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サマーバケーション <共闘戦線>





ネルフィ・レノン



一年中雪が降り積もるような辺境の地、その山奥の貧しい家庭に生まれ、小さい頃から厳しい生活を送ってきた。



母はネルフィを産んだと同時にこの世を去り、父は出稼ぎでほとんど家に帰る事はなかった。



ネルフィの世話は祖母が付きっきりでしていた。



ネルフィが5歳になったある日、父が満面の笑みで家に帰ってきた。手には大量のお金を携えて。



どうやら事業に成功したらしい。



そしてしばらくは裕福な暮らしを送っていた。



暖かい着物、暖かいご飯、暖かい家、暖かい家族の笑顔。ネルフィはとても幸せだった。



10歳になるまでは。



ネルフィが10歳になったある日、いつも通り父と祖母とで晩ご飯を食べていた。



この日も強い風が吹き荒れ、家の外には雪が降り積もっていた。



コンコン



と、そこへ玄関の扉を叩く音が聞こえた。



「お、誰か来たようだ。ネルフィ、サンタさんかもしれないぞ? お迎えしてあげなさい」



「はーい、ぱぱ」



フリフリの可愛らしい服を着て、金色の長い髪の毛のネルフィが玄関にかけていった。



「どなた~?」



「ほう、これはこれは可愛らしいお嬢様だ」



扉の前には大きなコートを羽織い、黒い帽子を深々と被った中年の男がいた。



手にはナイフを持って。



「ネルフィ!離れろ!」



「ネルフィ!」



父と祖母が叫ぶ。



「おっと、動くな!」



「きゃっ」



しかし既にネルフィは男の腕の中で首筋にナイフを当てられていた。



「ぐ…、何が望みだ?」



「望み? そうだな…、くくく」



男は帽子を外して投げ捨てた。



「誰だ…」



「ははは、そうだろう、お前は俺の事なんて知る訳がない。お前が成功したお陰で潰れていった会社なんて知るわけないだろうな、ははは。そうだろ!ロスティエ・レノンッ!」



「まさか…」



ロスティエと呼ばれたネルフィの父はある事業で成功した。それによって潰れた会社が後を絶たなかった。その事をロスティエは知っていたので色々な人から恨まれているだろうと思っていた。



