因縁の決着
大きな砂浜の海岸沿いに建てられた一軒家。
その家の外に構えている大きめの馬小屋に一人の女性がやって来た。
ブヒヒヒヒン
「よしよし、メリーちゃんありがとう」
そう言って馬を撫でる女性はサラだった。
「…………」
メリーの鬣を撫でながら俯く彼女は、どこか上の空だ。
「ユウ…レイラちゃん…」
結局、ユウも、助けに行ったレイラも戻って来なかった。レイラが助けに行って数分後、殺された生徒達がいる事実が発覚し、直ぐに合宿は中止となってしまった。
そのまま一斉解散する流れとなり、サラはまだユウとレイラが戻ってきていない事を訴えるが、捜索は専門家が行うということで自分達での捜索は却下されてしまう。
それぞれの学校の生徒は直ぐに集合がかけられ、何かから逃げるかのように島を後にした。そのままサラは家に着き、今に至ることになる。
「大丈夫かな…」
サラは2人の事を本気で心配していた。
「何でユウはこうもトラブルばっかり巻き込まれるのよ…」
ユウが来てからサラは退屈する事がなかった。それくらいユウと一緒にいると何かと色んな事が起こり、面倒くさい事もあったが毎日充実していた。
「…………」
何だか胸にぽっかりと穴が空いたようだった。そのような感覚に陥る程、ユウの存在が大きかったのだろう。
「あ、そうだ。ユウが使っていた部屋、物で散らかっていたよね。ちょっと面倒くさいけど片付けに行こう」
じっとしていても変な事を考えてしまいそうになるので、何か行動して紛らわそうと立ち上がる。
サラはメリーちゃんに跨り、学校を目指した。
────
───
─
夏休みというだけあって、生徒の姿はない。学生寮は年中空いたままになっているが、残っている生徒は物好きな奴か、家庭に事情を抱えている者かのどちらかだろう。
「えーと、これもユウのだね。もう、どんだけ私物を持ち込んでるのよあの人は…」
学校へ辿り着いたサラは、自分の研究室の隣の資料室へ入った。やりたいように使わせていただけあって、古臭い資料室から生活感溢れる居心地の良い空間に変わっていた。
どこで買ってきたかわからない座り心地の良いソファーやクッションが置かれていて、壁にはこの国のアイドルのポスターなんかも貼っていた。
「本当に、一体どこでこんな物手に入れてくるのよ〜」
今、サラの手には賞状とかを飾る額縁が握られている。そこまでは至って普通なのだが、額縁の中には可愛らしい女の子のパンツが飾ってあった。
そして額縁の右下空欄に、アイドルの名前と使用済みパンツと書いてあった。
「はぁ…」
サラはため息をつき、窓を開けてその額縁を外へ放り投げる。
どっかーん
そして無表情のままその額縁を爆破した。
「これでよしっと」
少し気分が晴れたような表情になり、再びユウの荷物を整理し始める。
「あー、そういやこんな写真も撮ったね」
ユウとサラ、ケイトとフローラとその他愉快な仲間達と一緒にご飯を食べている時の写真が飾ってあった。
「ふふ。ほんとバカな顔」
写真の中のユウは変顔をしていた。
「あ!」
ふと手を滑らせてしまい、写真を落としてしまった。写真は机の下に潜り込んでしまったようで、サラもしゃがんで机の下に頭を覗かせた。
「ん? 何これ」
机の下に、ノートが入るような小さな箱が置いてあるのを見つけた。その箱の下に写真が入り込んでいたので一緒に取る。
「何だろ。またパンツが出てきたりして」
どうせユウの事だからこんな怪しい箱には怪しい物しか入っていないだろうと思いながら箱を開けた。
「え」
そこには使い尽くされたノートが何冊も入っていた。
そしてその一番上に一枚の紙があった。
サラはそれを手にとって読んでみた。
「う…そ」
そしてノートを手に取り、ペラペラとめくる。何冊も。
「ユウ…」
