英雄の姪は魔法が苦手ですか?
リーヴェとの教習で久々に肝を冷やした日の翌日。
俺は教習所の隅で剣の素振りをしていた。昨日の事もあってか、魔道具がブレスレットだけでは心許なく感じてしまい教習所に用意してあった剣を借りることにしたのだ。正直魔道具としての性能も剣としての切れ味も今一つのナマクラではあるものの、柄のついた武器を扱えるだけ俺は精神的に安定することが叶っている。
更に言えば既に朝イチであった彼女との教習は終了している。相変わらず筋が良くってこちらとしては大助かりだった。
一段階の前半の教習は必ずマンツーマンで教習を行わなければならないから、あの後にカリアトスとノワールと順々に同様の教習を行っていた。こうしておけば、やり直しにならない限り三人の進捗具合を極力均等することができる。
二段階に上がってからは一転してパーティを組んでの教習になる。三人の関係や立場を考える何としても三人揃って昇格してもらいたいのが本音だ。
後の二人の教習は、また何か起こるんじゃないかと言う疑心暗鬼に捕らわれていたのだが、別に危険な事は起こらずに授業は終わった…終わったのだが、問題がなかった訳じゃない。
それは二人の魔法の扱い方と適性にあった。
教習生間で比較すべき事ではないが、リーヴェに比べて二人とも魔法の扱いに苦手意識を持っているのは確かだった。特にそれが顕著に出ていたのがカリアトスの方だ。
彼女はどちらかというと大雑把で細かいことに捕らわれないような性格をしている。竹を割ったような性分は人付き合いとしては良いかもしれないが、魔法を扱うとなると勝手が変わる。
出力を抑えたり、狙いを定めるということが不得意であり極端に言ってしまえばゼロか百のどちらかしか魔力を出せないのだ。
魔法の使用は時に大胆さを求められることはあるだろうが、基本的には綿密さや繊細さを要求されることがほとんどだ。この場合、大雑把なら火力重視の魔法を使った攻撃をすれば良いと考える者は多いし、カリアトスもそんなことを言ってはいた。
けれども、実際のところは大規模な魔法ほど細やかな事が要求される。録な計算もせずに力任せに大きな物を動かすとなれば、周囲や仲間に大きな被害が及ぶことになるからだ。
これは適性検査の結果にも現れていた事だ。動作の正確性が欠けるから飛んでくるボールはキャッチできても、その先の花瓶に手をぶつけて割ってしまうような事が起こりうる。魔力の流れも強引に乗ろうとするから上手く行かない。今日はその舵取りをできるようにしてあげたいところだけど…。
そんなことを考えていると教習のためにフィールドに降りてきたカリアトスに声をかけられた。と言う訳で今日は彼女との教習の様子を見てもらうことにしよう。
「おはよ…先生」
「カリアトス、お早う」
挨拶こそしてくれたものの、その表情は沈んでいる。まるでテストで悪い点を取ってしまった子供のようだ。事実、昨日の教習は彼女にとっては散々なものだったに違いない。
だからこそ、遠回しにすることなく敢えて確信を突くように問う。
「昨日の事を引きずってる?」
「そりゃあな…あんなに魔法が下手くそだとは思わなかったよ。発動までは時間が掛かるし、狙いもまともにつけられないし。世の中の大人ってみんな流暢に使いこなしてるから、もっと簡単だと思ってた」
自分が免許を取る立場になって免許所持者がすごく思えてしまう…ふふふ、教習所あるあるだな。
そんな感想を抱いた俺は、これまたあるあるな文句でカリアトスを励ました。
「月並みだけど、その感覚は大事だよ」
「え?」
「下手くそだったり、苦手だったりって自覚していればいざ上達した後も初心者の事を笑わずに見守れるだろう? それに魔法を使うことに対しての恐怖心だって知っているんだ、調子に乗って無茶で無謀な魔法行使をするな心構えになるよりもずっと良いと思う」
「ん…」
「それにね、まだ魔法の使い方の一つをやってみただけだろ? 何も風の魔法で的を揺らすだけが魔法の全てじゃない。今日の内容はむしろカリアトスみたいな子の方が向いてるかもしれないんだから」
「オレに向いてる…?」
「ああ。早速試してみよう」
俺たちは二人で地下にある模擬ダンジョンの中に入っていった。回りが住宅地ということもあって、地上でできる教習には限りがある。そんな時はこの模擬ダンジョンでシミュレーションを行うという寸法だ。
正直言ってこの模擬ダンジョンの性能がウチの教習所の生命線だ。この設備投資が活きなかったら、いよいよこんな辺鄙な場所にある教習所なんて誰も使わなくなるだろう。おっと、愚痴はこの辺にしておこう。
そうして辿り着いたダンジョンの一角。
ごろごろと岩が転がり、下は石畳が打って変わって砂利と土に成り代わる。どこかの採掘場を思わせるような様相だ。
見た目からして「土」の属性魔法を修練するのにはうってつけの場所だということが分かる。しかしそれ以外にも用途はある。つまりは今日の教習の内容に絡んでくるという訳だな。
「じゃあ、二日目の教習を始めようか」
「おっす」
「まずこの時間のメインのテーマは魔法における『四大元素』の特色を知り、初歩的な呪文を操れるようにすること」
「風だけじゃなくてってことだよな?」
「そう。残る三つの属性は?」
「火、水、土の三つ」
「その通り。なのでまずは風に加えてその三つの属性の初歩的な魔法を使ってみよう」
「うー」
俺がやることの指示を出すとカリアトスは分かりやすく唸った。
昨日の内容が頭の中に思い起こされたのだろう。苦手だというバイアスが彼女に掛かってしまっている。沼に嵌まらないと良いのだけれど。
眉間にこれでもかと皺を寄せているカリアトスに向かって、俺は努めて明るく言う。
「そんなに唸らなくても…昨日だって最後の方にはできていただろ?」
「けどあんなに時間が掛かったし」
「確かに時間は掛かった。けれどできた事には違いない。つまりカリアトスは苦手かも知れないが、できない訳じゃない」
「…」
「苦手とできないはまるで違う。そして俺はできないことをできるようにすることは無理だけど、苦手を克服させることはできる。だから変に落ち込むことはないよ」
「ありがと…やってみる」
「よしきた」
うん。魔法の使い方は愚直だけども、それはカリアトスが素直に物事に迎える性格の裏返しだ。だから苦手意識を無理から取り払うよりも真正面から自分の得手不得手と向き合うように指導した方が結果として上手く行くだろう。
漠然とそんなことを考えると、ふとかつての仲間でカリアトスの叔父にあたるグレーターの事が思い返された。
思えばアイツも同じように愚直とも言えるほどに真っ直ぐな男だった。だからこそ、リーダーとして俺たちをまとめあげられたんだろうと思う。ああいった人望が欠片ほどでも俺に備わっていれば少しは未来が変わったんだろうか。
…。
ああ、いかん。さっきから余計な事を考えてしまっている。とにかく今は仕事に集中しないと。カリアトスに対して偉そうに言う資格がなくなってしまう。
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