サマーバケーション <再会>
ピチピチと小鳥が囀る。
「やっと…朝か」
岩の割れ目から漏れる暖かい日差しが顔を照した。
「おいネルフィ、起きろ、朝だ」
「ぅ……ん」
あれから俺達は森の中を駆け回り、洞窟を見つけだした。そしてその奥で枝と葉っぱで簡易なベッドを作って寝ることにした。しかし俺は誰かが襲って来ないか見張っていたのでほとんど寝ていない。
「ほら起きろ、おい」
まだ寝ているネルフィを揺さぶる。
「おおお…」
ネルフィの制服がはだけて胸元が少し見えた。ツルツルと光り輝くその肌に俄な色気を感じた。
「こ、これは…!ぺ、ペロペロしろって事なのか? ペロペロしていいのか? ペロペロしていいんだな? いやだめだぁああ!俺にはレイラが待っているんだ!早く起きやがれええええ!」
「わわわわわ!な、なななにに!」
本当にどうにかなりそうだったのでネルフィの身体を激しく揺さぶって起こした。
「おはよ。よく寝たなお前」
「うーん、髪の毛がボサボサなんだよ。えへ」
ネルフィは気持ちよさそうに背伸びして寝癖を直した。
「………」
しっかし、本当に気持ちよさそうだなこいつ。あー、くっそ眠たいし腹減ったしで散々だなこりゃ。飯どーしよう。
「なぁネルフィ。腹へらね?」
「うん…。だ、だけど僕は平気だよ!前に3日間水だけで過ごした事あったから!」
そう言うネルフィの顔色は少し悪い。明らか無理をしているのが見え見えだ。俺に心配をさせないようにしているのか?
「はぁ。よしよし」
「え、えっ」
ネルフィの頭を撫でた。撫でられたらネルフィはキョトンとした表情を向ける。
ぐ~
「あ……」
そしてネルフィのお腹の虫が何か食べさせてくれと訴えてきた。
「はは、よしよし」
「うぅぅ…」
朝っぱらからネルフィの可愛いところが見れた。疲れた身体に少し力が湧く。
「ちょっとお留守番してろ」
ネルフィの頭から手を離して立ち上がる。
「え?」
「誰か来たらお前の魔法を壁一面に展開させるんだ。わかったな」
「ぼ、僕も行くよ!」
「おぉぉ…」
ネルフィは立ち上がって必死な表情で訴えてきた。それほど1人になるのが嫌だったのか?まぁ、一緒に行った方が心配しないで済むしそれとアリか。
「分かった分かった。分かったからそんな目で俺を見るな」
「本当にいいの!やった!」
何と言ったら良いだろうか。ネルフィの目はお留守番をする犬の家族を見送る時の瞳の様だった。断ったらしょぼくれて泣きそうな気がして仕方なかった。それから俺とネルフィは森の中をうろついて食料を探し回っていた。
「先生って、何を教えてるの?」
「俺か? 俺は何も教えてねーぞ。ある先生の助手的な存在だ。あ、先生じゃなくてユウって呼んでくれて構わないぞ」
「そそそそそそんな事呼べるわけ…」
うひゃぁ。慌てたネルフィ超可愛いんですけど。
「お前と同い年のアルガードの生徒は俺のこと呼び捨てだけどな、ははは…」
男勝りな性格で命令口調のレイラを思い浮かべる。
そういや、あいつ今何してんだろう。このサバイバルに参加している筈だが、何処にいるんだろう。
「……わ、わかった。僕も名前で、ゆ、ユ…」
がさがさっ
「お、餌だ!アクセル!」
「あ!まっ、待って!」
目の前の草むらから小動物が飛び出してきた。狩ること一点に思考を絞った俺にはネルフィの言葉なんか聞こえていなかった。
「ぬへへへーん。捕まえたぜ」
ぴぎゃー ぴぎゃー
「か、可哀想だよ…。捕まえてどうするの?」
アクセルを使った俺にとっては、こんな小動物一匹捕まえるのはとても簡単な事だった。俺の手に四肢を鷲掴みにされた、角の生えた豚のような動物が鳴き喚いている。
「何言ってんだ。これから食べるんだそ」
「たたた食べるの!だ、ダメだよ!早く放してあげて!可哀想だよ!」
食べるという言葉を聞いたネルフィが俺に噛みついてきた。気迫がこもった眼差しのネルフィに後退ってしまう。こんなネルフィを見たのは初めてだ。
ぴぎゃー ぴぎゃー
「放してあげないともう口聞かないからね!」
「それだけは勘弁だ!」
ぴきゅっ
ネルフィと喋れなくなるなら死を選ぶ。そう瞬時に思った俺は気が付けば獲物を手から離していた。自由を手に入れた獲物は早足で逃げて行く。
「あー、俺の飯がぁー」
今の行動で限界がきた。俺は地面にへたり込んでしまう。
「ご、ごめんなさい。でも生き物が殺されるところも、殺すところも見たくなかったんだ…」
