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進化の繭 <後編>




何かが繭を破った。


そう確信した。


気味の悪い雄叫びが空間を振動させている。


「おい、嘘だろ…」


「な、なにこれ……」


「これは…」


繭の殻を食い破り、そいつは出て来た。


紅蓮に染る眼光。長く伸びる首。何もかも噛み砕いてしまいそうな巨大な顎と牙。黒々とした甲羅のような外殻は全ての攻撃を弾き返すかのようだ。


一言で言うと、ドラゴン。


翼は生えていないが、その巨体はどう見たってドラゴンだった。邪竜とは程遠いが、その巨体は足を竦ませる簡単な理由になる。俺が付けた傷跡はもう見当たらなかった。こんな巨体、あの3人はどうやって相手にするつもりなんだろう。これで負けたとなっちゃお前達の呼び名は三馬鹿だ。頼りにしているぞ。


階段の壁に隠れながら、今この瞬間で絶大なる信頼を寄せる3人に目を配った。


「ドラゴンか、対峙するのは久しぶりだなぁ…」


ユアンの口振りからはどうやらドラゴンを討伐した事があるようだ。自信に満ち溢れた表情を浮かべて武器を握りしめる。そして新たに現れた脅威に対して攻撃する体制を取った。


ギョギョギョギョアア!!


それに反応したかのように魔物は叫び始める。そして仁王立ちのように立ち上がったかと思うと、その大きな両手を前に突き出した。


「はん、何かしようたって無駄だ、この鎧はぶぐぼぇああっ!!……がふぁッ!」


装備している鎧の自慢をし始めたその時、ユアンは一瞬にして俺がいる階段の近くの壁まで吹き飛び、めり込んだ。


「「ユアン!」」


リディアとアルスはユアンに駆け寄る。


「おいユアン!しっかりしろ!」


アルスはユアンを壁からはがし、地面に寝かせた。


「う……」


ユアンの頭からダラダラと血が流れ出している。さっきの衝撃で深く傷ついたようだ。


「リディア!回復魔法!」


「今準備してる!」


リディアは杖をユアンに向けた。そして杖が白く光り輝きだし、ユアンを包み込んだ。2人はバカの治療で頭がいっぱいの様だが、問題はそこじゃない。


一体、奴はどうやってユアンを弾き飛ばしたんだ!?


手を掲げただけで人が吹き飛ぶ。それが起こった。魔法だとすれば奴は雄叫びも何も発していない。この世界の魔法発動の常識が崩れた瞬間だった。


グギョギョギギョギョ!!


気味の悪い笑い声のような物が聞こえる。まさかとは思って凝視して驚いた。奴は魔物に似つかわしくない気色の悪い笑顔を浮かべていたのだ。


「なん…だってんだ」


「これ、意志を持ってるの?」


リディアとアルスが信じられないものを見たような表情で目を見開く。確かにあのドラゴンのような魔物の顔に笑顔がトッピングされると拒否反応が出るぐらい気色悪い。


ギョギャアアアーギャギャギャ!!!


魔物はアルス達を目に捉えて楽しそうに鳴く。


「おいリディア、お前はこのままじっとしていろ。俺が時間を稼ぐ!」


「アルス!戦ってはだめ!分かるでしょ!今の私達じゃあれには勝てないわよ!」


「そんなことは…分かっている…」


とうとう奴らは三馬鹿に成り下がってしまった。ユアンのやられ方を見て相手の力量を測ってしまったのだろう。そろそろ逃げる準備をしておこう。こいつらが餌になっている間に時間を稼げるだろう。


「だったら!」


「だが、このまま易々と逃がしてくれるとは思い難い。お前らだけでも逃げるんだ」


アルスは奴と対峙するように剣を構えた。


ギョギョギョギャーギャギャギャ!!


それを嘲笑うかのように魔物が叫ぶ。甲高い声が本当に気色悪い。気持ち悪いではなく気色悪い。嫌悪感が半端なかった。奴はユアンを吹き飛ばした時と同じく、アルスに向かっても掌を突き出した。


「ぐぁっはあッ!」


バッコーーン!!!と壁が砕けた。


ふと目を逸らした瞬間、アルスが吹き飛んでユアンと同じように壁にめり込んだ。今回もさっきと同じだ。手をかざすだけで人が飛ぶ。


「嘘でしょ……そんな……まさか…抑止機構は…?」


この事実に気付いた人物がもう一人いた。流石は魔法使いと言うべきか。


「う…リディア…」


「はっ。ご、ごめんアルス!」


倒れるアルスからリディアを呼ぶ声が聞こえる。多分回復魔法だろう。我に返ったリディアは直ぐにアルス達に駆け寄る。


「アルス!しっかりして!」


リディアは意識の失ったアルスをユアンの近くまで運び、2人に回復魔法を発動した。3人を包むように水色の透明な膜もが張られる。


ギャギャグキャアア!!!


