偵察
▽セントブルグ城 作戦会議室
作戦会議室と呼ばれるこの部屋には、大きな机が一つ、その周りにいくつか椅子が置いてある。
その机の上に世界地図を広げ、そこで一人、デュークは睨めっこしていた。
「デューク!」
扉を勢いよく開け、部屋の中に入ってきたのはヤマトとアーサーだった。
「2人とも無事だったか。ご苦労様。…その顔を見る限り、あまりいい報告は聞けなさそうだな。先に椅子に着いてくれ」
デュークはヤマトの表情を読み取り、溜息をつく。2人を部屋の中へ招き入れ、椅子に座らせた。
「報告を聞こうか」
少し間を空け、口を開く。
「結論から言う。デュークの睨んだ通り、黒だった」
「そうか…。危ない橋を渡らせた。無事にその報告を持って帰ってきてくれてありがとう」
「なに、この世界の危機だ。どこに居たってこの問題に直面してるさ。それに、敵の本拠地を割れたんだ。誇っていいと思うぜ」
「誇っていいのかどうやら。もしかしたらもう手遅れなのかもしれないが…」
デュークは小さく吐き捨て、机の上に広がる地図に目を落とす。
「これは?」
「これは、今世界で異変が起きている箇所だ」
地図の真ん中付近に赤印が5つあった。
「何だこれは…」
「何ですかこれ…」
ヤマトとアーサーは、その地図を見て目を細める。
世界で異変が起きている箇所、魔物の凶暴化や生態系の異常等が報告されている所だ。それを直線で結ぶと正五角形になる様に見えた。
そしてその中心に丁度魔王城が位置していた。
「世界規模の、魔法陣…? こんなの、聞いた事無いぜ…」
ヤマトが冷や汗を垂らしながら疑いの目をデュークに向ける。
「気の所為だといいんだけどな、これを見て俺は安心は出来ないな。色々と過去の文献を探って見たのだが、何も見つからなくて困っているんだ。なにか、とてつもない何かが起きそうで、そんな予感がして堪らない」
「まあ、デュークの気持ちも分からない事は無いがよ。今は各地に兵士を派遣して掃討作戦を行っているんだろ? 魔物の数も減ってきている見たいだし、後は本丸を叩いて終わりだ」
今現在、セントブルグからは各地に兵士を送り込み、その国や街の兵士たちと協力して異常化した魔物の掃討作戦を行っていた。
「まさか魔王城が本拠地だったとはな。偵察、本当にご苦労だったな」
そんな中、デュークは内密にヤマトとアーサーに魔王城の偵察に行くように頼んでいた。今まで協力的だった魔王がご乱心とあれば世間はざわつく所の話では無い。戦争が起きるかもしれないのだ。慎重に事の成り行きを見極めたかったデュークが下した指示だった。
「いやいや、なんのなんの」
「本当に死ぬかと思いましたよ〜」
「それはお前が悪いんだろ!」
「いや、あればヤマトさんが驚かさなければ…」
「まだ言うかこいつ。もう一度根性叩き直さないといけないようだなぁ〜」
「ひぃい!」
「まあまあ2人とも、とりあえず、報告の中身を教えて貰ってもいいかな?」
デュークが2人を仲裁するよう、ヤマトに尋ねた。
「ああ、悪い。とりあえず城までは穏便に辿り着いたんだけど、何かおかしいんだよ。空気がどんよりしているというか、居心地が悪いというか…、城の中も人気が無くて不気味だったしな。そこで俺とアーサーで二手に別れて調べることにしたんだ」
「二手に…? 敵の本拠地だったにも関わらず、よく無事で帰って来れたな」
「逆に怖いくらいだ。泳がされたんじゃねーかと思うくらいにな」
「ふむ」
「話を続けるぞ。俺達は城の中をくまなく調べたんだが、何もなかった」
「何もなかった?」
「ああ。何の変突のない普通の城だった。人の姿なんて誰一人てして居なかったんだ。で、アーサーと合流して城の周辺を調べようと城を出ようとした時に…何か下の方から変な声が聞こえてきたんだよ」
「下って、地下か?」
