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記憶回廊






ジリリリリリリリリリリ!



「うがっ!」


目覚まし時計の甲高い音で目を覚ます。


「うっせ!」


ジリンッ!と断末魔のような音を鳴らして時計が飛んでいく。反射的に目覚まし時計のボタンを思いっきり叩いてしまった。


「ん〜」


背伸びをして、寝ぼけた頭をボリボリとかく。その後に首を回してコキコキと鳴らした。再び時計を見ると時刻は7時30分。いつもの起きる時間より1時間早い。


「よいしょ」


布団から這い出して布団を畳み、台所へと向かった。そして簡単な朝ご飯を作りながら服を着替え、寝癖を水で直した。


「しっかし、何か変な夢を見たような気がするなぁ」


パンにチーズとハムと目玉焼きを乗せた簡単な朝ご飯をバリバリ食べながら、昨日見た夢を思い返していた。


何か、長いことどこかにいたような気が…。


「うわ、また玄関開いてる。おっはよー!起きてるー!?」


後もうちょっとで思い出すという時に家の玄関が開かれる音が響いた。そして靴の脱ぐ音も聞こえた。


「起きてるよー」


「なんだ、珍しく起きてるのね」


そう言って部屋の襖を開けた人物は俺の彼女、聖ヶ丘結(ひじりがおかゆい)だ。俺の中田悠(なかたゆう)って平凡な名前よりとってもお洒落で格好良い名前を所持している。


家が近所で、さらに同じ大学に通っているということもあり、毎朝起こしにやってくる。というか、大学まで俺の車の助手席で優雅に登校するためだ。


「おはよ。って、またそれ食べてるの? 飽きないわねー」


「…………」


結は短い黒髪を揺らしながら近寄り、机を挟んで俺の正面に座った。今日は白のブラウスに黒いスカート、黒いジャケットといった格好だった。


「お茶」


どうやら結は俺を音声判断付き全自動機械か何かだと思っているらしい。単語を言っただけでそれが目の前に出てくるなんてそんな馬鹿げた話しがあるものか。


「お茶ぐらいどこにあるかわかってるだろ」


「けち」


結は立ち上がって冷蔵庫からお茶を取り出し、食器棚からもコップを取り出して注いだ。


結は小さな頃からの仲だ。最近付き合う事になった。いい年して色んな女の子と遊びまくっている俺の根性を叩き直す名目だとかなんとか。


まぁ、別に嫌いじゃないし、全然良いんだけどな。


「ぷはぁ、やっぱこのお茶が一番だわ!」


庭で育てている茶葉特性のお茶を飲んで喜んでいる結を見て少し微笑んだ。


「で、悠。気になったんだけど、今日は珍しく早起きだし、服もちゃんと着替えてるし、何か良いことでもあるの?」


パンを全て平らげ、自家製のお茶を飲んで和んでいると、結からそんな質問が飛んできた。


「いや別に。ただ、何か壮絶な夢を見ていた気がするんだけど、その所為かもな」


「なにそれ、頭にウジでも湧いたんじゃないの?」


「いやいや、流石に結のように頭は狂ってないから大丈夫だ」


「ちょっと!それどういう意味!」


「あー、何も聞こえてませーん。僕は何も聞こえてませーん」


「へー、そんなこと言うんだー。ふーん。じゃ、今度の誕生日のプレゼントいらないんだねー、なるほどねー」


「そんなくだらない事言ってないでそろそろ大学行くぞ」


そう言ってお茶を飲み干して立ち上がり、車の鍵を取って玄関へと向かっていった。


「く、くくくくだらない…?」


「先に車回しておくぞー」


サラッとスルーされた結はショックを受けているらしく、呆然としていた。それを後目に俺は玄関の扉をがらがらっと開けて外に出た。


「まぶしッ」


太陽光が照りつけ、目を開くのが辛かった。


「うーん!いい天気だ!清々しい!」


ドクンッ


「う!」


背伸びをしていると脳内に違う景色が浮かんだ。玄関の左側にある家の門の向こうに、壮大に広がる草原の景色だった。


「な、何だ…?」


しかし、実際にそんなものはなく、向かいの酒田さんの家がある。その隣の大きな駐車場には俺の車が止まっている。


「何か…忘れている気がする」


おでこに手を当てて必死で考えた。


「悠が忘れてるのはこれでしょ!」


「おごっ!」


背中に衝撃を受けた俺は当たった箇所を抑えて地面にうずくまる。当たった硬さと大きさからすると、多分俺がいつも学校へ行く時に持って行っているプラスチック製のカバンだ。