「そうか…うっ」
「せ、せんせ!」
急に目眩がして倒れてしまった。
もう完全に力尽きた。空腹で何も考えられない。人間お腹に何か入れないと頭が働かなくなるのは本当だったんだな。力も入らない。睡魔が襲っきて瞼も重くなる。
「ど、どうしよう!そうだ、何か食べ物!」
ネルフィは周辺を走り回り、食べれそうな野草をもぎ取って戻ってきた。
「で、でもどうやって食べさせたら…」
意識が朦朧としている人間が自力で食べるのは相当無理がある。精々飲み込むぐらいが限度だ。
「ぅ…」
頭の中に浮かんだ食べさせる方法は一つしかなかった。ネルフィは自然と頬が紅くなる。
「で、でもこれしか方法は…」
ごくり、と唾を飲む音が凄くうるさく聞こえた瞬間だった。
「……ん…」
ネルフィは俺を仰向けに寝かせた。まだかろうじて意識が残っていたが、ほとんど喋れない状態だ。
………何をしようとしてるんだ?
ネルフィは何かを口に含み、もごもごと噛み砕いていた。そして俺に覆い被さるように顔を近づける。
……へ?
「むぐっ」
柔らかい感触が唇を覆い、そして甘い液体と共にぬるぬるしたものが口内を犯していた。仰向けになった俺はただだそれを飲み込み続ける。
5回目飲み込んだぐらいで、ようやく思考能力が回復してきた。ネルフィに口移しで何かを食べさせられていたんだと理解する。
「ぷはぁ」
つー、と一筋の線が俺とネルフィの唇を繋ぐ。そしてシャボン玉が割れるようにぱっと消えた。
「ね、ネルフィ…」
や、やばい。これ以上は本気でやばい。理性なんか吹き飛んでしまう。
「あ、気づいた。よかったぁ…」
ネルフィはホッとした表情になり、俺の胸に顔を埋めた。
「もう、女の子にこんな事させて。しかも生徒にだよ? 分かってる?」
「は、はい。ありがとうございます…」
「ふふ、僕が山育ちで良かったね。山菜でも美味しいのがちゃんとあるんだよ?」
「は、はい。おいしかったです」
本当に美味しかった。特にネルフィの甘い甘い唾液が絡まってこれほど極上のものは食べたことがなかった。うへえ。体の中までネルフィに犯されちゃったね僕ちん。ってやつだ。
「栄養が多く含まれている山菜を選んだからもう少し休んだら普段通りに動けると思うよ」
そう言って笑顔を向けてきた。
な、なんだこの家庭系スーパー癒しガールは!結婚してくれ!…じゃねえ!これ以上俺を誘惑しないでくれぇええええええええ。
ネルフィの笑顔を見ていると欲望にかられそうになる。腕で目を隠して見ないようにした。
「え、なななな、何!」
すると突然ネルフィの慌てた声が聞こえてきた。
どうせ何か虫が身体にくっついているのだろうと思い、ネルフィを助けようと目を開けた。
「なんだぁこれ」
目を開けると俺達の周辺が真っ白に光輝いていた。光に包まれた俺達は目を合わせる。何か神秘的なものを感じた。まさに、神様が俺達カップルの誕生を祝うかの如く。
─バチッ
しかしそんな御花畑の思考は、電撃が起こる前触れの静電気の音で消え去った。
ーーーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーー
金色の草原が広がるその先に背の高い森が続いている。その一番手間の木の上、その枝に座って幹に寄りかかり、すやすやと寝息を立てているレイラの姿があった。
そのすぐ近くには枝を上手に足場に使ってテントが立ててある。しばらくするとテントの入り口が開き、シルビアが出てきた。
「レイラ、レイラ」
「うーん」
シルビアがレイラの肩を揺らした。
「レイラ、朝ですわ」
「あ…さ? …は!」
「全く…。見張りが居眠りしてどうするのですか」
「…す、済まない」
「そんな事だから、いつも肝心な所でミスをしてしまうのですよ」
「そ、それとこれとは!」
「はいはい、分かりましたから。まずはレイラのせいで近くまで集まってきた輩の掃除からですね」
シルビアは立ち上がって大空に向かって手を広げた。
刹那、レイラ達がいる木を中心として、空に金色の大きな魔法陣が描かれた。その魔法陣はとても大きく、空一面を覆い尽くしてしまいそうな程だ。
「アポカリプス」
シルビアが魔法名を唱えた瞬間、草むらの中や森の中、至る所から光の柱が地面から現れ、天に向かって伸びていった。
そしてその光が魔法陣に触れた時、
バッチバチバチバチズガーン!
