ティーチャー イズ ミー
『先生』
それは、先達の学んだ知識を後進へ伝える役目を受け持つ人の象徴である。如何なる時も先んじて先頭に立ち、迷える子らを導く存在であり続ける事が必要とされる。時としてその知識を歪曲させて先行し、子羊を甘美な空間へと誘う事も出来る天職である。雌雄の情熱が爆発し、閃光のように儚く消える。人はそれをアバンチュールと呼んだ。なんという僥倖。あぁ無情。
「先生。授業をしてくれませんか」
教室の教員席に座り、窓から見える青空をぽけーっと見ていると、男子生徒からそんな言葉が飛んできた。この男子生徒は眼鏡を掛けていかにも優等生な見た目をしている。黒板に書いた『自習』という言葉が気に入らない様だ。
「うるせえ。さっさと教科書の問題解いてろ」
授業はある程度条件が揃えば楽なもんだ。黒板に自習と書いて教科書の問題を適当に解かせているだけで成り立つ。こんな事を言えば本職の方に埋められるかもしれないので心に留めておこう。
本日の授業のスケジュールは、ケイト達が属するこのクラスの授業だけだ。一限目が終われば後は何も無い。自分の研究に没頭する為にこういった時間割にしたそうだが、本当に助かった。今の俺には先生という大役は荷が重い。
「もう解きました。早く授業を進めて下さい」
窓の外から見える景色を眺めていると先程の生徒から続けて小言を言われる。どれだけ勉強が好きなんだこいつ。
「しゃーねーなー」
溜息を吐いて立ち上がった。黒板の前まで行き『自習』という文字を消す。チョークを黒板に走らせ、適当に作った数学の問題を書いていく。以前サラに渡したような問題と似たようなやつだ。今のこいつらでは到底解けそうに無いだろう。
「今までやった事を100%理解していたら解ける問題だ。これを解けたらもう授業終わって良いぞ。出来たら俺に持ってこい」
今の自分達の力量で解く事が可能だと感じさせる言葉を吐くと、それを聞いた生徒達はマジかマジかと騒ぎ始める。机に突っ伏していた生徒も顔を上げ、やる気に満ちた表情で黒板に食らいついていた。これぞ飴と鞭。教育とはこんなもんだ。
我こそはと言わんばかりにせっせと問題を解く皆の姿を見ていると滑稽に思える。こんな問題なんか解かずに教室から出ていっても何も咎めたりしないと何故分からないんだろう。視野が狭い。
「まあ、俺には関係ないし別に良いか」
この一限だけは曲がりなりにも仕事は全うしよう。とは思ったのものの、こいつらがこの問題に釘付けとなっている間は何もしなくても良いような気もする。先程楯突いてきた生徒は頭を抱えて古代数学と戦っていた。その表情からは焦りと怒りが伺える。プライドがズリズリと削られている様に見えた。
良い気味だ。
「ふあぁ」
欠伸をして再び外の景色へ視線を戻す。それからチャイムがなる寸前まで椅子にふんぞり返っていたが、誰一人として解答を持ってくる者はいなかった。
「はい、それじゃあここまでな」
優越感に浸りながら立ち上がり、チョークを持つ。そして解答を黒板に書き殴って教室を出て行った。ざわつく教室の声を背で受け歩き始める。
「あー!いい仕事したぞー!今日は終わりー!!」
ぐーっと背伸びをして廊下を軽快に進んで行く。やりきった達成感と暖かい気候のせいか少し眠気を感じる。サラの研究室に入り、ソファに寝転んだ。目を瞑り、少しだけ眠ることにした。
ジリリリリリリリリリリ
二限目開始のチャイムが鳴る。
このチャイムと同時に目を開ける。背伸びをして、武器を手に持ち、ある場所へと向かって行った。今までやりたいと思っていた事だ。一人になれる時間が欲しかった。
「さてと。そろそろ真面目に向き合うか」
誰もいない小闘技場へ足を踏み入れる。ここでやろうとしていた事は、今自分が使える魔法で何をどこまで出来るのかを見極める事だ。
思い出すは邪竜戦。
あの邪竜を殺した方法、その時の記憶は鮮明に覚えていた。やった事は至って簡単。自分の持つ武器を、数秒後の世界に送り届けたのだ。だか感覚的な感じでやってのけたので、イマイチ理論とかは分かっていない。手に持つ刀に視線を落とした。
「…………」
そして力を込めてぶん投げると同時に、魔力を込める。刀に紫電が走り、俺の手から消える。そして刀が消えた数秒後、闘技場の壁に突き刺さった状態で刀が出現した。
