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サマーバケーション <ザバイバルフェス開始>



水面に反射する太陽。


波の囁き。


俺は船の甲板の手摺から海の景色を見ていた。船は豪華客船のように大きく。進む速度は緩やか。船には高度な防御魔法を組み込んでいるらしく、大した事の無い魔物がぶつかると地平線の彼方まで吹き飛んで行くとか言われている。


………。


夏休みに入ってすぐに、5回生の生徒達が集められ、教員も引率でこの船に乗船した。今我々はラーク島という無人島に向かっている。そこで、アルガード、アルベリオ、アルヴァレノの3学校の5回生全員が集い、合宿という名の夢のアバンチュールを過ごすようだ。


無人島と言っても、学園が保有している島なので基本一般人は立ち入る事ができないみたいだが。


その無人島には学校のような学舎や、寝泊まりする場所や運動場、食堂、闘技場や体育館などの設備が幾つもあり、何不自由なく過ごせるとの事だ。


さらにこの合宿で様々な試験があり、そこで良い成績を残せば、国家役員や国軍兵士、議員などの推薦を手に入れる事ができるようで、将来を考えている人にとっては気合いの入るイベントなのだ。だから生徒達終始は凄いはしゃぎ様だ。


「はぁ」


そんな生徒達とは対象的に、気分がいまいち上がらない俺は水平線の彼方をぼーっと見てきた。


「あれ、ユウ先生じゃない。どうかしたのですか?」


「やっほー!」


ケイトとフローラがやってきた。俺がため息を吐いている所を見たのだろう、心配そうな顔で覗いてきた。


「もうすぐ念願の彼女に会えると言うのに、そんな表情していると嫌われますよ〜?」


「いや、それがなぁ…」


丁度いい所に来てくれたと思った。

今悩んでいることをケイト達に相談しよう、数分間の出来事について話し始めた。





ーーーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーー




時は数分前に戻る。

教員専用の船室での出来事だ。



「サラ〜、いるか〜? ちょっと話したいことあんだけど」


サラが泊まっている部屋の扉をノックする。


「いるわよ。どうぞ入って〜」


入室の許可が降りたので、扉を開けて部屋に入る。サラは部屋の椅子に座り、ティータイムをしていた。


「悪いな。くつろいでいる時に」


「何遠慮しているのよ。それよりも話って何なの?」


「ああ、座っても良いか?」


「ええどうぞ」


サラの対面になるようにテーブルに着いた。


「以前言ったと思うが、この合宿が終われば、アルガードの船に乗せてもらってレイラと共にセントブルグに帰ろうと思うんだ」


静かに話を切り出した。サラはティーカップをソーサーに置き、目を俺に合わす。


「今まで身の回りの世話や、働き口を紹介してくれて本当にありがとう」


「………………」


「パ、パンツの弁償代は心配しなくて良いぞ。今まで貰った給料と一緒に、現代の数学の改善をまとめたノートを作って資料室に置いておいたから、それを学会に提出するなりして研究費の足しにしてくれ」


「………………」


話を進めるに連れてサラの表情が暗くなっていく。

不味ったな…。


「出て行って」


暗く、悲しそうな声でそう言われた。

俯いている彼女を見ると、上手く言葉が出てこない。


「……お願いだから出て行って貰える?」


再度言われた言葉は、重く、深く、突き刺さった。気まづい空間に耐えられなり、何も言わず部屋を後にした。





ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー





「正しくは逃げてきたと言うべきでしょうね」


ケイトが厳しく言い放つ。


「そうなんだよな〜。はぁ…」


ケイト達に数分前の出来事を話し、再びため息をつく。


「そりゃあ、サラ先生はユウ先生の事気に入っていましたからね。急に元の国に帰るなんか言い出したら乙女心傷付いちゃいますよ」


「いやでも、何も言わずに帰るよりかはマシだろ?」


「それでも言い方とタイミングがあると思うんですけど〜」


「うっ…面目ない…」


ケイトの言葉がズカズカと心に刺さる。薄々だったが、サラは好意を持って接していると感じていた。常に一緒に過ごしていたし、距離が近過ぎたのがいけなかったのだろう。


「どうするんですか…?」


「まあ、決まっているよなぁ。ちゃんとお別れを言わなきゃダメだ」


「…それはそうなんですけど、私達をにもですよ!?」


「そうだよ!なんで私達は省いているんですか!ケイト達と一緒に騒いでいるの本当に楽しかったのに、何も言わずに帰っちゃうって酷いよ!」


「うぐぅ」


ケイトとフローラの鋭い言葉が刺さる刺さる。しれっと帰るつもりだったのだが、コイツらにもここまで好かれているとは思っていなかった。教師の1人や2人居なくなったところで特に何も思わないだろうと高を括っていたのが仇になったようだ。