真っ赤な電撃が地面と天から螺旋状に現れ、高熱と爆風をバラまいて光に包まれていた部分を焼け野原にした。その後、すぐに転送の光が幾つも出現した。
「さ、行きますわよ」
「…………」
あのレベルの極大魔法を生身でくらえば、人は死ぬ。それをシルビアは顔色一つ変えずに発動させ、尚且つ虫の息程度までダメージを抑えた。そして疲れた様子も全く見えない。レイラはシルビアの実力の底がわからなくて少し身震いした。
バチバチバチバチィ
「ん、なんだ?」
魔法は発動し終わったのに、まだ一カ所だけ赤色の電撃が渦巻いていた。目と鼻の先の森の中だった。
「あら? へぇ」
シルビアはそれを見て少し楽しそうな表情を浮かべた。
バッチィイイイイッ
一際大きな音が響き渡ったと思うと、赤色の電撃が色んな方向に飛んでいった。
「うっ!」
一つの電撃がレイラ達のすぐ近くを通り過ぎた。木の何倍も大きい電撃が通り過ぎた後には大きなクレーターがあり、焼け焦げた臭いが漂ってきた。
「全体攻撃とは言え、あれ程の魔法を受け止めて跳ね返す…ね。同じ学生にそんな事ができる人物がいるなんて思いもしませんでした。やはり世界は広いですね」
「あ、ああ、そうだな」
だけど何故そんなに嬉しそうな表情をしているのかレイラには理解出来なかった。
「レイラ、どんな人物なのか顔を拝みに行きません?」
「別に構わないが…」
「どうかしました?」
「い、いや…」
シルビアが人に興味を持つなんて珍しい。それにこんなに嬉しそうにしているのも…。今まで何年も一緒にいて、こんな表情を見たのは初めてだった。
「さぁ、逃げない内に行きますわよ」
シルビアは木から飛び降りて静かに着地する。
「レイラ、はやく!」
「わかった!」
レイラは急いでテントを片付け、シルビアと同じ様に木から飛び降りた。そしてクレーターに沿って走り出し、その先を目指した。
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ーーー
「ふぃー、何とか助かったー。しかしこれすげーな」
「はぁっ、はぁっ、う、うん…」
パリィン
俺達を包み込んでいた半球体の結晶が音を立てて割れた。粉々に砕け散ったそれは跡形もなく消え去る。
今から5分程前、俺達は神に祝福されるかの如く光に包まれた。しかし祝福されたのも一瞬、赤色の電撃が空と地面から襲ってきた。
レイラから電撃をくらいすぎて電撃が発生する直前が分かるようになっていた。強い電撃程、静電気を起こしやすい。静電気が起こったのを確認し、すぐにネルフィをとっつかまえて結晶を出現させるよう指示した。前に見た六角形ではなく、俺達を包むようにと言った。
初めての事でネルフィは戸惑っていたが、この現状を見る限りなんとか成功させたようだ。
「よくやった」
「はぁっ、はぁっ、えへ」
ネルフィは汗を沢山かいていた。少し無理をさせたようだ。
「しかし…」
周りを見渡す。
俺達を中心として、色んな方向にクレーターが出来上がり、辺りは焼け野原となっていた。
ネルフィの魔法のおかげで今の攻撃は防ぐ事ができたが、こんな魔法をまともにくらえば死んでいたんじゃないかと思えてくる。
「魔法って、こんな事になるのか…」
一瞬で豊かな森が焼け野原に変わった現状を見せつけられ、今まで自分でも散々使っていた魔法が少し怖く感じた。
「ゆ、ユウ…」
不意にネルフィから声をかけられた。
「どうしたネルフィ?」
「あ、あれ…」
ネルフィが指を差した先に、1匹の馬のような魔物がいた。鬣が火のようにメラメラと燃えている。ただ、それだけを聞くと、かの有名な新幹線と同じ速度で走る人に優しいひのうまを想像してしまうが、目の前のコイツは鋭利な牙を口から覗かせ、獲物を狩るような鋭い眼光を放っていた。
「フレアホース…なんでこんな所に…ここは魔法空間じゃなかったの……?」
「そんなにやばいやつか、あれ?」
「う、うん。生徒がどう足掻いたって勝てっこない魔物だよ。ギルドの専門の人に頼まなきゃ…」
「そうは言ったって、目の前にいるんだから、何とかしなきゃな」
「で、でもどうやって」
「とりあえず興奮させないように、静かに少しずつ下がるぞ」
「う、うん……わっ!」
相手の出方を見る前に距離を取ろうとしたのだが、ここでネルフィのドジっ子が炸裂する。後ろ向きに下がった時に足が縺れたのだろう。尻もちをついてコケてしまった。
グボオオオオオオ!!!