魔物はその巨体を揺らし近づいてきた。唾液をボトボタと垂れ流しながらぱっくりと大きな口を開ける。


「えっ、なに…?」


奴の口に光が集まり始めた。火を吐くのかと思いきや、光が収束している。


「ひ……ひ……いや……」


グギャギャギャーギャ!!


リディアは防御魔法を展開したまま身体を震わせていた。半べそをかいて必死に身構えている。それを見下したかのように奴は更に気色の悪い笑い声を上げだ。


このままだと多分リディア達はやられる。そしてそれが放出されてば、奴とリディアの直線上にいる俺の方にまで飛んでくる。


くそっ。


「え!?」


リディアは驚くのも無理はない。気付けば足は進み、そこにいた。俺はリディア達を守るように、奴の前に立ちはだかる。


「何してるの!早く逃げなさい!」


リディアが凄い剣幕で怒鳴った。


「俺の名はユウ。邪竜ヘルヴァージンを葬った男だ。以後よろしくぅ!」


リディアに向かって舌を出してピースする。リディアは『目の前のコイツはこんな状況の中一体何をやっているんだ』とでも言いたげなムカつく顔をしていた。


「…………え!? ユ!? ヘル!? え? 葬っ!? え!? 邪竜ぅ!!?」


俺の自己紹介の内容がワンテンポ遅れて理解してきたようだ。それでも中々のムカつく驚き方だ。だがそれよりもまずはコイツの動きを止めるか。


俺が間に入ったにも関わらず奴はニヤニヤしたままゆっくりと光をかき集めていた。


それに向かって手をかざす。


コイツはかの邪竜ヘルヴァージンと比べ物にならないくらいの小物だ。

あの邪竜は俺達を個として認め、いたぶりもせず、生きるチャンスも与え、そして全力で戦っていた。


それに比べてコイツはどうだ。

自分よりも弱い相手を殺しもせずいたぶって遊んで嘲笑っている。こんな奴をヘルヴァージンと一緒のドラゴンという括りで呼ぶ事に無性に腹が立った。


自分がやられる側を想像した事があるか?


「アクセル」


心の中で問い掛けながら奴の時間軸を切り離して進むスピードを遅くする。


ギャ……ギョ………………ギャ……ァ…………ァ……………


気持ちの悪い叫びがスローになった。ヘルヴァージンが来襲した時に掛けた魔法だ。あの時よりは俺の魔力は膨大な物になっているのでちょっとやそっとで魔欠は起こらない。それに燃費も良くなったみたいだ。


「まずはこれで一安心だ。今の内に回復に専念しろ」


リディアに向かってそう言うが、リディアは放心状態で反応が無かった。


「早くしろって!!」


「わわ!分かったわ!!」


我に返ったリディアは防御魔法を解いて回復魔法の光を強めた。


「あ、貴方のその魔法…一体……どうやって…」


リディアは回復魔法をかけながら俺に尋ねる。


「他言無用でよろしくな」


背中を向けたままそう答え、腰に携える包丁を抜いた。それを逆手に持ち、槍投げの格好で構える。


「あばよ!」


思いっ切り投げたと同時に魔力を込めた。紫電が走った包丁は俺の手から離れたとほぼ同時ぐらいに消えた。


重ねがけの魔法。

今日の朝に確信した最強のコンボ技だ。


「うぐぅ」


ただし消費する魔力が半端ない。膝から地面に落ちた。

奴にかかった魔法も直ぐに解除されるが、


バシュッ!!


かき集めていた光が霧散する。包丁は俺の狙い通りにぶっ飛んで行ったようた。


ギョギャギャ!?


奴の雄叫びが時間を取り戻したみたいだが、霧散した光の奥から間抜けな顔が伺える。何が起こったのか全く理解していないようだ。

良いタイミングで魔法が解けたと思った。何も理解出来ぬまま息絶えるがいい。


ギョキャアッ!!!