ノートには現代の数学の難点と改善点が細かく書かれていた。手紙にはこれをサラが発表してくれというような内容が書かれていた。
「す、凄い」
サラはユウが残したノートに釘付けとなった。
「こ、こんなの発表したら、今までの歴史が変わっちゃうわね。ははは。って、そんな事できないよ…。人の成果を横取りするなんて…」
サラは箱の奥底にもう一枚手紙を見つけた。それを取って読んでみる。
────────
これを読んでいる頃は、サラは自分じゃ発表できないとか思っちゃってる頃だと思う。
確かにそう思うのはしかたないけど、世界がこれによって進歩すると考えてみてくれ。ちょっとは発表したくなるだろう。
それに、自分の成果として発表しなくてもいいんだよー? それを使ってサラ自身の研究が進んでくれたらとも思ってるし。
つか、これを発表してくれって言ってるのは、これで研究資金とかざっくり貰えるかもしれねーし、何たってこれでパンツの件はおあいこにできねーかなーつって、たはははは。
────────
「何が、たははははよ」
ふふ。でも、私の事わかってるね。こんな手の込んだことして。ほんともう。
「仕方ないね、パンツの件はこれでチャラにしてあげようかな〜」
あ…。
サラは自分でそれを言って、あることに気づいてしまった。パンツの件をチャラにしてしまえば、ユウとの関わりが一切なくなってしまうということを。
「やっぱ…やめておこうこかな…」
サラはノートを集めて箱に戻し、蓋を閉めた。
「だったら僕が発表してあげよう」
「───え?…うっ!」
急に後ろから図太い男の人の声が聞こえてきた。サラはすぐに反応するが、首筋に衝撃を当てられてその場に意識無く倒れてしまう。
「これはこれは……。首の傷が癒え、アイツの手掛かりを 探しに来てみれば、なんという幸運だ。アイツには傷を刻まれたが、お陰で歴史に名を刻めそうだ」
男は眼鏡をくいっと上げ、緑色のオールバックの髪の毛を整えた。そしてサラとノートの入った箱を担ぎ、部屋を後にした。
─────────
──────
───
ぴちょん ぴちょん
「うっ…」
天井から落ちてくる雫が頬に当たり、サラは気を取り戻した。周りを見渡すとゴツゴツとした岩の壁が目に入る。淡い灯りが天井からぶら下がり、照度に困ることは無かったが、部屋は十分広いとも言えなかった。何かの薬品や機材などが散乱し、拷問室か牢獄のような印象を覚える。
「な、なにこれ…」
両手は鎖のような物で縛られて吊されていた。足は地面に着くだけまだましと言えるのだろうか。魔法で抜け出そうとするが、術式が途中で分散し魔法発動しなかった。手にかけられたこの鎖に、魔法を封じる力があるのだと悟る。
ふと、右隣を見ると、
「ひぃ!」
小さな悲鳴が漏れた。
サラが驚くのも無理はない。サラの隣には爺さんの腐乱死体が吊されていた。
「な、何なのこれ。私は、何で、学校にいたはずじゃ…」
あまりの出来事に頭がついていけなくなる。
麻痺しかけている頭で再度隣の腐乱死体の顔を見ると、どこか見覚えがあった。
「……この人、つい先日行方不明になったジョフ先生…?」
「その通りだ。よく分かったな」
耳につく声が洞窟内に反響し、タイラーが奥の扉から出てきた。
「タ、タイラー教授!一体これは!? 私をどうするつもり!」
先程タイラーが放った言葉が無ければ、サラを助けに来た同僚と見えたかもしれない。しかしこの部屋の主だと言いたげな態度からその考えは失せる。
「どうするって…、聞き出せることは聞き出して後はそこで死んでる奴と同じ道を辿ってもらうが?」
「聞き出すって、何を…」
「ふん、時間稼ぎしたってどうせ死ぬんだし意味がないんだけどな。まぁいい。ただの研究材料だよ」
「研究材料…?」
「ああ、研究材料だ。僕がのし上がるためのね」
「……も、もしかして、今ままで貴方が発表してきた研究って…」