しかし、まさかこの辺境の地にまで押しかけてくるとは夢にも思わなかった。



「金か? 金なら山ほどある。渡すからその子を離してくれ」



恐怖でガタガタと震えているネルフィを見つめる。



「金? 何言ってんだ。俺が欲しいものはそんなものじゃねぇ…」



「じゃあ何だ?」



「…………」



ロスティエと男の目が合う、そしてしばらく沈黙が訪れた。扉から入ってくる冷たい風が部屋の温度をどんどんと下げていく。



「ふっ」



ふと、男の口元が緩んだ。



「きゃ」



そしてネルフィをロスティエと祖母がいる方に向かってポイッと放り投げた。ネルフィは床に顔から落ちる。



「ネルフィ!」



すかさず父が駆けつける。



「ぱぁ…ぱあ…」



ネルフィの目には大量の涙が浮かぶ。



どすっと、鈍い音が聞こえた、



「は?」



次の瞬間、男がネルフィの背中をナイフで突き刺した。



飛んだ血痕がロスティエの顔にかかる。



「きゃぁあああ!ネルフィ!ネルフィ!」



祖母が悲鳴を上げた。



「うるせぇ、ババァ!」



「うッ…」



男は祖母に向けて風の魔法をぶつけ、部屋の壁まで吹き飛ばした。まともに魔法をくらった祖母は力なく崩れる。



「あ、あぁぁあ…、ネルフィ、ネルフィィイ…」



ロスティエは血まみれになったネルフィを抱きかかえる。ネルフィはもう言葉すら喋れなかった。顔面蒼白で息も非常に小さく、途切れ途切れだった。



「ふははははは!これだこれだ!俺が欲しかったのは絶望だよ!お前のその顔だ!ははははは!」



男は血の付いたナイフを持ちながら高笑いする。



「き、きさ、きさま!よくも!」



「魔法もロクに使えない奴がでしゃばるなあッ!」



「うがッ」



男はロスティエにも向かって風の魔法をぶつけた。ロスティエは回転しながら吹き飛び、部屋の壁に激突する。



「う…、ぅぅう…、ネル…フィ…」



「ふん…、口ほどにもない」



男は暖炉へ向かう。



「な…何を…」



「何? ははは、さらなる絶望だよ。精々苦しんで死ね」



そう言って、男は暖炉を風の魔法で潰した。その勢いで火が飛び散り、家の至る所を燃やし始めた。



「ははははは!家族揃って暖かく死ねるんだ!最高じゃないか!はははは!ははははははははは!」



男はロスティエの近くにナイフを捨て、高笑いしながら扉から消えていった。



「ネ、ネルフィ…」



ロスティエは身体を這ってネルフィに近づいた。



「ネル…」



ネルフィはもう呼吸をしていなかった。ネルフィを中心に血の池が広がっていた。



「…………」



ロスティエはそっとネルフィを抱き抱える。さっきまで元気に笑っていた子が、冷たく、無表情な顔で眠っていた。



「ぐ…お、俺はッ!」



ロスティエはギリッと歯を食いしばり、近くに落ちていたナイフを手に取った。



そして何の躊躇いもなく自分の手首を切った。



ぶしゅう、と音を立ててロスティエの血が噴き出し、ネルフィの血と混ざり合った。



「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」



だらだらと血が流れる方の手を血だまりの中に置き、血で魔法陣を描いた。そしてその中心にネルフィを置く。



「我が臓物を糧とし、我が願いを聞き賜え」



ロスティエがそう唱えた次の瞬間、魔法陣が青白く光り輝き出した。



「ぅ……」



ここで祖母が目を覚ます。



「ロ、ロスティエ!」



祖母は現在目の前にしている光景を信じられないような目で見ていた。男にやられた痛みが酷すぎて近寄る事も動くこともできない。



「あ、あんた一体ッ…ぐぅ…」



声を張り上げると痛みが響いた。



「お袋…」



やがて光が収まり、ロスティエの目の前に漆黒のボロボロのローブに包まれた人物が現れた。顔はフードを深く被っていて確認できない。



『久しぶりだな…』



その人物から低い声が響く。



「俺は会いたくなかったけどな…」



「ロスティエ…今すぐ…止めな…さい」



祖母は必死に訴えかけるがロスティエには聞こえなかった。



『今回は何だ?』



漆黒のローブに包まれた人物がロスティエに訪ねる。



「こいつを…ネルフィを…ネルフィを助けてくれ!」



ロスティエはネルフィを抱きかかえ、必死の表情で訴えた。



『…………』



漆黒の人物は暫く沈黙する。



『…できない。…理由はわかるだろ』



そしてポツリと呟いた。



「…やはり。これだけの血じゃ足らなかったか…」



『…………』



コクリ、と漆黒の人物は頷く。



「ふ、血の契約か…」



血の契約。自分の血を捧げることにより、その量と同等の対価を得ることができる禁断の魔法。



ロスティエはその昔、働き先で偶然この漆黒の人物に会い、契約をした。



そしてこの力を使って富と名誉を手に入れたのだ。



「いつかは悪い事が起きると思っていたんだがな…まさか今だとはな…自業自得だぜ…」



『…………』



「…わかった。俺の全ての血を使って、ネルフィを助けてくれ」



「ば、馬鹿息子!早まるんじゃない!」



祖母が必死の表情で訴える。



『いいんだな?』



「ああ、やってくれ」



しかしこの2人には何も聞こえていなかった。



『わかった…』



漆黒の人物はロスティエに向かって手を向けた。



「うぐッ!ぐぁああああああぁああ!」



次の瞬間、ロスティエの手首の切り口から血が大量に流れ出し、魔法陣の中に吸い込まれていった。吸い込まれたと同時に魔法陣が紅く光り輝き出す。



一段と輝きが増し、光がネルフィの身体の中へ入っていった。



「けほっ…けほっ」



いつの間にか炎も鎮火し、静かになった空間に幼い女の子の咳込む声が聞こえた。



「ネ、ネルフィ…!」



ロスティエはネルフィを強く抱き締めて涙を流す。



「ネルフィ…?」



祖母は信じられないような目でその光景を見ていた。



「ぱぱ…?」



ネルフィは心配そうな顔で父の表情を窺う。



『少しだけ時間を与えてやった。お別れを言っておくんだな』



漆黒の人物はそう呟き、マントを翻して空間に消えていった。



「ありがとう…」



「ぱぱ?」



「ああ、何でもない…。いいか、良く聞け。もうパパには時間がない」



ロスティエは真剣な表情でネルフィを見ながら言った。



「…強くなれ。そして何があっても逃げるな。楽な方を選んでもいつかは酷い目にあう。これからお前は困難な道を歩む事になるかもしれないが、…絶対に、負けるな。い…いつかは…ぐふッ」



ロスティエはついに力が入らなくなり地面に倒れてしまう。



「ぱぱ!」



「いつかは…お前の味方になってくれる奴が…現れるから…」



「ぱぱ!ぱぱ!ねぇどうしたの!」



ネルフィは涙を辺りに撒き散らしながらロスティエの身体を揺する。



「それとお袋…」



「何だい…ば、馬鹿…息子…」



「俺を産んでくれてありがとうな…」



「こ、このッ…う…」



「ふ、年の癖に無理するなよ…。後の事は頼んだからな…うぐッ」



「ぱぱ!」



「ネ、ネルフィ…」



ロスティエは最後の力を振り絞り、ネルフィの頬を触る。



「ぱぱ!ぱぱッ!」



ネルフィの大粒の涙がロスティエの顔にかかる。



「幸せになれよ…」



その言葉を最後に、ロスティエの手はネルフィの頬から離れた。その顔は満面の笑みでとても満足そうだった。



「うっ…うっ…ぱぱぁ…」



「う…馬鹿…息子…」



ついさっきまでは三人とも幸せな時間を送っていた。あっという間に奪われた幸せ。10歳の女の子が背負うには重すぎた出来事だった。



「ぱぱ…ぱぱぁああああ!」



ネルフィの父を思う叫びは、真っ白な山の中に嫌というほど響き渡った。どんどん冷たくなっていく父の手を何時までも握り締めて涙を流していた。





ーーーーー

ーーー

 