「もうちょっと優しく渡してもらってよろし?」


「知らない!そんなくだらない事言ってないで早くいくよ!そんなくだらないね!」


結はうずくまる俺に目もくれずに門を開けて駐車場へ向かって行った。


「なんだよー、気にしてるのか?」


「別に。気にしてなんかいないよ。これっぽっちもね」


「はぁー」


めんどくせ。


「何よその溜め息!」


結の言葉を背に俺は車の鍵を開けた。


「はいはい、すいませんでした。私が悪うございました。本当にすいませんでした」


「よくそんな心のこもっていない謝り方ができるね」


結は助手席の扉を開けて乗り込んできた。


「……………」


ほんと、素直じゃねーな。こいつ。


「何にやにやしてるのよ?」


「いや別に~?」


結を見てにやにやしながら車のエンジンをかけた。


「気持ち悪い」


不快に思ったのか、本気で気持ち悪そうな顔をしていた。それでも俺はにやにやを止めず、ギアをローに入れて車を発進させ、大学へと向かっていった。




それから午前中はぼーっとしながら適当に講義を受けていた。昼からは講義が無かったので中庭でぼーっとしながら紙パックのイチゴジュースを片手に座っていた。


「何だろなー、何かが足らない…」


朝からずっと変な感覚を抱いていた。何か大事な事を忘れているような忘れていないような、何かがおかしいようなおかしくないような、ずっと腑に落ちなかった。


「ん~」


「お、悠じゃん。何してんだこんな所で?」


「お、陸斗じゃん。久しぶりだな」


「久しぶり? お前寝ぼけてんのか? 昨日一緒に練習してただろ?」


「そうだったっけ? そうだったかな? いや、そんな感じがする…」


「何言ってんだお前、変なものでも食べたのか?」


そう言って怪訝な顔で見てくるこいつは藤巻陸斗(ふじまきりくと)。大学1年の時からの仲だ。同じ剣道部ということもあり、入部した時から仲良くなった。


そういえば、昨日部活で陸斗をボコボコにしてルンルン気分で帰ったような気がする。


「お前昼から暇なのか?」


「ああ、そうだけど」


「例の彼女は?」


「アイツは…。多分、父親、聖ヶ岡教授のとこかな?」


「何で俺に聞くんだよ。彼氏なんだからそれくらい知っておけよ」


「まぁまぁ、いつもの日課だろ」


「ふーん。で、暇って言ったよな? ちょっと道場行こうぜ」


「本当お前は懲りないよなぁ。昨日あんだけやったのにまだやんの? 剣道バカ?」


「俺よりも剣道バカが何言ってんだ」


「俺のどこが剣道バカだよ」


「剣道ばかだからそんなに強いんだろ。くだらない事言ってないで行くぞ」


「はいはい、りょうかーい」


これ以上考えてもこのモヤモヤが晴れることは無さそうな気がしたので、陸斗と剣道でもして気分転換することにした。




「ホイャアアアアア!」


「……………」


貸し切り状態の道場に陸斗の発声が木霊する。俺達はあれからすぐに着替えて準備運動もせずにやり始めた。


ちなみに、立ち上がりは俺は発声しない。めんどくさいからだ。確かに、気迫というものか、そういうのが物凄い奴もいる。そんな奴らが発声するならいくらか効果があるのかもしれないが、俺みたいな年期の無い小僧がやっても殆ど意味がない。まぁ、大会とかでは審判には好印象を与えるが。


そんな無駄な事をする前に仕掛ける。


「キェエエエ!!」


今だ。


相手が息を出した瞬間に重心を下に下げるように、ついでに竹刀も下げながら右斜め前へ大きく、そして素早く移動した。


「──!!」


陸斗はそれに反応したのか、俺のがら空きの面に向かって打とうと、腕を上げ始める。その動きによって陸斗の胴が少しずつ空いてくる。


「胴ッ!」


バシィイイイイ!!


