軍事都市国家 ブルーメル
真上に上がった太陽が眩しくて黒のフードを被った。
だったら寝転ばなければ良いという話なのだが、どうだろう。この何とも言い難い揺れが心地好く、自然とこの体勢になってしまうのは仕方の無い事である。
「そうは思わないかい?」
「はて? 何か言ったかの?」
「あ、いえ、すみません。独り言なので気にしないでください」
馬車の手網を握る老人に、苦笑いを添えて申し訳なさを返すのは、俺こと、世界中の美女を追い求めるパンツハンター、ユウだ。
「がたんごとん。揺られゆらゆら砂利の道」
「また何か言ったかの?」
「……本当に…独り言なので気にしないでください…」
「ほほっ、変わった旅人さんよの〜」
詩人にも成れないこんな俺に気を良くしてくれる御老人。少し痩せ細った印象を受けるが、牧場主のような暖かさを感じさせる優しい笑顔に何度救われた事だろうか。こんがり焼けた肌に麦わら帽子を被るその様は、田舎のお爺ちゃんを思い出させる。
老人は急いでいる様子もなく、ゆっくりと馬車を進ませていた。
「……」
荷台で寝転び、砂利道の心地好い振動を背中で感じながらここまでの道のりを振り返る。
魔王戦の最中、魔力が暴走した俺は何故かセントブルグまで飛んでいた。ただ飛んだだけだったら良いのだが、1年という時まで遡ってしまっていた。
「はぁ〜〜」
大きな溜息が出る。
思い返してみても、何がどうなってそんな事になったのか分からなかった。ただただ魔力が暴走したからこうなった、とういう現実を受け入れるしかなかった。
あのままレイラや皆が居ない世界を生きるくらいなら、まだ何も起こっていない今の時代を生きる方が良い…という情けない考えが後ろ盾をしていたのも事実だ。
だけど俺はやられっぱなしで引き下がるような人間では無い。幸い、''場所''も''時間''も分かっている。まだ1年近く時間はあるんだから、その時が来るまでに実力を付け、皆を助け、リベンジしてやる、といった結論に至った。
そこでまず思い立ったのが『この世の理を知る』事だった。
そもそも俺自身が知らない事が多すぎるし、この世の常識そのものがどこかで改変されている事も知っている。歴史の歩みを正確に知ることが、打倒魔王への近道に繋がると考えたのだ。
そんな最重要案件の書類等は城の書庫などに保管されているってのは、王道でほぼ決まりパターンなのだろうが、如何せんセントブルグで無茶をする訳には行かない。過去にタイムスリップしている以上、下手な行動は控えるべきだろう。
だから出来るだけ目立たないように鼻から隠す黒色のマスクも普段から着用している。盗賊だの暗殺者だの言われても仕方の無い格好だか、本当にこればかりは仕方がない。
それはさて置き、セントブルグで動きづらいなら、他の大都市国家に行けばよくね?って事で、ありとあらゆる行商人を乗り継ぎ、川やら海やら山やら何度も越えてある都市を目指していた。
それが───
「ほほっ、お前さんよ。そろそろ見えてきたぞ」
目的地が近づいたのか、やけに上機嫌な声で老人が話しかけてきた。
「これが、軍事都市国家ブルーメルか」
軍事都市国家、ブルーメル。
それが俺が目指している都市だった。
まだ距離にして数キロ先ぐらいなのだが、大きな城壁が聳え立っているのがこの位置からでも分かるぐらいだ。気が付けば行き交う人や馬車の数も増えていた。
大都市国家の部類でも1番大きく都市であり、軍事だけでなく、魔法や産業、そして何よりも夜の街が最も発展しているとの事だ。
「ふふふ…」
「何か楽しみな事でもあるのかい?」
「ああ、えーっと、なんでしょう。ちょっと武者震いっていうかそん感じですかね」
いけないいけない、下心が顔に出ていたみたいだ。マスクを付けているとはいえ、よく見破ったなこの御老人。
そんな下心はオマケのオマケとして、ここまで大きくて歴史のある都市であれば、お目当ての情報源は何処かに確実にあるだろうといった所だ。