雪が吹き荒れる中、大きなコートに身を包んだ中年の男が山を降りている。



「はははは!ふはははは!笑いがとまらねぇな!ははははははははは!あいつのあの顔!最ッ高だったぜ!ははははははははは!」



不意に木々の割れる音が響いた。



「何だ?」



男は音が鳴った方を凝視する。



『ここまでするのは完全に俺の気まぐれだな…』



その奥から黒いボロボロのローブに包まれた人物が現れた。



「だ、誰だきさま!」



中年男が叫ぶ。



『…そうだな。俺は誰なんだろうな…。もう誰だか忘れてしまったな…』



「な、何をふざけた事!」



中年男は正体不明の人物に向かって風の魔法をぶっ放した。



ギュン─



「…は?」



風の魔法は正体不明の人物にぶつかることなくその目の前で跡形もなく消えた。



ギラリッ



「ひッ…」



漆黒のフードの中から紅く光る眼光が中年男を睨み付けた。



「ばっ…化け物ォオオオッ!」



中年男は背を向けて一目散に逃げ出した。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」



雪が降り続く山の中を中年男は必死に走る。



『どこへ行くんだ?』



「ひぃいいいいいい!ぎゃぁあ!あが!」



ふと耳元に聞こえた声に驚き、中年男は山道を転げ落ちた。



「いてて…」



中年男は木の根元に引っかかり、下まで転げ落ちていくことはなかった。それが吉か凶かはさておき。



中年男の目の前に足音が響く。



そして2つの不気味な赤い光が揺らぐ。



「あ…ぁあぁ…わ、悪かった。お、俺が悪かった…ゆ、許して…」



『その言葉をあの家族にも同じ事が言えるのか?』



「あの家族…? お前!ロスティエの手の者なのか!うぐッ!」



中年男は首もとを掴まれて無理やり立ち上がらされ、木に押し付けられた。



『後悔しろ…そして死ね』



赤い目がさらに光り輝きだす。



「ひぃいいいい!や、やめ!うがぁぁあああああ!」



次の瞬間、中年男は解放されて地面に座り込んでいた。



「はふ…はほ…」



しかしその目に生気はなく、どこか虚ろな表情で視点も定まっていなかった。さらに髪の毛が次第に白く染まっていった。



『………』



漆黒の人物はそれを確認した後、ローブを翻して暗闇に消えていった。





ーーーーー

ーーー








ロスティエが殺されてから5年が経った。ネルフィと祖母はしばしば一緒に暮らしていた。



「おばあちゃん、ご飯だよ!今日はこんなにいっぱい山菜取れたんだ!」



「おぉ、ネルフィ…。いつもありがとうね…」



「うぅん、早く良くなってね!」



「ありがとう…」



「じゃ、ちょっと畑にいってくる!」



「気をつけてね…」



「うん、心配しないで!行ってきます!」



ネルフィは祖母が寝るベッドの近くにご飯を置き、家のドアを開けて外へと出て行った。



祖母はあの事件の時にくらった魔法が後遺症となってしまい、今は殆ど動けずの生活を送っていた。ネルフィは毎日毎日山へ食料を取りに行き、畑を耕していた。今日もその日課をこなすため、畑の野菜などの世話に向かった。



「お父さん、今日も行ってきます」



家の外にあるお墓に手を添えて目を閉じる。



「僕は、弱音を吐かないよ。強くなる…」



お墓にそっと呟き、ネルフィは家の近くの畑へと歩いていった。




「ふー、今日はこのくらいでいいかな。暗くなってきたし、晩御飯作りに帰ろう」



額の汗を拭き取り、いろんな道具を片付け始めた。畑仕事等をし始めて、邪魔になってきた長い髪の毛はバッサリ切り、肩の位置ぐらいの長さとなっていた。



「よいしょ、これで終わりだね」



「お嬢さん、ちょっといいかな?」



「ん?」



道具を丁度片付け終えたところで、髭の長いお爺さんに声をかけられた。こんな辺境の地に訪れる人がくるなんて珍しい。



「だ、誰ですか…」



ネルフィは警戒する。



自分の愚かな行動で愛する父親を無くしてしまったのだ。あれからよそ者に対しては警戒心が強まってしまった。



「これはこれは、驚かせてすまないね。私はマキセルと申します、お父さんの事で少しお話を伺いたいと─」



バタンッ



男の話を途中で遮るかの様に、家のドアが音を立てて開いた。そこにはベッドで寝ているはずの祖母がその男を睨み付けて立っていた。



「立ち去れ!ここにはお前達が望む物は一切ない!ネルフィ!早くこっちに来なさい!」



「おばあちゃん!」



ネルフィはすぐに祖母に近寄った。



「ダメだよおばあちゃん、寝ていなくちゃ…」



「……………」



身体を気遣うが、祖母の放つ雰囲気に圧倒されてそれ以上何も言えなかった。



「どうしても、お話を聞いてくれないのかね?」



「そうだ。早く立ち去るがよい」



「それでは…仕方ない、力ずくでも聞いて貰うとするかの」



爺が指をパチンと鳴らした。



すると、周りの木々の間からゾロゾロと柄の悪そうな奴らが出てきた。



「おおお、おばあちゃん!」



ネルフィは泣きそうな顔になり、祖母にしがみつく。



「ネルフィ、安心しなさい。あんな連中に指一本触れさせはしないから」



「ほほう、その身体で良く吠える。どれ…」



爺は手を上げる。



その合図で、連中達は魔法を詠唱し始めた。



ある者は炎をかき集め、ある者は手のひらに雷を作り、ある者は身体の周りに風を纏ったりと、様々な攻撃魔法を展開し始めていた。



「最後のチャンスだ。私もできるなら手荒な真似はしたくない…」



ギラリと爺の目が光る。



「何度言おうが一緒だ」



祖母も負けじと睨み返す。



「そうか…」



爺は目を瞑り、手を振り下ろした。

その瞬間、祖母とネルフィに向けて幾つもの魔法が向かっていった。



「おばあちゃん!」



「大丈夫だよネルフィ、おばあちゃんから離れちゃだめだからね」



祖母はネルフィの頭を撫でる。一発で家諸共吹き飛ばしそうな魔法が近づいて来ているにも関わらず、祖母は余裕の笑みを見せる。



「アリア」



そして祖母がボソッとつぶやいた。



祖母とネルフィ、さらに家までもが透明の緑色の膜に包まれた。



ピカッ



「な、なんだ!」


「うがぁ!」


「ぎゃぁああああ!」


「う、うわぁああああ!」


「あぁああああ!」



全ての魔法はこの膜に当たった瞬間、少し膨張して魔法を放った人物の元へと跳ね返っていった。



「な、こ、この魔法は…」



先の連中は自分達が放った魔法で全員凪払われ、家の周辺は爺ただ1人だけしかいなかった。



「これでわかっただろ。それにもう、何もできない」



「お、お前、まさか…!」



「早く立ち去れ!」



「くっ…くそ!」



祖母の一喝に、爺は背を向けて立ち去っていった。



「うぅ…」



「おばあちゃん!」



爺の姿が見えなくなると、祖母が腹部を抑えて座り込んでしまった。



「しっかりして!おばあちゃん!」



「ネルフィ…。ちょっと無理しただけだよ。心配するんじゃない」



祖母はそう言ってネルフィに微笑みかける。



「うぐ!」



「おばあちゃんッ!」



しかし、今度は倒れてしまった。その表情はとても苦しそうでネルフィは心配で心配で仕方がなかった。5年前と同じ、また家族がいなくなってしまうんじゃないかと考えるだけで震えが止まらなかった。



