ギルド ヴァルガン
軍事都市国家最大にして唯一の冒険者ギルド、ヴァルガン。その謳い文句通り、大き過ぎるほどの施設だった。
オルクスさんは塔と言っていたが、これは最早ドームだ。セントブルグにあるコロッセウムがそのままギルド施設になっていると言っていい。
「いらっしゃいませ。冒険者の登録でしょうか?」
その入口だと思われるガラス張りのような半透明の扉を開くと、目の前に立っていた女性が声を掛けてきた。
「は、はい。そうですけど、何で分かったんですか?」
「うふふ。ここのギルドで登録した冒険者は皆プレートを下げていますから、一目で分かってしまうのですよ」
女性の返答を受け、周囲にいる人々に目を向ける。確かに皆首からプレートを下げていた。プレートに色が付いているのは、恐らくランクを示しているのだろう。
そうそう、これこれ。こういう『The!異世界冒険者!』ってのが欲しかったんだ!…とウキウキした気持ちになる反面、今まで訳の分からない異世界生活(厳密には異世界では無いが)を送っていたな…と、心の中で苦笑いをする。
「あの、この人の紹介で来ました。登録出来ますか?」
そう言ってオルクスさんから貰ったブラックカードを見せた。
「───!!」
すると今までにこやかにしていた女性は一変。その表情は焦りと言ったとこだろう。
「しょ、少々お待ちください!!」
その女性は血相を変えてすぐ様受付カウンターの奥の方へとかけて行った。その後を目で追っていると、女性の上司に当たるような人物に話しかけている。その上司がこちらへ目配りしたかと思うと、直ぐに駆け寄って来た。
「大変お待たせして申し訳ございません。ここからは担当変わりまして私、アレンダがお務めさせていただきます」
深々と辞儀をしたアレンダという女性。最初に話しかけてきてくれた女性も中々の美人だったが、この人はそれすらも凌駕する程の美貌だ。
藍色の綺麗な髪を一つに括り、高身長から醸し出される雰囲気は格好良さすら感じさせる。
「冒険者登録にあたって幾つか手続きがございますので、ご案内致します」
アレンダは再度一礼し、ギルド内をゆっくりとした歩調で歩んでいく。周りの目を少し気にしながら、その後をついて行った。
辿り着いたのは『貴賓応接室』と書かれた部屋。
その名の通り、中には豪華で座り心地の良いソファが置かれていた。
「専属の者を呼んでおりますので、今しばらくお待ちください」
アレンダは慣れた手つきでお茶を入れ、俺が座っている前のテーブルに置いた。
いい香りが漂い、その誘惑に負けて一口つける。その一口だけで爽やかな香りが広がり、身体の中から癒された気分になった。
たまにはこんな待遇も悪くないな。と優雅に浸っていた所、コンコンと扉がノックされた。
「失礼致します」
扉を開けて入ってきたのは、かなり若く見える女性だった。
「マシェリー。こちらへ」
「はい。失礼致します」
アレンダに呼ばれ、マシェリーは俺と対面のソファの前まで行き、アレンダと一緒のタイミングで一礼して腰掛けた。コイツら洗練されすぎだろと、本気で思った。
「ご紹介が遅れました。今後お客様の専属担当となるマシェリーになります」
「マシェリーと申します。若輩者ではございますが、精一杯サポートさせていただきます。よろしくお願い致します」
深々とお辞儀するマシェリー。肩まで整えられた金髪がふわっと浮き、お茶とはまた違う良い匂いが漂ってきた。
アレンダが美人の部類だとすると、マシェリーは可愛い系だろう。身長もそこまで高くもなく、マスコットの様な愛らしさを感じさせる彼女は、可愛いの代名詞であるアリンに引けを取らないレベルだ。
「彼女はここで働いてまだ日は浅いですが、その働ぶりは保証致します。通常業務を外れて貰い、お客様の専属担当となっておりますので、何なりとお申し付け下さいませ」
「いやいや、こちらこそよろしくお願いします。ってか通常業務を外れて俺の専属になってって、何か悪い事したんじゃないの?」
「全くもってそんなことはありません。寧ろ我々にとっては名誉な事だと自負しております。恐れ入りますが、個人をギルドに紹介出来る方はそれ程多くはありません。故に専属をつけております」
アレンダの答えに納得はするが、今まで巻き込まれ不運街道まっしぐらの俺には未だに信じられない状況だった。
「それでは、ここからは私、マシェリーが引き継いで手続きを行っていきます」
「手続き?」