「わりいわりい!そしてらこの合宿中にサラも含めて埋め合わせをさせてくれ。商業施設にこの期間だけお店が出るんだろ? 何かご飯とか食べながらさ」


そこまで言うとケイトはピコンっと何かを閃いた表情をした。


「…そしたら、ユウ先生の送別会を行いましょう!」


「え!?」


「ケイトそれ良いね!全部先生の奢りで!」


「んあ!?」


「そうだねフローラ!そしたら他にも人集めておくね!」


「おいお前ら勝手に人増やすな!せめて昼休憩メンバーだけにしてくれ!」


「えへへ〜仕方ないですね!そしたら約束ですよ? 多分、合宿中に試験とかイベントとか何も無いインターバル的な日があると思うので、その日にお願いしますね!!」


「やったねケイト!美味しいものいっぱい食べれるよー!!」


「お前ら…ったく、しゃーねーなあ。この際だからうんと食べろよ!」


「「やったー!!」」


満面の笑みではしゃぐ2人を見て、なんだか毒気が抜かれたようだ。俺が考え込んで居ても何も始まらないな。それにもうすぐすればレイラにも会えるんだ。ビシッと決めよう。うん。


「お前らあんまり船の中で騒ぐんじゃねーぞ」


「「はーい!!」」


元気な返事を背に受けて、船内の自室へと戻って行った。





ーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー





ジャリっと何かを噛んだ。

それは決して食べ物ではなく硬い硬い固形物だった。


「はっ……。うえっ、何だここ!きたね!ぺっ!ペッ」


気がつくと俺は建物の壁際に無造作に作られたゴミ捨て場のような所で寝ていた。ゴミはなかったが、異様に汚い場所だったのでそう判断した。


「ここは何処だ?」


覚醒した頭で記憶を探る。

昨日の夕方頃に船はラーク島に着いた。着いてそのまま宿泊施設に案内されて、レイラに会いに行く前に少し休憩しようとベッドに寝転んだのだが……そこからの記憶が無い。


立ち上がり、周りの景色を見る。

建物を背にして目の前に高さ1m程の壁があり、その向う側は岩場が多く見える海だった。


「あれ? 海ってこんな近かったっけ?」


船の中でラーク島島の地図を渡されて全体像を見たことがあった。宿泊施設や校舎などの施設は島の中央付近に密集していて海までは結構な距離があったはず。おかしいと思い頭を傾げて海を見る。


ギャオオオォォォ


「ふひひ」


掲げた先の海の中で首長恐竜の姿が写った。その恐竜はこの場所から1キロ以上離れているのに物凄く大きく感じだ。


「リヴァイアさん?」


思わず敬称をつけてしまった。

神話に出てくる海竜が1番に浮かんだ。ドラゴンや魔物など散々見てきたつもりだったが、その強大な姿に圧倒されてその場から動けなかった。


ザパーン


再び波しぶきを立てて海竜は海へと潜っていった。水しぶきが高く舞い、薄い虹を作った。


「すげぇ…」


なんというか、凄い幻想的だった。今まで散々現実離れした出来事をしてきたが、それ以上に現実離れしていて感動した。


「っと、それよりも、ここどこだ?」


とにかく宿泊施設に戻ろう思い、建物の周りを伝って歩き始める。まさかまたタイムスリップしてしまったとかじゃないよな。今度は紀元前へ逆戻りってか?