「おばあちゃん!おばあちゃん!しっかりして!ねぇ!おばあちゃん!」



ネルフィは祖母の腹部をさする。



「う…」



しかし、一向に良くなる気配は見えない。



「ぉ…おばあちゃぁ…ん。おば、おばあちゃぁ~ん」



ネルフィはついに泣き出してしまった。大粒の涙をこぼしながら、祖母の腹部をさすり続ける。



もう絶対に離れたくない。寂しい思いをするのは嫌だった。



「ふー、なんとか間に合った」



すると、突然ネルフィの後ろの方から優しそうな声が聞こえてきた。



「だだだ、誰ッ!」



ネルフィは祖母をかばうように後ろを振り向いた。



そこには背の高い青髪の好青年がいた。



「安心しろ、俺は敵ではない」



そう言って、男は祖母に近寄って手をかざした。



「ななななにするの!」



「…………」



男はネルフィを無視し、魔法を唱えた。すると祖母が淡い光に包まれ、徐々に顔色が良くなってきた。



「う…、こ、これは…」



そして祖母はついに完全に回復した。今まで襲っていた身体の激痛はもう無くなっていた。



「おばぁちゃぁぁああぁあん」



「おお、よしよし、心配かけたな」



祖母の膝にしがみついて泣きじゃくるネルフィの頭を撫でる。



「で、間に合ったようだね。感謝するよ」



祖母は男に向いて礼を言った。



「あと少し遅かったら危なかったぞ」



「のようだね…」



祖母はネルフィの頭を撫で続ける。



「ぐずっ、おばあちゃん?」



ネルフィは鼻水を拭き取りながら祖母の顔を覗き込む。



「ネルフィ、あんたが15歳になったらね、渡して欲しいというものを預かってるんだよ」



「ぐずん、なあに?」



「このまま渡さないつもりだったんだがね、流石に今日みたいな事があればもう決心がつくよ…」



「おばぁ…ちゃん?」



「これお主、家の壁画の裏にある扉の中に入っている箱を持ってきておくれ」



「承知」



祖母から命令された男は家の中に入り、壁画を壁から外した。そこに出てきた扉を空け、少し大きめの木箱を持って戻ってきた。



「開けておくれ」



祖母の言葉に男は頷く。そして木の割れる音を立ててその箱の蓋が空いた。



「なに…これ」



そこには男物の学生制服と手紙が入っていた。



ネルフィはその手紙を手に取る。表にはネルフィへと、裏には父よりと書いていた。



ネルフィはおもむろににそれを開けて目を通した。



────────────────



親愛なるネルフィへ



お前がこの手紙を読むときは俺はもう土の中か海の中がお空の彼方だろう。


この箱の中にはこの大陸一の魔法学校、アルヴァレノの制服が入っている。男物だ。別にお前の性別を忘れてしまったとか男が良かったとか、男が好きとか、そんなんじゃないから勘違いはするな。


ただ、お前に強くなって欲しいからだ。


俺は色んな人から恨みを買っている。その内殺されるかもしれない。そして殺された後が今ネルフィがこの手紙を読んでいる現状だ。


ここでの言いたいことは、俺の所為でお前のこれからが大変過酷になることだ。


お前の名を聞くだけで危害を加えてくる奴は絶対いるだろう。子供に関わらず、大人もだ。


そこで俺は、お前をアルヴァレノに入学させることに決めた。もうお金も全部払ってるから心配しなくていい。寮もあるし、美味しいご飯もあるし、安全なところだ。


だが、お前の事を知る奴がいないという保証はない。妬みや恨みが渦巻く中で生活を強いられるかもしれない。


そこで、お前は男の格好をしてまず心から強くなるんだ!お前の母さんは男みたいな人だったから大丈夫だ。心配するな、なんとかなる。人生そんなものだ。


最後に、お前は父さんと母さんの自慢の娘だ。言ってなかったが、俺達は凄い魔法使いだったんだ。だから大丈夫だ。例え1人ぼっちになったとしても、絶対にお前の味方になってくれるいい奴があらわれるから、どんな辛いことがあっても乗り切れ!



ロスティエ


───────────────────




「………」



ネルフィはこの手紙を読んで、自分の父親はとてつもないバカということと、自分がとても愛されていた事が分かった。



「…ぅ…うっ」



再び触れる事ができた父の愛情に、ネルフィは我慢できなくてまた泣き出してしまった。



「では、ネルフィを頼んだからな」



「分かった」



祖母の頼みに男は真剣な表情で頷いた。



「へ? おばあちゃん?」



「いいかい、ネルフィ。今からこの男について行きなさい」



「え、な、何で…」



「もうここは危ない。今のおばあちゃんの力じゃ、また襲われた時にお前を無事に守りきれるかどうか…」



「ぼ、僕が守るよ!だから嫌だよ!おばあちゃんと離れたくないよ!この家から離れたくないよ!」



「ネルフィ…」



「それに僕は魔法なんか使えないよ!そんな学校に行ったっていじめられるのが目に見えてるよ!」



「それは大丈夫だよネルフィ」



祖母は微笑み、ネルフィの頭を撫でた。



「ネルフィ、いつか教えてあげたの覚えているかい? 困った時のおまじないだよ」



「おまじない…? あ!」



ネルフィは昔、祖母におまじないと称した魔法を教えて貰っていた。何でも跳ね返してしまうあの魔法だ。



勿論、今のネルフィはその本質に気付いていない。ただの綺麗な結晶が出るおまじないだと思っている。



「で、でも…、あれは…」



「あのおまじないを毎日していなさい。お前が困った時に絶対に役に立つから」



「………」



祖母があまりにも真剣な表情で言うのだから、もう何も反論できなかった。



「…分かった。僕、行くよ」



「ネルフィ…」



「いっぱい勉強して強くなって、帰ってきて、おばあちゃんを楽させてあげる!」



「そうかい、本当にお前は優しい子だね」



祖母の目尻には涙が溜まる。



「馬鹿息子の手紙にも書いてあったように、これから色んな困難が待ち受けているかもしれないけど、絶対に負けるんじゃないよ」



「わかった…」



「ほら、もう連れて行ってやってくれ。先の連中がまた戻って来ない内に。私は大丈夫だ、なんとかする」



「分かった。それでは失礼致します、断絶の魔法使い殿」



男は祖母に深く一礼し、ネルフィを連れて山を下っていった。



ネルフィは祖母の姿が見えなくなるまでずっと手を振っていた。



「断絶の魔法使いか。懐かしいの」



祖母は昔、アルヴァレノを主席で卒業するほどの天才魔導師だった。学生の間に、魔法や物理攻撃の全てを跳ね返す魔法を作り上げた。ただ跳ね返すだけでなく威力も増幅させるというおまけ付きだ。魔法名は、古代文字の頭文字を取って『アリア』と名付けた。