『物の時間と空間移動』これを魔力を込めただけで出来たのだ。これが出来てしまえば自分自身の時間と空間の移動が出来てしまう。それは過去にでさえも同じく言える事だ。
ブルっと身体が震える。自分自身の持つ力が強大な物と理解した瞬間だった。これは色々悪さ出来る力だ。性格の悪い俺がぱっと浮かんだのは過去改変。己の利益の為だけに確定した未来を変えることだ。
「……くっ」
膝が地面に着く。刀をたった数秒先へ時間移動させるだけで莫大な魔力を消費したみたいだ。邪竜戦の時はハイになっていたし、後先考えずにこんな魔法を連発すればそりゃ倒れてしまうわな。
「まだまだ元の世界に帰るまで程遠いな…」
1番の目的は元の時代に戻る事。果たして2000年も時を戻れるかは神のみぞ知るところだが、道は見つけた。後は極めるだけ。
今使える魔法は主に2つ。指定したものの進む時間を周囲の時間軸から切り離して自由自在にコントロールするアクセル。そして今回新たに使えるようになった、時間と空間移動の魔法。適当にテレポとでも名付けておこうか。これを感覚的にやってのける事が出来る。正直、この2つの能力だけで誰にも負ける気がしないが、組み合わせるともっと最強だ。
「今日はここまで確認出来れば上出来か」
壁に突き刺さった刀を取りに行き鞘に収める。壁は元から穴が空いていたり傷まみれになっていたので、特に気にしないでも大丈夫みたいだ。腹も空いてきたし昼飯にしよう。闘技場を後にしてサラの研究室へ戻って行った。
昼休憩になると、いつもの昼飯メンバーが研究室に集合する。そこでは、今俺がかなりヤバい奴という噂が出回っている話で盛り上がっていた。
なんでも、ジュルドを完膚なきまでに叩きのめした事が原因らしい。ジュルドは教員ですら手に負えない不良だったのだが、そんな奴をフルボッコにした鬼教師と噂されていた。噂に尾びれが付き、政府に黒幕がいて脱獄してきた元第1級凶悪犯というオプションも付いていた。さらに、この国では最近行方不明者が続出しているらしいのだが、実はその誘拐犯なのではとかまで噂されていたそうだ。この学校の教師や生徒も何人か行方不明になっているとかなんとか。
「えらいこっちゃ…」
その話をケイト達から聞かされて俺は頭を抱えた。これからの薔薇色スクールライフに影響を及ぼす恐れが発覚した。夢の放課後特別授業が遠のいていく感覚を覚える。
「先生がボコボコにするから悪いんですよ~」
フローラが無邪気な笑顔で言う。
「でも、先生ってすごかったんだね…」
「アタシもびっくりしちゃった!」
「本当に、このひょろひょろした感じからはそんな芸当ができるとは思いもしませんよね」
「本当に凶悪犯じゃないの~?」
美少女達から次々と言葉が飛び交う。
「ちょっと!ユウ先生が凶悪犯なわけ無いでしょ!」
ここで皆を注意したのがやはりケイト。この子は本当に優しい。この学校の有象無象の中で唯一のオアシスだ。
「ケイトの言う通りだぞ。俺は英雄なんだ」
「英雄って〜」
「本当だぞ。先生は以前セントブルグにいたんだけど、ドラゴンなんか撃退したんだぜ。確かヘルヴァージンって名前だったか」
そこまで喋ると、時が止まったように皆固まっていた。ご飯に手をつけていたお箸やフォークを止め、信じられないような目で俺を見ている
「「「あははははは!」」」
フローラとケイト以外の3人から笑いが上がった。
「ちょっと!何を言い出すかと思えば!ヘルヴァージンを倒したなんて!あはは」
「いくらなんでもそれは信じられませんよね〜」
「本当ですわ!」
あんだけ死に物狂いで戦ったことをここまで笑われるとちょっとムスッとしてしまう。しかしこいつらの反応も頷けるのも確かなのでこれ以上は深堀しない。何百年と続いていた災厄を倒したなんて言われてもちょっとやそっとじゃ信じないのは当然の反応だ。
ジリリリリリリリリ
ここで予鈴が鳴り、昼休憩の終わりを告げた。先程爆笑していた3人は弁当箱を片付け始める。
「じゃあね、ケイトとフローラは次の授業取ってなかったよね?」
「うん、そだよー」
「じゃ、またね!」
「失礼しました」
ケイトとフローラは次の授業を取っていないようで、ここに居座るつもりだろう。彼女らに別れを告げて美少女達は研究室出て行った。
ふう。一息ついてソファーにもたれ掛かる。ふと、フローラと視線があった。