「いやいやいや、そんなわけ…」


表に出ようと建物の門を曲がった先を見た瞬間、絶句した。


ギャァ、ギャァ…


「…………………」


そこは鬱蒼と薄気味悪い木が生い茂る森だった。運動場や宿泊施設や校舎などは、どこにも見当たらない。ふと顔を上げて見ると、この建物は廃墟と思しきお城だった。お城の高層階の尖った屋根付近で黒い鳥がギャァギャァと鳴いる。天気も曇り、不気味さが漂っていた。


「はい?」


とりあえず1から整理しよう。ここはどこだ?あーいどんとのーう。俺は何でここにいる?あーいどんとのーう。他の奴らはどこいった?あーいどんとのーう。


「嘘だろぉおおおおおお!ここどこだよおおお!」


ただ叫ぶことしかできなかった。悲痛な叫びが森中に響いた。


「わっ、えっ、何!」


俺の叫びに反応して、すぐ近くの背の高い草むらから可愛らしい声が聞こえた。


ここか!?


声がした方へガサガサと音を立てながらかき分けて行った。


「うぇっ、何!」


少し草が開けた場所に出た。目の前に先程の声の主がいる。背丈は低く、男子用の制服を着ていた。ネクタイは青色だったので、多分アルヴァレノの生徒だろう。


その生徒は俺を視界に捉えるや腰から剣を抜いて構えた。しかしその構えはお尻を後ろへ突き出して腕をピンと伸ばし、とてもお粗末だった。


「見つけたぁああ!」


「ぎゃあああああ!」


人がいた事にとても安心したと同時に歓喜に震え、その生徒の姿を視界に捉えた瞬間、飛びついた。


急に飛びついて来た俺にびっくりしたのか、その人物は剣を後ろへ投げ飛ばした。無防備になったそれを地面に押し倒し、その勢いのままマウントを取った。


「言え!お前は誰でここはどこでお前は何をしている!」


「ひぃいい。言います!言いますからどうか乱暴しないで!」


そいつは腕を顔の前でクロスして攻撃の意志が無いことを訴えた。


「っるせえ!いいから答えろ!」


その両腕を引き剥がし、地面に押さえてつけて怒鳴った。


「はぃい!アルヴァレノ魔法学校5回生F組25番、ネルフィ・レノンです!ここはどこだかわかりません迷子です!」


必死に答えるその顔は美形で肩まで伸ばした少し長い金髪が特徴的だった。


「おとこ……?」


「はい…一応…」


ネルフィは自分は男だと答えた。ぺったんこな胸を見て確かに男だと思わせられる。しかし、その顔立ちは女のような綺麗な顔をしていた。淡い黄色の瞳が美しい。


「そんなことより、アルヴァレノって言ったな? ここで何をしている!」


アルヴァレノ魔法学校と名乗ったからにはこいつは関係者のはずだ。この状況について何か知っているに違いない。


「お、大声出さないで…。僕はただ、今日の寝床を探していただけです…」


「寝床? 何言ってんだお前? とりあえず、この状況を説明しろ」


「え…と?」


身体を地面に押さえつけられたまま、ネルフィは頭の上にハテナマークを出現させて惚けた面になった。お互いの意志疎通ができていないせいか、何を言っているのか全く分からなかった。


「いいから答えろ、今これはどういう状況なんだ」


馬乗りの状態のまま再度尋ねる。


「え、い、今はサバイバルの真っ只中じゃ…?」


サバイバル?なんだそりゃ。


「サバイバルってなんだ。説明しろ」


「えっ、何で知らないの…」


「うるせえ!いいから答えろってんだ!」


「ひぃいい!わ、わかったから、ほ、他の生徒にばれちゃうから…お、大声出さないで…」


「う…」


ネルフィは目に涙を浮かべ今にも泣き出しそうな表情をしていた。しかもこれがまた可愛くて唆られる表情をしている。これが男じゃなかったらと、悔しい思いをしながらマウントを解いた。そのまま手を引っ張って起こし、身体に付いていた土を払ってあげる。


「あ、ありがとう…」


「こっちこそ悪かったな。大丈夫か?」


「うん…大丈夫…」


「………………」


気まづい。この空気どうすんだよ。ほんと泣き出しそうなんだけどこの子。


「で、説明してくれんの?」


「あ、ごめん。えっとね……」


それからネルフィは今の状況について説明してくれた。


どうやらこれは合宿最初のイベントらしく、一週間の間、サバイバルをするらしい。ここは魔法で作り出した空間で、ラーク島と同じぐらいの大きさのフィールドだそうだ。つい1、2時間程前に、全生徒と一部の教員がランダムに転送されたと言っていた。