フレアホースはその眼光にネルフィを捉えた。完全に獲物を捕食する目だ。咆哮と共にこちらに向かってくる姿勢を取る。
「ご、ごめん!」
「ちっ、やるしかねーか!」
戦う覚悟を決めたその時、
『伏せろ!!』
急に頭の中に女の人の声が響いた。
「あ……あ……」
その声は、
優しく、
強く、
そして、
ずっと聞きたかった声だった。
『伏せろと言っている!!』
「おう!」
しゃがんだ瞬間、頭ギリギリで雷を纏った槍が飛んで行った。見た事のある神聖な蒼色の槍だった。
ギャァウ!
それは魔物に突き刺さり、そして放電し始めた。
「ネルフィもしゃがめ!くるぞ!」
「な、なに!」
次の瞬間、フレアホースを中心に大爆発が起きた。
「うおお!」
爆風が襲い、砂埃が身体にかかる。
グボッ……!
砂煙が晴れてくると、フレアホースの喉元を切り裂き、とどめを刺す姿の女子生徒がいた。
出るとこは出て スラッとした体型。
腰まで伸びた茶髪。
そい込まれそうになる蒼色の目。
綺麗な鼻筋。
少し薄めのピンク色の唇。
全て、愛おしい。
「さてと……色々聞きたい事があるが…」
そう言って振り向いた女子生徒は目に涙を浮かべていた。
「俺も、色々……聞きたい事が……」
ここまで言って、涙が溢れて止まらなかった。
目の前にいたのは、
ずっと会いたかったレイラだった。
「ユウゥ!!!!」
「レイラー!!!」
レイラは一目散に駆けてきた。
それを抱きしめて受け止める。
「バカァァァァ!!」
「ごめん!」
「会いたかった、本当に会いたかった!ううぅ…」
「俺もだよ」
「本当に死んじゃったと思った…本当に!!」
「わりぃ」
「どれだけ会いたかったと思っている!本当に本当に苦しかったんだから…!」
「本当に済まなかった」
「済まなかったで済ませるな!次勝手に死んだら殺すからなぁあ!ううぅうぅ……」
「それどう足掻いても俺死んでるよな」
「うるさい!勝手に死ぬような奴は私が殺してやるんだからぁあああ……ううぅ」
レイラは俺の胸に顔を埋めて、泣きじゃくる。
強く抱きしめ、頭を撫でた。
「誰かと思って来てみれば、まさかあの殿方だったとはね」
透き通るような声が聞こえた。
振り返るとそこに一目で美しいと分かる美少女がいた。
白くてとても綺麗な髪を持て余し、その小さな顔には大きなくりっとした目、高い鼻、すらっとした顎が完璧なところに存在していた。あまりの美しさに息をするのも忘れてしまう。
「レイラ、この人は?」
「あ、あぁ。すまない。私の親友のシルビアだ」
レイラは涙を拭い、シルビアに向き直った。
「はじめまして。シルビア・ライラスと申します。ユウさんの事はレイラより色々と。以後お見知りおきを」
「ああ、宜しく」
「シルビアに変な事をしたら殺すからな」
涙を拭いながらレイラは俺に向かって言う。
「馬鹿野郎。女たらしの俺でも、一度心に決めた人以外はじゃがいもに豆苗が生えた程度の人間にしか見えねえんだよ。安心しろ、俺が愛しているのはレイラだけだ」
「ば!!ななななに!何言って!!」
「あはは、赤くなったー!それ、それ見たかったんだ!超可愛い!好き!」
「あああ!ユウのバカ!本当にバカ!1度死んでもバカは直らないのか!」
「それが俺だ」
「もう本当にバカ!」
「お前ちょっとバカ言い過ぎだろ。もっとボキャブラリー増やせ」
「う、うるさいなー!黙れよー!!」
「あはは!」
「あらあら。ふふふ。思っていた以上に仲がよろしいのね」
シルビアは俺とレイラがあーだこーだ言い合っているのをを楽しそうに見ていた。
「あ、あのぉ」
今まで蚊帳の外状態だったネルフィがシルビアに話しかけた。
「初めまして、アルヴァレノ魔法学校5回生のネルフィと申します」