その時の同級生が今はアルヴァレノの理事長で、その息子が今さっき来た男だ。



「ネルフィ…」



無事に送り出せたのは良いが、やはりネルフィの事が心配だった。




それから、ネルフィは学校に入学するまでの間、アルヴァレノ魔法学校の近くの学校関係の家に居候する事となった。



しかし運の悪いことに、その家はあまりネルフィを歓迎しなかった。アルヴァレノの理事長の頼みだからということで渋々了承したのだ。



その家は5人家族だったが、そこでのネルフィの立ち位置は酷い有様だった。家事から雑用、全ての事を任され、寝るところは屋根裏の狭いところだったり、時には使えない奴だと暴言を吐かれ、暴力まで振るわれる事もあった。



ネルフィはこの生活がとても辛く、毎日布団を涙で濡らしていた。しかし、父と祖母の言葉を思いだしては気持ちを押し殺し、おまじないで気を紛らわせてひたすら耐えていた。



理事長の息子は何回か様子を見に来ていたが、ネルフィはその都度元気に振る舞って隠していたので、この状況を把握していなかった。



そして月日は流れ、ついに入学する日が来た。



苦痛だった生活から解放され、これから楽しい生活が送れると期待していた。



初めての寮生活で自分の部屋が与えられ、自由な時間を過ごすことができて幸せだった。



しかしそれも少しの間だけだった。



ネルフィは魔法が使えなかった。



ただ祖母から教えて貰ったおまじないだけが使えたが、使い方が一切わからなかった。



魔法も使えない、体術もからっきし。



ネルフィは次第に落ちこぼれのレッテルを貼られてしまった。



落ちこぼれになれば周りからの態度も変わってくる。誰しもネルフィと友達になる人はいなかった。皆ネルフィには冷たい態度を取っていた。



いつか、ネルフィの父が大富豪だったという噂が流れた。それに釣られて寄ってくる輩もいた。それがだんだん酷くなり、お金をせびられたり暴力を振るわれる事が多くなってきた。



本格的ないじめを避けたかったネルフィは皆のパシりになる事を決心した。



バイトで働いたお金は皆に取られてもずっとヘラヘラしていた。



その裏では、毎晩隠れて魔法等の特訓をしていた。しかし一向に成長する兆しが見えなかった。



学校での生活は何もかも絶望だった。死のうと思う時もあったが、死ぬ勇気もなかった。



それでも毎晩毎晩、ネルフィは特訓し続けた。負けたくなかった。皆を守れる力をつけたいという一心しかなかった。





そして時は現在の合同合宿に戻る。





この合宿で、ネルフィは偶然自分の能力の本質を知る。



今自分の目の前には、ありのままの自分を見てくれている人が少なくとも3人はいる。



ユウ、レイラ、シルビア、自分に笑顔を向けてくるこの3人は今まで接してきた人とは根本的に違っていた。



特にユウに至っては、自分が落ちこぼれだと分かっても態度は変わらなかった。そればかりか助けて貰ってばかりいた。



コロセェエエエエ!

ヒャッホオオオウ!



「「「……………」」」



不良の大群、大量の魔法が迫ってくるにも関わらず、3人はネルフィから目を離さない。



その目は、今までの卑しい人達の目と違い、ありのままの自分を見ている目、ユウの手を取ることを信じている目だった。



ユウならまだしも、ついさっき会ったばかりのレイラやシルビアまでもが何故このように接してくれるのか理解できなくて少し戸惑っていた。



「僕は…」



僕は…



僕は…



僕の魔法は…



守る為の魔法だ…



今度は僕が…



僕が…



僕が守る番だ!



今まで温め続けていた闘志を目に宿し、そして、ユウの手を取った。








ーーーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーー







ネルフィを中心に眩い光が放たれ、俺達は光に包まれた。


俺達に向かってきていた数々の魔法は、光に当たると少し膨張して様々な方向へ吹き飛んでいった。光に攻撃を加えた人物は腕を変な方向に曲げて吹き飛ばされていた。


「ぱねえ」


「これは…」


「やはり、凄いですわね」


一瞬にして人数が減った。


「何しやがったあいつ!」

「魔法なんかロクに使えなかったはずだぞ!」

「くそったれ!」


不良達はネルフィを信じられないような目で見ていた。人数が減ったといっても、まだまだ数が多い。


「う……」


「ネルフィ!」


ネルフィは力尽きたかのようにその場に座り込んでしまった。それと同時に光の膜も音を立てて崩れ去る。


「こ、今度は、僕が守るんだ」


ネルフィは額に汗を浮かべて呟く。


「いいや、お前は良くやった。後は私達に任ろ」


レイラはネルフィに向かって微笑んた。


「そうですわね。ネルフィのおかげで奴らの間抜けな顔が見れて満足ですわ」


シルビアも優しく笑う。


「やったなネルフィ。見返してやったじゃないか!」


俺も微笑んでネルフィの頭を撫でた。


「う、で、でも…」


ネルフィは目元に涙を浮かべる。今まで認められた事がなかったので、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。涙が溢れて止まらなかった。


「ユウ!いつまで撫でているんだ!」


俺が余りにもベタベタ触るものだから、ついにレイラが怒り出した。


「おっと、わりい、わりい。嫉妬すんなよレイたん。また生理になるぞ?」


「誰が嫉妬なんか!」


「ほれほれ、顔が赤いぞ~!」


「…………殺されたいのか?」


「ひいいいい!すんませんっしたぁ!ごめんなさい!ごめんなさい!」


レイラの目が本気になった。後少しからかったら不良達の前に葬り去られていただろう。


「レイラ、ユウ、もうそれぐらいで。人数は減ったとは言え、まだまだ残っていますよ。今は警戒して襲ってきませんが、警戒しているってことは少しはできるってことですわ。勿論ネルフィの魔法に対して、何も考えずに向かってはこないでしょう」