「そうだ。君のご推察通り、今まで死んでいった者達の成果だよ」
「あれ程の、凄い発表をいくつもして本当に尊敬していたのに…。本当は全部嘘だったんですね?」
サラの問にタイラーはふんっと鼻で笑い飛ばし、メガネをくいっと上げる。
「あれ程私に偉そうな事を言っておいて、本当は人の成果を横取りしないと何もできない卑怯者だったなんて!」
「ああ、その通りさ。人の力を借りないと何もできない卑怯者なんだよ。おかけで素晴らしい力を得ることができたがね!!」
その瞬間、タイラーの身体からどす黒いオーラが吹き出した。その歪な醜態から漏れ出す魔力に嫌悪感を覚える。
「本当言うと、研究材料なんて必要ないんだよ。ただの人間が手に入ればな…」
どす黒いオーラはどんどんと増す。
「最近、動物から魔物を生成する機械が出来てな、それが人でも可能な事がわかったんだ。魔力が強ければと強いほど、強力な魔物を生み出せるんだよ」
「そ、そんな…」
その言葉を聞いたサラとカリーナは驚きの顔を隠せなかった。
「それに、昔の大戦時代に活躍した魔神を甦らせる事もできるのさ」
「ま、魔神!?」
「さっきから驚いてばかりいるけど、大丈夫。安心したまえ。もうすぐこの世界は終わるんだ。君が死んだ後にすぐこの世界の人間共が後を追ってくれるさ!」
タイラーは眼鏡をくいっと上げ、ほくそ笑んだ。
その瞬間──
「面白いな。このままもっと聞かせて貰っていいか?」
タイラーの背後から音もなく男が現れ、タイラーの首に刃物を突き立てていた。その刃は朱色で何か金色の文字が書かれている。
「な、何だ貴様!一体どこから……ぐはっ!」
驚いたタイラーが騒ぎ立てるが、男にそのまま体を地面に叩きつけられ、組み伏せられてしまった。
「はい、そこまでよ。大人しくするのね」
ふと、瞬きした瞬間、目の前にとんがり帽子を被った女の人と、軍服を着た男の人か目の前に現れた。
「え? え?」
目まぐるしく変わる状況にサラは困惑してしまう。
「サラ先生でしたっけ? 驚かせてごめんなさいね。アルス、この人を解放してあげて。そして亡くなっている老人も」
「任せろ」
サラの目の前に現れたのは、ついこの前、学校の地下問題の際に少し話をしたリディアだった。タイラーを組み伏せたのはユアンで、目の前の軍服を着た男の人はアルスだった。
アルスは腰から気品溢れる剣を抜き、一閃。サラと老人を繋いでいた鎖をバラバラに断ち切った。
「あ、ありがとう」
「これを」
サラはアルスから液体が入った小瓶を渡される。
「これは?」
「回復薬だ」
「回復薬…」
回復薬なんて物は巷には出回っていない代物だ。少し不安を感じるが、渡された人は信用に足る人物。意を決し、アルスから渡された回復薬ををサラは飲んだ。
「うわぁ。なにこれ…」
するとどうだろう。鎖で繋がれて傷まみれになった腕がみるみる回復し、倦怠感や体力の衰えまで瞬時に回復していた。
「ユアン、もう拘束したから大丈夫よ。離れて頂戴」
「ほいよ」
リディアの声でタイラーの姿を見る。タイラーは黒い布のような物で身体をぐるぐる巻きにされて拘束されていた。これでは身動きは取れないだろう。
「さて、サラ先生。状況を説明するわね」
リディアは掲げていた杖を下ろし、サラに向き直った。
「あの青年、ユウから依頼を受けていたのよ。貴方を守るようにってね」
「え? ユウが?」
「そう。何でも、ユウ自身がよく色んな人から狙われやすい体質の持ち主で、周りの人と場所に目を張っていてくれって頼まれていたから、半信半疑で監視魔法を付けていたんだけど、まさかこんな大物にビンゴするとは思わなかったわね」
「そ、そんな事が…」
リディアの言った言葉にサラは動揺する。
「助けに来るまで時間がかかってごめんなさいね。気付かれないように姿を消したりしなきゃいけなかったし」