「これはこれはご丁寧に。私はアルガード魔法学校5回生のシルビア・ライラスと申します。あちらで殿方と一緒にいる子はレイラですわ」
「ライラスって、あのライラス家ですか!?」
ライラス家。セントブルグで名を馳せる貴族の名前。ライラスと名の付く人物の功績は、セントブルグだけに留まらず様々な大陸で活躍を轟かせている。王族の直近護衛だったり、魔法を開発する研究者だったり、ライラスの名を知らない人はほとんどいないだろう。
「ええ、あのライラス家ですわ。でも家柄は気にしないで接してください。それに同級生に敬語もいらないですわ」
そっちだって敬語じゃないか、とネルフィは思うも口には出せなかった。家柄もあって子供の時からの躾なのだろうか、シルビアにタメ口を強要する事は難しいと思った。
「あ、あの、それで、ユウ…先生とは知り合いなの?」
「ふふふ、先生ねぇ。どこで何をしたら先生になれるんでしょうかね、あの殿方は」
そう言って、レイラ達に目線を移す。その時の俺は必死に槍を避けていた。からかい過ぎたのでお決まりの槍攻撃が始まったのだ。
「あ、あの…」
ネルフィの声で目線を戻す。
「ごめんなさい。そうですわね、私は今日会ったのが初めてですけど、存在は嫌って程に知っていますわ。あそこのレイラ、彼女のナイトですもの。ふふふ」
「え……」
レイラの槍で串刺しにされそうになっている人物に目線を移す。
「ぅ…」
ネルフィから見たその光景はとても眩しく見えて胸が少し苦しくなった。
こ、恋人がいるならいるって最初っから言ってくれればいいのに…。
「ふふふ、あの殿方に惚れてしまったの?」
ネルフィの顔色を読み取ったシルビアが呟いた。
「ぜ、ぜぜぜぜせ!そそそそんなこと!それに僕は男だし!」
ネルフィは慌てて否定する。しかし、会ったばかりの何も知らない男性に何故こんなにも興味を持っているのか自分でもわからなかった。
「ふふ、無理しないで。あなた、女の子でしょ? 訳があってそんな格好しているのか知らないけど」
「…………」
「それに、私達の国で、あの殿方のことを知らない人は殆どいないと思うわ」
「な、何で」
「あの殿方はセントブルグの英雄なのよ」
「え、英雄!?」
ネルフィの声が裏返る。
「詳しくはスキンシップついでに本人に聞いてみるといいわ。次は…私の質問に答えて貰っても構わないかしら?」
今までニコニコしていた表情が一転、真剣な表情に変わった。ネルフィはシルビアの問いに顔を縦に振るしかなかった。
「ネルフィ、と言ったかしら。貴女、先程の魔法をどうやって止めたのですか?」
さっきの魔法…?ってあれのこと!?もしかしてこの人が撃った魔法なの!?
ネルフィは少し警戒し、本当の事を言おうか迷った。ちらっとレイラ達の方を見る。その時の俺は手足全部使って槍の刃を受け止めていた。
「ごめんなさい。少し怖がらせてしまったようですわね。別に取って食べたりしないので安心してください。ただ、広範囲に放ったにしろ、あの魔法をどうやって受け止めたのか気になっただけですの」
その言葉を聞いてネルフィは肩の力を抜く。
「ぼ、僕は──」
「でも、またそれは今度話して貰うとしましょう」
「え…」
シルビアはネルフィの言葉に重ねて喋り、話を無理やり中断させる。そして周りを見渡して眉をひそめた。
「ふふふ、どうしたユウ!お前の力はこんなものか!」
「ぐぉおおおおおお!馬鹿言え!元々俺の力は弱いんだよ!ぐぉお!この馬鹿力鬼畜大天使魔王め!」
「相変わらず口ばっかりの男だな!その根性を叩き直してやる!」
「ぐぉおおおおお!」
今俺は仰向けになってレイラの槍の刃を腕と足で受け止めていた。ずしずしと背中が地面にめり込んでいく。
しぬ!しぬ!マジで死ぬ!