「…そうだな」


「…わりい」


シルビアの一言で俺達はまた気を引き締めた。

ネルフィはかなり消耗しているようだし、何度もネルフィの魔法に頼るわけにはいかない。


「ちょっと、何であの落ちこぼれが魔法使えるの!しかも何あの魔法!反則級じゃないの!」


「うるさいぞ雌豚。何か訳があったんだろ。しかし見ろ、もう奴には力が残っていない。無理してもあと2、3回が限度だろう」


青髪はメガネをくいっと上げる。


「ひゃっはぁあ!そうだ!動けそうな奴は3人だけじゃねえか!皆でやっちまおうぜ!」


金髪ヤンキーが吠える。


「いや、4人だ」


金髪の後ろから不意に声が聞こえた。


「あん?」


金髪は振り返る。


そこには赤髪をツンツンに上げた男がいた。顔の前で人差し指を伸ばし、その先で小さな火種が揺らめいている。


「だ、誰だこいつ!」


周りの不良達も注目する。


「多勢に無勢。それに同じギルドの仲間を見て見ぬ振りができるわけがない」


「こ、こいつ、まさか!」


金髪の顔が歪む。

それを見て赤髪の生徒はニヤリと笑う。


「フレアボム」


次の瞬間、指先の炎が消えた。そして、その男を中心に燃え盛る紅蓮の炎が渦巻いて膨張した。それはどんどん大きくなり、何人もの不良を巻き込んで燃やしながら吹き飛ばした。


「な、なんだ!?」


急に炎が爆発して不良達が4分の1ぐらい減った。炎を吹き荒らしながら俺達に近い付いてくる人物が見える。


「ふはははは!情けない顔だな!それでレイラを守れるとよくほざいたものだな!」


「あーん?」


俺の耳に、良く頭に響く憎たらしい声が聞こえてきた。


「リオン!」


レイラが叫ぶ。


「こんな雑魚共に何手こずってんだよ、ふっ」


金髪諸共不良達を吹き飛ばしたのはリオンだった。


リオンはこのサバイバルを1人で動いていた。最終日に残った生徒を狩ろうと、この森でずっとサボっていたのだが、何やら面白い事が起きているので様子を見に来たのだ。


「まさかお前等だったとはな。それに、生きていたとは…」


リオンは俺に剣を向けてきた。


「助けに来たのか?」

「何寝ぼけたこと言ってんだ、これはサバイバルだぞ!今すぐそのヘラヘラした顔を潰してやる!」


強い言葉を吐くが、その表情は穏やかだった。


「リオン!」


「待てレイラ!」


「きゃっ」


リオンを説得しに行こうとしたレイラの腕を掴んで引っ張る。


「急に何するんだユウ!」


「落ち着けって。リオンが本気ならもうとっくに俺達に攻撃しているって」


周りの連中に聞こえないようにレイラの耳元で呟く。その言葉を聞いてレイラは冷静さを取り戻した。


「多分俺達と攻撃するタイミングを待ってるんだ

よ」


まったく。素直に手助に来たって言えばいいのによ。このツンデレ鼻糞野郎め。


「そうだなリオン、本気でやるのか?」


「ああ、そうだ。本気だ」


そう言ってリオンはちらっと不良達に目を配った。それを確認して俺は口元を緩める。リオンもニヤリと笑った。


「ななななな!何が起こったのよ!何なのあいつ!あんな実力があって!今まで何も目立ってなかったじゃない!」


クソビッチが喚く。青メガネも言葉を失っていた。


「情けないぞ!こんなひょろひょろした奴にやられやがって!」


ゴリラも吠える。


「とか言ってるあんたもね」


ふとゴリラの後ろから高い声が聞こえてきた。


「誰だ貴様!また奴らの仲間か!?」


「だったらどーするの?」


「舐めるのも大概にするがいい!ハァッ!」


ゴリラは女に向かって拳を伸ばした。


「ぬあッ!?」


しかしゴリラの拳は空を切った。そして視界が回転し、身体の自由が効かなくなっていた。


どしん!と鈍い音が響いた。


ボキィ


「がぁあああああああ!」


気づけば地面に叩きつけられ、ついでに腕が折られていた。


「ふー。以外と使えるわね、この技」


女は立ち上がり、腰まで伸びている派手な紫色の髪を手で払う。


「う、うでがぁあああああ!」


「うるさいわねこのゴリラ。腕が折れたぐらいで騒がないでよ」


「き、貴様ぁぁあぁああああ!」


ゴリラは起き上がり、女に向かって走り出した。周りの不良達もそれぞれ手に武器を取って走り出す。


「あー、本当めんどくさいわねー」


ギラリと女の目が光った。


ぎゃぁああ! ぐああ! ぐはっ! あぐ! ぎゃっ! ぎいぃ! べふっ!


女は目にも止まらぬ速さで不良達に拳や蹴りをお見舞いする。不良達はことごとく攻撃をかわされた挙げ句、隙をついた一撃でノックアウトさせられていた。


相手の力を利用して様々な技を繰り広げるその様は、まるで舞姫のように美しく、武神のように強かった。


「な、何が起こったんだ?」


レイラが騒ぎのあった場所を見る。


「今だ!いくぞレイラ!リオン!」


「え、え?」


丁度良いところで誰かが騒ぎを起こしてくれた。

これに便乗しないわけにはいかない。焦るレイラの手を引っ張ってリオンのところに向かった。


「俺に指図するな!それに手を離せ!」


「わかった、わかった」


そしてリオンはそのまま俺達と合流し、不良達に向かって走り出した。


「シルビアはネルフィを守りながら援護を頼む!」


「了解ですわ!」


シルビアの足下に魔法陣が浮かぶ。


「いくぞおら不良共ッ!!」


ヒィッ


俺達の圧に押されたのか、不良達はビビっていた。


こうなってしまってはもう俺達の独壇場。


いつの間にか持っていた武器は切り刻まれ、次の瞬間には雷に撃たれるか炎に包まれる。隙を狙う輩や逃げ出そうと背を向ける輩には、銃弾や光の矢が撃ち込まれる。大勢で立ち向かうも、4人の連携には歯が立たなかった。