「そうなんだけど、その時は地下なんて存在するとは思わねーし、そもそも地下へ行く階段なんか見なかったし。それで、聞こえてくる声を頼りにさまよってたら隠し扉をアーサーが見つけやがったんだよ」
「アーサー、やるじゃないか」
「えへへ。たまたまですよ」
「それでな───」
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ーーー
アーサーが偶然見つけた隠し扉からは地下へと続く階段が覗いていた。
「ヤマトさん。どうしましょ?」
「ちょっと待て。今考えている」
このまま下に行くのは危険だと本能が訴えているが、せっかくここまで偵察に来たんだ。手ぶらで帰れる訳が無い。
「よし、行くぞ」
「行くんですね」
アーサーも俺と同じ気持ちなのか、すでに覚悟を決めている顔付きだった。
「いつでも戦闘できる準備はしておけ」
「…はい。ここからは死ぬかもしれないって事ですね」
そう言ってアーサーは腰から剣を抜いた。気を抜けば死ぬと教え続けた甲斐があったようで、今のアーサーには隙が一つと無い。
「とりあえず、誰にも見つからずに行くのが本望だから、できるだけ物音を立てるなよ」
「…はい」
薙刀を右手に取り、階段を静かに降りていった。
ゥァァアァァ…
ワゥオォゥゥ…
「何だこの声…」
「さ、さぁ…」
地下へ降りるにつれて、人か動物のような呻き声がだんだんと明瞭に聞こえるようになった。
「な、なんだこれは…」
「………」
階段を一番下まで降りると、一本道が奥へ続いていた。その一本道の両脇には牢屋がずらっと並んでいる。そしてその牢屋の中に、人間の死体や動物の死体、魔物の死体がいくつも重なっていた。
「ぐ…」
腐臭が鼻を刺激する中、俺達は牢屋の中をまじまじと見ながら奥へと進んで行った。
一本道を進むと、割と開けた場所へ出た。
「「…………」」
俺とアーサーはもう一言も喋らなかった。というか喋れなかった。何とも言えぬ緊張感が漂い、少しでも気を抜けば命を落としてしまうような、そんな気がしていた。
「ウガアアアアア!」
そこでは色んな機械が置いてあった。培養機みたいなものも沢山あり、その中に入っている何かが呻き声を上げていた。
「コイツを一度解き放て」
「は!」
部屋の奥から誰かが話す声が聞こえる。
アーサーにアイコンタクトを送り、物陰に隠れて様子を伺うことにした。
プシュゥウウウ…ガタン、と音を立てて培養機の一つの扉が空いた。
「うぉえ!ごほっ!ごほっ!」
………!!
そこから出てきたのはなんと人間だった。
「うごえ!げへ!ぐへ!グゲゲゲ!」
しかし、なんだか様子がおかしい。
「これ、転送魔法の準備」
「は!ただいま!」
「ウゴゴゴカガガガガ!」
な、なんだ。なにが起こってるんだ?
「グギャァアハイアアアエエエエ!」
「「…………」」
肉が惹き千切れるような音と骨が折れるような音が響き渡り、今まで人間だった男は完全なる魔物に変わってしまった。
その姿は2mを遥かに越え、身体の色が紫に変色し、質感も鱗のような物になっていた。血管が浮き出て、鋭い爪が伸びていた。
その魔物の姿を見て、驚愕する。
それは、俺達がいつか討伐に向かった時の、新種の魔物にそっくりだったのだ。
「転送魔法発動!」
「ギャギャギャギャギャアアァ──」
手下のような奴が何かの機械をいじくり、それによって発動された魔法で、魔物はどこかへ転送された。
「よし、これでしばらく様子を見る。もう準備は整っておるのだ。あとは待つだけだな」
「は!」
ち!このまま誰かもわからないまま行かせてたまるか!
見つかるリスクを承知で物陰から顔を出し、今話している奴の顔を目に捉える。
──!!
あいつは確か、バルバード!!こんな所にいやがったのかアイツ!今すぐぶっ殺してやる!!