「ユウ先生。さっきのドラゴンの事って本当ですよね?」
「ああ、本当だぞ」
「うぇえ!?」
フローラの問いに素直に答えると隣に座っていたケイトが吹き出した。不意打ちを食らったようにビックリした表情をしている。ぽたぽたと飲んでいた飲み物が口から零れていた。
「やっぱりそうなんですね…」
「ん? 気付いていたのか?」
「いや、もしかしてと思っていました。私のお父さん、最近帰ってきたんですけど、セントブルグへ仕事で出張に行っていたんです。その国でユウって青年がヘルヴァージンを倒したって新聞が回ったって言っていたし…、名前も出身も一緒の先生がここに来た時期も時期で…」
「なるほどね」
「でも……その人死んじゃったって…」
「「え!?」」
俺とケイトの声が重なった。ケイトは顔を机から上げてフローラを見る。
「私の聞き間違いかもしれないんですけどね…。今こうして先生は生きているんだし…」
まさか死んだことにされているとはな。それは考えてなかった。右ストレートだと思いきやボディブローをくらった感覚だ。そりゃレイラが収拾つかないくらい泣き叫ぶ事も理解出来る。つか何でナミさんその事教えてくれなかったんだ。地味な嫌がらせか。
「まあ、でも死んだ事にされているのは丁度良いのかも知れないな」
「え? どう言う事なんですか?」
ふと漏らした言葉にケイトが食いつく。
「ふえぇ、言わなきゃだめか?」
「「ダメ!」」
「ぉぉぅ…」
2人は真剣な眼差しで詰め寄ってきた。顔がかなり近い。
「わかったよ…。絶対に口外するなよ…」
まったく。マジで可愛い女の子には弱いな俺。まあ、この子達は口は軽くなさそうだし大丈夫だろう。
諦めて自分の能力を包み隠さず話した。この力が悪用されれば世界が崩壊する可能性があるという事を最初に説明した事で、絶対に口外はしないよう約束させた。
俺を薬か何かでポン中状態にして操り人形のようにする事はこの世界では簡単な事だろう。私利私欲の為に過去の改変に能力が使われれば、その世界が別の世界となってしまい、様々なものの存在が消えてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなければならない事だ。『大いなる力を持つものには大いなる責任が伴う』とはよく言ったものだと感心した。
それから、俺は時間いっぱい使いドラゴンを倒した事や島で起こった事についてまで話した。
「ユウ先生……」
「先生…」
話を聞いたケイト達は暗い顔になっていた。確かに結構ヘビーな話だっただろう。
「「彼女いたんですね…」」
「え?」
2人の口から思いもしない言葉が出てきた。
「ユウ先生知っていました? 女子の間では結構人気なんですよ?」
「まじで?」
「色んな事を言ってくれるし面白いし年上だし頭良いし笑顔が可愛いって」
「何その褒め殺しのオンパレード。僕ちん感激泣きそう」
「しかも昨日のあの授業の時、サラ先生を必死になって助けていたでしょ? それなんかもう女子からすればキュンキュンでしたよ!」
「まじでまじで!?」
ここぞとばかりにテンションがかなり上がってきた。これは本当に全男子の夢が叶えられそうだ。
「でもまさか彼女がいるとはね~。しかも彼女いるくせにサラ先生をたぶらかしている女垂らしだったとわね~」
しかしここで落とされる。
「おい、サラは違うぞ」
俺はサラに恩を返さなくちゃいけないと思っていてるだけだ。サラも俺の事はただの変態としか思っていないはずだし、早くパンツの金を返して欲しいはずだ。
「フローラ!」
「はいはい、ごめんなさい。でも先生良かったですね!そのレイラって子にもうすぐ会えますね!」
「はい? どゆこと?」
普通の会話でポロッと言われた言葉を認識できず、危うく聞き流す所だった。
「え? 知らないんですか? 合宿」
「合宿? 何それフローラ教えてくれてよ」
「ごほん。先生も教えてくれたしね、いいでしょう。教えて差し上げましょう」
「偉そうにすんな」
「あはは、すみません。では改めて…」
そう言ってフローラは合宿について話し始めた。
フローラが言うには、アルベリオとアルガードの他にアルヴァレノという姉妹校もあるらしい。そしてあと1週間もすれば夏休みに入り、その間、3校の5回生全員が最後の思い出作りとしてある島で合宿を行うらしい。イベントも盛り沢山でカップルの数も急に増えるとかなんとか。教員も全員参加との事だ。
