりに教習を続ける。
「これが「補助」と呼ばれる使い方だね」
「手入れ用の油を魔法で操ってコーティングを? それでカパタピのウェブの粘着力を弱めたんですね」
「ああ、魔法の用途が攻撃と防御に二極化して考えた場合、中間に位置しているような使い方するって感じかな。まあ境界は曖昧だけど分類していると理解しやすくなる…それにしても良い分析力だな」
「えへへ」
「テメェ! 俺様の攻撃をダシにしてんじゃねぇぞぉ!!」
叫びながら飛び上がったカパタピは巨大なウェブを上から放射した。ノワールが巻き込まれないように計算してあるのは流石だが、同時にそれが逃げ道でもある。
俺は風の魔法を足に纏わせて加速すると難なくノワールの真横に立った。
「今度は風を足に?」
「そう。補助と分類されるのはこうやって人や物に魔法を付与する使い方を指す事も多い。『エンチャント』と呼ばれる行為だ。こうして基礎的な身体能力を高めたり逆に敵の行動を制限させたりする訳だね。反対に防御に分類されるのはとにかく相手の魔法や攻撃を防ぐことに特化する。けれどある程度のところまで行くとその境目は分からなくなる」
言いながら風の魔法を愛剣に付与する。そして真っ向切りに振ると途端に大風が発生してカパタピを吹き飛ばしてしまった。
「どぁわああ!!?!?」
「こういう使い方だと防御とも攻撃とも取れる。反対に言うと攻撃と防御を一緒にできてこそ一人前なんて考え方もできるね」
勿論、カパタピに怪我を負わせるつもりは毛頭ない。飽くまで授業妨害を戒める為の措置だ。
辛うじて壁に張り付いたカパタピは軽く目を回しながらも唖然とした様子で俺の事を見てくる。しかし自分の中で納得はしてくれたのか、先程みたいに邪魔をしてくることはなかった。
「それじゃあノワール。やってみようか。最初は自分の体に風を纏わせて俺の攻撃を避けてみて」
「かしこまりましたわ!」
そうしてカパタピのアシスト無しでの教習が始まった。相棒が強力な分、使い手であるノワールの実力が底上げできればより力のある魔導者になれるはずだ。
カパタピも俺と張り合わず、その事を理解した上で協力してくれるといいんだけれど…。
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