神官様には厄介な相棒がいますか?
◇
さて、カリアトスに火傷を治療してもらった翌日。
俺は自宅からかつての相棒を教習所に持ち込んで社長に使用許可を申請していた。星の巡りか何なのか、こう立て続けにトラブルが起きると用心のレベルをもう少し高く設定しないと気が済まなくなったのだ。
全員がかすり傷であってもつけることを許されないお方であり、また全員が一般の生徒とはかけ離れた魔術的才能を有しているので、考えうる中で万全を期したいと説得してみたところあっさりと許可をもらえた。
本来であれば二度も暴発紛いのことをしてしまった俺のような奴は早々に担当を外されるだろうが、当の本人たちの希望が強いとなれば社長も首を縦に振るしかあるまい。
てな訳で俺は就業開始前にサビ残上等で出社しては、人の目に付かないように模擬ダンジョンに潜り込んではかつての勘を取り戻そうとしていた。
模擬とは言えどもダンジョンらしく適度に偽モンスターが出現する。本当なら仮免試験で使うパターンなのだが、これもあっさりと承諾してもらった。ぶっちゃけ初めて免許を取る初心者用のレベルだから児戯のような感覚だが、現状でできる最大のトレーニングがこれなのだから背に腹は変えられぬという奴だな。
特にノワールとの教習はリーヴェやカリアトスとはまた違った緊張感がある。準備はやり過ぎるということはないだろう…。
◇
そうして迎えたノワールとの三度目の教習。
ここまでの授業は魔法の発動とそれを対象に狙いを定める…要するに攻撃をするという事に重きを置いてきていた。三回目に当たる今日は一転し、防御や味方の戦い方をサポートする補助系の魔法に触れる事となる。それだけであれば普段通りの事なので取り立てて不安に感じることはない…ないのだが、ノワールの場合は一味違う。
彼女の魔法適正だが、ノワールは非常にマイペースな性分を持っていた。良く言えば自分の芯がある、悪く言えば自己中心的な思考になりやすいタイプと言えるだろうか。また我が強く、他人の事情よりも自分の事情を優先しがちなきらいがある。
この場合は魔法の行使技術に問題はなくともパーティを組んだ先でトラブルを起こしてしまったり、連携が取れなかったりという弊害が出てくる。あるいは魔法禁止区域で魔法を使って切符を切られたりと社会的な信用に影響する可能性だって出てきてしまう。
そのところを卒業までに少しでも自覚させ、改善を促せればいいのだけれど。
加えて彼女に至っては俺も初めての事が多くて結構戸惑ってしまう。というのもノワールの魔導具に秘密があった。
なんて事を考えていると教習開始を告げる鐘が鳴り、ぞろぞろと生徒たちがフィールドに降りてきた。その中で一際オーラを放っていたのがノワールその人だった。
リーヴェもカリアトスも常人ならぬ雰囲気を纏っていたのはその通りなのだが、あの二人はどちらかと言えば光とか正のオーラを出していた。ところがカリアトスに限っては、失礼な物言いを承知して言えば闇とか負のオーラとカテゴライズされる雰囲気だ。
これでもかとフードを深く被っているし、そのマントからして真っ黒だ。あの格好で夜出歩こうものなら、オドオドとした態度と相まって間違いなく職務質問を掛けられる。
後で知ったのだが、何でもノワールは極度の人見知りらしい。数日前に応接室にいたのは俺を除けば気心の知れた学友が二人だけだったから素の自分を出せていたそうだが、一般の生徒や指導員が入り乱れる教習所とあっては拷問部屋にいるような心境に違いない。
「お、お早うございます」
「お早う…と言ってももう午後だけどね」
「早く教習に参りましょう。誰にも見られず、先生と二人きりになりたいですわ」
「…」
そう言う発言は大いに誤解を招くので控えて貰いたい。下手をしたら君たちが卒業した後にクビなんて未来も見えてしまう。
するとノワールのマントの下から如何にも横暴で乱暴な声が聞こえた。
「おいおい、お嬢。中年の親父を勘違いさせるような事を言うなよ。おっさんが本気にしたらどうすんだ?」
声と共に彼女のマントの下から大人の掌サイズの大蜘蛛が這い出ては、ノワールの肩に留まった。普通の女の子なら絶叫して慌てふためくシチュエーションなのだがノワールはペットの小鳥が肩に乗ったくらいにしか思っていない。それもそのはずで、この蜘蛛こそが彼女の「魔導具」なのだ。
「心配はいりませんよ、カパタピ。先生は紳士ですから、そのような勘違いは致しませんわ」
「どーだか。世の中には教習所マジックって言葉もあるんすよ、お嬢」
「教習所マジック? どんな魔法ですの?」
「はは……」
◆
数ある魔法の施行方法には先天的に魔力を帯びたままに生まれてくる生物を魔導具として使役するものがある。この場合、その生物は「使い魔」と呼ばれる。俺たちが剣や杖を扱うのと同じように術者は使い魔を通して魔法を発動すると言うわけだ。
そしてこれこそが俺の不安要素でもあった。
実を言えば使い魔と契約して魔法を使う生徒の指導をしたことがないのだ。
というか、この国にその経験のある指導員が一体何人いるのだろうか。使い魔を持つこと事態は珍しくないのだが、初めて免許を取る段階で契約している人間は稀だ。
通常ならある程度の魔導者経験を積み、知識と経験を得た後に自分の得意分野に適した使い魔を探す。その上で相棒としての連携を培ったり絆を深める必要があるから、手間と面倒が勝ってしまい一般人で使い魔を持つことはあまりしない。
従来であれば入校の段階で普通の魔導具を勧めるところだが、この蜘蛛のカパタピにおいてはそうもいかなかった。
何故なら彼は使い魔の中でも更に稀少な力を持つ、「モックス・クリーチャー」と呼ばれる存在だからだ。
この世界には数百万分の一の確率で体の何処かに宝石を嵌め込まれたままに生まれてくる生物がいる。これらはモックス・クリーチャーと呼ばれ、生まれながらにして比類なき魔力を持つ。故に蜘蛛や蛇など、普通は忌避させるような動物であっても丁重に扱われる。
かくいうカパタピも敬虔な信徒である一貴族から教会へ献上されたのだそうな。
彼らに取ってみれば人語を理解し、コミュニケーションを取るなんてのは朝飯前の事だ。普通は数十年という訓練と魔力の蓄積があってこそなせる芸当なのだ。
それ程までに強力な力を持っているから、ウチの学校にある粗末な魔導具を勧めるなんて真似はできなかった経緯がある。
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