「お爺さんはブルーメルに詳しそうなんですけど、何回か来たことがあるんですか?」
「ほっほっ。ワシはここの住人じゃよ。店を構えて商売してもう何十年になるかのぉ」
この老人の馬車に乗せてもらう手前、ブルーメルで商売していると言っていたのは覚えていたが、まさかそこが拠点だったとは。どうやら勘違いしていたようだが、これは良い方向だ。
都市に入ってから手当り次第に聞きまくるという、行き当たりばったりな作戦を描いていたが、灯台もと暗し。何十年もブルーメルで商売をしているこの御老人であれば色んな所に顔が効くかもしれない。と、そんな考えが瞬時に浮かんだ。
「お爺さん、一つ頼み事があるのですが。ここの都市で1番大きなギルドか、城内の仕事とかを斡旋する事は出来ますか?」
俺の頼み事に老人は目をぱちくり。ここ数日気の利いた会話など殆ど無かったから驚いているのだろうか。
「ギルドはワシも持ちつ持たれつの関係だからなんとかなるかもしれんが、城…軍隊についてはすまんが力になれそうにないなあ」
ビンゴ。
城内の仕事に関してはダメ元だったが、ギルドとの間を取り持ってくれるのであれば願ったり叶ったりだ。ギルドもギルドでそこは大事な情報源にもなりうるからな。
「お爺さん、ギルドでよろしいので、紹介して頂けないでしょうか?」
「ふむ…」
俺とお爺さんとはほぼ初対面に近い。警戒した表情には納得はいくが……。そこを何とか!そこを何とか!っと心の中で叫び倒していた。
「これも何だ、縁かもしれんの。数日間の仲だったが、お前さんにはよく助けて貰った。見てくれはどうであれ、悪巧みする様な奴じゃ無さそうだし、よし、ワシから口添えしてやろう」
「本当ですか!ありがとうございます!!」
少し気になる言葉があったが良しとしよう。結果オーライだ。ここまでの道中、数回魔物と対峙した事があったが、全て俺が切り伏せていたのが功を奏したのだろう。
「ほれ、こいつをギルドの受付に渡すと良い」
そう言って懐から何かを取り出し、ささっと文字を書いて差し出したその手には黒色のカードが握られていた。受け取り見てみると、金色の文字で『オルクス商会優待券』と書かれており、裏面の余白部分に『この者を紹介する─オルクス』と自筆で書かれていた。
もしかして偉い人物と遭遇しちゃってたのかな?と思った瞬間だった。
「試験とかあるかもしれんが、まあ、お前さんの実力なら大丈夫じゃろ」
「本当にありがとうございます。実は手持ちも少なくて寝床と食事をどうしたのものかと悩んでいたので、非常に助かりました」
「何だ、そんな事で悩んでおったのかい。ギルドなんぞ行かずにワシの家に寄ってくれても構わんぞ?」
「流石にそれは悪いですよ。ここまでの道中、食事とか寝床とか色々助けて貰っています。ギルドを紹介してくれただけでも十分過ぎる程ですよ」
「それはワシがお前さんの働きに対して感謝してやった事じゃから気にしなくていいんじゃけどなあ。そこまで言うならとやかくは言うまい。まあでも、何か困った事があったら尋ねて来るんじゃぞ? そのカードを見せれば何とでもなるわい」
逆にこのカードが無ければお目通り出来ないのかい。っと心の中で思ったが、奥底にしまっておこう。
「あ、オルクスさん。お帰りなさい」
「オルクスさーん。またお店に行かせて貰いますねー」
「ご無沙汰しておりますオルクスさん」
そんなこんなしている内に城門のすぐ側まで近寄っていたみたいだ。すれ違う行商人のほぼ全ての人がこの御老人に向かって挨拶をしていた。
「オルクス様。お帰りなさいませ。そちらの方は?」
「彼はワシが雇った護衛じゃよ」
「そうですか。ブルーメルへようこそ!」
城門を潜る手前、門番から多少の職質があったものの、この御老人に皆が全幅の信頼を置いているのか、ほぼ顔パスで通過した。