この空間にいる人間の手首には黒色のバンドが装着されている。人体に受けるある一定以上のダメージを肩代わりしてくれるもので、吸収しきれなくなったダメージ上限を越えるとそのバンドが砕け散り、この空間から強制送還されるらしい。だから地味な痛みと傷は残るそうだ。転送された後は鬼の特訓が待っているとかなんとか。


それに、バンドを破壊する事に点数が貰え、自分に付けているバンドに吸収されるらしい。その点数が成績にそのまま反映されると言う事だ。ただし一週間経つまでに破壊されてしまうとその点数が0になるので、なんとかして一週間守りきらなければ意味がない。さらに、点数が溜まっているバンドを破壊すると、そのバンドにたまっていた点数分も追加して貰えるとの事だ。


また、グループも組んで複数人で行動するのも有りなんだと。その場合の点数はグループの人数で均等に分けるとか。


一週間逃げ続けるのも良し、こつこつと闘って点数稼ぎするのも良し、複数人でリンチするのも良し、寝ている時の攻撃や裏切り、セコい事をしてネコババするのも良しの何でも有りのバトルロワイアルイベントだ。


「で、お前は逃げ続ける派なのか?」


「う…」


目を逸らした。

どうやら当たりらしい。


「安心しろ、俺は攻撃する気はない。だって教員だしな」


「うぇえ!嘘ッ!」


俺が教員ということに驚いたネルフィは俺から少し距離を取った。


「そういえば、まだ自己紹介してなかったな。アルベリオ魔法学校で最近臨時で教師をやることになったユウだ。よろしく」


「せ、先生だったの…」


「生徒だと思っていたのか?」


「ご、ごめんなさい…」


ネルフィは下を向いて申し訳無さそうな表情を作る。


「いいって、別に気にすんなよ。年だってそれ程変わらないし、それにここだけの話だけどな、非合法的に教師やってるだけだから、お前が思っている程偉くないしな!」


そう言って、ネルフィの肩を叩いた。ネルフィは表情に少し明るさが戻る。


「あ、因みになんだけどね、先生もこのサバイバルに参加しているんだけど、先生を倒した時の点数は物凄いらしいよ」


その言葉を聞いて腰に携える包丁に手を伸ばしながらネルフィから距離を取った。


「ぼ、ぼぼぼぼ僕はこうげげげきなななんかしししないよよ!」


急に戦闘体制に入った俺を見てネルフィは攻撃の意志が無いことを全身で表していた。


「ぷっ」


「な、ななんで笑ってるの…」


誰もが見てもわかるような、攻撃の意志の無さを感じた。拍子抜けして気が抜け、笑ってしまった。


「おい、そう言えば仲間組めるんだったな?」


「うん、そうだけど…」


「だったら俺と組もうぜ?」


「えっ!で、でででででも、ぼぼぼ僕は攻撃なんてででできないし、ま、魔法も殆ど使えないし、いいいつも実戦の授業では最下位だし…」


「ぶつぶつうるせえ!組むぞ!」


「はぃい!」


こうして、半ば強引に俺とネルフィは仲間になった。とりあえず1人で行動するのは危険だと感じていた。複数人に襲われるととても厄介だ。ましてや教員がやられたとなると皆にバカにされるのが目に見えている。何とかしてそれは防がなければならない。


我ながら不本意だったが、いざと言う時の替え玉を手に入れた事は大きな収穫になったに違いない。


「ここじゃ狙われやすいし、この建物の中に入って今日はやり過ごさないか?」


目の前に聳え立つ廃れたお城を指差した。


「うぇぇ…。こんな所に入るの…?」


ネルフィは怖がりなのか、廃城に入る事ににあまり乗り気じゃなかった。


「はいはい、んじゃ行くぞー」


「うわ、ちょっ、えっ、待って!」


そんなネルフィの腕を取ってお城にズルズルと引っ張って廃城に足を踏み入れた。


「うわぁ…これすげえな…」


「う…ん」


城の中も当然の如くボロボロだった。蜘蛛の巣が張り巡らさたシャンデリア、破れたカーテン、爛れた壁、映画に出てくるドラキュラ城のようだった。天候も曇り空のため薄暗く、いかにもな雰囲気が漂っていた。