「い、いえ。助けて頂いて、本当にありがとうございました」
「礼を言うのはこちらの方よ。貴女とユウのお陰で、この国や他国に異変を発生させていた黒幕を捕まえる事が出来たんだから!」
「国の異変…?」
「ゔん! これは機密事項だったわね。失礼。で、ユウはどこにいるの?」
「ユウは…」
リディアから不意に問われた内容に、サラは口篭ってしまう。
「どうかしたの?」
「い、いえ。私にも分からないんです。何かに巻き込まれてしまったとしか…」
その返答を聞いたリディアはため息をつく。
その顔はやっぱりかと言いたげだった。
「ユウから話を聞きたかったんだけど仕方ないわね、この男から聞き出す方が早いか」
そう言って、リディアはタイラーの顔面の部分の拘束を剥がした。
「話しなさい。貴方を動かしている黒幕は誰?」
そして凛とした声でタイラーに問いただす。
「ふ、君達は本当に強いな。僕が話さないと分かればすぐにこの首を跳ねそうな目だ」
「分かっているなら答えろ。お前等は何を企んでいる?」
タイラーの横に立つユアンが薙刀の刃を向けて言った。
「………。言うと思うかね?」
ぴっ
「うがぁあああああ!」
タイラーが返答を渋ったその瞬間、ユアンがタイラーの耳を削いだ。その余りの残忍さを目の当たりにしたサラは臆する。
「次は鼻を削ぐ」
「あぐぅぐぅううう、くくくくくく…。ははははははははは!」
「何が可笑しい?」
ユアンからドスの効いた声が発せられる。
「何がって、こんな事をしても無駄なんだよ!今知ったってどうせもう止まらないんだ!貴様等は滅びる!滅ぶんだ!もう間もなくな!はははははは!!」
「…………」
「今知っても後で知っても一緒なんだよ。楽しみに待っておけよ。ははははは!」
タイラーは壊れたかのように高笑いをし始めた。王国騎士である3人を前にしてこんなにも堂々と。
「リディア、こいつ殺して良いか?」
「うーん、困ったわね。私の読心魔法も弾いている様だし、情報が落ちる様であれば殺す必要は無いんだけど」
「んじゃ痛みの方で聞いてみるとするか」
ユアンが薙刀をタイラーに向けて構えた。
その矛先がタイラーの眉間に迫った時、タイラーの瞳が一際大きく見開いた。
「危ない!!!!」
堂々と話すタイラーには何かある。どす黒いオーラを間近で見ていたから出来た行動だろう。サラは3人に向けて咄嗟に叫んでいた。
次の瞬間、
空間が爆発した。
轟々と爆裂音が響き渡り、山中の一部が跳ね飛んだ。
木々や岩などが吹き飛ばされ、辺り一面が更地と化す。
「ふいー危ねぇぇー助かったぜー」
更地になったある一部、半球体のようなベール状の膜が4人を覆っていた。
「サラ先生に感謝しなさいよユアン。彼女の声が無かったら私達死んでいたかもしれないんだから」
「た、助かったの…?」
目をぱちくりさせてサラが呟く。
「ああそうだ、ありがとう」
アルスがサラに礼を言った。
どうやらサラの咄嗟の声に反応したリディアが防御魔法をすぐさま展開したようだ。それでこの爆風からも身を防げ、傷一つ無い。
完璧な防御魔法膜にサラは心から感心する。
「しっかし、自爆とは情けないなー」
ユアンが吐き捨てるように言った。
「…………」
アルスは黙ったまま、ある一点を見つめていた。
10mぐらいら離れた先、積み上げられた瓦礫を。
「どうしたアルス? もしかしてまだ奴が生きているなんで言うんじゃねーだろうな?」
「いや、そのまさかだ。構えろユアン!!」
アルスの号令ですぐさまユアンが武器を構えた。
先程おちゃらけていた表情から一変、真剣な眼差しでアルスが見つめる先を同じように睨みつける。
「サラ先生は下がっていて」
「は、はい」
リディアはサラを庇うように後ろへ下がらせる。