「ヤマトさん!」
「おっと…わりぃ」
今にも飛びかかりに行きそうになった俺をアーサーが小声で制止してくれた。どうやら頭に血が上りすぎていたようだ。
ユウとレイラという少女を罠に掛けた張本人が目の前にいる。更にコイツらが今喋った話からすれば、魔物の異常化等を裏で操っている様な口振りだ。今慌てて出て行き、俺達の存在がバレてこの施設ごと逃げられでもしたら大失態になってしまう。アーサーの言う通り、事は慎重を要する。
「いくぞ!」
「は!」
バルバードと手下のような奴はその場から奥の方へと去っていった。
「もう行ったか?」
「はい、もう大丈夫だと思います」
「よし、そっと行くぞ。絶対何も触るな」
「は、はい」
「いや、フリとかじゃねーからな」
「分かってますって。僕ってそんな事する奴に見えます?」
「お前みたいな大人しい奴に限って本心は黒々としているもんだ」
「ヤマトさん。性格悪いでしょ?」
「ほっとけ」
無駄なお喋りを止めて物陰から出た。ずらっと並んだ培養機の中をまじまじと見ながら歩いて行く。
「エグいことしやがる…」
中には人間や動物、魔物までが入っていた。中で苦痛の表情を浮かべているものや、はたまたその中が心地良いのかすやすやと寝ているものまでいた。
人間が動物のように扱われているのを見て、身体の温度が上がっていくのを感じる。
「ヤマトさん。また暴走しないでくださいね…」
「お前、よく分かるな」
「最近ほとんど一緒にいますもんね。ヤマトさん、気持ちが顔に出やすいんですよ」
「あー?」
「ほらほら、またそうやってすぐ怒るじゃ─」
ガチャン
「おい」
「え? あ…」
アーサーが後ずさりして偶然手を置いた所は、何かのスイッチだった。
バチバチバチ─
そして何かが作動したような音が出始めた。
「おい!あれほど触るなって言っただろ!」
「いやぁ、これは何というか、半分はヤマトさんのせいじゃ…」
「あぁ?」
「いやだって、ヤマトさんが怒ったり詰め寄ってこなければ─」
『キサマ等!一体そこで何をしていギャハブッ!』
アーサーの後ろから人形の魔物が出てきた。翼が生えて手に槍みたいなのを持っているのを見るあたり警備員のようだったが、騒がれては困るので早い内に真っ二つに叩き斬った。
「…酷いことしますね。最後まで喋らせてあげてくださいよ」
「急に出てきたコイツが悪いんだ」
バチバチバチッ!
『座標固定。対象物…認識。転送します。転送します』
「なんだ?」
「さぁ? ふぇッ」
機械の無機質な声が聞こえたと思うと、いきなり浮遊感に溺れた。そして俺達の下に魔法陣が浮かび上がり、目の前が光に包まれた。
シュンシュンシュン────
「っと…」
浮遊感から解放され、目の前に地面が現れた。すぐに受け身を取って対応する。
「あいたた」
どさどさっと音が聞こえた方を見ると、お間抜け一人と俺が真っ二つにした残骸が転がっていた。
「どこだ…ここ…」
見渡すとどこかの森の中のようだった。
「いたたたた。ヤマトさんよく受け身取れましたね」
「お前こそその体たらくで王族護衛が務まるな…」
「そんなこと言わないでくださいよ~」
「いいからもう黙れ」
「……いるんですね?」
「…………」
何となくだが、ここにはさっき転送された魔物がいると感じていた。
ウガアァアアアアアア!
「構えろ!」
「はい!」
雄叫びが森中に木霊した事で予想が的中したと確信する。
ウガァアアアアア!
そいつは木々をかきわけて俺達の方へ来た。2mを軽く越えるそれは俺達を認識するや、再び雄叫びを上げて大きな口を俺達の方へ向けた。
「く!よけろオッ!」
「は、はい!」
ぴゅーん
ずがどがどがどーんどーんどかーんずさー
「な!」
そいつの口から熱線が物凄い早さで駆け抜けていった。熱線は次々と木々を薙ぎ倒し、そのまた向こうの岩を破壊し、山肌に直撃して大爆発を起こし山の半分を吹き飛ばした。
「コイツ!今までの奴とは違うぞ!」
「ヤ、ヤマトさんッ!」
ガァアアアアアアア!
「く!」
山が崩れ落ちるほどの攻撃に気に取られていると、いつの間にか魔物は俺の目の前にいた。
そして鋭い爪が俺を襲う。
「ハァ!」
ウギャァアアアアァァァアア!!