近付こうが遠ざかろうがやられてしまう、そんな状況が繰り広がっていた。


「な…なんなのよこれ…。なんなのよあいつら…。こ、こんなの…」


クソビッチは目の前の光景を見て震えていた。明らか人数で勝っている。しかも1人1人結構な強さを誇っている。不利なのは向こうのはずなのに、実際はこっちが負けている。こうまで一方的な展開になるなんて夢にも思っていなかった。


「ぐはっ…」


「ひっ」


クソビッチの足下に青メガネが転がってきた。もう意識はなく、転送の光に包まれる。


「どこ見てんのよ」


クソビッチのすぐ後ろから高い声が聞こえてきた。


「あ!」


振り返ると同時に鋭い蹴りが頭を捉えた。


「がッ…」


それだけでは終わらず、反対側からも凄まじい蹴りが放たれ、倍以上のダメージを頭に叩き込まれたクソビッチはその場に意識無く倒れた。


「これであらかた片付いたわね」


女は髪を整え、ドンぱちやっている向こうの方を見る。


「まったく、教師のくせに何手こずってるのよ。あの新米教師は…!」


そしてその場に向かって走り出した。




「はぁ…はぁ…」


「どうした!疲れたのか!」


「黙れ鼻糞野郎!んなわけねーだろ!」


「お前!ッおっと!」


ぎゃぁぁあ!


気づけばもう後は数える程の人数だった。


しかし、正直に言おう。

軽く限界だ。

少ししか食べ物を食べていない上に無理矢理魔法も酷使しているんだ。足も震えて動くだけでもしんどい。


「あでっ」


ついに足がもつれて転んでしまった。俺はうつ伏せに倒れる。


「ユウ!危ない!」


レイラの叫びで見回すと、残った奴らの殆どが俺に一斉に襲いかかってきていた。


ぎゃぁ! あがっ! ぐへっ! ぎゃっ!


レイラ、リオン、シルビアが攻撃をしかけ、一瞬で何人か吹き飛ばした。


「お前だけでも!」


だがそこから零れた1人が俺に向かって剣を振り下ろそうとしていた。


「くそッ!」


「ユウ!」


リオンとレイラが叫ぶ。


「とった!」


くそ!やべえ!やられる!


「どぶへっ」


痛みの代わりに変な声が聞こえてきたので顔を上げると、俺にとどめを刺そうとしていた奴のお腹に綺麗な足がめり込んでいた。


黒いニーソックスと制服のスカートによって出来上がる、なんとも絶妙な絶対領域が輝き、そしてスカートの中の桃源郷が一瞬通り過ぎた。


「うべ!あが!うぎゃ!どぶん!ペプシっ!」


その人物はまだ蹴りを繰り出す。回転する身体と一緒に回る紫色の長い髪が美しい。


蹴られた奴はその後もまともに攻撃をくらい続ける。蹴られ、吹き飛ばされ、また蹴られ、木に背中から激突し、そのまま腹に蹴りがめり込み、仕上げはその衝撃で折れた木に押し潰された。


「……………」


つ、つええ。誰だあいつ。あんな攻撃をくらった奴が可哀想だ。ご愁傷様。


「ふー。まったく。しっかりしなさいよね!私を散々な目に合わせておいてこんな奴に負けるなんて許さないんだから!」


転送の光に包まれた奴の身を案じていると、女が振り返り俺に指を差してこんな事を言ってきた。


初めは誰だよ何言ってんだこの女頭おかしいんじゃねーのとか本気で思ったが、よく見るとかなり知っている人物だった。

 

「カ、カリーナ!? お前!何でここにッ!!」


俺に桃源郷を見せつけ、凄まじい蹴り技を放った人物はカリーナだった。


「な、何だっていいでしょ!た、たまたまよ、たまたま!近くを通ったらあ─」


「うおおおお!」


「カリーナ!後ろ!」


残りの1人の不良がよそ見をしているカリーナに後ろから襲いかかる。


ばこっ


「あぐぅううん!」


カリーナは後ろを見ずに踵を振り上げた。それが丁度股間に当たり、何か大事なものが潰れたような音が響いた。


「はっ!」


「うがぁっ」


そのまま身体を回転させ、体重の乗った蹴りをお見舞いした。まともにくらった不良は吹き飛んで何メートルか転がり、そして動く気配を見せずに光に包まれた。カリーナが最後の1人を華麗に片付けてしまい、一件落着となった。