「ははは、そろそろ限界じゃないのかユウ。謝れば許してやるぞ?」
歪んだ表情を見てレイラのニヤニヤ度は増す一方だった。き、鬼畜大魔王め!誰が謝るか!…で、でも、もう力が…。
「レイラ!レイラやめなさい!」
と、ここで愛しのプリンセスが俺達の喧嘩を止めた。
「シ、シルビア!?」
「落ち着きなさいレイラ。まずは周りを見て」
「周り?」
……まわり?
シルビアの指示でレイラは槍を離し、ぐるっと周囲を見渡した。
「…囲まれてるな」
レイラが舌打ちをする。
「全く、レイラがもたもたしているからですよ」
「済まない。シルビア、敵の数は? 多すぎて何人いるかわからない」
多すぎて何人いるかわからない、その言葉を聞いて俺は眉を顰める。
「70…90? いや、100以上いますわ」
「なに!100だと!」
レイラは声を張り上げる。
『レイラ・ディルグレイ!』
『シルビア・ライラス!』
不意に大きな声でレイラとシルビアの名前が呼ばれた。
俺達が今いるところは先の魔法で荒野になっていて、四方八方にはクレーターが広がっている。そのクレーターから何人もの生徒がぞろぞろと現れてきた。
数秒も経たない内に俺達は囲まれてしまった。
「おいレイラ。お前嫌われてんの?」
「馬鹿いうな!私が嫌われる理由がどこにあるんだ!」
「そういやお前学校じゃ大人しくしているんだったな。ふはは、似合わねえ」
「うるさい!喋るな!」
『うるさいのは貴様らだー!今どういう状況かわかっているのか!』
レイラとシルビアの名前を呼んだ図太い声がまた響いた。
「「あぁん?」」
俺とレイラの声が重なる。
「なぁレイラ。今俺さ、超ムカついてる事があるんだけど。勝負はそれが片付いたらしないか?」
「奇遇だなユウ。私も同じ事を言おうとしていた。自分の姿も見せぬ臆病者に指図される事これ以上に腹立たしいことはない!」
レイラは槍、俺は両手な包丁を構え、お互い背中を合わせた。
「ちょ、ちょっと2人とも…」
「はぁ…。本当に仲良いですねこの2人」
「「仲良くない!」」
また俺とレイラの声が重なった。
「ふふふ」
「ぷ。あははははは。ほんとだ仲良いねこの2人」
シルビアとネルフィは笑う。しかしよくよく考えるとこの状況で笑えたものだな。シルビアはともかく、ネルフィは臆病者だったはず。
『き、貴様ら~』
『まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて!』
『君は短期なのがいけないよ。いつだって冷静にならなくちゃ』
『ひゃはははは、こんなもの皆でやりゃいーんだよ!』
図太い声の他に、高くて耳に響くような声、イケメンの声、耳障りな女の声が聞こえてきた。
そしてそれらは俺達を四方から囲むように出てきた。
「レイラ・ディルグレイ!シルビア・ライラス!貴様らは強すぎだ!目障りだから先に消えてもらう!悪く思うよ!」
レイラの正面の人ごみからゴリラのような奴、以下ゴリラが一方的に話しかけて出てきた。
「ごめんね~。あんたたちが目障りってことが一致してね~」
シルビアの正面からギャル、以下クソビッチが出てきた。
「それに、2人増えているようだが? おっと、1人は教員みたいだね。でもなんだか弱そうだ」
俺の正面からメガネをかけた青髪のイケメン、以下早漏が出てきた。
「あんれぇ、何でこんなところにパシり君がいるのかなぁ~? この人たちに守って貰ってるんでちゅか~ネルフィ~? ぎゃははははは!」
「ひぃ」
そして最後にネルフィの正面から金色短髪のヤンキー、以下クズが出てきた。ネルフィはそいつを見るとやたらと怯えていた。
「や、野郎…。ネルフィをパシりだと…。タダじゃおかねえからなぁ」
「ぎゃははははは!何か言ってやがるぜこのセンコー!こんな役立たず、パシり以外に何ができるんだよぎゃははははは!」
はははははははははは!