「簡単な質疑と、実技を拝見させていただきます。お客様は推薦者となり、既にギルド加入試験は免除となっておりますが、プレートを発行する際のランク付けを行います。今後私が専属となり、お客様に合った依頼の紹介やパーティ申請など、スムーズに回させて頂く為にも、戦闘スタイルや実力を把握したいと思っております」
俺の問にマシェリーが満点の解答で答える。
これこれ。そうそう、こんな感じがギルド入門って感じだよな、そうだよな。っと何回も何回も心の中で自問自答していた。
「その前に、大変失礼ですが、お顔をお見せいただけないでしょうか? ギルドの決まりで、冒険者登録する際は指名手配犯で無いかお顔を拝見させてもらう事となっております。オルクス様の紹介ということで信頼はしておりますが、こればかりは決まりでして…」
マシェリーが申し訳なさそうに言ってきた。
「ああ。写真に残る訳でもないし、2人だけの秘密にして貰えるなら全然良いよ」
そう言ってマスクを外した。
「あら、可愛いお顔をなさっておりますのね」
俺の顔を見たアレンダが物珍しそうな顔で呟いた。
「まっ、そんな所だ。ある理由で顔を隠してはいるが、別に指名手配犯じゃないから安心してね」
「はっ、はい!詮索はしません!あ、あの、ありがとうございました!」
マシェリーは何故かカタコトになっていた。
「マシェリーったら…。お客様がお気に召したみたいですね」
「アレンダ課長!も〜からかわないでください〜!」
顔を真っ赤にして抗議するマシェリー。あたふたする姿を見ると、これが彼女の素なのかと思ってしまう。そんな可愛い人に好意を寄せられ、上機嫌になっていた。
「大変失礼致しました。それでは早速ですが、お客様のお名前を教えてください」
っと浮かれていたのも束の間。いきなり難問が降っかかってきた。過去にタイムスリップした以上、ユウという名を使うのは危険だろう。どんな名前にしようと悩んでいた時、そんな俺の表情を読み取ってか──
「本名を明かすのが億劫であれば偽名でも問題ありません。差し支え無ければ私が決めましょうか?」
と、助け舟が出された。
「そしたら適当に頼むよ」
「畏まりました。それでは、ザック様と、お呼び致しますね」
「何故にザック?」
適当に頼むと言ったとはいえ、俺だって数秒悩んだぐらいだ。2ウェイで即答できた秘訣を知りたくなった。
「あ、いえ。お召し物に書かれている文字から拝借したまでです」
マシェリーに言われて初めて気付く。どこかの家の壁に掛かっていた服を無断で拝借し続けていた俺にも非はあるが、確かに裾の部分に『ザック』という文字の刺繍が入っていた。
「それでは、ザック様。戦闘スタイルについて幾つかご質問させていただきますね」
間髪入れず、マシェリーは次の質問へと移る。
こんな感じで次々と質疑応答をこなしていった。
※※※※
「戦闘スタイルは前衛型、基本はソロ活動、使用武器は双剣、使用魔法は身体強化魔法と、空間魔法…。アレンダ課長…、空間魔法なんて文献でしか見た事が無いです。凄いですねザック様。流石オルクス様の推薦者です。色んなパーティから引く手数多じゃないですかね?」
「そうね、そこも含めて後で見せてもらいましょう」
マシェリーとの質疑応答が終わった。
2人とも質問用紙を書かれた結果を驚いた目で見ていた。使用できる魔法について聞かれた際に空間魔法と答えると2人ともピクっと反応し、それについて根掘り葉掘り聞かれた。
「それでは、実技の方を拝見させていただきたいと思います。闘技場の方へ案内致しますので、ついて来てください」
マシェリーはソファから立ち上がり、入ってきた扉と反対側に位置する扉を開け、ついつ来るように催促する。
何故かウキウキしている2人の後をついて行くと、開けた場所に出た。そこは体育館ぐらいの大きさの闘技場だった。
ギルドフェニックスの闘技場よりももう一回り大きく、レイラが10人暴れても問題無いだろう。この施設の大きさから考えると、こんな闘技場は幾つも持っていそうだ。
その中央には防具を付けた『The!先輩冒険者面接官!』なる人物が剣を地面に突き立てて仁王立ちしていた。その見た目はかなり歳を取っているように見えるが、凄みというか歴戦錬磨の雰囲気が溢れている。
「彼はカルドレイン指導長。このギルドには冒険者育成のために指導者を何人か雇っておりますが、その総長となる方です。指導長になる前は冒険者しておりました。引退する直前の等級は、最上級のS級にございます」
カルドレインがいる場所まで近づき、アレンダが説明する。
その総長でドS級の元冒険者が何で俺の実力を見る相手なんだよ普通でいいよ普通で、と心の中でツッコミを入れるが、そういやVIP対応だから仕方ないのかと瞬時に答えが返ってきた。