包丁は奴の脳天を貫き、茶色の血液を噴水のように撒き散らした。

奴は力なく前のめりに倒れ、大きな地響きを鳴らす。振動が地面から伝わり、粉塵も少し舞った。


「ふぅ…」


その場に座り込む。一発で方が付いて良かった。正直言って体力も魔力も空っぽだ。


「一撃って、う、嘘でしょ。貴方一体何なのよ…」


リディアはまだ放心状態だった。


「おいおい。命の恩人に向かってその言い草はねーだろ」


「ご、ごめんなさい」


「まあいいや。あんた達見た所、この国の正規軍か調査団員みたいなもんだろ? 今回の件、あんた達の手柄で良いから俺の事は黙っててくれねーか?」


「な、なんでそんな手柄を手放す事!しかもユウって、セントブルグのあの英雄よね!? 死んだんじゃなかったっけ!?」


リディアが段々と興奮する。死の瀬戸際から開放された反動だろう。極度の緊張から解き放たれるとたまにハイになる時がある。


「色々とややこしいんだよ。命救ったんだから俺の能力は頼むから黙ってて欲しい」


「でも…」


リディアは言葉を飲んで食い下がった。少し考え事をして口が開く。


「分かったわ。ここでの事は私が倒した事にするね」


「助かるよ」


「でも、貴方に聞きたい事が山ほどあるの」


「そりゃそうだろうな。お察しするよ」


「なんでそんなに落ち着いていられるのよ。貴方、自分のやっている事本当に分かっているの? 貴方の魔法…、魔法と呼んでいいのか分からないけど…あー!もう何が何やらさっぱり分からないわ!」


「大丈夫かよオイ」


「大丈夫じゃないわよ!って、とにかく、質問は落ち着いてからにするわ。一度外に出てこの街の警備隊に連絡して救援を待ちましょう」


「…俺も居なきゃいけないパターン? 早く寝たいんだけど」


「当たり前でしょ!能力は伏せておくけど、重要参考人なんだから我慢してよね」


「まじかぁ〜」


「ほら、さっさと行くわよ」


そう言ってリディアは杖をかざす。アルスとユアンに淡い光が発したと思ったら彼らの身体が中に浮いた。リディアは簡単な魔法であれば無詠唱で発動できるようだ。格好から見る限り、魔法の専門家みたいな感じだろうか。


「ちょっと武器を取ってくるからゆっくり行っててくれ」


俺は反対側の壁際に落ちていた相棒を迎えに行き、リディアの跡を追いかけて地上まで登って行った。

戻る途中、横目で奴の死体の様子見たが、割れた頭から臭い体液を垂れ流しているだけで動く気配はない。完全に死んだようだった。


「ユウ!!」


「え!? サラ?」


階段を駆け上がり、外に出るとそこにサラがいた。心配そうな顔をしている。いつまで経っても帰ってこない俺を心配したのか、痛めるお腹を庇いながら無理してまで来てくれたみたいだ。


「何この穴!臭い!一体何があったの!? 身体もボロボロじゃない!」


サラが焦った表情で駆け寄って来る。リディアはすぐ脇にアルス達を下ろして回復魔法を再開させていた。


「貴女、ユウの彼女か何かですか?」


「かか、彼女!?」


不意にリディアから発せられた言葉にサラが困惑する。


「サラはここの講師だ。この人のお陰で俺はここで働かせて貰っている」


サラの代わりに答えるとリディアは納得した感じで頷いた。


「私はサラ・バルフォード。この学校で教師をしています。ユウは私の助手で、悪い人ではないです!だから、あの、その……」


「大丈夫よ。読心魔法を展開しているから彼の無実は証明済みよ。まあ、途中私達を三馬鹿呼ばわりしたり餌にして逃げようとはしていたのは認めるけどね」


バレていたのかよ。怖ぇな。つかマジで人の心読んでばっかだと恋人なんかロクに出来ない気がするなぁ。独身魔法とでも名付けておくか。


こんな事を思うと、リディアから物凄い形相で睨まれた。冷汗を垂らしながらはははと笑い返す。


…独身当たっていたのな。


「貴女も講師ならは話は早いわね。私はディルド国、宮廷魔導師を務めているリディア申します。この学園の地下から大量の魔物の死体が出てきました。ここの獣達の力を使って国軍へ伝達を飛ばしましたので、もうすぐすればこの街の警備隊の救援が来て調査が行われます。大きな騒ぎになると思いますが、トップの許可が降りるまで口外禁止となりますので、学校関係者へのフォローをお願いします。この地下への階段付近もしばらく立ち入り規制もされると思います」