クズの後ろの生徒からも笑いが起きる。ネルフィを知る奴らだろう。
「ぅぅ…」
ネルフィは今にも泣き出してしまいそうだった。
「えっ」
俺は左手の包丁を右手に持って、ネルフィの頭を撫でた。ネルフィから気の抜けた声が出る。
「あんな奴の言うことなんか聞くな。お前はすんげぇ魔法使えるじゃないか」
ごしごしとネルフィの頭を撫でる。ネルフィは俯いて涙を零す。
「貴様ら!また何べらべらと喋ってるんだ!」
「ほんとムカつくよね~。この状況でも余裕ですってか」
「ふん、くだらん」
「ぎゃははははは!見ろよネルフィの奴!泣いてやがるぜ!ぎゃははははは!」
「もういい、行け!」
「そうそう、さっさっとやってしまいましょ」
「攻撃開始」
「ぎゃははははは!」
4人の合図によって、それぞれの後ろにいる生徒の内5人が前に出てきた。それぞれは剣や斧、鎌などを出現させて武器を構えた。
「レイラ!ユウ!あなた達2人は近距離での応戦!私とネルフィは補助に回ります!絶対に援護しますので後ろは任せてください!」
シルビアから指示が出た。
シルビアは相当頭が切れる子なのだろう、相手の戦術とこっちの武を見て瞬時に指示を下した。
「レイラ…、シルビアは信用に値するのか?」
「愚問だな。シルビアは私より強くて怖いぞ」
「そ、それは愚問だったな…、はは」
このレイラより強くて怖いだと!信じられんがレイラが言うんだから間違いない!背中は任せた!
「「いくぞ!」」
俺とレイラの声が重なり、ピリピリした空気が解放され、戦いの火蓋が切られた。
「はぁ!」
ぎゃあ
「ごめんちゃい!」
ぐぇえ
「ふん!」
きょえぇ
「あらよっと」
ぎゃぁす
「せいせいせいせい!」
ぐぉお
「はぁ!」
ぎゃぁぁん
俺とレイラ2人で20人ほどの生徒を相手していた。まず魔法を発動させて、目を丸くさせている敵の武器を全部粉々に切り落とした。そしてがら空きになった敵にレイラが電撃をぶつけたり、槍の持ち手でめっためたにして気絶させていた。
こんな事が5回か6回ほど続いた。
シルビアからの援護も必要なく、たまに漏れた敵をシルビアが真っ白な銃で撃ち抜いているだけだった。
「す、すごい…」
ネルフィは目の前で繰り広げている戦いから目を離せなかった。
「流石ですわ。息ぴったりじゃないですか」
シルビアはふっと銃口に息を吹きかける。
「ほほう、少しはやるようだな」
「流石にこれだけじゃ足らないわね~」
「そうだな、おっと、増援が到着したようだ」
「ぎゃははははは!これでやっと潰せるぜ!」
「はぁはぁ、何人倒した?」
攻撃の嵐がやっと止んだのでレイラに話しかけた。
「し、知らん!数えていない!はあっ、はあっ!」
レイラも俺と一緒で息が切れていた。
辺りを見回すと最初に話しかてきた4人以外見あたらなかった。となると100人以上の生徒を相手したことになる。
「うぉーい、さっさとやろーじゃねーか。すぐに終わらせてやんよ」
アドレナリンが相当分泌しているようだ。ハイになっている今、一気に片付けようと思った。お山の上でふんぞり返っている大将に向かって挑発する。
「何だと貴様!」
「まぁまぁ、もう終わったんだし?」
「そうだな、もう終わりだ」
「ぎゃははははは!俺達の勝ちだ!ぎゃははははは!」
「は? 何言ってんだあいつら。頭おかしいのか?」
「いや、違うぞユウ!」
「レイラ、ユウ!一度こっちに戻ってきてください!」
「わかった!」
「了解!」
俺とレイラはシルビアの所に戻り、最初と同じような隊形をとった。
「すみません、少し失敗しましたわ…」
「何だ!どうした!」
「はぁはぁ、ユウ、お前には分からないのか?」
「分かる訳ねーだろ、俺は超能力者じゃねーんだぞ…っと」
「ユウせんせ!」
「悪ぃ…」