気持ちの良い感触と音が響いた。

右足を踏み込み、左斜め後ろに下がるようにして逆胴を放った一撃が見事決まったようだ。


「ちょ…嘘だろ…」


「はいはい、一本目」


「今、俺逆胴入れられたのか?」


ここで陸斗は訳の分からないことを言い出した。あれが逆胴で他の何があるのだ。


「もうやめる?」


「まだまだ!もう一本!」


「はいはい」


そして、開始線に再び並んでお互いタイミングを取って二本目をやり始めた。


「…………」


「………」


一本目にあんな技を入れられたからか、陸斗はどうやら真剣になったようだ。


やはりこいつは立ち上がりが遅い。一本取られてから本性を出すタイプだ。始めっからそうしとけばかなり強いんだけどな。本物の刀でやり合ってる真剣勝負なら死んでるって思えばなんとでもなるのに。


「………」


「……………」


カチカチッ


竹刀と竹刀が擦れ合う音が鳴る。ジリジリとお互い間合いを詰め合っていた。


「……………」


うーん。あれだ。こいつ、俺が動くのを待ってやがる。めんどくせえ。俺がカウンタータイプなの知ってるしなぁ。


とりあえず。やるか。


ダンッ!


俺は右足をその場に踏み込んでフェイントを入れた。それに陸斗は反応し、中心から竹刀がズレる。


「突いたァあああ!!」


すかさず陸斗の喉元に片手で突きを放った。


バシッ


ありい?


しかし、陸斗のたまたまの反応か何かでそれを弾かれてしまった。片手突きをいなされてしまうと、もはや何もしようがない。ただがら空きの面に打ち込まれるだけだ。


俺の左腕は身体の外へ開き、身体のバランスも崩してしまっている状態だ。いわゆるどこでも打ってください状態だ。


「オメエェエエエン!」


そこを見逃す陸斗ではない。がら空きの面に向かってもう竹刀を振り下ろしていた。


これはやられたな。


ギュンッ──


ん?


もう首を捻ってもよけれるものでないと判断したその時、身体が勝手に動き出した。


ん?うおおおお?


それも普段自分が動いている何倍もの速さで。


バシバシバシィイイイイ!