城門を潜ると、石畳が真っ直ぐ続いていた。それは馬車専用通路であり、その両側に歩道があったりと、通行の面でもかなり整備された印象を得るが、人と物でごった返していた。
「ほえ〜凄い活気ですね〜」
「中々いい街並みじゃろ?」
田舎っ子が初めて都会に進出した時の様に、周りのありとあらゆる物に目が行ってしまう。心が踊るとは正にこの事だろう。
「ほっほ」
そんな俺を見てか、上機嫌になる老人は馬車の手網をパシンっと鳴らし、目的の場所へと進めて行った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
オルクス商会。
生活用品から家具家屋、そして冒険者御用達の武器や防具、消耗品まで、ありとあらゆる物を取り扱う商会である。その名はブルーメル全土に留まらず、他国都市にまで羽ばたいている。
オルクスさんが馬車を止めたその目前には、デパート並の大きな建物があり人で溢れていた。オルクスさん曰く、この建物は本店らしく、都市のあちこちに支店があるとの事だ。
「お帰りなさいませ!」「お帰りなさいませ!」「お帰りなさいませ!」「お帰りなさいませ!」
従業員と思しき黒服が横一列に整列し、その主を迎えていた。買い物に来ていた人々もそれに注目し、皆暖かい言葉を送る。
そろそろこの場にいる事が場違いに思った。
「この道を真っ直ぐ行くと冒険者ギルドのヴァルガンに着く。あの塔の様な建物がそれじゃ。先も言ったが受付にそのカードを見せると良い」
そう言って、オルクスさんは大通りを指差した。その先には確かに塔の様な建物が見えている。あれがこの国最大にして唯一の冒険者ギルド、ヴァルガンか。
「何から何までありがとうございました。いやあ、こんなに有名人ならもっとちゃんとした護衛付けるべきですよ!マジで!」
「ほほっ。こんな田舎老人のような格好とおんぼろ馬車を襲う盗賊が何処におるかいな」
と、ニヤニヤ笑いながら言っていた。確かに俺もか弱い老人程度にしか思っていなかったからな、まんまと騙されてしまったのは言うまでもない。オルクスさんも相当ひん曲がった思考回路をお持ちなのだろう。
「それじゃ、本当にありがとうございました。一応俺も冒険者の端くれなので、何かあれば御依頼ください!」
「ほほっ。それじゃあ何かあれば頼むとするかの。お前さんの冒険に幸多からん事を」
最後に祝福の言葉を添え、オルクスさんに見送られながら俺はその場を後にした。
「いやあ、しかし人が良すぎだろあの人」
黒光りするカードを眺めながら、街道を進んで行く。大富豪なのにお高く止まるわけでもなく、庶民に寄り添った考えの持ち主だ。そりゃあれだけの人望が集まるのも頷けてしまう。
「ん? なんの集まりだ?」
オルクスさんの人望について分析していると、ある街道の一角で人集りが出来ていた。その雰囲気は些か穏やかでは無い。何か事件の臭いがするぞ!っと陽気に近づいて行った。
「何かあったんですか?」
同じく野次馬に来ていたオッサンに問いかけた。
「殺しだよ殺し。見ろよあれ」
オッサンが指さしたその先、シートを被った担架を兵士が運んでいた。そのシートから、血の気が無い腕がだらんと垂れている。
「うぇ。嫌な物見ちまったよ。到着早々幸先悪いな」
「あんちゃん最近この街に来たのかい?」
ボソッと呟いたつもりだったが、ちゃんと拾われていたみたいだ。
「さっき到着した所なんですよ」
「なら教えといてやるけど、あれが今月で6件目らしいぜ。精々夜道には気を付けるこったな」
「はい? 更に嫌な事聞いちまったぜ…」
「ははは、その格好からして冒険者ギルドに行くんだろ? この事件のお尋ね者が指名手配になってるはずだから、あんちゃんが解決してくれてもいいんだぜ?」
「洒落にもなんねーよ」
オッサンのタチの悪い冗談に吐き捨て、人集りから離れてギルドへ向かって行った。