そんなものを目にして俺はテンションが上がる。まるで遊園地のお化け屋敷に入っているような感覚だった。ビビるネルフィの腕を引っ張って、奥へ奥へと進んでいった。


「おい見ろよ、ここ厨房だぜ?」


「う…ううううん…そ、そうだね…」


厨房を見たネルフィはすぐ回れ右をしてどこかへ行こうとした。


「おいおい、どこに行くんだ?」


「ひぃい!」


ネルフィの首根っこを掴んで逃げないようにした。


「ちょっと何で!早くこんな所出ようよ!何でさっきから部屋一個一個調べてるの!普通部屋なんか入らないでしょ!バカなの!トイレなんて死ぬほど怖かったんだから!」


俺はこの雰囲気ある城をとことん楽しんでいた。何か出てきそうな部屋は入られずにいられない!何か出てきそうな扉は開けずにはいられない!好奇心旺盛の俺は恐怖なんてものは知らなかった。


そんな俺の行動が理解できないのか、ネルフィはついに爆発した。目に涙を浮かべて必死に訴える表情がこれまたたまらない。


「ははは、何言ってんだ。お前も男ならこらくらい普通になれって。女にモテねーぞぉ?」


「う………」


これを言われちゃ何も言い返せないのか、ネルフィは俯いて唇を噛みしめていた。


ぶひぃいい。きゃわいい。っとアブね、あぶね。こいつは男だこいつは男だ。騙されるなこいつは男だ。こいつは…


「ぐすっ…ぐすっ」


ネルフィはついに泣いてしまった。しかしまだ完全には泣いていない。男だから泣いてはダメだと踏ん張っているのだろうか。その表情もこれまた唆られるものがあり、発狂を抑えるのに必死だった。


「うぐ…ずるっ」


ぶびぃ、ぶびぃ。やべぇ、やべぇぞ。こいつはやばい。可愛すぎるだろなんだこの乙女系男子。女にする薬ねえのかよ。いや、いっそこのまま女と認識してしまえば…。ふひひ。ぐへへへへ。


「はぁ…はぁ…」


「ぐすっ…うぐ…」


方や発狂、方や可憐。美と下心が混沌する空間がその場を支配していた。


バリンッ


「ひっ!」


「ん?」


今にもカオスが弾け飛んで1つの歪んだ物語を作り出そうとしていた時、城の下の階でガラスのような物が割れる音が響いた。

因みに俺達は城の3階にいる。


「わひっ」


ネルフィの腕を引っ張って厨房の中へと入って行った。急に引っ張られたネルフィから少し高い声が出る。


厨房は縦長の空間だ。そこに調理台が5台ほど横一列に並んでいる。そのどれもが木製で至る所が朽ちていた。


そのまま厨房の奥へと進んで行った。誰かが来たのなら、こんないかにもな雰囲気を放っている厨房なんかに入ってこないはずだと思った。俺達は厨房の一番奥へ行き、調理台の陰に隠れて息を潜めた。


「なぁ、ネルフィ。お前、このゲームに勝ちたいか?」


声のトーンを抑えてネルフィに話しかけた。


「え、そ、そんなこと分からないよ…。僕はろくに魔法なんて使えないし、勝負にはいつも負けるし、クラスメートにはバカにされっぱだし、学校でも…」


「そんなこと聞いてるんじゃねえ、勝ちたいか、勝ちたくないかだ」


「う…」


「勝ちたいか?」


ニヤニヤしながらネルフィに再度尋ねる。


「で、でもどうやって?」


「いいから、いいから、俺に任せろ」


「でも…」


この数十分の絡みで、どうしてもネルフィを勝たせたくなった。ネルフィはいわゆる落ちこぼれって奴だ。この様子じゃクラスでも良い扱いはされていないだろう。下克上の定番っやつだ。ギャフンと言わせてやろうじゃないか。


「俺に考えがあるんだ。いいから安心しろ、お前を陥れたりなんかしないから」


「う、うん…。わかった。ありがとう、えへ」


ネルフィは初めて笑顔を見せた。


「ぅぉぉ…」


前段却下。俺はこの笑顔を守る為に戦う。この笑顔を永遠に咲かせる為に、俺は戦おう。


「でさ、聞きたいんだけど。何で今まで見返そうとしなかったんだ?」


「だ、だって、僕は弱いし…」


「見返す努力はしなかったのか?」


「僕だって最初の頃は悔しくて皆に隠れて頑張ってたんだけど、才能っていうのかな、そういうのが全くないんだろね、全然伸びなかったんだ…」


「じゃあ何ができるんだ? 魔法とかは?」


「魔法も全く使えないんだ。でも1つだけ使えるのがあるんだけど、どう使ったらいいのか全然わからないし、役なんか立ったことないし…」


「どんな魔法なんだ? 見せてみろ」


「えっとね、おばあちゃんから教えて貰ったんだけどね…」


そう言って、ネルフィは両手を前に出した。するとネルフィの両手の前に、平べったくて薄い緑色の結晶のようなものが現れた。それは六角形の縦長で縦が30cm、横が10cmぐらいの大きさだった。