「うげっ!!」


気が付けば陸斗は仰向けに寝そべっていた。そして俺は何故か竹刀を両手に握っていた。


「あいててててて…。んあ? 俺の竹刀は? あれ? お? 何で悠が持ってんだよ。つかいつの間に奪われたんだ? あれ? んんん? つか何で俺倒れてんだ?」


倒れた陸斗を見ると、どうやらいつの間にか陸斗の竹刀を拝借してしまっていた。


「なんだこりゃ…」


俺達は今何が起きたのか全くわからなかった。お互い数分間その場から動かずに何が起こったのかしばらく惚けていた。


誰もいない道場に剣道具をつけて寝そべっている奴、竹刀を二本持って寝そべる奴を見下ろしている奴、周りからみれば変な奴らだったに違いない。

とにかく、俺達はそれ程までに考え込んでしまっていた。


それからどれだけ考えてもわからなかったので、とりあえず着替えて大人しくしていた。


「さっきの何だったんだろなー」


スポーツドリンクを飲みながら陸斗が話しかけてきた。


「さー、知らね」


もう考えることを放棄していた。道場に寝転び、ただ天井を見つめていた。


「てかさー、悠。最近さー、学校の前のコンビニにめっちゃ可愛い店員が入ってきてんだけど、知ってた?」


「よし、行くぞ!」


可愛い女の子、というフレーズにまんまと反応した俺は神速の如く身体を起き上がらせた。


「おまッ!反応早すぎ!」


「んなこと言ってる場合か陸斗!その可愛い子ちゃんがこうしている間にも変な男に狙われているかもしれねーんだぞ!早く救って俺色に染め上げなければ!ぐへへへ」


「お巡りさーん、こっちでーす」


そう言って、陸斗は俺の後ろの方へ向けて手を振った。


「ははは、残念だったな陸斗。この学校には警察も俺を止める奴なんぞいやしねえ!」


「ふーん。そうなんだ?」


「ブホァッ…!」


すぐ後ろから女の子の声、結らしき声、いや、結の声が聞こえてきた。一番聞かれたくなかった声だった。ちきしょう。


「おい、薄情者」


「いやいや、リア充爆発しろ」


「なん…だとぉ」


「悠、もう行くよ? うふふふ」


「ちょ、結さん? 服が伸びます引っ張らないでください。後、お顔が恐いでございます」


「じゃ、髪の毛を引っ張ればいいの?」


「僕が悪うございました。ほんとすいませんでした。調子にのりました。もうしません、ごめんなさい」


結が怖すぎたので俺は土下座して謝ることにした。


「もう、別にいいよ。陸斗くんも、悠をそそのかさないでね」


結も冗談だったのか、いつもの可愛い表情に戻って笑いながらそう言った。


「ははは、悪い悪い」


「くっそ、呑気に笑いやがって陸斗の奴!今度またボコボコにしてやるからな!」


「それは勘弁」


「じゃあな」


「ばいばーい」


「おう、またな」


結も用事がすんだことだし俺も良い暇つぶしができたということで、サラッと自然とスタイリッシュに陸斗に道場の後片付けを押し付けてさっさと帰る事にした。これぞ3Sエスケープ。


後ろの方で鍵がどうのこうのとかモップがどうのこうのとか言っていたがそんなものは知ったこっちゃなかった。


それからブーンと車を飛ばして家に帰り、結様を家に送っていった。ついでにお邪魔させていただき、結様のお肩をモミモミしたり、背中をモミモミしたり、ついでにあんな所やこんな所までモミモミして遊んでいた。


そうしている内に時間も過ぎていき、自分の家に戻ることさえ面倒臭くなった俺は、今日は結の家に泊まることにした。


俺が1人ということもあり、結の両親には良くさせてもらっている。今日も甘える事にした。


「今日もお父さん帰ってこないってさ」


ベッドに寝転んで漫画を読んでいると隣にいる結がふと呟いた。


「ふーん、ここんとこ毎日だな。そんなに没頭する研究しているのか?」


結の親父は確か遺伝子やそっち系の研究をしていたはずだったが、ここんとこ研究室に篭もりっぱなしだ。今日だって結が身の回りの物とかを整理しに行ったらしいのだが、ほとんど話すらしていないらしい。