「カルドレイン指導長。こちら、ザック様がこの度の実力確認者となります。よろしくお願いします」
「おう、そんじゃここからは俺が仕切らせて貰うぜ」
マシェリーから俺の紹介がされ、カルドレインが一歩前に出て口を開いた。
「オルクス会長の推薦者とは聞いているが、俺は色眼鏡で見るつもりはない。実力が無ければここで門前払いする」
短い言葉だったが、そこに込められている意味は伝わった。街から一歩外へ出ればそこはもう戦場だ。少しの油断が命取りとなるだろう。そんなヤワな奴は冒険者として採用させないと、そういった圧が伝わる。指導長という肩書きは伊達では無さそうだ。
「お言葉ですが、死とは常に隣り合わせだった身なもので。そんな覚悟はとうの昔に捨ててきましたよ」
「ははは!コイツ、言うだけあるな!面白い、ならその力を見せてみろ!おい若いの!危ねぇから端の方まで避難しとけ!」
「は、はい!!」
カルドレインが吠えた。
その圧に臆するようにアレンダとマシェリーは闘技場の端の方まで避難する。
「ちょっと魔法とか見せてキャッキャウフフするだけだと思っていたのに、何でこんな好戦的なゴリラと戦わなきゃいけねえんだよ」
悪態をついてみせるが、こんなシチュエーションは悪くないと、表情が緩む。
「おいおい、敵を目の前にして余裕だなあ」
カルドレインは地面から剣を抜き、肩まで担ぐと、腕を前に出して掌をこちらに向けた。
「まずは小手調べといこうか」
そう言い放った瞬間、俺の足元に赤い魔法陣が浮かび上がった。
「っていきなりかよ!」
足元から噴き上げる魔法の類いと瞬時に悟り、テレポを使って後方へと逃げる。
瞬間移動したとほぼ同時、ゴォッという音を立てて魔法陣から炎が噴出した。
「ほぉ。言うだけの事はあるな。中々素早いと見る」
カルドレインは、どうやら俺が高速に動いて先の一撃を避けたと思ったみたいだ。マシェリーが空間魔法を物珍しそうに言ってたから、空間転移の類だという考えは全く無いのだろう。
「アレンダ課長…。カルドレイン指導長、本気出していません? 滅多に使わない無詠唱爆炎魔法を初手で使いましたよ!? しかもそれを避けた時のザック様の動きってもしかして…」
「恐らく空間魔法ね」
「で…ですよね。しかもザック様も詠唱した素振りもありませんでしたよね!?」
「ええ…私にもそう見えていたわ…」
初撃の攻防を見たアレンダとマシェリーが少し興奮気味になっている。結構後ろの方まで転移していた俺は、2人のやり取りが耳に届いていた。
だから、敢えて言ってやった。
「カルドレインさん。あんたが敗北を認める時ってのはあるのか? それはどんな時だ?」
「……今はこんな身分だが、元は冒険者だ。圧倒的な力の差を感じて負けを認めた時なんざ幾らでもある」
成程。カルドレインは最初っから強者では無かったようだ。負けて負けてその悔しさをバネに修練し、S級冒険者まで上り詰めた実力者なのだろう。
だから、敢えて言った。
「圧倒的な力の差を感じる間もなく殺された場合ってのは、あんたのそれは当て嵌るのかい?」
その問いを放った瞬間、カルドレインは表情を強ばらせた。
流石は叩き上げの実力者。
戦闘開始時点での表情には余裕が現れていたが、俺のたった一言で邪念と慢心を捨て去った様だ。
可能性が0でなければ有り得るかもしれないと、剣を前に構え、何が起こってもいいようにと、体勢を整える。
そうだ。それでいい。
ここまで気を引き締めてくれた実力者を瞬殺して、初めて、冒険者デビューだ。
「アレンダさん、マシェリーさん。空間魔法よりも、今から俺が使う身体強化魔法の方が極悪です。それをご覧に入れましょう」
カルドレインから目を離さずそう言い、腰から両刃を抜いた。
「アクセル!」
高らかに魔法名を唱え、魔力を放出した。
周りの音が聞こえないくらいにまで時間が凝縮されていく。
「テレポ!」
そんな状態で重ねて発動した魔法。
瞬時にカルドレインのすぐ後ろまで転移する。
「────!────!」
時間が限界まで引き伸ばされた世界で、カルドレインはノロマな亀よりもスローに動いていた。
悠々とカルドレインの剣を持ち手の部分から切断し、膝に蹴りを入れた。
「──!?」
カルドレインの表情がスローで歪んでいく。彼は今何をされているかも分かったものじゃないだろう。
「ほいっとな」
そんな事はお構い無しに、カルドレインの髪の毛を掴んで地面に向かって体重をかけた。