「なんだこれ。綺麗だな」


その結晶からは光が零れていてとても幻想的だった。おもむろに手に取ってみる。固い感触のそれの厚さは1mmぐらいだった。


「攻撃には使えるのか?」


「前に試したんだけどね、どこかにぶつけても傷1つ付かなかったし、逆にこれが割れちゃって全然ダメだったんだ…」


「ふーん」


その結晶で色々と試してみる事にした。手の甲でコンコンと叩いても割れる気配はなかった。逆にその結晶を持って結晶の角っこで地面を叩いてみた。


パリーン


「ね?」


地面を叩いた瞬間、ひびが無数に入りボロボロに砕け散った。そして跡形もなく消え去った。


「なんだこれ、超面白いな。おもちゃ屋さん開けるんじゃないか?」


「お、おもちゃ……」


「おいおい、冗談だって」


「う、うん…」


結構気にしてるのかな。墓穴掘ってしまったなこりゃ。


オイ、ナニカキコエナッタカ…

アア、タシカニキコエタ…


ネルフィの頭を撫でていると厨房の入り口付近から声が聞こえてきた。


「だっ──」


「しーー」


声が聞こえたとほぼ同時にネルフィの口を押さえ、静かにするように言った。ネルフィは目に涙を浮かべ、少し震えていた。


「大丈夫だって、俺は強いから安心しろ。これでも教師だ」


「あ、そうだったね」


ネルフィは思い出したように目をキョトンとさせて、手をポンと叩いた。


「おいお前こら完全に舐めてるだろ」


「そそそ、そんな事ないよ!絶対ないよ!」


ガチャンッ


ネルフィが溢れんばかりのボディランゲージをお見舞いしたため、調理台を叩いてしまった。そして調理台の上にあったであろう食器が音を立てた。


「ひ──むぐっ」


叫びそうになったネルフィの口をすかさず押さえた。そして動かないように俺の身体へ押さえつけた。


オイ、ダレカイルゾ!

モシカシテ…ユウレイジャネーノ

バ、バカナコトイウナ、ンナワケネーダロ


やっべ、バレてしまったか。しかも複数人じゃねーかよ。どうしようか。…こいつを餌にしてやり過ごすか?


そんな事を考えながらネルフィを見たる。ネルフィは俺の服の裾を持って顔を少し赤らめ、何かを訴えるような目で見ていた。


はい却下。俺は何としてでもこいつを守る。何たって、なんたって。ぐふふへへへへへ。ぶひぃいいいいいい。


「2秒待ってろ」


「え…」


ネルフィが何かを言う前に魔法を発動した。周りの音が隔離されていく感覚が起こると、ついには音が聞こえなくなった。


そして自分がいる場所を飛び出して厨房の入り口へとダッシュした。入り口には3つの人影が見える。それぞれは部屋の奥から何かが近づいてくる事がわかったのか、身構える体制を取り始めていた。


3人の懐に入った時、丁度奴らも武器を手に取ったところだった。しかし時間を超越している今の俺に取っては何の心配もない。


正面にいる驚いた表情の男子生徒の鳩尾にパンチを叩き込む。そしてスローモーションで吹き飛ぶ姿勢を作った男子生徒の顎を右足で蹴り上げ、身体を回転させて左足で再度鳩尾を蹴っ飛ばした。


そんな俺に向けて右隣にいた男子生徒は剣を振り下ろしていた。


俺は右手に包丁を持ち、男子生徒の一撃を紙一重で避けたと同時に、剣を握っている手の甲に包丁を突き立てた。男子生徒の顔がスローモーションでおぞましい表情に歪んでいく。後は最初と同じように2人目の男子生徒を蹴っ飛ばした。