「うーん、前まで色んな実験を手伝ってたんだけどね。今じゃそれすらも無いよね。ちょっと寂しいかな…」


結は枕に顎を乗せる。


「………」


読んでいた漫画を置いて結の頭を撫でた。


「てかさ、話し変わるけどさ、今日俺かなりおかしい事が起きたんだよ」


「おかしいのはいつもでしょ」


枕から顔を上げて呆れたような表情でこんな事を言ってきたのでその頭を掴んでもう枕に埋めてやった。


ふんぎゃッと可愛い声を出して暴れていた。


「まぁそれもそうなんだけど、いつも以上におかしかったんだ。デジャヴのようなものが何回も起きたり、勝手に身体が動き出したりとか…」


「あー、とうとう寿命かー。お葬式に何がほしい?」


「真面目に聞けって。一回お前の親父に見てもらいたいんだけど、コンタクトとれる?」


「………………」


結が急に黙り込んだ。そして何か考えているようだった。


「悠は大丈夫よ。別にお父さんに見て貰わなくても大丈夫。安心して!」


そう言ってニコッと笑った。


「何でわかるんだよ。もしかしたら冗談抜きで変な病気にかかってるかもしれねーんだぞ」


「へー。悠って冗談じゃないことも言えるんだ」


「おい」


はぁ。俺はそれ程口から出る言葉は全部デタラメに聞こえるのだろうか。それ程までに適当な奴なのだろか。少し自重しよう。


「大丈夫、大丈夫だから」


結は俺に近づいて抱きしめてきた。


「お…」


「大丈夫だから。安心して」


ぎゅっと抱きしめられながら、そう優しく言われた。


何を根拠に大丈夫と言っているのかさっぱりわからなかったが、何故か結の大丈夫という言葉に安心感を覚えた。


すると突然眠気に襲われ、結の豊富な果実に挟まれながら至福の一時に旅立っていった。





ーーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーー










「ふむ。ぐっすりと寝てくれた様じゃな 」


薄暗くて血と雨の臭いが充満する部屋にツクヨミの声が響く。その腕の中でユウが力なく意識を失っていた。


雨や風も強くなり、その部屋の窓を激しく叩いていた。雷もそこら中に落ちて凄まじい音を奏でていた。


「もうこの小娘に用はないな」


そう呟きながらパチンッと指を鳴らした。

宙に浮いていた女子高生は重力を取り戻し、地面に落下する。そのまま地面に激突し、意識を失った。


バリバリバリバリドカーン!


突然、一際大きな雷が鳴ったかと思うと、それが城の玄関付近に直撃し、ドアを粉々に砕いた。


「おん?」


穴が空いた玄関の先に、1人の人物が立っているのをツクヨミが目に捉えた。


パチッバチバチッ─


その人物からは電撃が飛び出しており、まるで雷と同化しているようだった。


「ユウに何をした…」


低く、そして震えた声が聞こえてきた。


「ユウ…? 子奴の名前の事かいの?」


「何をしたか答えろォオッ!」


大きな叫び声と共に幾つもの雷が城の周りに爆音を響かせて落ちた。その光に映し出されたのはレイラだった。


雨でベトベトに濡れた髪の毛から覗かせるその顔は暗く、人なら簡単に殺してしまいそうな怖い顔でツクヨミを睨んでいた。


「おお、怖い怖い。子奴には何もしとらん。ちーっとばかし夢を見てもらっているだけじゃのぉ」


その言葉を聞いたレイラは眉間にシワを寄せた。


「ちなみに、妾にしか目覚めさせる事はできない。言っている意味が分かるかのぉ?」


「…………」


「もう一生目覚めないってことじゃ。助けに来たのじゃろうが、無駄足じゃったのぉ。はははは」


バチッ─


ズガァアアアン!


ツクヨミが高笑いした瞬間、レイラの姿が消えた。そしてツクヨミの眼前で雷を撒き散らして大爆発が起こった。


「無駄じゃ無駄じゃ!」


バチッバチバチバチッ


ツクヨミの目の前に透明の壁があるように、雷の爆風はツクヨミの目の前で遮断されていた。辺りには濃い煙が立ち込める。


「おろ?」


煙が晴れてくると、ユウとレイラの姿はそこにはなかった。ただ、瓦礫の山がそこにあるだけだった。


「ふむ、逃げられたか。頭に血が上っていると思って挑発したのじゃが、意外と冷静じゃったな」


そう言って、周りをぐるっと見回す。


「ま、どっちにしろ取り返すとするかのぉ」


ツクヨミは瓦礫の山を越えて鼻歌を歌いながら歩き始めた。



「────それはちょっと待ってくれないかな」



低く、しかしハッキリとした男の声が城内に響いた。

声の主は、ツクヨミが最初降りてきた階段を降りながら進んでくる。


「今日は沢山人が来るのぉ。そこから降りてきたという事は今までの一部始終を見ていただろうに、妾を引き止めるとは中々の者じゃ。一体誰なのじゃ?」


ツクヨミはその男に向き直った。

男は黒のフード付きのマントに身を包み、姿がよく見えない。


「アイツらは行かせてやってくれよ。この顔に免じてな。別に追いかける意味が無いと思うぜ?」


男はそう言って、フードを外す。


「───ははっ」


その顔を見たツクヨミは小さく笑った。

そしてそれが段々と大きくなり、城内めいっぱいに広がった。


「傑作じゃ!!何たる事じゃ!確かに主の言う通り追いかける意味など無いぞ!!ははは!ははははははは!!これは愉快!最っ高に愉快じゃ!!ははははははは!今宵、今宵は妾に取って本当に特別な日ぞ!」


新たな遊び道具を見つけた子供のように、ツクヨミは満面の笑みで笑い続けていた。




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