その前にユアンとアルスが武器を構えて臨戦態勢を取っていた。
「ばっはああぁああ〜」
がらがらがらと瓦礫をかき分け、それは出てきた。
「どうもぉ〜。タイラ〜でございまぁす。ごきげんいかがですかぁ〜?」
隣人に挨拶するような言葉を発しながら瓦礫の山を下ってくる。
全身からどす黒いオーラが吹き出し、皮膚は灰色と化し、全長3m程の巨体にまで変形していた。
目は黒々と塗りつぶされたかのように白目が無くなっていて、不気味さがより一層増していた。
『化け物』
タイラーの姿はこの言葉が当て嵌る。
「狩るぞ」
「おう!」
アルスの合図で2人はタイラーに向かって掛けて行った。それぞれ瞬時に間合いを詰め、タイラーに斬り掛かる。
「ぐぁあああああああ!!!!」
ぶしゅううう!っと鮮血が舞った。
2人の武器がタイラーの胴をクロスに薙いだ結果だ。
あっという間にタイラーは切り伏せられてしまった。
「いだいいいい!すっごく痛いいい!!」
タイラーは血反吐を吐きながら地面をごろごろと転がる。
「んだコイツ。気味わりい。さっさと片付けちまおうぜアルス」
「待てユアンそいつから離れろ!」
「ん? 何でたってうおおお!!何だこりゃ!あぶねえ!」
タイラーの割れた腹から腕が二三本飛び出し、ユアンに襲いかかろうとしていた。
アルスの一声で辛うじてその手から逃れるユアン。
「んの野郎!さっさと死ねやー!!」
不意打ちを食らって頭にきたのか、ユアンは反撃とばかりにタイラーに斬りかかった。
ガキィイイン──
「はぁ!? なんだコイツ!」
ユアンの一振は、タイラーの腹から生えた腕に止められていた。それも皮膚の上で。
武器か防具を上から叩いたような感触だった。
「んぼああああああ!!」
「ちっ、気持ちわりぃ」
不気味な叫び声をタイラーは発する。ユアンはタイラーから距離を取ってアルスの隣まで戻って来ていた。
「アルス、ユアン!離れてなさい!!」
遠くの方からリディアの叫ぶ声が聞こえた。
と思った瞬間、閃光と爆裂音がタイラーを包み込んだ。更にタイラーを中心に竜巻が発生し、熱風と瓦礫を巻き込んで巨大なミキサーを作っていた。
「うおおお!あっぶねぇぞバカ!!」
「うるさいわねぇ。離れてなさいって言ったでしょ!貴方の武器が通らないならこうするまでよ!」
リディアは魔力を込める。
タイラーを包み込んだ非人道的ミキサーは回転力を上げ、周りの瓦礫という瓦礫を巻き込んではバラバラに砕いて行く。
この竜巻の中心で存在する人物の姿なんで想像したくも無くなるだろう。
「これでお終いね」
リディアは空に杖を掲げる。
空が光り輝いたと思ったら、一閃、稲妻が落ちてきた。
「きゃ!」
目の前で爆音と爆風が荒れ狂い、サラは身を伏せてしまう。そのままの体勢で暫くしていると、パラパラと粉塵が落ちる音が聞こえ、辺りは静かになった。
「だから、いつもやり過ぎだって言ってんだよ!周りの事考えろよ!」
爆心地の向こう側からユアンの怒る声が響いてきた。相当怒っているのだろう、息遣いも荒い。
「…………」
そんな罵声を意に介さず、リディアは厳しい表情で穴を見つめる。
「んばあああぁああ〜。皆さん。ごき、ごきぎ、ごきげんいかがですがああぁあ〜?」
穴の空いた先から不気味な声が聞こえた。
あれだけの大魔法をまともに受けて生きている生物がいるなんて、とサラは戦慄する。
「わ、私の、研究の成果ァァァァ!こ、ここここれがあぁ、真理ぃいいい!真理いぃ!!!研究の成果ァァァ!!」
叫びながら爆心地から這い上がってきたその姿は、家1軒分ぐらいある大きさに変化していた。その巨体からは何本も腕が生え、折れたように曲がった顔の中心でどす黒い目がギョロギョロと動いていた。
「な、何なのあれ。尋常じゃない回復速度…。壊れたところが瞬時に回復し、しかもより強靭になるなんて。そんなの…」