ダッ─


残りの3人目に振り向こうとしたその時、一際大きな音が耳を劈いた。3人目は俺に向けて銃を放っていた。弾丸が俺こめかみへと直進する。


「うぉおおお!」


身体と首を変な方向へ曲げることによってかろうじて弾丸を避けることができた。


銃のように、目に見えないスピードを出す代物は細心の注意を払わなければいけない。それ相応のスピードで飛んでくるし、当たったら当たったで確実にダメージを負う。


もう一つの包丁を抜き、両手にで構えた。


さらに時間を遅くすると勝負は一瞬で決めれるのだが、このままで戦ってみようと思った。時間を遅くすれば魔力も余計に使ってしまうし、何せ現在の自分がどこまでできるのか知りたかった。


俺と生徒の距離は20m程離れている。飛道具が使えない俺にとってはかなり不利な状況だ。


ダ─


生徒は俺に向けて銃を撃った。光と煙が出たと同時に弾丸が一直線に向かってくるのが見える。その直線から身体をズラし、身体を低くして生徒向けて走り出した。


ダッダッダッダッ─


光が次々と輝き、いくつもの弾丸が俺へと向かってきた。


避けれる弾はギリギリで避けて、他は包丁でさばいてなんとか切り抜けた。どうやらこの弾丸も魔法で作られたものなのか、豆腐みたいにスパスパと斬れた。


生徒は化け物でも見るかのように目を見開き、引きつった表情に変わっていった。もう奴との距離はほとんどない。俺の間合いに入っている。


生徒は最後の一発を俺の顔面に放った。


「くらうらうかっ」


首を傾けて弾丸を避けたと同時に銃を細切れにした。余程大事な物だったのか、生徒は今にも泣き出してしまいそうな悲痛な表情にスローモーションでお見舞いする。そんな生徒に情けをかけることなく先程の2人同様こてんぱんにのした。


「ふー、よしっ」


最後の1人を片付けて魔法を解除した。割と長い間魔法を発動していたし、神経もだいぶ使ったので少し疲れた。


パキッ─


突然、後ろの方で何か物音が鳴った。


やべっ。


振り向いてそこで見たものは、氷の刃が地面から咲いていてた。3人目の生徒が放った最後の弾丸が地面に着弾し、そこからこれを作り上げたのだと一瞬で理解する。


「いっでぇぇえええええぇえぇえええ!」


とっさに頭を下げてその場から飛んで避けようとしたのだが、氷刃が何本か背中に突き刺さった。その勢いのまま前のめりに倒れ、地面をのたうち回る。


「ぐぉおおおお。いてええええええ。ちきしょぅおおおおう。おふぅ、おふぅ…」


相当痛い。映画やアニメで剣とか槍とか突き刺さっても気合いで動いてるシーンとかあるだろ?あれは嘘だ。相当痛い。痛さで何も出来ない。これが現実だ。


「だ、大丈夫!? ひっ!血ッ─」


ばたんっ


心配をして駆けつけてきたネルフィは、俺の傷を見るや気を失って倒れてしまった。まったく、こっちが痛さで気を失いたいぐらいだっつーの。


「うふぅ…」


それから数分して割と痛みも収まってきた。その場に座って服を脱ぎ、傷を隠すように身体に巻きつけた。血はもう殆ど止まっていた。


右手に巻きついているバンドに目を落とし、少しひびが入っているのを発見した。もう少しダメージをくらっていたらこのバンドが壊れて強制送還されていただろうか。


やはりこの魔法は複数人相手にはあまり有効ではない。いくら時間を遅くしようが、気を抜いたところを狙われたらもろにくらうだろう。時間の感覚を遅くすればする程膨大な魔力も消費するし…。


それに魔法を解いた後だ。時間の感覚が一気に戻る感覚に着いていけなければ今回のようになってしまう。反応できなければ終わりだな。結構便利な魔法と思っていたのに課題が幾つも増えやがった。


ふと周りが気になり、ネルフィに目を向けた。


「ぅ……ん」


しかしこいつはまたエロい格好で気を失いやがって。無傷だったら確実に襲ってんぞ。

3人の生徒の姿はどこにもなかった。多分元の場所へ転送されたのだろう。


「よいしょ」


痛む身体にムチを打って起き上がり、ネルフィを担いでどこか休める場所を探して歩き出した。



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