凛とした声だった。


「わ、分かりました。夜遅いですが、今から理事長に掛け合ってみます」


「彼には重要参考人として話を聞きたいから、少し預かることになるわ。怪我もしているみたいだし、治療も兼ねてね」


そう言ってリディアはウィンクをする。美人にそんな事をされると少しドキッとしてしまった。


「分かりました。よろしくお願いします!ユウ!しっかり見てもらうのよ!」


サラは緊張した面持ちでペコペコしていた。踵を返してどこかへ走って行ったようだがお腹は大丈夫なのだろうか。


「それじゃ、貴方の回復も今から行うわね」


アルス達に回復魔法をかけながら、もう一方の腕を俺に伸ばす。そしてそこから淡い優しい感触の光が放たれた。


「うわぁ…なんだこれ。気持ちぃ〜」


身体がぽかぽかと暖かくなり、先程までズキズキてしていた痛みや疲労感が無くなった。全ての痛みや傷が身体から剥がれ落ちていくような感じだ。


「宮廷魔導師って、すげえのな」


魔法使いのくせに回復魔法。それに同時に2つの魔法使うリディアを見て、俺が厨二病に足を踏み入れる切っ掛けとなった大魔導士を思い浮かべていた。


「そんな大した者じゃないわ。魔導すらまだ極めていないもの」


……意味深な言葉だ。


「それよりも貴方の方よ。ヘルヴァージンを倒した話もそうだし、その無茶苦茶な魔法は一体何なのよ」


「ヘルヴァージンを倒したのは本当だけど、この魔法については俺もよく分かってねーんだよ。逆に教えて欲しいぐらいだわ。俺の素性はセントブルグのギルドフェニックスでマスターしているナミって人にでも聞いてくれ」


ナミさんなら上手いことやってくれるだろう。俺に死んだ事を教えなかった仕返しだ。


「ふふ。貴方って心の中ではかなり悪い事考えているわよね」


「そういや心を読まれてたんだったな。失敬」


「私は貴方みたいな考えの人、嫌いじゃないわよ」


「それはありがとう」


「あら、こんな美人が褒めているのに素っ気ないわね」


まあ確かに美人だけど、行き遅れた感がするんだよなあ。あ、いけね。これも読まれているんだった!


「行き遅れのババァで悪かったわね」


リディアは額に青筋を浮かべていた。


「本当にすみませんでした。ってかもうその魔法解除しろよ。話しづらいだろよ!」


「そうね、解除しておこうかしら。でも貴方の心の中での悪口は本当に清々しいくらいだわ。疑う気も失せるわね」


「ほっとけ」


「…言葉は悪いけど、悪巧みするような悪党でないのは確かだわ。そんな貴方に一つ頼み事をしても構わないかしら?」


「…内容によるな」


「簡単な内容よ。多分、今回のこの騒動の黒幕はこの学校の関係者よ」


「それは同意見だ」


こんな大規模な人体実験。それも学園の目を盗んでの犯行だ。多分複数犯だろうけど、絶対に学園の関係者はいる。


「それを調べて欲しいの」


「俺に?」


「ええそうよ。貴方、頭の回転も良い方だし立ち回りも上手く出来るでしょ?」


「頭の回転については認めよう。だが、後半は間違っている。自分でも上手いこと立ち回っているつもりなんだけど、なんだかんだ色んな事に巻き込まれてんだよな。運の悪い事に」


っと、ここまで言ってある事を閃く。

逆転の発想だ。


「それならさ…」


俺はリディアにある提案をする事にした。








ーーーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーー





その後、現場に到着した警備隊が穴の周囲にバリケードのような物を作り、中の調査を行っていた。


サラが帰ってきたのは1時間ぐらいしてからだ。それまでリディアと他愛な話をして時間を潰していた。


身体の傷は綺麗さっぱり無くなっていたのは普通に驚いた。家に着いてサラに問い詰められたが、適当に答えて事なきを得る。


次の日は少し騒動にはなっていたが、箝口令をしかれていたので、数日もすれば噂すら聞こえなくなっていた。



そして……



ついに……



「いよっしゃあー!!!!」



燦々と照りつける太陽が煌めく。終業式が終了し、開放感が全身を駆け巡る。



「夏だー!!海だー!!」



少し気温も上がってきたようだ。入道雲が青空を覆っている。



「合宿だー!!!!」



俺たちの夏休みが到来した。




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