化け物と化したタイラーの姿を見たリディアは狼狽える。
「このままでは、ジリ貧で負けてしまいそうだわね…。力量の図りミスだわ。ごめんなさいサラ先生、足止めはしておくわ」
「え…」
リディアはサラに向かって微笑む。
それは、何かを覚悟したような、悟った表情だった。
「あれは攻撃すればする程回復して強くなってしまう権化。確か昔名を馳せた魔物にそういう特性があった奴がいたんだけど、それを自分の身体に組み込んでくるとわね。もう私達には打つ手は殆ど無いに等しいわ。弱い時にキツめの拘束をしておけば良かったわね…」
リディアの額から汗が伝う。
「回復……」
サラはリディアが言った言葉に、少し考えるような素振りと、迷いの表情が浮かんだ。
「どうしたの? 早く逃げなさい」
「…………あの!私、考えがあります!」
意を決してサラはリディアにある事を伝えようとした。
「アルス!ユアン!そいつの足止めを頼んだわ!」
サラの表情から意志を読み取ったリディアは、アルスとユアンに発生する。
「「おう!」」
号令を受けた2人は意気揚々とタイラーに向かって行った。
んがあぁあああああー!!
んの野郎!!
ユアンそこだ!!
怪物と2人が戦っている中、リディアはサラに向き直って尋ねた。
「この状況を打開する方法があるのね?」
「打開出来るかどうかは分かりませんが…」
「良いわ。言ってみて」
「…………私、学者として研究している事があるんです。まだ誰にも発表していない事が」
サラから発せられた言葉に少し引っ掛かりを覚えたリディアだったが、黙ってサラの次の言葉を待った。
「私は、回復魔法を掛けすぎると効かなくなっていくのは何故か、という疑問に対してずっと研究を重ねてきました。その問に対して、ついこの前、答えが出たんです」
「ふむ。興味深い」
魔導を極めたリディアに取っても中々興味を唆られる内容だったのだろう。
「ユウが教えてくれたある計算式がきっかけなんですけど。今まで何工程も組んでいた術式が数工程で済むようになって、そこから一気に加速したと思ったら幾重にも応用が効いて……」
「またあの青年か」
「それがこの術式です」
サラが術式を展開し、その手に纏って見せた。
ぼんやりとした光の膜のような物が手に纏っていた。
「こ、これは…!!」
リディアはその力を瞬時に理解したようだ。
先程とは違う汗がリディアの頬を伝う。
「うっ……」
だがサラの手からその光が消えてしまった。
「ですが、どうやら私にはこれを扱う技術が足りない状態で……」
「……全く。貴女という人は」
リディアは手で目を隠し、呆れたような表情を作る。しかしその口元は緩んでいた。
「こんな事を考え出す貴女もだし、そのきっかけを与えたユウもそうなんでしょうね。……天才という人は」
リディアはサラの手を取った。
「私ならこれを扱う技術があると貴女は踏んだ。そしてこれを発表する事も恐れた。認めてあげるわ。貴女、今から魔導師を名乗りなさい」
「え!ま、魔導師!?」
「魔導師は魔導を極めた者に与える称号。私が知らなかった事象を追求し、そしてその結果、大革命を起こす程の魔法術式を得た。そしてその魔法効果を恐れている。人格としても完璧よ」
「そ、そんなこと…」
真顔で、しかも魔法使いの憧れである宮廷魔導師から直接言われ、サラは恥ずかしくて身体をうねらせてしまう。
「いい? 私がその魔法を完成まで導いてあげる。私の魔力で補ってあげるから魔力切れの心配もしなくて良いわ。あれ、貴女がトドメを指して来なさい」
「…………はい!」
リディアから言われた言葉は、サラの自信となった。
サラが強い意志を込めて返事をした瞬間、身体が光に包まれた。
「行ってきなさい!守りは私とあの2人に任せて!」
「はい!」
サラはタイラーに向かって走って行った。