「カリーナ。お前、そんなに強かったのか?」


「そんな事より、私に何か言うことあるんじゃないの?」


うつ伏せで倒れている俺の目の前で、カリーナが腕を腰に当てて俺を見下ろした。


「今日のパンツは絵柄入ってねーのな」


「死ねぇ!」


バコッと鈍い蹴りが顔面に入った。


「ぎゃぁあああああ!顔!顔!顔なんか蹴るなぼけ!」


蹴られたほっぺたを押さえてゴロゴロ転がる。


「おぶっ」


俺はカリーナに踏まれて止められた。そう、サッカーボールの如く。


「で、あいつらは誰なのよ? あんたと一緒に戦っていたし、アルガードと顔馴染みってとこ?」


「ま、まぁ、そんなところだ」


「ふーん」


「お」


カリーナは俺から足をどけてレイラ達に向かって歩いていった。


「あれに世話になってるアルベリオのカリーナよ。よろしく」


カリーナは俺に指を指した後、レイラに向かって手を差し出した。


「アルガードのレイラだ。そうか、あんなのに世話になっているのか。大変だな。ま、あんな奴でも助けてくれてありがとう」


そう言ってレイラも手を差し出し、カリーナの手を握った。


ギッ


「………」


「へえ」


カリーナがニヤニヤ笑う。

それを見てシルビアとリオンがカリーナに警戒した。


「ごめんごめん、別にあんた達とやり合う気はないよ。こんな実力者が3人いるんじゃ分が悪いしね」


カリーナはレイラの手を離した。


「カリーナだったっけ、凄い力だな…」


レイラは手を閉じたり開いたりして感触を確かめていた。


「あんたもね…」


カリーナはレイラの腕の関節を取って折ろうと考えていた。しかしただの力でそれを防がれてしまった。


「ちょ、お前等、ピリピリした空気出すなって」


やっと一件落着したのに、ここでまた暴れでもしたら今までの苦労が水の泡だ。それに、こいつらが暴れでもしたらこの島が吹き飛ぶかもしれない。


「ユウ!もう大丈夫なのか?」


俺に気づいたレイラが近寄ってきた。

お、お前。さっきまであんなのとか言ってた癖に…。


「大丈夫そうだな。良かったぁ」


「おぉぅ…」


レイラがとても安心した表情になった。それを見てしまうと文句も言えなかった。


「はいはーい。いちゃいちゃは私達が居ないところでお願いしますわね」


シルビアが手をパンパンと叩いて、俺達が作っていたピンク色の雰囲気を壊した。


「べ、別にいちゃいちゃなんかしていないぞ!」


「はいはい、分かりました分かりました。で、カリーナさんでしたっけ? 私はシルビアと申します。レイラと一緒のアルガードよ」


シルビアはレイラを華麗にスルーして自己紹介した。


「俺はリオンだ」


「ぼ、僕はアルヴァレノのネルフィ。よ、よろしく」


「あんたアルヴァレノなの!?」


アルヴァレノ出身と答えたネルフィにカリーナが驚く。


「は、はい…」


「そういや、俺もコイツの事知らねーな。一体誰なんだ?」


リオンもネルフィを一瞥する。確かに、リオンもネルフィの事は知らなかったな。一緒に戦っていたからすっかり忘れていた。


「ネルフィは途中で出会ってな。成り行きで仲間になったんだ」


「ふーん。成り行きねー。どーせ危ないところを助けたとかなんでしょ」


カリーナが俺を哀れむような目で見る。


「ま、まぁそうなんだけど…」


バッチリばれてんじゃん。つか、カリーナってこんな奴だったっけ?もっとツンツンして人を見下すような意地汚い奴じゃなかったか?


「ちょっと、何人の顔見て変な顔してんのよ、変態」


「ちょおおおおお!」


カリーナは虫けらでも見るような目で俺を見ていた。


「ユウ、お前と言う奴は…」


「はぁああああああ?」


他の人に色目を使ったのを気にしたのか、レイラは鬼と化した。


「ユウ先生って変態さんだったんだね」


「ぐぎゃぁああああああ!」


ネルフィの俺を見る目が完全に痛い子を見る目だった。心のダメージ100万。


「ま、俺は始めっから知っていたけどな」


「黙れ鼻糞!」


「お前!まだ言うか!今すぐ黒焦げにするぞ!」


「はいはいはーい、皆さんそこまで。落ち着いてくださーい」


オーバーヒート寸前の俺達をシルビアがクールダウンしてくれた。


「せっかくなので、私達で仲間になりませんか?」


「別に俺は構わない。昔からの仲だしな」


シルビアの提案にリオンは即答で乗った。


「ぼ、僕もいいの?」


「ええ、構いませんよ」


おどおどしたネルフィにシルビアが優しく答える。


「ま、1人でいるのも飽きちゃったし、丁度いいわね」


カリーナもシルビアの提案を受けた。


「ほうほう、これぞ友情。いいね、いいね、青春だね。よしよし、これなら確実に1位取れるな。そうなれば俺の教員としての株もぐーんと上がるかもしれねぇ。ぐへへ…」


「あら? 別にユウさんには提案していないですよ?」


「は?」


シルビアにさらっと返されたが、一瞬何を言ったのか理解できなかった。


「そうだな、お前。教師じゃねーか」


「おいリオン、また鼻毛出てるぞ」


「お前ッ─ハガッ」


「ちょっと、シルビア!別にいいじゃないか!教師が生徒と仲間になったらダメなんてルールはないだろ!」


レイラはリオンをはねのけてシルビアに講義した。吹っ飛ばされたリオンは地面にうなだれる。


「確かにそうですわねー。そんなにユウさんと一緒にいたいのですか?」


「そうだ。悪いか」


シルビアの問いにレイラは即答する。


「カッコ良すぎぱねぇ」


ここまでハッキリと言われると、照れるどころかレイラを尊敬しようと思った。


「ふぇ、わ、私、何言って…」


落ち着きを取り戻してきたレイラの顔が赤面する。


「…くそッ………」


どん!どん!と、リオンは何度も地面を殴りつける。


「………………」


ぶち!ぶち!と、ネルフィは地面から生えている草を何度も毟る。


「あんた達も大変なんだね…」


傍観者であるカリーナは関係性を読み取り、地面に攻撃している2人の背中をぽんぽんと叩いた。


「ぬっふっふー。レイラー、そんなに俺の事が好きなのか?」


「ばっ、バカ!何言って!」


「好きなのか? 好きなのか?」


「う、うるさぁああああい!」


レイラが自分の顔に手を押さえて顔を何度も振る。


びゃぁあああああ!なんだこれ!なんだこれ!何だコイツの可愛さ!コイツこんなに可愛かったっけ?まぁいいや、もっとからかっちゃえ!


「レイラ、レイラ、顔赤くなりすぎてやばいぞ。生理じゃないのか生理」


「うるさい、死ね!死ね!」


いつもなら雷やらパンチやら俺に放ってくる流れなのだが、今のレイラは地面にしゃがみ込んで腕で顔を隠している。


「今日はどんなパンツ履いているんだ?」


「うるさい!」


「毛糸か? レースか?」


「うるさい!うるさい!」


「それともしまパンか?」


「だまれぇええええ!」


「ブラジャーは?」


「だまれ!だまれ!」


「知ってるか? ブラジャーって片手で外せるんだぜ?」


「だまれ!だまれ!だまれぇええええ!」


「ふっひゃぁぁあ!かわいいい!」


「ちょ!ユウ、どこさわっ!あひゃ!ぶ、ブラジャーが!って、何匂い嗅いでるんだッ…あッ!やめッ…ユウ!あっ…」


こんなビッグイベントの味わえるのは後にも先にも無いと思ったので、俺はもう少し楽しむ事とした。


「ふふふ、ほんと仲がよろしいですわね。って、あら?」


シルビアか周りを見渡すと、リオンとネルフィがブスッとした表情でレイラ達を見ていた。


ふふふ、面白くなりそうですわね。このメンバー、一荒れ起きそうですわね、ふふふ。


シルビアはもう一度、皆の顔を見て微笑んだ。







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