少しふらついてしまう。ネルフィに支えて貰って倒れることはなかった。
「つかネルフィ、先生いらねーって言ったろ、ユウって呼べ」
「わ、わかった…。ひ!」
「あーん?」
何かに恐怖のしたような表情になったネルフィの目線を追いかけると…
「ほーう、あいつがレイラか…」
「おい、シルビアってあれか? 超可愛いじゃん」
「レイラって奴も捨てがたいぞ!」
「縛り付けてストリップショーでもやらねーの?」
「ぎゃはは、それいーねー、超ウケるー!」
「お嬢様って感じ~? 超ムカつくんですけど~」
俺達の周りにはさっき以上の生徒で溢れかえっていた。
「遅いぞ貴様ら!一体何していた!」
「はいはい、うっせーぞデブ、出しゃばるな」
「何だと貴様ぁ!」
「ちょっとあんた落ち着きなさいよ!」
「うっせーぞこのアマ!」
「何ですって!」
がやがやと周囲が騒ぎ始めるほどに人か増えていた。
「おい、100人ってレベルじねーぞこれ」
不良。一目でわかる、不良の大集合だった。しかし、アルガードの制服が見当たらない。ほとんどがアルヴァレノの奴らだった。ちらっとアルベリオの制服の奴が見えたが見覚えがなかった。
「レイラ、ユウ、ネルフィ、覚悟を決めてください。増援に来た不良共、さっき手駒にされた生徒とは違って全員手強いですわよ。最初の4人と同等かそれ以上ですわ」
「な、何でそんな奴らが集まってるんだよ」
「さあな、集まらないと何にもできない奴らなんだろうな」
ちょー!レイラさん何啖呵きってんすか!
「そうですわね、私も何を言っていたんでしょう。覚悟なんて決めなくていいですわ、あんな雑魚に」
うぅぉおおおい、何言っちゃってるんだよこの子達は!!
「…………」
ちらっとネルフィを見ると、泣きそうな、いや、この世の終わりを目の辺りにしているような表情だった。良かった。仲間がいた。
「んだとこのアマ!」
「やっちまうぞオラ!」
「いい気になって!ムカつくんだよ!」
「ぎゃははははは!やってしまうぞお前ら!」
「死にやがれ!」
啖呵を切られた不良たちが敵意を剥き出して武器を構え始める。
「や、やばいよ!謝ろうよ!あの人たちやばいんだよ!集団で暴力ふるう事なんか当たり前の連中なんだ!逆らった人は全員鬱になるまで痛めつけられるんだよ!」
ネルフィがシルビアとレイラに向かって叫んだ。成程、ネルフィはアルヴァレノだからこいつらのことがわかるんだな。よし、やめよう、謝ろう、逃げよう。って、囲まれてんじゃん。に、逃げれねぇ!ちくしょう!
「ネルフィ、悪いがそれを聞いてしまうと尚更引けないな」
レイラは額に流れる汗をふき取って、槍を構えた。
「そうですわね、そんな秩序を乱すような輩には一度痛い目にあって貰わないといけないですわね」
シルビアの足元に金色の魔法陣が出現する。
「はぁああああぁああああぁ…、くそっ!最後まで付き合ってやんよ!」
俺は両手に包丁を持つ。
「み、みんな…」
オ、アイツラヤルキダゾ!
ブッコロセエ!
コロスマエニタノシマセロヨ!
ギャハハハハハ!
イケエェエエ!
ついに痺れを切らした不良達が動き始める。ある者は武器を手に取って走り、ある者は今使える最強の魔法を詠唱していた。
「ひ!」
それを見たネルフィが悲鳴を上げる。
「ネルフィ、俺はお前を馬鹿にしたあいつらが許せない。一泡吹かさないか? それに昨日言っただろ、勝ちたいかって?」
包丁を右手に持ち、ネルフィに手を差し出した。
「勝ちたいか?」
「う……」
「ネルフィ、ユウはアホだが信用できるぞ?」
「ふふふ、ま、そうですわね」
切羽詰まった状況にも関わらず、レイラ、シルビアもネルフィに優しい笑顔を向ける。
「ちょ、おいお前ら!」
「……………」
何でこの人たちはここまで僕の事を…。
ぼ、僕は…。
僕は…。