「アルス!ユアン!その子を助けてあげて!」
「承知!」
「あーん? なんだか知らねーがなんかあるんだなぁー!行くぜ女ァ!!」
「うぼおおお!研究のせいかあぁぁぁ!!せいかあぁぁぁぁ!!私のせいかあぁぁぁ!!!!」
アルスとユアンはタイラーに怒涛の攻撃を見舞う。
それが例え跳ね返されるようが体勢を整えては次の攻撃へと写っていく。
流石のタイラーもこの2人相手だと手を焼いているようで崩せに行けない。
そんなタイラーの元へ、サラは辿り着いていた。
「うんぼばああぁー!私のー!僕のー!俺のー!わしのー!研究ぅうううう!!わた!!おれ!!わたたた!!研究のせいかぁああああああ!!!」
タイラーはもう自我が崩壊しているようだ。様々な人の研究の成果を横取りし自分の物とした。様々な魔物から特性を抽出し、自分に取り入れた。その結果、強靭な化け物となったが、その反動で意識と自我がごちゃ混ぜになったのだろう。
そんな状態の中、目の前で休む間もなく攻撃する2人に気を取られ、真後ろで拳を構えるサラに気がついていない。
「タイラー教授…。貴方には沢山沢山、罵声を浴びさせられました。これが、私の研究の成果です。受け取って下さい…」
そして狙いを定め、
「はああああ!!」
サラはタイラーの背中に向けて拳を放った。
「ぐぅおおおおおあああああああああああ!!!」
放たれた箇所から無数のひび割れのような物がタイラーの全身を覆っていく。タイラーは雄叫びを上げながらその身体を硬直させた。
そして、
バリィイイイン───
鏡が砕けるような音と共に、タイラーの身体は塵となってその場に砕け散った。
「はぁっはあっ」
サラは気が抜けたようにその場に経たり混んだ。
「大丈夫か!」
アルスがサラの元へ駆け寄る。
「お前すげぇじゃんか!やるなぁ!見直したぜ!何したんだよ一体」
ユアンもサラに駆け寄り、賞賛を浴びせた。
「良くやったわね。魔導師サラ」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいので辞めて下さいよ〜」
まだその称号に慣れていないのか、サラは恥ずかしくて俯いてしまう。
「何言ってんだコイツ!すげえ事したんだから威張ってもいいんだよ!」
「あ!ちょ!」
ユアンはサラの頭をゴシゴシと撫でた。
「こらユアン!乱暴にしないの!大丈夫?」
「え、ええ大丈夫です。ありがとうございます。本当に、助かりました…」
「助かったのは私達よ。貴女、本当に凄いわ。回復魔法を攻撃魔法に変えてしまうなんてね」
「えへへ」
と照れ笑いしたものの、展開した未完成の術式を見ただけで理解し、それを使って見せたリディアは格上の存在だった。しかしそんな人に褒められて悪い気はしない。
「行き過ぎた回復は破壊を行う。良い教訓になったわ。まだ荒削りだけど物凄い魔法よ。完璧な物に仕上げたら私の所に見せに来なさい。宮廷魔導師に推薦しておいてあげるわ」
「え!? 宮廷魔導師!? あ、ありがとうございます!! が、頑張ります!!」
思いがけないところで道が開けてしまった。
「さあ、ここは撤収するわよ!貴方達、帰って報告よ!」
「うーい」 「ああ」
アルスとユアンはリディアに返事し、歩き始める。
「何突っ立ってんの、貴女も行くわよ!サラ!」
「は、はい!!」
サラはリディア達の後を追いかけて行った。
未完成ながらも偶然に出来てしまった魔法。
行き過ぎた回復は破壊を行う、その結果を術式として組み込んだ破壊魔法。
その完成形はギルドフェニックスのルーカスが使っている世界で唯一の魔法である。
ルーカスは『何が何だか分からんがくらえ!』状態で魔法を使っているので術式などの理解はしていない。
それを紐解いた彼女は、この先、立派な成長を遂げていくだろう。