いとも簡単にカルドレインが膝付き、上げた顎の喉に包丁を添えて魔法を解除する。
「───!!?!??」
カルドレインが目を見開いて驚愕すると当時に、切り離された刀身がゴゥンという音を立てて地面に落ちた。
カルドレインが驚くのも無理が無いだろう。
体感の秒数にして0.1秒にも満たないぐらいの短い時間の中で、自身が持つ剣が切断され、膝を地面に着いた状態で顎を解放し、その喉先に刃を当てられているのだから。
「えっ…」
「………え?」
アレンダとマシェリーもその現状をただただ呆然と見ていた。
「こ、降参だ…。俺の負けだ。離してくれ」
カルドレインは直ぐに状況を把握し、負けを認めた。その言葉を聞いた俺は、カルドレインの髪の毛から手を離し、包丁を腰に収めてその場から少し離れる。
「こんな敗北…。これが殺し合いなら今頃俺は…」
その先は言わなくても分かるだろう。今回下した敗北はカルドレインにとってただの敗北では無い。
敗北=死。
それは初心者冒険者の一番最初の登竜門として存在する所だと、誰もが知る事だった。
カルドレインは過去とは言えS級冒険者だった身。幾度となく敗北はしてきたが、それでも生き残り、上り詰めてきた。そんな男を、初心者冒険者と同列に扱うかの如くの振る舞いに、本人含めた3人は動揺が収まらない。そして、それはしでかした本人に矛先が向いた。
「お、お前は…一体何者なんだ…?」
「カルドレイン指導長は、現役の上級冒険者にも引けを取らない強さを誇っております。それをこの様な…、本当に信じられないです…。身体強化魔法って仰っていましたけど、絶対に違いますよね?」
「アレンダ課長…。どうしましょう…ランク付け…。担当者レベルじゃ判断出来かねます…」
それぞれの思惑が交差していた。
「それぞれいっぺんには答えられ無いんだけどさ、俺の魔法って、1対1の戦いに特化してるんよね。それも対人なら尚更なんだよ。今回はただただ俺が有利だっただけで、相手が魔物の軍勢とか盗賊団とかだとカルドレインさんみたいな人がやっぱり活躍すると思うよ?」
「普通、有利だったとしても、元S級冒険者をあそこまで完膚無きまでには出来ません…」
アレンダの返答にうんうんとカルドレイン本人も頷く。
「困ったねー。いきなり高ランク付けられて目立っても嫌だし、低ランクで良いよ低ランクで。群れの討伐なんて一人じゃ無理っこだし」
これは本心だ。一度レイラと一緒に群れの討伐依頼を受けた事はあったが、あれを一人でやってのける自信はまだ無い。
「確かにソロで活動してるって聞いていましたけど…。どうしましょう…?」
マシェリーは判断をアレンダに委ねる。
「条件付きでS級扱いとし、普段は一番下から2番目のF級というのはいかがでしょうか?」
「お!何かいいねそれ!詳しく聞こう」
「はい。やはりザック様の能力は類を見ない程高いものだと判断します。その能力が発揮出来る部類はS級までの依頼をさせて頂きたく存じます。それ以外の普段につきましてはザック様の希望を汲み取りまして、低ランクのF級と。流石に推薦者様を最下級のG級とするのは些か問題がありますので…。いかがでしょうか?」
「いいね!乗った!採用する!」
アレンダの説明に納得した。
先も言ったが、群れなどの討伐はまだ慣れていない。依頼を数回行っただけで、実際の経験としてはG〜Fがいい所だろう。低ランクで下積みを行いつつ、得意な領分では稼ぐ。そのスタイルは凄く良いと思った。
「本当によろしいのでしょうか? 普段、他の皆さんの前ではF級として扱う事となってしまいますが…」
マシェリーが心配そうな顔で聞いてくる。
「大丈夫。初心に返り、一から積み上げていくのも悪くないさ」
「ははは!俺もお前に倣って初心に返ってみるか!今日お前と戦えて感謝するよ。この先何かあった時、お前の力を借りる時が来るかもしれないが、その時は頼むぜ!」
何故ウケたのか分からなかったが、カルドレインに気に入られた事は分かった。
「そしたら今から手っ取り早く済ませれる依頼をこなしたいんだけど、良いかな?」
「は、はい!大丈夫です!直ぐに手頃な依頼をお持ち致します!」
マシェリーは直ぐに駆け出して行った。
「俺との対戦がすぐ終わっちまったから、まだまだ足りなかったってか?」
カルドレインがニヤけた顔で絡んでくる。
そんな崇高な理由で言っていると思ったら大間違いだ。そんな勘違いは直ぐに正さないといけない。
だから言ってやった。
「いや、今日の飯と寝床の為だ」
真面目に、真面目な顔で答えたのに、皆がずっこけていた。
マシェリーもこけていた。