すぐさま鬼神化して迎え撃った。爪もろとも奴の腕を切り落とした。
「そらもう一丁ォオオ!」
鬼神化した俺のスピードに奴はもうついてこれなかった。
ガァアアアアアァァ…
抵抗する暇を与えずに縦一文字に真っ二つに切り裂いた。
「ふぅ。まさか鬼神化しなけりゃ対応できないとはな…」
鬼神化を解いて、真っ二つになった残骸を見る。
改めて思ったが、もしかして今まで散々葬ってきた新種の魔物は、コイツみたいに人間や動物から改造された奴なのかもしれない。
「ヤマトさん。大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。お前の方は?」
「僕は大丈夫です。それより、ここ見覚えありません? この前に討伐に来た森の中じゃないですか?」
「そうだな…。言われてみれば…そんな気が…。ってことはここはセントブルグか?」
「はい、多分そうです。今方角を調べます!」
そう言って、アーサーは自分の位置関係を知る魔法を発動し、セントブルグの方角を調べた。
「あっちです」
「よし、行くぞ!」
「え? 今からですか? って待ってくださいよ~」
アーサーが指さした方向へ俺は一目散に走り出した。アーサーも遅れて俺の後を追い走り出す。
「運良く早く帰ってこれて良かったぜ。ここのこと伝えたら、デューク達、目ん玉が飛び出るかもな!」
辺りはもう暗くなっていて一晩明かしても良かったんだが、幸い月明かりが道を照らしてくれていたし、何せ今回のことで、早く手を打たないと手遅れになってしまうかもしれないと思った。
「やっぱ性格悪いですね…」
「だぁってろ!」
「す、すみません。へへっ」
「何が可笑しい?」
「い、いやなにも…へへ」
「何だ、真っ裸になりたいのか? それともそのボサボサの髪の毛を切り刻んでその減らず口に詰め込んでやろうか?」
「い、いえ。もう何も喋りません…」
「何ビビってんだよ、冗談だ。はははははは」
「嘘だ。目が本気だったくせに」
「あー? 何か言ったか?」
「いえ、目にゴミが入っただけです」
「本当かよ…。また文句言ったんじゃねーだろーな? 今度の稽古は真剣でやるぞ? 髪の毛切り落とすぞ?」
「大丈夫です……何も言ってないです……」
絶対に性格悪い。アーサーは思ったが言ったら本気で髪の毛を口に詰め込まれそうで、一切口には出せなかった。
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「とまぁ、こんな感じで今帰ってきた所だ」
「まさか、あのバルバードが裏で手を引いていたとはな…」
ヤマトの話を聞いたデュークは考え込む素振りを見せる。
「で、どうする?」
「決まっている。何かが起こる前に本丸を叩く」
「しゃー!やったろーぜ!」
「な、何でヤマトさんそんなに嬉しいんですか!この人戦闘狂ですよ大丈夫ですか?」
「ははは、それでもその強さは俺も認めているからなぁ。俺が本気でやったとしても、ヤマトに勝てるかどうか」
「何言ってんだよデューク、お前は大佐だろ!どんと構えときゃいいんだよ!あのドラゴンの襲来以降、弱気になり過ぎだ」
「ああ、悪い」
デュークはヘルヴァージンの件を引きづっていた。今まで自分の思い通りに進めてきた人生だったが、ヘルヴァージンに初めて挫折させられた。自分の無力さを痛感し、自信が無くなっていた。
「何にせよ、討伐隊を早急に組む。今は兵士か出払っている状態だが、残っているメンバーで俺が選抜する。出発は早い方が良いな……魔王城まで5日程かかるし、明日中にでも出発しよう」
「おっし、善は急げってな」
「これ、僕も行くの決定ですよね?」
アーサーが不安そうな表情で問いかけるが、2人は勿論と言いたげな表情だった。それを見てアーサーはがっくしと肩を落とす。
出来るなら戦闘はせず、穏便に過ごしたいアーサーだったのた。
「だけどな、これは一刻を争う事かもしれない。今この瞬間でも、どこかで誰かが死んでいるかもしれないんだ。それに、これから起こることでもっと人が死ぬかもしれない。それを……起こる前に……俺達が食い止めるんだ」
静かに、だけど力強くデュークが言った。
「そうだな。デュークの言う通り、これはもうこの国だけの問題じゃない。その事を知った俺達には大きな責任がある。必ず食い止めよう」
ヤマトもデュークの言葉に賛同する。
「……さっきは行きたくない様な事を言って申し訳ありませんでした。世界の危機…ですよね? ここで何もせずただじっとしていて、故郷の家族や皆まで被害にあっちゃ、僕は生きて行けません!今出来ること、精一杯やらせて頂きます!」
アーサーはデュークとヤマトに深々と頭を下げて、そう言った。
「2人とも、感謝する。今から準備の方、取り掛かりたいのだが、一緒に手伝ってくれないか?」
「お安い御用で!」
「はい!勿論です!」
ヤマトとアーサーの2人は、デュークの指示に従い、討伐隊の準備に取り掛かるのだった。