その話を聞き、レイラに会える手段が出来たことに心から喜んだ。船の知らせを待つよりか断然早いかもしれない。
コンコン
「ったく、何だよ…」
もう少し詳しく話を聞こうとした時、部屋の扉が叩かれた。悪態をつきながら扉を開けると、そこには偉そうなオッサンが立っていた。
誰だコイツと言おうと思った時、名札に副理事長と書いているのが見えた。そのオッサンは咳払いをして口を開く。内容はどうやら昨日ボコボコにした件についてらしい。噂が物凄い事になっていて収拾つかないんだそうだ。とりあえず事情を聞きたいんだと。
なんてこった。
「ケイト、フローラ。わりい、ちょいと行ってくる」
彼女らに後はよろしくと言って副理事長の後を着いて行った。副理事長室と書かれた豪華な部屋へ案内される。それから小言をくどくどくどくど小1時間言われ続けた。適当に『はい、すんまへん』ばっかり連呼していのが火に油を注いでいたみたいだ。どんどんオッサンがヒートアップし、最終的には怒鳴り散らしていた。教師に命を捧げていない本人にとってはどうでもいい内容なので一切響いていない。再び研究室に帰った時はもう真っ暗でもうヘトヘトだった。
「あー、あのくそハゲジジイよぉ、何で俺が怒られなきゃならねぇんだよ。まったくもって不愉快だぜ。生徒が残っていれば八つ当たりしてるところだぜまったく」
授業は朝の一限で終わりだったが、まだ書類やら何やら色々とやることがある。
「しっかし、このサラの椅子の座り心地は最高だな。何使ってんだろう。これ部屋に欲しいな。マジ寝てしまいそう…。いや、しかしケイトとフローラはいい子だな…。特にケイト。まじかわゆす」
金髪ブロンドって反則だよね。何が反則ってもうブランドだよね。ブランドといけば何あったっけ…。あ、やべ…。ね、そう。
「すぴぃー」
サラの椅子の座り心地がとても良くて、いつの間にか俺は夢の中へ旅立ってしまっていた。
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リンリン………
虫の音が耳に届く。窓から入る涼しい風が心地良い。本当に過ごしやすい気候だな。そしてこのソファ。人をダメにする要素がたっぷりと揃っていた。
「寝すぎた」
やってしまったと最初は思った。時間を見れば夜の10時を回っていた。サラも心配する頃だろう。しかしこんな寝やすい状況を揃える方が悪い。自分のせいではないと言い聞かせ、帰る支度をする。
廊下に立ち、部屋の鍵を閉める。背伸びをし終わった後、月明かりに照らされたノスタルジックな廊下の雰囲気を味いながら玄関へと歩を進めて行った。
校舎の玄関を出ると、左手に大きな運動場が見える。
「ん? 誰かいる?」
月明かりに浮かぶ運動場の真ん中で、一人、佇む人物が居た。もの見たさの俺は好奇心に駆られ、その人物へ近づいていく。
男子生徒の制服を着ている。
それもガタイのいい奴だ。
そいつは俺に背を向けた状態で立っている。
近づく毎に相手の姿がだんだんと明瞭になってきた。
月の光に反射して輝く銀色の髪の毛が見える。
「……………」
「おいおいおーい、こんな所で何してんだ早く帰れよ」
「………………」
親切かと思って声をかけるが何一つ言葉が返ってこない。
「おーい、何か喋れよ」
「……………」
「おい!お前ッ!」
少し頭にきたので、そいつの肩に手をかけた。
ビュビュンッ!
「うおあああっ!いだいだい!」
肩に手をかけた瞬間、暴風がそいつを包み込んで俺を吹き飛ばした。ボールの如くゴロゴロと運動場を転がる。
「いってぇよぉお…」
擦りむいた腕から血が滲む。
今の魔法はリオンが使った魔法と似ているが、前方から吹いてくる風は何故か心地が悪い。ぬめっとした感触の風が頬を殴る。
「一体なん──」
再び相手の姿を確認した俺は驚愕する。風の中心でタンクトップ姿の銀髪が立っていた。制服の上着は先程の暴風で空高く飛んでいる。この筋肉ゴリラ…、銀髪…、たしか…
「ジュルド……?」
ジュルドの姿を見て、昨日ボコボコにした場面が脳裏に映る。
しかしそんな間は一瞬だった。
頭に大きな衝撃と激痛が走り抜け、身体が吹き飛んだ。
何が起こったのか理解出来ず、視界はブラックアウトしていった。




